クロスランク戦ver「痛みを識るもの」①
「────────り。いつまで寝てんのよ、樹里っ!」
「…………んぅ?」
ふと、目を覚ます。
樹里は眠たい瞼をこすりながらゆっくりと眼を開け、こちらを覗き込む香取を見た。
ぱちくりと瞬きしながら周囲を見回すと、今自分がいるのが作戦室の中であると分かる。
室内には香取だけではなく隊の全員が揃っており、皆見慣れた隊服姿。
即ち、ランク戦前のミーティングの様相だった。
「あれ? ランク戦、だっけ?」
「そーよ。最終ミーティングやるから、さっさと起きなさい。それとも、顔洗って来る?」
「いい。めんどうだし」
まったく、とため息を吐く香取を尻目に、樹里は思う。
何か、違和感がある。
それも、特大の。
言い表しようのない、奇妙な違和感が。
(…………ランク戦って、終わったんじゃなかったっけ…………?)
樹里の記憶では、ランク戦は既に最終戦まで終わっていた筈だ。
ROUND8の最後に修を撃破したシーンも、脳裏に浮かべようと思えば浮かべる事が出来る。
二宮を倒した事も、玉狛を倒してB級一位になった事も、その全てが思い出せる。
けれど、今の状況に異を唱える事が出来ない。
何故か、
「さて、知っての通り今回は2チームでの一騎打ちの形式よ。B級一位と
────────そして、違和感は更に強くなる。
樹里はその原因に思い至らないが、もしも佐鳥がこの場にいたら指摘していただろう。
A級は、
「相手は、那須隊。那須隊長と
「対戦相手は香取隊か。これまで幾度も戦った事はあるけれど、今回も油断は出来ないな」
那須隊、隊室。
そこで瘦身の端正な顔立ちをした少年、七海玲一は部屋の中央に立ち対戦相手である香取隊のデータに眼を通す。
仮想ウィンドウには隊長の香取に銃手の若村、攻撃手の三浦にオペレーターの華。
そして、
「そうね。狙撃手が入った事で、大幅に戦術が変わったもの。実際に
隊長の那須はそう言って、樹里の映像に眼を向ける。
そこには何ら違和感なく、会った事がない筈の少女の戦力評価を行う那須の姿があった。
「どうやら射手からの転向で狙撃手になったらしくて、射撃トリガーの扱いにも熟達してるみたいだしね。茜、何か知ってる?」
「えっと、すみません。わたしも、
熊谷も、茜も。
自分達の識る香取隊と異なる香取隊の情報を前にしても、違和感を抱く事はない。
そうである事が自然であると、彼女達は話を進めていく。
「けど、この子も確か
「ええ、玲一みたいに回避特化の能力よりはやり易いのかもしれないけれど、それでも狙撃手がそれを持ってるっていうアドバンテージは軽視できないわ。トリオンも高いし、イーグレットの射程はMAP全域を想定するべきでしょうね」
小夜子の言葉を、那須が肯定する。
そう、厳密には違うが樹里には強化視覚の
これがある限り、情報アドバンテージでは香取隊に先を行かれる事は避けられない。
豊富なトリオンもあって、強敵であると全員が認識していた。
「スパイダーを使った戦術もこなれて来ているようだし、決して侮れる相手じゃない。全力を尽くして、戦いに臨もう」
「ええ、この隊章に恥じない戦いをしないとね。仮にも、A級9位になったのだし」
那須はそう言って、二の腕に刻まれたエンブレムを見据える。
そこには、尾を食む蛇と短剣と長剣、弾丸の交差した那須隊の隊章が鈍い輝きを放っていた。
「問題は七海先輩の
「そうね。細かい原理は違うみたいだけれど、「何処に攻撃が来るか」分かるのは確かみたい。七海先輩には、奇襲も狙撃も効かないと見るべきよ」
話題は、七海の
七海は「自分の
華の言う通り、細かい原理は異なるが影浦のそれと似通った効力であると見るべきだろう。
「本人の機動力もあの那須先輩に付いていける程高いし、アタシでもないとやり合うのは厳しそうね。樹里、アンタ絶対見つかんじゃないわよ。影浦先輩と同じく、狙撃手殺しの性質持ってるみたいだから」
「じゃあ、爆撃はお預け?」
「当分はね。2チームの一騎打ちだから他を食い合わせて陽動に使う事も出来ないし、基本的にはアンタは狙撃手として動きなさい。変な欲を出すんじゃないわよ」
わかった、と樹里は静かに頷く。
彼女にしても違和感はあるが、かといって悪意のようなものは感じ取っておらず、むしろこの場を無理なく進行する為のものだろうと当たりを付けていた為、これ以上は詮索をしない事に決めていた。
樹里がそれに気付いたのは彼女の特異な経歴故のバグのようなものだが、気にせずとも問題は無いと直感で判断していた。
(葉子達、楽しそうだし。折角だから、わたしも楽しもう)
何より、香取が笑顔で作戦を練っている。
これからの戦いが楽しみで仕方ないと、全身で表現していた。
ならば、彼女としても否やはない。
今回の試合を全力で、戦い尽くすだけだ。
「それから、熊谷さんはハウンドをサブに装備してるから、王子隊みたいな立ち回りをしそうだよね」
「ええ、とは言っても防御的な戦闘スタイルは変更はないでしょうし、想定としては辻先輩や奥寺くんあたりに似たものと考えるべきかしら」
それより、と華は続ける。
「────────日浦さんが持っているテレポーター、これには注意を払うべきと見るわ。いつ何処で切って来るかは分からないけど、狙撃手の常識で動きを測っちゃいけない気がする」
「切り札と成り得るのはやっぱり、茜のテレポーターですかね。あちらは今のわたし達とは戦闘経験がありませんし、分かっていても初見殺しとして通用すると思います」
小夜子はそう言って、茜を見る。
茜は話を振られた事で笑顔になり、強く頷いた。
「はいっ! 連続転移は出来ないので使い切りにはなると思いますが、ここぞという時は遠慮なく使い潰して下さいっ!」
「なるだけ捨て駒にはしたくないが、場合によってはそうも言っていられないからな。ただ、切り時はこちらで考えるつもりだ。基本的には、指示を待って欲しい」
ただ、と七海は続ける。
「いけると思ったら、いつでも進言してくれて良い。状況を見て判断するよ」
「了解しましたっ!」
ビシ、と敬礼しつつ茜は再度頷いた。
茜はこれまで、テレポーターを用いた転移狙撃で数々の戦いを勝利に導いて来た実績がある。
今の香取隊も茜のテレポート狙撃は初体験である為、装備していると分かっていても不意を突き易くはある筈だ。
もっとも、転移は連続では出来ないので基本的には使い切りになってしまうが、それでも切り時を間違えなければ強力な切り札となる。
茜のテレポーターは、そういう代物だった。
「けど、問題もある。香取隊が使って来る、ワイヤー陣だ。下手をすると奇襲のつもりで突っ込んで、糸に絡め取られて返り討ちにされるパターンも有り得る。充分に警戒しないとな」
「ワイヤー陣は、有効活用していきましょう。あっちは機動力がウリだし、ちゃんと仕掛けていけば動き難くなる筈よ」
だから頼んだわよ、と香取は若村と三浦の背中をバンバンと叩く。
いてぇな、とぼやきつつも若村はああ、と頷いた。
「オレも、正面からじゃどう足掻いても那須隊のエースには敵わねぇからな。こそこそ隠れながら、自分の仕事をやってやるよ」
「地味だけど、しっかり役に立つ仕事だからね。頑張んなさいよ」
「言われなくても分かってるっての、ったく」
口では文句を言いつつも、若村はまんざらでもなさそうではある。
何せ、あの香取から直接「頼りにしている」と言われたのだ。
これで奮起しない程、彼は男を捨てていないというだけの話である。
「ただ、今回のMAPは広いから仕掛ける場所は吟味した方が良いかもしれないわ。使わない所にワイヤーを張っても、意味は無いもの」
「今回のMAPは、えーと」
「────────市街地F。駅舎と超高層展望ビルが奥にあって、街の外周を電車が走っている広範囲MAPよ」
「市街地Fか。戦った事はないけれど、かなり広いな」
「そうね。MAPの広さで言えば市街地Bとそう変わらないけれど、駅舎やその地下、更には展望ビルや電車まであるもの。ギミックの数が多いわね」
今回戦う市街地Fは、MAP北側に大きな駅舎があり、最奥には巨大な展望ビルが建ち、更には街の外周を電車が走っているというギミック満載の地形である。
あまりにも複合的な要素が多い事から泥試合を誘発し易く、あまり選ばれる事のないMAPでもあった。
「けど、多少広くても那須先輩と七海先輩の機動力なら関係ありませんね。注意すべきは、相手が何処にワイヤーを仕掛けて来るか、ですが」
「考えられる可能性としては、駅舎等要所に重点的に仕掛けるか、それともMAPの各所に点在させるか、だな。これは転送運もあるから、一概には言えないけれど」
「そこは、相手の動きを見て判断しましょう。最初にどういった動きをするかで、誰が何処に転送されたかもある程度推察出来ると思いますから」
小夜子はあっけらかんと言っているが、これは本当の事だ。
色々あって各種オペレートスキルが成長した小夜子は状況証拠さえ揃えば、相手の転送個所を推測する事が出来る。
同じような事は他のオペレーターでも出来るが、小夜子の場合その精度が段違いなのだ。
迂闊な行動は、彼女に徒に情報を与える可能性があるのである。
「どちらにしろ、初手の動きは決めています。七海先輩、いいですか?」
「ああ、相手が潜伏を選んだ場合、俺が切り込む。メテオラは、炙り出しにうってつけだからな」
「厄介なのは、七海先輩のメテオラ殺法での炙り出しですね。狙撃が効かない上に自分の爆撃の範囲を高精度で感知出来るから、
七海が誇る得意戦術、メテオラ殺法。
それは、感知痛覚体質という
七海の副作用は影浦と異なり、自分の攻撃で発生する攻撃判定の範囲さえも感知出来る。
それを利用して至近距離で
これをやられると隠れ場所が次々と破壊され、下手に隠れても炙り出されてしまう。
隠れながら盤面を構築していく香取隊としては、中々に相手にしたくない戦法であった。
「だから、転送運も絡むけど七海先輩が出て来たらアタシが相手するつもりよ。アタシ以外じゃ、まともにやり合えないと思うしね」
「けどその場合、那須さんと組まれたら不利じゃねぇか? 1対1ならどうにか出来るかもだが、2対1じゃ幾らお前でも厳しいだろ?」
「その心配はあまりないわ。少なくとも、樹里がいる限りはね」
あ、と若村は得心する。
華の指摘、それは。
「那須先輩には、狙撃も奇襲も通用するもの。七海先輩の
────────那須の場合、七海と異なり狙撃も奇襲も防げるワケではないので、迂闊に身を晒せばそれらの危険に晒される、という事だ。
那須の機動力は群を抜いており、下手な攻撃手などは圧倒するだけのものがある。
しかし、それでも七海のような回避に特化した副作用があるワケではない。
下手に七海の増援に行けば、そこを狙われる可能性は十二分にある。
だからこそ初手で出て来る事はないだろうというのが、華の推測だった。
「作戦を説明するわ。アタシ達は────────」
「時間ね」
那須は時計を確認し、顔を上げる。
七海が、熊谷が、茜が、小夜子が。
同様に頷き、意を同じくする。
「行きましょう」
了解、の返答と共に戦闘員四名が仮想空間へ転送される。
同刻、香取隊もまた戦場への転送が開始される。
異なる世界軸で成長を遂げた二つのチームが、今激突する。
舞台の幕は、上がった。