香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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 オッサムで終わろうと思ったけど迅さん視点のストーリーを描いていない事を思い出したので、迅さん回顧録もやります。


三雲修/歩み続けるもの

 

 

「ひとまず、ランク戦二位通過おめでとう。今回はその労を労う意味で場を設けさせて貰ったわ」

 

 開口一番、木虎はそう告げた。

 

 此処は、コーヒーショップ「豆」。

 

 数字の10:1を横にして「豆」と呼ばせるお洒落な看板の、三門市内にあるお店だ。

 

 コーヒー好きの通うレトロな雰囲気の店内に人はまばらで、他には年配の男性や老齢の夫婦が数人いる程度。

 

 一般的な知名度こそないが、通な者が好んで通う。

 

 そんな店内で、修は木虎と向かい合う形で座っていた。

 

「ありがとう。わざわざこんな場を開いてくれて」

「勘違いしないで。たまたま時間が空いていたのでふと思い立った用事を済ませようと思っただけよ」

 

 なお、広報部隊の一員である木虎が意図せず時間が出来るなどまず有り得ない。

 

 本人はこう言っているが、性格には「自分で時間を作った」が正解である。

 

 木虎当人の素直ではない性質もあるが、修に余計な気を遣わせない為の気遣いでもある。

 

「それでも、この場を設けてくれたのは木虎だから。お礼は言っておくよ」

「そういう事なら、素直に受け取っておくわ。ちなみに、私が誘ったんだから会計は私が持つわ。変な遠慮はしないように」

「わかった。今回は甘えておくよ」

 

 そのあたりを突っ込んだりからかったりもしない精神性なのが修なので、対応はこれで妥当でもある。

 

 なんだかんだ、相性は悪くない二人なのだった。

 

「まあ、そのランク戦が終わった直後に()()()()があったからそのお疲れ様会でもあるわ。あれは非公式のものだから、表立って打ち上げなんかは出来ないしね」

 

 木虎が言っているのは当然、樹里が絡んだククロセアトロ事変の事である。

 

 あの件には木虎は勿論修に参加しており、後方支援をしっかりと務め切った。

 

 非公式の作戦なので表立った褒章や慰労会が出来ないのは確かなので、その労を労う場を密かに設けるというのは確かに間違ってはいないだろう。

 

 本音と建前の配分はともかくとして、理屈は通っているように思えた。

 

「ぼくはさほど役に立てたとは言えないかもしれないけどね。木虎とは違って、最前線には立っていないんだし」

「何を言っているの。危険地帯に行って自分の役割はしっかりとこなした以上、貴方の働きに文句を言う人はいないわ。謙遜も過ぎると、嫌味になるどころか貴方を買ってあの場に連れて行った方々への侮辱になるわ。注意しなさい」

「わかった。肝に銘じておくよ」

 

 よろしい、と木虎は頷く。

 

 修は若村程目立たないが、自分の事を過少に評価する傾向がある。

 

 あちらのようにその事で劣等感を覚えたり引け目を感じるのではなく、ただの事実という認識で「自分は大した事は出来ていない」と言ってしまうのだ。

 

 確かに、あの事件での修の活躍は目立ったものではないのかもしれない。

 

 しかし、最初にエスクードによる陣地作成やスパイダーによる陣形援護の提案、そして実際のワイヤー陣構築等求められる役割は確実にこなして後方支援を務めていたのは間違いない。

 

 そもそも修の実力は本人の戦闘能力とは関係のない部分なのだから、自身の務めはしっかり果たしていた。

 

 それが分からないような考え無しはあの場にはいないので、これは共通認識である。

 

 修はその理屈は理解していないが、木虎から「謙遜し過ぎると他者の風評に迷惑をかける」と言われた為、納得した形である。

 

 自尊心だとか自己顕示欲だとかの一切が欠けている修は自分自身に関する評価や境遇は何があろうと気にしないが、他者にその責が及ぶとなれば別だ。

 

 何事も自分一人の被害で済むのであればそれが度を越したものであれ許容するが、他の人間に塁が及ぶ場合は何が何でもそれを防ごうとする。

 

 それが修の異端の精神性であり、若干であるがその事を理解しつつある木虎の助言は妥当だろう。

 

 少なくとも「そんな事はない。貴方は良くやった」等とただ告げるよりは、余程効果的であるのは間違いない。

 

 木虎とて、広報部隊の一員。

 

 人間観察力は、伊達ではないのだ。

 

「お待たせしました」

 

 そんな折。

 

 店のマスターが、湯気の立ったコーヒーを二人の前に置いた。

 

 芳醇な香りが漂い、味の期待値を膨らませる。

 

 マスターはお礼を言う木虎と追随する修に会釈を返すと、そのまま二人の前に洒落た皿に乗ったケーキを置く。

 

 どうやら自家製らしいそれは苺の香りがしており、果物の味を染み込ませたパウンドケーキのようだった。

 

 甘い香りが鼻孔を擽り、食欲を刺激する。

 

 どうやら、味の期待値は想定を上回りそうだった。

 

「話は食べながらでも出来るわ。いただきましょう」

「ああ」

 

 見解は一致し、修達はケーキに手を付け始めた。

 

 ぱくり、と一口。

 

 くど過ぎない苺の甘味が口の中に広がり、何とも言えない甘味を味わう。

 

 ケーキを咀嚼してからコーヒーを口に含むと、すっきりとした苦みが気分を爽快にさせる。

 

 リピーターの多い店だと言うが、これなら確かに納得出来るだろう。

 

「美味しい」

「ええ、そうね。たまたま見付けたお店だったけど、これから時間を見付けて通っても良いかもね。面倒なく静かな時間を過ごすには、ぴったりの場所だもの。他の所だと中々こうはいかないわ」

「? どういう事だ?」

 

 そうね、と前置きして木虎は話し始めた。

 

「私、広報部隊で顔が売れているのよ。だから下手に人が多く集まる店に行くと、注目されるの。遠巻きに見られるだけならいいけど、後先考えずに話しかけて来る軽薄な人間もいるから割と鬱陶しいのよね」

「赤の他人がいきなり話しかけて来るのは、確かに面食らうかもな」

「そういう人間は、下心全開な事が大半だしね。顔じゃなくて胸を見て話しかけて来るから、一目瞭然よ」

 

 はぁ、と木虎はため息を吐く。

 

 確かに彼女の乳房は、中学三年生にしてはかなり大きい部類に入る。

 

 少なくとも、男なら一度は見てしまうくらいには。

 

 たとえ下心なく近付いて来た相手でも、思わず視線を引き寄せてしまう程度には彼女のスタイルは抜群だったのだからある意味では無理のない話とも言えるだろう。

 

「そういう意味で、貴方は好感が持てるわ。こうして話していても、視線が胸に向いた事はないもの。佐鳥先輩達と同じで、紳士よね」

「人と話す時に顔を見るのは、当たり前の事じゃないのか?」

「そうじゃない人もいるから困るのよね。男が皆、貴方みたいなら────────いえ、貴方が何人もいたら怖いわね。色んな意味で」

「どういう意味だよ、それ」

 

 どうかしらね、と木虎は苦笑する。

 

 今話した通り、修は木虎と話す時に視線が胸に向いた事はない。

 

 それは佐鳥達ボーダーの面子も同様だが、修は視線が揺らぐ素振りすらなかったのだ。

 

 これが佐鳥の場合は努めて視線を顔に固定するよう心掛けており、理性で男の本能を統御しているのが見れば分かった。

 

 けれど修は、そもそも女性の性的な部位に興味そのものが無いように見える。

 

 最初は佐鳥と同じように紳士なだけかと思ったが、どうにも違うような気もする。

 

 付き合いがそこそこ長くなり、こうして時折お茶をするような間柄にもなったが未だ彼を完璧に理解しているとは言い難かったので、疑問な部分は出て来るのだった。

 

「これは話題にしていいか迷うけれど、貴方、女の子に興味はないの? なんというか、そういう欲求そのものが薄いように思えるわ」

「興味がないというか、今はそんな事を考えている暇はないし、そもそも自分が誰かに好かれるような人間だと思った事もないんだ。それに、これからやる事が山積みだから、仮に交際する相手が出来たとしても迷惑をかけてしまうだろ?」

「それもそうね。変な事を聞いて悪かったわ」

 

 思わず修の自己評価について突っ込もうとした木虎だったが、何とか抑え込んだ。

 

 此処でそれを指摘しても彼の意識が変わるとは思えない、くらいには修の事を理解していた事もある。

 

 彼が自分を過小評価するのは今更なので、いちいち反応していては日が暮れてしまう。

 

 その価値観を矯正するには、一朝一夕では足りない。

 

 地道な努力が必要であると、木虎は感じ取っていた。

 

(妙な自信が付いて、変な虫が付いても困るしね。彼の目的達成の邪魔になる存在が沸いて来る可能性は、極力排除した方が良いもの)

 

 また、木虎はある程度修の性格を理解している。

 

 彼は懐に入り込んだ人間は、決して邪険に出来ない性質だ。

 

 なので、男女交際をするとなるとどうしてもその相手に心を配る必要が出て来る。

 

 遠征参加を第一目標にしている今の彼に、それは負担でしかない。

 

 ならば、彼の良さを周囲に喧伝させるような真似は控えるべきだろうというのが木虎の見解だった。

 

 それはある種の独占欲に似た感情ではあったが、彼女自身それを自覚してはいない。

 

 完全な、無意識の思考だった。

 

「そういえば、似たような事を香取先輩にも聞かれたな。あの時はいきなり怒鳴られたけど、なんだったんだろう?」

「…………なんで、そこで香取先輩が出て来るの?」

「前に香取先輩に連れられて隊室に行った時に、似たような事を聞かれたんだ。何故かその後いきなり怒られたから、ぼくの返答が気に入らなかったのかもしれない」

 

 なんでなのかは分からないけどな、と修は呟く中、木虎の中に沸々と得体の知れない感情が沸いて来る。

 

 それは怒りに分類されるものだと、否応なしに自覚出来た。

 

「────────貴方の為に、()()()を話すわ。普通、女性と二人きりで会っている最中に他の女性の話を出すのはマナー違反よ。怒られるのも不思議じゃないわ」

「そうなのか。じゃあ、これからは気を付けないとな」

 

 ええ、と頷きながら木虎は自身の感情をどうにか制御する。

 

 修はイマイチピンと来てないようだが、察しの良い者であれば木虎の言葉の内容に込められた意味に気が付くだろう。

 

 自分の事となると察しの悪い修の性質と、木虎の素直ではない性格が変に噛み合った結果だった。

 

「ちなみに、香取先輩とは良く話すの?」

「そういうワケじゃないけど、偶然会って話をする機会は何度かあったな。それと、一応機密事項に分類される話をした事もあったんだ。内容は此処じゃ話せないけど、「ヒュースの事」だ。察して欲しい」

「…………! 成る程、分かったわ」

 

 修の話に、木虎は成る程、と得心する。

 

 彼女は、ヒュースの素性は知っている。

 

 木虎は遊真の正体を知る数少ない人間の一人であり、彼という前例を知っている以上ヒュースの存在に疑問を持つかもしれないという事で、情報開示が許されたのだ。

 

 人格的にも信頼が置けるし、話が持ちかけられた時に彼女自身内情を知る事で少しでも修の助けになれる機会が欲しいと思ったという事情もある。

 

 加えて、今の文脈から「大規模侵攻で香取がヒュースと関わったのだろう」という所までは推察出来た。

 

 確かにそれならば、口止めの為に彼女と話した結果接点が出来ていてもおかしくはない。

 

 勿論機密事項に分類されるので、誰が聞いているか分からない状態で詳細を口には出せないのでこういった言い方になるのは当然だろう。

 

「それから、玉狛支部に香取先輩達が着て木岐坂先輩の件での協力を頼みに来た事もあったんだ。だから、その縁もあって話す事も多いかな」

「…………そう。あの場に玉狛支部の面々がいたのは、そういう事だったのね」

 

 木虎はククロセアトロ事変の際、小南達がいたのはボーダー上層部もしくは迅が要請したものだと思っていた。

 

 まさか香取が率先して協力を頼みに行ったというのは寝耳に水だったが、樹里の事を何より大切にしている彼女ならば有り得るだろう。

 

 少なくとも今の香取は、仲間の為に頭を下げられる人間になったのだから。

 

「玉狛支部で思い出したのだけれど、小南先輩が戦う所を間近で見たのはあれが初めてだったわ。大規模侵攻の時は少し距離があったし私がすぐやられてしまったから実感は出来ていなかったのだけど、想像していた以上に強かったわ」

「ああ、大規模侵攻でもヴィザっていう老剣士と戦り合い続けていたし、あの新型も瞬殺していたみたいだしな。普段空閑が訓練相手になって貰っているみたいだけど、全然勝ち越せないどころか負けの方が多いらしいぞ」

「でしょうね。空閑くんも強いけれど、小南先輩の強さは底が見えないもの。彼には悪いけれど、その結果も納得出来るわ」

 

 木虎はそう言いながら、あの時の戦いを想起する。

 

 小南はあの白い星骸で、縦横無尽の活躍をしていた。

 

 雑兵は勿論相手にならなかったし、何なら圧倒的な質量を持つ敵さえもバターのように斬り裂いてしまった。

 

 あの規格外の強さを見せられた今となっては、彼の言葉に納得する他ないだろう。

 

「けど、遠征試験ではもしかしたら戦う機会もあるかもしれないわね。そうなった時は、中々大変そうだわ」

「そうだな。それでも、必要ならやるだけだ。何があっても、誰が相手でも、止まるワケにはいかないんだから」

 

 修は確固たる決意を以て、そう宣言した。

 

 それは、ハッタリでも虚言でもない。

 

 ただ、必要があれば実行する。

 

 強烈な意思を以て、それを宣言したに過ぎない。

 

 三雲修に、停止という選択肢はない。

 

 一度目標を定めた以上、何があろうとどんな手段であろうとそれを実現する為に進み続ける。

 

 歩みを止めるという事は、彼にとって死と同義だ。

 

 故に、命の危機さえ彼には停止する理由に成り得ない。

 

 大規模侵攻でトリガーを解除したのが、良い例だろう。

 

「他人に迷惑をかけないのであれば、何も言わないわ。ただ、少なくとも私は必要があって充分な大義名分があれば協力出来る用意がある。それは、覚えておいて欲しいわね」

「ありがとう。助かるよ」

「別に、貴方の為に言ったワケじゃないわ。貴方は向こう見ずな所があるから、第三者に迷惑をかけるよりは私が手伝った方がマシというだけよ。勘違いしないでね」

 

 分かった、と即座に返答する修に何とも言えない感情を抱きつつ、木虎はふと周囲に眼を向けた。

 

「あ」

 

 そして。

 

 たった今店内に入って来た古寺と、目が合った。

 

 古寺は木虎が修と仲睦まじく共に過ごしている姿を確認し、気まずい沈黙が流れる。

 

 彼が此処に来たのは単にこの店の常連のコーヒー好きである、というだけの話なのだが、致命的にタイミングが悪かった。

 

 今この二人を見れば、誰もが同じ感想を抱くのは間違いない。

 

 即ち、「デート中にしか見えない」という事を。

 

「…………すみません。お邪魔しました」

「ちょ…………っ!?」

 

 そそくさと退店する古寺を見て木虎は焦り出すが、理性的な性格なのが災いして店を飛び出して追いかける事も出来ず、固まるしかない。

 

 修は何故木虎が焦っているのか思い至る事が出来ず、首を傾げる。

 

 こうして木虎は「どうやって古寺の誤解を解くか」と、後日頭を悩ませる事になるのだった。

 

 

                       <三雲修/歩み続けるもの~FIN~>





 『とまらないおさむ』
 「進撃のペンチメンタル」

 樹里や香取と関わる中で成長した修だが、相も変わらず止まるという選択肢を除外し続けて歩き続ける逸般人。

 なんだかんだ木虎とは時折デートにしか見えない付き合いを続け、場合によっては香取にも絡まれる生活を送っているが、本人が色恋沙汰に一切興味がない為浮いた雰囲気になる事はないのだとか。

 そんな所が誠実に見えて付き合い易く強気女子二人の好感度を密かに稼いでいるのだが、本人は知る由もない。

 未だに彼の中の優先順位の最上位は「遊真と千佳の目的達成」から揺るがらないので、それが終わるまでは浮いた話が出る事はないだろう事は確かだった。
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