香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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二宮匡貴/射手の王の想い

 

「…………」

「二宮さん何を、って、ああ、樹里ちゃんですか」

 

 ボーダー本部、ラウンジ。

 

 そこで二宮と共に一休みしていた犬飼は、己が隊長が不意に眼を向けた先を見て得心する。

 

 彼の視線の先には、佐鳥と腕を組んで歩く樹里の姿があった。

 

 如何にも楽し気な、少なくとも二宮の前では欠片も見せないであろう表情をしながら佐鳥と密着して誰憚る事なくイチャつく樹里を無言で見守る二宮を見て、犬飼はふむ、と眼を細めた。

 

(これ、この前言われた事を気にしてるっぽいなぁ。いやまあ、俺等全員痛いトコ突かれたようなモンだから無理もないけどね)

 

 犬飼は、想起する。

 

 それは、あのククロセアトロ事変から数日後。

 

 唐突に、樹里が隊室を尋ねて来た時の事であった。

 

 

 

 

「というワケで、お礼。二宮さん、あの時は助けてくれてありがとうございました」

 

 二宮隊の隊室に来て開口一番、樹里はそう口にした。

 

 女性恐怖症の辻にとって樹里の容姿は容赦のない暴力同然なので犬飼の手でさっさと避難させられている為、それを聞いたのは二宮と犬飼、そして淡々と奥で作業をしている氷見の三名。

 

 前向上もなくいきなりお礼を言われて場の空気が一瞬固まりかけたのを、犬飼はどうフォローするかと思案する。

 

「…………ふん、俺達はただ要請に従っただけだ。恩を着せるつもりはない」

 

 しかしその前に、二宮が反応した。

 

 そこでようやく犬飼は、樹里があのククロセアトロ事変の事を言っているのだと理解する。

 

 普段ならばすぐに察せただろうが、ここ最近の犬飼は色々と物思いに耽る事が多く頭が回り難くなっている為、一歩反応が遅れてしまった。

 

 これじゃあ従者失格だなと犬飼が自省する中、樹里がふぅん、と意味深な表情を浮かべた。

 

「…………樹里ちゃん、何か言いたそうだね。というか、素直にお礼に来るとは思ってなかったよ。佐鳥くんに何か言われた?」

「二宮さんがいなきゃ危なかったのは事実だし、無事に帰れたのは本当に二宮さんのお陰だし、わたしも恩に感じてるのは本当。だから、今回は賢に言われるまでもなく来た。二宮さんも意識も、ちゃんと変わってるみたいだから」

「俺の意識、だと…………?」

 

 唐突に良く分からない事を言い始めた樹里の言葉を聴き逃がせず、二宮が反応する。

 

 そんな彼を見て、樹里はそうだよ、と言った。

 

「────────二宮さん、わたしをお世話しようとする時わたしを通して他の誰かを見てたでしょ。わたし、特別な関係でもない男の人に赤の他人の()()()として見られるのを許容出来る程我慢強くはないから、今まで距離を置いてたってだけ。心当たり、あると思うんだけど」

「「…………っ!」」

 

 ────────その言葉に、二人が同時に硬直する。

 

 樹里が突拍子もない事を言ったから、ではない。

 

 二宮は、心当たりにすぐに行き付いたから。

 

 犬飼は、二宮の行動理由にようやく得心が行ったから。

 

 そういった、理由だった。

 

 ()()()()

 

 樹里が指摘している「二宮が樹里を通して見ていた誰か」は、間違いなく彼女である。

 

 かつてこの二宮隊に所属し、ある日突然近界へと密航し行方知れずになった少女。

 

 彼女の残した爪痕は、今も尚この隊を蝕んでいるのだから。

 

「樹里ちゃん、それは…………」

「文句は受け付けない。その顔からして、ちゃんと心当たりはあるみたいだし」

 

 けど、と樹里は続ける。

 

「今の二宮さんは、わたしをちゃんと一人の人間として見てる。だから、お礼を言いに来る気にもなったし態度も考え直しても良いと思った。これは、伝えておきたかったから」

 

 毅然とした態度で、樹里はそう宣言する。

 

 それは、二宮を責めているワケでも自分の行為を正当化しているワケでもない。

 

 ただ、自分の意思を嘘偽りなく伝える。

 

 その為に此処に来たのだと、彼女は憚る事なく宣告したのだ。

 

「だから、これからもよろしくお願いします。言い忘れてたけどわたしも遠征目指すから、何か協力を頼む事もあるかもしれませんし、ね」

 

 

 

 

「二宮さん、あの時の事まだ気にしてるんですか? あれは────────」

「────────木岐坂が言った事は、事実だ。確かに俺は無意識の内に、あいつに鳩原の()()()をさせていたのかもしれん」

 

 当時の事を思い出した犬飼がフォローを入れようとした矢先、二宮は自らその手を振り払った。

 

 下手な慰めなど、必要無い。

 

 事実は事実として受け入れるのだと、確固たる決意によって。

 

「情けない事だが、言われるまで気付いてはいなかった。俺はあいつの世話をする事で鳩原にしてやれなかった事をやろうとしていたんだ。共通点など、同じ女性で結果的には同じポジションである狙撃手になった、というだけだというのにな」

 

 情けない、と二宮は自戒するが無理もない、と犬飼は思う。

 

 鳩原を失った当初の二宮の落胆ぶりはそれまで見た事のないもので、だからこそ氷見の提案で「自分達は鳩原の件で深刻になる姿を見せないようにしよう」と誓ったのだ。

 

 しかし、表面上だけ取り繕っても二宮の心の空白は何一つ埋まってはいなかった。

 

 それに気付かなかった自分こそ情けないと、犬飼は思う。

 

 彼もまた、鳩原の失踪で大きく心を抉られた一人。

 

 実のところ二宮を気遣う余裕などなかったが故の、当然の帰結であった。

 

「あいつが俺を避けていたのも当然だ。そんなもの、あいつへの侮辱でしかない。結局のところ、俺はあいつの世話をする事で鳩原の件から眼を逸らしていただけなのだからな」

「…………それはおれも同じですよ。色々えらそうな事を言っておいて、ユズルくんにあそこまでムキになってた理由をよりにもよってカゲに指摘されちゃいましたからね。お互い様、ってトコです」

 

 犬飼が過剰にユズルに厳しい眼を向けていたのは、結局のところ二宮の事情を知らずに彼を責めるユズルを疎ましく思っていたのではなく。

 

 自分自身が鳩原の葛藤に気付けなかった八つ当たりとして、ユズルに強く当たっていたに過ぎないと思い知ったのだから。

 

 あのククロセアトロでの戦いの時、影浦から言われてそれを初めて自覚したのだ。

 

 自分はあれこれ言いながら、大人げなく目下の人間に当たっていたに過ぎないのだと。

 

 感情を肌感覚で知覚出来る影浦にその性根を見抜かれ、漸く自覚出来たのだ。

 

 影浦はただ、己が感じたが侭に発言しただけかもしれない。

 

 けれど、その言葉は知らず犬飼の心に強く響いていた。

 

 ────────正直、テメーがなんでユズルをそんなに嫌ってんのかは知らねーよ。あの狙撃手の女絡みなのは想像つくけどよ。幾ら何でもしつこ過ぎじゃねーか────────

 

 ────────今は全部、忘れろ。俺等が折り合い悪いのも、テメーがユズル嫌ってんのも、全部だ。まさか、出来ねーとか抜かすんじゃねーだろーな────────

 

 

 あの時の影浦の言葉を、思い出す。

 

 大人げなく意地を張っていた自分を、影浦は一蹴した。

 

 その時に、気付いたのだ。

 

 自分はただ、ユズルに八つ当たりをしていただけなのだと。

 

 幾ら二宮への態度に問題があったとはいえ、ユズルはこちらの事情を知らなかった。

 

 何も知らず、仮にも同じ部隊だった自分達が鳩原の除隊処分に対し沈黙していた様子を見て彼女の弟子であったユズルがどう思うか。

 

 それは明瞭であるというのに、それを慮る事もしなかった。

 

 更に、事情を知り態度を改めた後になっても犬飼はユズルを認めようとはしなかった。

 

 何の改善も見られないのであればまだしも、自省し前を向いた後輩に対しあまりにも無体な態度であったのは間違いない。

 

 それをよりにもよって自分と相性の悪い影浦から指摘されて初めて自覚したのだから、情けないにも程がある。

 

 犬飼は、そう自省したのだ。

 

 だから、二宮を責める事など出来ない。

 

 自分の事を棚に上げて、より深く傷付いていた主を咎める事など、出来よう筈もないからだ。

 

「だが、俺が木岐坂に対し無体を働いた事は事実だ。そして、まだ俺はそれをあいつに謝罪出来ていない」

「────────そういう事なら、時間を取りますよ。樹里ちゃんも、良いよね?」

「うん。わたしも、フォローが足りてなかったと思うし」

「え?」

 

 不意に、予想していなかった声が聴こえた。

 

 そのまま、声の方へ向く。

 

 そこには、いつの間にか近くまで来ていた樹里と佐鳥の姿があった。

 

「…………木岐坂、佐鳥」

「すみません、近くを通ったら偶然会話が聞こえてしまったもので。とにかく、内容的にこんな場所で話すものでもないんで、隊室にお邪魔してもよろしいですかね?」

 

 

 

 

「まず、謝っておこう。すまなかった。木岐坂、俺はお前の言う通り、お前を通して別の奴を見ていた。それは事実だ」

 

 隊室へ着くなり、二宮はそう言って深く頭を下げた。

 

 佐鳥と犬飼はその様子を黙って見守り、樹里はうん、と頷いた。

 

「いいよ。前も言ったけど、二宮さんは今はちゃんとわたしをわたしとして見てくれてる。何があったのかまでは知らないけれど、改善してるならわたしから文句を言う事もないし問題ないかな」

「…………そうか。自分自身では自覚していないが、いつから俺はお前を見る眼が変わっていたんだ?」

「ROUND5の前後くらいかな? そのくらいから段々と変わって、あの時の事件以降は二宮さんに見られても全然嫌じゃなくなった。感覚的には、そのくらい」

「…………そうか」

 

 ROUND5の前後、となると矢張り二宮がユズルに鳩原の事情を話したあたりだろう。

 

 あの頃から二宮は鳩原がやれなかった分まで、とユズルに何くれと構うようになり、樹里に対する押し付けがましい態度は鳴りを潜めていた。

 

 加えて、あの事件を契機に犬飼の意識も変わったので、自然と隊の空気も良くなった結果、二宮の意識改革が起きたのだろう。

 

 二宮も犬飼も結局自身の精神的な余裕がない為に代償行為を求めていたのであって、心が満たされれば自然とそういったものは薄れていく。

 

 その結果、樹里を見る眼から余計なフィルターが取り払われ、今に至るというワケだ。

 

「何があったのかは知らないし興味もないけど、今が良いならそれで良いです。二宮さんの返事も聞かずに部屋を出たのはわたしだから、そこまで気にしてるとは思わなかったからフォローに来た。それだけ」

「というよりも、樹里ちゃんはどうやらあの言いぐさでフォローしたつもりだったんですよね。実はその時の会話内容は聞いてるんですけど、あの内容でも「もう気にしなくて良いですから大丈夫ですよ」と丁寧に伝えたつもりだったらしいです。樹里ちゃんの言葉選びもあまり良くなかったですし、無理もないですよ」

 

 相変わらず言葉飾らずに告げる樹里を、佐鳥がすかさずフォローする。

 

 言葉足らずでぶっきらぼう、という似なくて良い部分だけ妙に似ている師弟の間に立って右往左往するのは、如何にも佐鳥らしいと言える。

 

「それでも、失礼を働いたのはこちらだ。だから、お前達には知る権利がある。俺が木岐坂を通して見ていたのは────────」

「────────あ、別にいいです。わたし、二宮さんの過去にも人生にも興味はないので。プライベートな部分にまで踏み込むつもり、ありませんから」

「「「────────」」」

 

 瞬間、空気が凍った。

 

 今は、二宮が殊勝な態度で過去語りをする場面になる筈だった。

 

 しかし、それを樹里が身も蓋もなく一刀両断。

 

 あまりにも、あまりにも無体な言葉の斬撃が場の空気ごと斬って捨てた瞬間だった。

 

「じゅ、樹里ちゃん、今の言い方はちょっと────────」

「だって、二宮さんの過去とか別に深入りするつもりないし。わたしはわたしやわたしの周りの人達の事だけでも割と精一杯だから、余計な荷物を抱える余裕はないよ? なら、それはきちんと伝えた方が良いと思うけど」

 

 空気を盛大にぶっ壊した樹里を佐鳥が注意しようとするが、樹里は一切揺らがずそう口にする。

 

 その光景に普段であれば苦言の一つでも呈する犬飼も、絶句する他なかった。

 

「…………いや、それもそうだな。すまなかった。これもまた、俺の独り善がりだったか」

「そういうのは、もっと親しい相手にやった方が良いと思う。わたしと二宮さんは、前に色々教えて貰っただけの関係だし、そこまで深い関係じゃないから、秘密を打ち明ける相手には不適当だと思うよ」

 

 なお、二宮側は樹里の事を弟子だと思っているが、樹里の側は「前に行ってた研修の講師」程度の感覚でしかなかった為、明確な温度差が態度になって現れる。

 

 樹里が二宮の内心を見抜いて塩対応していたのは確かだが、元々彼に対し興味らしい興味を抱いていなかったのもまた事実だったので、こういった態度となるのはある意味当たり前ではあったのだ。

 

「とにかく、わたしは今の二宮さんに文句はないからこれからもよろしくお願いします、って事で。賢、行こ」

「う、うん。す、すみません二宮さん。今日は色々失礼しましたっ!」

 

 我関せずとばかりにさっさと退室した樹里を追い、佐鳥はしきりに頭を下げながら部屋を後にした。

 

 残ったのは、空気が氷点下まで冷却された隊室に留まる男女数名。

 

 その中で氷見がはぁ、とため息を吐きつつ口を開いた。

 

「二宮さん、樹里ちゃん(アレ)は仕方ない。切り替えていこう」

「…………ああ」

 

 二宮は短くそう答えて首肯し、その後無言。

 

 色々と図太く見える射手の王も、天然が極まった少女の相手は分が悪かった。

 

 これはただ、それだけの話なのであった。

 

                <二宮匡貴/射手の王の想い~FIN~>





 『なやめるにのみや』
 天然系苦労人射手

 樹里に対する重い想いが色々明らかになった射手の王。

 例の作戦の最後で命令無視をしてまで居残る程入れ込んでいたが、とうの本人に指摘されるまでその根幹の理由には気付かなかった。

 なお、命令無視の処分については風間さんからの口頭注意で済んでいる。

 実際に二宮がいなければ危なかった事や、判断自体はそう間違えたものではなかったので功罪で打ち消した形。

 いざ改めて自分語りをしようとしたらまさかの説明キャンセルを喰らい、柄にもなく面食らう。

 その日、本当の天然には勝てないのだと二宮隊の誰もが思ったのであった。
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