(本当に、色々な事があったよなぁ…………)
三浦は一人、隊室で徐に苦笑いを浮かべた。
今は、この場にいるのは彼一人。
香取は今日は樹里と帰れるとあってウキウキで、学校で見かけて声をかけようとした三浦をガン無視して幼馴染の少女を引っ張って街に繰り出してしまった。
どうやら華と佐鳥が結んだ協定により月・水・金はあちらに譲る代わりに、少なくとも火・木曜日は香取を優先する、といった事になったらしい。
今日は木曜日なので、丁度「香取の番」である。
香取の場合週三日を佐鳥に明け渡す事自体嫌々だったのだが、そうでもしないと樹里は毎日でも
まあ、事実華が交渉する前はそうなっていたので、妥当な判断ではある。
そういうワケで、今日香取はいないしそもそも隊室に来るかどうかすら怪しい。
昨日は佐鳥の番だったので、そのフラストレーションを解消する為に樹里を右へ左へと連れ回している事だろう。
樹里も最優先事項が佐鳥と一緒にいる事なだけで香取の事は嫌いじゃないどころか大好きの部類なので、口では色々言いつつもそれに付き合う筈だ。
ちなみに若村は、銃手の集いに呼ばれてこの場にはいない。
あれで中々先輩ウケが良いので、今日も来馬や弓場に可愛がられている事だろう。
そんなこんなで隊室で黄昏ていた三浦は、これまでの事は思い返していたのである。
(最初は、樹里ちゃんの入隊を巡る騒動から始まったよね。あれがなかったら多分、B級一位になんてなれなかっただろうなぁ)
想起するのは、今期ランク戦の前。
樹里の入隊を巡り、大騒動が起きた頃の事である。
あの頃はまだ若村は香取と喧嘩ばかりして、成績も低迷し遂には中位落ちまでしてしまった。
隊の空気は、本当に最悪だったと言えるだろう。
他人に気を遣い過ぎるが為にそれを見過ごしてしまった形となった三浦としても、あの状況には心を痛めていたのだ。
それが明確に変わった転機は、そう。
樹里相手に、
ある日突然香取が自分達を引っ張って来て、樹里と佐鳥を相手にチーム戦をやると言い出したのだ。
基本的に香取に対してはイエスマンな三浦は抗うつもりはなかったが、あの時の彼女は鬼気迫る様子で尋常ではない空気を纏っていた事は覚えている。
何故あそこまで激憤していたのか当時は分からなかったが、先日若村から聞いて理由を知った。
どうやら、樹里が若村達を香取の前でこき下ろしたのが原因らしかったというのだ。
まさか香取がそんな理由で怒っていたとは思わず、面食らったものだ。
(いや、そもそもなんだかんだオレ達をチームメイトとして扱ってくれてるし、色々言いながらも面倒は見てくれた。本当は葉子ちゃんは、表に出さないだけでとっても優しい子だったってだけなんだよね)
まあ、何の事はない。
香取は本心の言語化が苦手なだけで、とても仲間想いな優しい少女だったというだけの話だ。
元から華や樹里に対する親愛は隠してはいなかったが、その対象が実のところチームメイト全員に向いていた、というワケだ。
恐らくは面と向かって尋ねても言葉を濁す等して誤魔化すだろうが、否定まではしないと思われる。
樹里を巡る一連の騒動を経て香取は隊長としての自覚がきちんと芽生えており、なんだかんだで隊内の人間関係にも心を配っている。
ROUND2で失態を冒した二人を諫めて叱咤激励したように、そういったデリケートな部分にも配慮するようになっているのだ。
なので今の香取は己のプライドと
それが分かる程度には、現在の香取は「隊長」をやっていた。
(最初、葉子ちゃんには一目惚れだったのは確かなんだけど、そういう所も最近は見えて来たからなぁ。ろっくんも惹かれるワケだよ。無意識みたいだけど)
元から容姿端麗な少女でありその容貌に一目でノックアウトを喰らった三浦としては、そういった内面の部分も見えて来るようになって中々に複雑な心境ではある。
その変化を直に見せつけられ、鮮烈な生き様を間近で見た若村が無意識の内に彼女に惹かれてしまっている事にも気付いてはいる。
(でも、多分オレにもろっくんにも脈は無いよねぇ。どちらかというと────────いや、考えるのは止めておこうかな。悲しくなるだけだし)
但し、自分にも若村にも脈がない事くらいは理解している。
異性との友情は成立しないと良く聞くが、香取に関しては答えは否だ。
彼女は自分達を「男友達」としてカウントしているし、恐らくは香取の兄等と同じカテゴリーで数えられている。
それはつまり「身内」として見てはいても、「異性」として一切見ていない事とイコールである。
とうに自覚していた事とはいえ改めて考えるとクるものがあるし、あまり思考に挙げない方が吉だろう。
無理に関係を変えるつもりなど更々ないので、考えるだけ無為とも言える。
(まあ、でも日々が何事もなく過ぎていくのが一番だからね。必要な事はやるけれど、無理をして大きな変化を望んでるワケじゃない。皆が笑顔で過ごせる穏やかな日常が、一番なんだから)
しかし、それでも良いと三浦は思っている。
彼にとって大切なのは「代り映えの無い穏やかな日々」であり、劇的な変化による波乱万丈な非日常ではないのだ。
勿論、樹里加入を契機にランク戦を駆け上がり、B級一位にまで到達した事は得難い経験だと思っている。
その後に起きたククロセアトロ事変も大切なチームメイトの為に働く事に否やはなかったし、何より樹里がいなくなれば香取が悲しむ。
ならば戦う以外に選択肢はなく、あの日戦いに赴いた事を後悔などしていない。
今遠征を目指している事だって、樹里が望み香取や華が賛同している以上、勿論協力は惜しまないつもりだ。
単純に、チームメイトの力になれるという事自体が嬉しいのだから。
だがそれはそれとして、必要以上の変化を望んでいない事も確かである。
遠征を目指すのもあくまでも手段であり、もしもこの世界だけで彼女を治す方法が見つかるのであればその方策を選ぶ事も視野に入れて良いと考えている。
それが難しいという話なので遠征に行くのであって、手段と目的を逆転させてはならないと思っている。
香取や樹里がいけいけゴーゴーな性格なのでブレーキ役がいない分、自分がそのあたりの現実的な選択肢を提示する役割を担った方が良いだろう。
まあ、自分だけで女性陣にブレーキをかけられる筈もないので、精々立ち止まって周りを見る切っ掛けになる小石程度になれれば上出来だとは思うが。
ともあれ、大事なのは穏やかな日常を過ごす為の努力であり、樹里の為に遠征を目指すのも究極的には彼女が何不自由のない日々を過ごす為のものだ。
そこを履き違えてはならないと考えており、それを進言出来るのは自分だけだろうとも思っている。
香取はあの通りの性格であるし、樹里も負けず劣らず頑固な性分でありそもそも香取や華以外の言葉を聞き入れる気は一切ない筈だ。
華は一見大人しそうに見えるが、その実我が強く自分の意思は梃子でも曲げない頑固さがあると従兄弟である三浦は知っている。
これでも、以前は彼女と一つ屋根の下で暮らしていた時分もあるのだ。
ある程度性格は知っているし、その性分も理解している。
樹里と佐鳥が交際を始めてからは素を隠さなくなって来ているように思うが、ともあれ自隊の女性陣三人は全員我が強く、一筋縄ではいかない事は確かである。
男女比も2:3なので、多数決でも不利なのは間違いない。
それでも、一番フラットに意見を言えるのは自分だろうから、己にこなせる役割は間違えないつもりでいる。
三浦に自覚はないが、以前香取と若村の関係性が冷え切っていた頃も何とか香取隊が空中分解せずに保っていたのは、偏に彼のフォローに依るところが大きい。
感情的になりがちな二人と異なり、三浦は自分を引っ込めて完全な第三者として宥める事が出来るからだ。
とはいえ香取の我の強さは相当なので、適当な所で水を差して気勢を削ぐのが精々であるが、香取の矛さえ収めてしまえば若村の方はどうとでもなる。
当時の若村は自分が役に立っていない事に対する無意識の焦りから自分の事を棚に上げて香取の事を揶揄していたが、それでも性根は善性で素直な性格をしているので、きちんと正面から話をすればちゃんと聞いてくれる。
なので些細な切っ掛けで機嫌が変動する香取よりは、余程御しやすいのだ。
それでも止まらない場合は華に泣きついていたのだが、彼女という安全弁があるからこそああした立ち回りが出来ていたとも言える。
基本的に香取隊のメンバーで本気の華に逆らえる者はいないので、丁度良い役割分担だろう。
(けど、今じゃその必要も殆どなくなったし、良い空気になったよね。ある程度慣れちゃってたとはいえ、やっぱりギスギスするより楽しく過ごせた方が良いに決まってるし)
自分を殺す事には慣れていた三浦だが、流石に毎日のように針の筵の中にいたのでは心が休まらないのも確か。
そういう意味で香取や若村の意識が改善し、隊の空気が良くなった現状は歓迎している。
B級一位という確かな成果を勝ち取った事もあって、今の香取隊の空気はこの上なく良いものになっている。
香取も樹里と一緒に日々を過ごせる事を喜んでいるし、華も顔には出さないが楽しそうなのが分かる。
これが自分の望んだ日常だと、胸を張って言えるだろう。
(けど、樹里ちゃんと佐鳥くんが、か。あれだけ見せつけられちゃうと、ちょっと羨ましくはあるかなぁ。開き直って何処でもイチャつくようになってるし、それが原因で葉子ちゃんの機嫌が悪くなるのもまあ、分からなくはないしね)
但し、最近樹里が人目を憚らず佐鳥とイチャついているのは少々どうかと思っている。
何せ、それを目撃する度に香取が歯ぎしりをしながら拳を握り締めては鼻息荒く悪態をついているのだ。
その光景を見させられる側からすると、もうちょっとどうにかならないのか、と思わなくもない。
しかし樹里に言って聞く筈がないどころかそんな真似をすれば完全無視か虫を見るような眼で見られる事は確実だし、佐鳥の方も分別自体は弁えているので文句も言い難い。
むしろ最近佐鳥側が樹里に逆らえなくなっている様子が見受けられるので、此処で三浦まで佐鳥に諫言するのは少々酷だろう。
少し前に華が何かを言ったらしいし、佐鳥もTPOを弁えた人物なのでこれ以上は不必要な進言にあたる。
不満や九條を訴えるのは大事だが、何度も同じ内容を聞かされたところで効果はない。
そういうのは複数人からの訴えを取り纏めて正しく現状を伝えて改善を促す事が大事なのであり、誰彼構わず文句を言いに行くのは却って反感を生み、事態を拗れさせる事の方が多い。
佐鳥は大分人間が出来ている方だが、それでも似たような内容を聞かされれば良い気分はしない筈だ。
だからそのあたりは華に一任した方が、色々後腐れがないのである。
「雄太」
「あ、華。どうしたの?」
「用事は済んだしちょっと資料を纏めようと思って。暇なら手伝ってくれる?」
そんな折、隊室に複数枚の資料を抱えた華がやって来て協力を要請した為三浦は「いいよ」と言って快く受け入れる。
そうして三浦は華の指示の下、資料の仕分けを始めた。
ボーダーという組織で部隊を結成している以上、活動報告等処理しなければならない書類は無数にある。
流石に広報部隊程の多忙さではないが、少なくとも誰かがやらなければならない仕事だ。
部活動感覚でランク戦をやっている者は多いが、それでも戦闘を主とする組織の「部隊」の一つである以上、業務報告は必須なのだ。
若村は正直こういった事が得意とは言えないし、香取も出来なくはないが流石にルンルン気分で樹里とお出かけ中の彼女をわざわざ呼び戻すような愚は犯したくない。
そもそも隊内でこういった書類仕事を最も効率良くこなせるのは華なので、専ら彼女がほぼ全て片付けてしまう事が多い。
香取も時間が空いている時は書類仕事を手伝う事があるのだが、今日のように私用がある場合は手を煩わせる必要がないと華の方でやってしまうのだ。
それを知っているので、三浦も手が空いた時には手伝うようにしている。
とはいえ書類仕事の能率では華とは隔絶した差があるので、あくまでも手伝い程度ではあるが。
「…………ねぇ、雄太」
「なに?」
「雄太は、いいの? 遠征を目指す事について」
「え…………?」
そうして手伝いをしている最中、唐突な質問を受けて三浦は固まった。
顔を上げれば、真剣な表情をした華がじっとこちらを見据えていた。
「樹里が遠征に行きたい、って言いだした時は賛同してくれたけど、あの時はその場の空気を読んだだけで本位じゃなかったんじゃないかな、って。雄太って、基本的に自分より他人を優先するから」
「…………まあ、そういう所がないとは言わないけど…………」
成る程、と三浦は得心した。
確かに、彼には利他的な部分が目立つ。
自分の意見を自然と押し殺す事が多く、自分の利益よりも他人の感情や場の空気を優先しがちだ。
そういった性格を知っていた為、華は確認に来たのだろう。
果たして三浦は、本心では遠征を目指す事についてどう思っているのか。
以前から気になっていたであろう事を、良い機会だと聞いて来たに違いない。
「一応、ハッキリ言っておこうかな。遠征を目指す事について、反対意見は何も無いよ。樹里ちゃんがそれが必要で、葉子ちゃんがそれに賛同したってのもあるけど────────単純に、チームメイトの力になりたい、って気持ちもあるからね」
「それが、危険を伴うものだとしても?」
「あの時と一緒だよ。たとえ危険でも、仲間が危険に晒されているなら助けに行く。これって、当たり前の事じゃないかな」
確かにさ、と三浦は続ける。
「戦いが好きだと思った事はないし、危険も無い方が良いに決まってる。けど、皆と一緒にランク戦を勝ち抜くのは達成感があって楽しかったし、あの時はガチで樹里ちゃんの危機だったからね。オレ程度がどれだけ貢献出来たかは分からないけれど、あの時門を潜った事に対して後悔はないよ」
「けど、遠征って事はあの時とは違ってすぐには帰れない場所に行くんだよ? 未帰還の可能性だってゼロじゃないどころか、相応にある。それでも?」
「それでもだよ。だって、樹里ちゃんの問題を解決しなくちゃ皆で笑えないんだよ? なら、その為に頑張る事に否はないよ。皆仲良く、笑顔でいられるのが一番だからね」
そう言って、三浦は笑った。
彼の言葉は、本心だ。
確かに三浦は戦闘が好きというワケでも、非日常に憧れがあるワケでもない。
しかし、それを果たさなければ仲間全員で笑い合えないと言うのなら。
危険の渦中にだって、飛び込む覚悟はある。
ただ、それだけの事なのだと。
三浦は、笑って言ったのだ。
「…………そう。ありがとう」
「当然の事を言ったまで、なんて言わないけどさ。そっちの方が良い結果に繋がるって分かってるんなら、協力しない選択肢はないってだけだよ。オレは華ほど樹里ちゃんとは親しくないけど、華や葉子ちゃんが笑顔になれるなら手助けは惜しまないよ。それが、どれだけ微力でもね」
ろっくんも同じ気持ちだと思うよ、と話すとそう、と静かな肯定が返って来る。
話半分で聞かれていたワケでもなく、華の反応はいつもこんな感じなので気にしない。
ポーカーフェイスが常な少女ではあるが、他人を慮る事が出来る優しい性格である事はとうに知っているのだから。
「だからさ、負い目とかは感じなくて良いよ。オレが好きにやってるだけだし、頼れる所は頼って欲しいな」
「わかった。じゃあ────────」
他愛のない会話をしながら、三浦は従兄妹の少女と仕事を進めていく。
これが、三浦の日常。
激しい戦いの末に勝ち取った、些細で掛け替えのない穏やかな日々であった。
<三浦雄太/少年の穏やかな日常~FIN~>
『にこにこみうら』
平穏願望お人好し少年
波乱続きだった香取隊の屋台骨を支え続けた縁の下の力持ち系少年。
己の恋慕が叶う事はないだろうと自覚しつうも、手に入れた日常を謳歌しており現在特に不満はない。
樹里と佐鳥のイチャイチャぶりに当てられて彼女欲しいなぁと思わなくもないが、高望みしても良い事はないので無理はしないと決めている模様。
なお、実のところ香取よりは華の方がまだ可能性はある。
従兄妹同士で気心も知れていてお互い静かな時間が好みなので、相性も悪くなかったりする。
良い人止まりで終わるかそうでないかは、彼のガッツにかかっている。