香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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綾辻遥/八方美人の観察日誌

 

 

 ・××××年 12月27日。

 

 今日、とても面白────────驚くべき事があった。

 

 忍田本部長に言われて開発室に行ってみたら、あの佐鳥くんが見た事のない美少女と一緒にいたのだ。

 

 最近「特別任務」とやらで普段の業務がこなせない、という事は聴いていたのだけれど、まさかその佐鳥くんがこんな絶世の、って付けるしかないレベルの美少女と行動を共にしていたなんて寝耳に水だった。

 

 わたし自身自分の容姿レベルについてはある程度自覚はあるし、世間一般的に見てウケる外観をしている自負はある。

 

 けれど、そんなわたしから見てもその子は美少女度の格が違った。

 

 自分で言うのもなんだが、わたしの容姿は「普通に可愛い」を突き詰めたものであり、元から素養が高かったものを相応の努力で磨いた果ての姿だ。

 

 広報部隊としてのキャラクターとして天然系で通しているが、自分の可愛さに無自覚な女の子なんて基本的には幻想でしかない。

 

 だからわたしは自分の容姿が他者にどう見られるか自覚しているし、それを磨く努力も怠っていない。

 

 勿論それを表に出すヘマはしないが、最低限やれる事をやって今の容貌を維持しているのだ。

 

 だからトップモデルのレベルなんかには及ばないが、「市井にいる美少女」としてはかなりランクの高い容姿になっているとは思う。

 

 だけど、その子のそれは最早現実のものとは思えないクラスだった。

 

 透き通るような白い肌に、それに負けないくらい白い髪。

 

 スレンダーに見えるけど出るトコはちゃんと出てて、贅肉なんか全然付いてない。

 

 片目だけ青い虹彩異色(ヘテロクロミア)はただでさえ儚げなイメージを与える容姿に神秘性まで付与していて、物語から出て来たお姫様、と言われれば納得してしまうようなレベルだった。

 

 そんな女の子が、あの三枚目に見えてその実硬派で生真面目な佐鳥くんと一緒にいる。

 

 ────────ぶっちゃけ、その時点で突っ込みどころも弄るネタにも全く困らない有り様だった。

 

 その子、木岐坂樹里というらしいが彼女はどうやら特殊な事情を抱えているらしいというのはすぐ察せた。

 

 何せあの忍田本部長が「絶対に口外しないように」と念押しした上でわたしを呼んだ上に、広報部隊で多忙である事を承知している筈の佐鳥くんをわざわざ付き添いとしているのだ。

 

 加えて流石にあんな目立つ容姿の子がいれば、わたしが知らない筈がない。

 

 少なくとも何処かの学校に通っていれば、噂くらいは聴こえて来る筈だ。

 

 けれど、わたしの記憶通りならそんな話は一切聞いた事がない。

 

 つまりそれは、この女の子が「ある日突然現れた」としか言いようがないバックボーンを抱えている事の証左でもある。

 

 けど、だからといってそれを尋ねる事はしなかった。

 

 鬼怒田さんや佐鳥くんの顔を見れば、分かる。

 

 この子は相当、デリケートな身の上でいるのだと。

 

 その上で佐鳥くんの助けが必須で、それでも足りないからわたしが呼ばれたのだろうと。

 

 わたしに求められているのはどうやら、この子の身体検査の補助らしかった。

 

 まあ、採血程度ならともかく色々と調べる都合上薄着、場合によっては下着姿になるケースもある以上、男性だけでは手が足りないのは分かる。

 

 なので女性であるわたしが呼ばれたのは理解出来るし、広報部隊のオペレーターという事で口の堅さも信頼されての抜擢だという事も察せられる。

 

 ならば、自分は求められた役割をこなすまでだ。

 

 佐鳥くんを弄るにしろ、この子と交流を深めるにしろ、それは自分に課せられた仕事(タスク)をきちんと全うしてからだ。

 

 働かざる者食うべからず、という言葉があるが、これは当然というか当たり前の話である。

 

 雇用関係に於いて割けるリソースが限られている以上、必要な仕事をしない者にまで報酬を与えていては他の負担が増えて組織が立ちいかなくなる。

 

 給与とは仕事を行った見返りとして与えられる金銭であり、対価である以上労働という形でその支払いをするのは当たり前の義務である。

 

 これが出来ない者は社会人を名乗る資格はなく、それは広報部隊として給与を貰っているわたしも例外ではない。

 

 学生の身分とはいえ、労働を対価に金銭を得ている以上、求められ受諾した仕事はしっかりとこなすべきだ。

 

 だから、全てはやるべき事を終えてから。

 

 その対価として佐鳥くん()遊べるのなら、このくらいは安いものだ。

 

 

 

 

 ・××××年 1月15日。

 

 ────────なんだか、おかしな事になっているようだった。

 

 とある日を境に、樹里ちゃんと会える機会がめっきり減ったのだ。

 

 だというのに肝心の佐鳥くんの姿も見えず、根付さんからは「特別任務の継続中である」という説明だけ。

 

 流石におかしいとは思ったが、上司がそう言っている以上突っ込んで聞く事も出来ない。

 

 そんなこんなで悶々としていたが、一週間後に漸く樹里ちゃんと会う事が出来た。

 

 勿論その場には佐鳥くんもいたのだが、何故か樹里ちゃんは佐鳥くんに対してまるで初対面もしくは出会って間もない相手であるかのような対応を取っていた。

 

 あれだけ懐いていたのに、と不思議に思ったが、佐鳥くんの沈鬱な表情を見て詮索するのは止めた。

 

 何かわたしの知らない出来事があって、今の状況になったのだろう。

 

 それ何なのか分からないのは口惜しいが、それでもわたしはわたしに出来る事をやろうと思う。

 

 あんな顔の二人を見続けているだけなんて、出来るワケがないんだから。

 

 

 

 

 ・××××年 3月17日。

 

 あれから、一ヵ月ちょっと。

 

 樹里ちゃんは、ほぼ以前と変わらぬ態度で佐鳥くんと接するようになった。

 

 どうやら佐鳥くんの人たらし度というか、世話焼き度はわたしの想像を超えていたらしい。

 

 まあ、出会って間もないであろう頃からあれだけ懐かれていたくらいだ。

 

 何か不具合が起きたとしても、女としての魂が佐鳥くんへの好意を覚えていたのだろう。

 

 そう、()()である。

 

 恋愛感情、と言い換えても良い。

 

 樹里ちゃんは明確に、佐鳥くんに恋をしていた。

 

 当時からそれは明白で、佐鳥くんも薄々気付いていた節もある。

 

 まだ他の異性と接触した所を見た事はないが、恐らく佐鳥くんとそれ以外で明確に区別するだろうというのは瞭然だ。

 

 同性のわたしに対しても、相当な壁があったのだ。

 

 基本的に彼女のパーソナルスペースは極端に狭く、佐鳥くんが例外であると見るべきだろう。

 

 だからわたしは樹里ちゃんとの距離間には細心の注意を払ったし、鬼怒田さん等も同様のようだった。

 

 にも関わらず、佐鳥くんにだけは全開で心を開いており、彼相手にだけは何処までも無防備になっていた。

 

 簡単に言えば、(おんな)の顔をしていた。

 

 あれだけ好き好きオーラ全開で今更とも思うが、多分現時点でも彼女は佐鳥くんが何をしようが全て受け入れるつもりだろう。

 

 そのくらい、樹里ちゃんの佐鳥くんへの好意は突き抜けていた。

 

 …………でも、佐鳥くん側に何かしらの負い目というか、引け目があるように思う。

 

 両想いなのは瞭然なんだから一歩踏み出せば良いのに、何かが彼等の脚を引っ張って前に進めずにいる。

 

 その事だけはどうにももどかしく思っていたが、こういうものは第三者が下手に介入しても良い事にはならない。

 

 大人しく見守りつつ、助けを求められたら手を差し伸べるくらいで良いだろう。

 

 そういった割り切りも、社会人としては必要なのだから。

 

 

 

 

 ・××××年 3月8日。

 

 もっと早く聞き出すべきだった。あんな、あんな境遇だったなんて────────!!!

 

 …………思わず、取り乱した。

 

 いや、これは平静でいろと言う方が嘘だろう。

 

 樹里ちゃんの事情を、知った。

 

 佐鳥くんから、聞かされた。

 

 話によれば樹里ちゃんは四年前の大規模侵攻の際に近界に攫われて、非人道的な人体実験に晒されていたらしい。

 

 許し難いのは、その影響で子供を産めない身体になっている可能性が高いという事。

 

 この時点で、何があってもわたしはあの子にそんな仕打ちをした者達を許す事は無いだろうと心に誓った。

 

 幸か不幸かその連中はとっくに死んでおり、直接拳を振り下ろせない事だけは残念だが、逆に言えばこれ以上樹里ちゃんに余計なちょっかいを出される事もないという事だ。

 

 連中の残してくれやがった爆弾の所為で樹里ちゃんが大変な目に遭ったばかりなのだが、それも何とか解決出来たし良しとする。

 

 まさかあんなスペクタクルの当事者になろうとは思わなかったが、その甲斐もあって晴れて樹里ちゃんは佐鳥くんと彼氏彼女になれたのだから万々歳である。

 

 樹里ちゃん、わたし達は何があっても貴女の味方だよ。

 

 忘れないでね。

 

 

 

 

 ・××××年 3月25日。

 

 佐鳥くんが、面白い相談を持って来た。

 

 正確に言えば不可抗力的に漏らしたのだが、困っているのなら手を差し伸べるのが仲間というものだ。

 

 決して、決して野次馬根性からのものではない。

 

 …………まあ、相談に乗る過程で知的好奇心を満たすくらいは許されるだろうとは思っている。

 

 ともあれ、佐鳥くんの悩みはどうやら「樹里ちゃんからの誘惑が大変で苦労している」というものだった。

 

 ハッキリ言おう。

 

 ヤればいいんじゃね、と思った。

 

 というか、言った。

 

 だって、そうでしょう?

 

 樹里ちゃんは消極的どころかぐいぐい押して来ているし、佐鳥くんに押し倒されるのを今か今かと待っている状態だ。

 

 確かに女性に対して硬派な所は佐鳥くんの長所だが、幾ら何でも彼氏彼女になった状態で相手からお誘いが何度も来ているのに手を出さないのはどうかと思う。

 

 世間体とかわたし達への影響とか色々懸念していたが、本当の所自分の良識を捨て切れていないのだろう。

 

 恋愛は理性ではなく本能で行うものであるという事を、佐鳥くんは分かっていない。

 

 何せ、その権化が樹里ちゃんだ。

 

 樹里ちゃんは理性では常識を知っていても、自分の感情を発露させるのに常識が障害になればそれを躊躇いなく投げ捨てられる強さがある。

 

 彼女は極論佐鳥くん以外からの評価はどうでもいいと思っているので、それが顕著だ。

 

 幼馴染である香取ちゃんや華ちゃんもまた特別なようだが、逆に言えば佐鳥くんを含めたその三名以外の人間には価値らしい価値を見出していないとも言える。

 

 二宮さんが自分に弟子入りして来た樹里ちゃんに何くれと構うのに塩対応されているのは、何の事はない。

 

 樹里ちゃんが、佐鳥くん以外の異性を特別扱いしたくないというだけの話だ。

 

 だから教導してくれた恩があっても接し方は塩対応に近いし、あれでも彼女にしてみれば相当に譲歩している部類とも言えるだろう。

 

 ともあれ、そのくらい分かり易い好き好きオーラを纏って尚且つ愛しい男にお誘いをかけているのに、その彼氏側が及び腰というのは中々に頂けない。

 

 正式に交際を始めたのだから、二人の間で何があろうが誰かに文句を言われる筋合いは無いでしょうに。

 

 幸い鬼怒田さんから「そういった事」をしても彼女の身体に支障はないというお墨付きを貰えているし、後は佐鳥くん側の心構え次第というワケだ。

 

 一応発破はかけてみたが、その時に漏らした「そういう事は結婚してから」等という古臭いにも程がある言葉を考えると、何処まで効果があるかは怪しいものだ。

 

 此処は樹里ちゃんの嫉妬心を引き出すイベントでも起こして、一段飛ばしに進めるべきだろうか。

 

 とはいえ下手な事をして樹里ちゃんに嫌われるのは避けたいし、色々手回しをして佐鳥くんが女の子と親し気に話している場面に居合わせるよう仕向けるのが得策かな。

 

 となると、何があっても樹里ちゃんに嫌われる事がないだろう女の子が相手役には最適だろう。

 

 それなら、割を食うのは佐鳥くんだけで済むだろうし。

 

 丁度華さんが佐鳥くんを隊室に連れて行ったらしいし、適当な所で樹里ちゃんを放り込んでみよう。

 

 

 

 

 ・××××年 3月28日

 

 効果は覿面だったらしい。

 

 「そういう事」まで至ったかどうかは分からないが、少なくとも進展はあったように思える。

 

 樹里ちゃんは何処かツヤツヤしていたし、佐鳥くんは何か悶々としていた。

 

 あれはAは当然としてBくらいは行ったかな、というのがわたしの所感だった。

 

 詳しく聞きたいが、今はまだ時期尚早だろう。

 

 変に迷走されて二人の仲が拗れても困るし、此処は静観と行こう。

 

 幸い、樹里ちゃんに何か言われる度に百面相をする佐鳥くんを見ているだけでも大分面白いので、退屈はしなさそうだ。

 

 これからも二人を見守りつつ、その幸せを願いたいものである。

 

 

 

 

「んー、こんな所かな。やっぱり、あの二人を見守るのは楽しいね」

 

 綾辻は自分の書いた日記を見て、そう呟きながら笑った。

 

 彼女は樹里と出会った事を切っ掛けに、断続的ながら日記を書くようになっていたのだ。

 

 当時は三日坊主で終わると思われていた日記だが、佐鳥と樹里の二人に関連した項目だけは続けられる事が出来ているので人生分からないものだと思う。

 

「そろそろマジでヤったかどうか聴いてみても良いかな。ホントにヤったなら樹里ちゃんは嬉々として語ってくれそうだけど、佐鳥くんはオーバーヒートして終わりかな。となると、まずは樹里ちゃんから話を聞いて────────」

 

 広報部隊のマドンナは、チャシャ猫のような笑みを浮かべながら今後の計画を立てていく。

 

 その被害者となる某狙撃手の少年は、不意に寒気がしたとかしないとか。

 

 なお、そんな彼を心配した某元白の少女はそれはそれとして合法的に密着する理由が出来たと嬉々として抱き着いていくのだが、それはまた別の話である。

 

 

                   <綾辻遥/八方美人の観察日誌~FIN~>





 『むてきのあやつじさん』
 八方美人系性悪美少女

 無敵の女こと綾辻さん。

 広報部隊のマドンナとして知られている彼女だが、実は割と良い性格をしているのは身内にとって周知の事実。

 美少女と一緒にいるチームメイトという格好の餌に喰いつき、佐鳥を玩具にしてはしゃぎ捲る。

 仕事はしっかりやっているどころか痒い所をフォローしてくれるので、佐鳥としても頭は上がらない。

 なお、色々と便宜を図った結果樹里からの好感度をそれなりに稼ぐ事に成功した模様。

 樹里の境遇を知った時は笑顔でブチ切れたらしく、その時纏っていたオーラは筆舌に尽くし難かったと佐鳥談。

 無敵の少女は今日も我が道を行くのであった。
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