香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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クロスランク戦ver「痛みを識るもの」②

 

 

「────────」

 

 ふわり、という浮遊感の後、樹里は屋上へ着地する。

 

 以前、このMAPで転移した時のような高高度の景色は見えない。

 

 何処にでもある、家屋の屋上だ。

 

 白髪がサラサラと風に舞い、左目の蒼い瞳が晒される。

 

 今やトリオン体限定となった樹里の強化視覚が、遠くの景色を捉えていた。

 

『行くわよ、皆』

『『「了解」』』

 

 通信越しの香取の号令に、全員が応える。

 

 樹里は作戦を開始すべき、屋上から跳躍した。

 

 

 

 

「小夜子ちゃん、反応は?」

『ありませんね。どうやら予想通り、全員が潜伏を選んだようです』

 

 那須の通信に、小夜子が即答する。

 

 現在、レーダーには何の反応もない。

 

 それは、味方を含め全員がバッグワームを使用しているという事の証左だった。

 

「初手で姿を晒すメリットは、あまりないものね。どちらにも狙撃手がいる以上、狙撃手殺しの属性を持った七海がいる分位置が先に割れれば向こうが不利になるもの」

『ええ、最初に想定した通りですね。とはいえ、これは相手も読まれている事は承知の上でしょう。というよりも、それ以外に選択肢がなかった、と言うべきですが』

 

 小夜子の言う通り、今回の試合は両方のチームに狙撃手がいる。

 

 但し、那須隊には狙撃手に対して有利な七海の存在がある。

 

 仮に先に狙撃手を発見すれば彼がそこへ突貫出来るし、他の相手を見付けた場合も狙撃を恐れる事なく奇襲をかける事が出来る。

 

 そういう意味で相手は迂闊に姿を晒すワケにはいかず、動きが読まれる事は承知のうえで潜伏を選ぶ他なかった、とも取れる。

 

 それだけ、七海の持つ狙撃手殺しの特性は厄介なのだから。

 

「なら、やる事は変わらないわね。玲一、お願い」

『了解』

 

 

 

 

「来たか…………っ!」

 

 若村は視界の遠くで見える爆発に、目を見開いた。

 

 ワイヤーを仕掛けながら移動を続けていた若村だが、その中途に垣間見えたのは轟音と共に崩壊する街並みだった。

 

 家屋同士の隙間から見える光が連鎖的に瞬くと共にその周囲の地形が破壊され、瓦礫の山と化していく。

 

 普段であれば、自分達が────────というよりも樹里が良く構築する、破壊の嵐。

 

 それを今度は、相手がやっているのだと否応なく理解させられた。

 

「葉子、七海が来た…………っ! 爆撃を連打してやがるっ!」

『分かってるわ』

 

 そして、()()()()若村は香取に声をかける。

 

 それは、合図。

 

 自分達の最強戦力の一角を動かす、号令だった。

 

 香取は通信の向こうで息を吸い、告げる。

 

『任せて』

 

 

 

 

「このまま爆撃を続ける。変化があれば教えてくれ」

『了解しました』

 

 七海はオペレーターの小夜子に通信を繋ぎながら、メテオラを連打し市街地を爆破していく。

 

 10ものトリオンにあかせた爆撃は強烈で、樹里程ではないが大規模な破壊を齎し次から次へと周囲に瓦礫の山を構築する。

 

 普通、此処まで派手な事をすれば的をかけられ、集中砲火を受けてもおかしくない。

 

 だが、今回に限ってはその心配は左程ない。

 

 まず第一点として、これが三つ巴や四つ巴という普段のランク戦の形式ではなく、二チームによる一騎打ちである事。

 

 これによりそもそもの参加人数が少なく、包囲に必要な人員が足りないケースが多い。

 

 加えて、七海には不意打ちや狙撃を察知する能力がある為、生半可な奇襲は通用しない。

 

 機動力もあの那須と並ぶ程にあるので、たとえ捕捉されたとしても脱出は容易い。

 

 そういった意味で、爆撃での盤面破壊に最も適役な人選と言えた。

 

(もし、このまま相手が出て来ないようならこのまま展望ビルへ向かう。万が一、相手の狙撃手にあのビルに陣取られれば厄介だ。あんな高度からの遠距離狙撃を自在に撃たれたら、俺はともかく玲達が危ないかもしれない)

 

 現在、七海には目的地があった。

 

 それは、MAP最奥に存在する展望ビルである。

 

 あのビルの高さは尋常なものではなく、他の建造物が似たり寄ったりな高さである反面、高台に建てられているあのビルの高度は群を抜いている。

 

 少なくとも、地上からの攻撃が届くような距離ではない。

 

 ()()()()()()

 

 相手の狙撃手は、12ものトリオン評価値を持つ樹里。

 

 即ち、あの高さのビルの上からでも充分に地上を照準出来る。

 

 こちらからの攻撃は届かないのに、相手はMAP全域を自在に狙う事が可能。

 

 そうなれば狙撃無効の七海はともかく、他のチームメイトが危険だ。

 

 単独で狙撃されたのであれば避けられる目もあるが、仮に他の香取隊のメンバーと戦闘中を狙われたりでもすれば厄介だ。

 

 エースの香取は勿論、攪乱と時間稼ぎを専門とする他二名に捕まった時であってもそれは同じだ。

 

 単純な個人戦力ではB級上位の中でも見劣りする部分の多い若村でさえ、アサルトライフルで弾幕を張れるという一点だけでも時間稼ぎには充分な適正がある。

 

 本来、銃手とは犬飼のように盤面を調整し、自陣を有利に働かせる戦場作りが基本のポジションだ。

 

 弓場のような超絶極地特化型でもない限り、隊のサポートが銃手の真髄である。

 

 今の若村はそれをきちんと理解している為、堅実な立ち回りをして来るだろう。

 

 そして、トリオン体の強度はトリオン量に関わらず一定である為に一発でも急所に弾を受ければ致命傷に成り得る以上、若村の弾幕は無視出来ない。

 

 万一弾幕で固められている最中に狙撃されれば避ける余地もなく、被弾してしまうだろう。

 

 だからこそ、相手の狙撃手が陣取ればワンサイドゲームが発生しかねない超高度の建造物は抑えておく必要があった。

 

 仮に樹里の最初の転送場所があのビルであった、等という超絶的なラッキーが起こってしまえばどうにもならないが、流石にそれは想定が悪過ぎるだろう。

 

 ともあれ、あの展望ビルが抑えておくべき重要拠点であるという事実に変わりはない。

 

 最良はビルの破壊であるが、そうでなくとも近くまで到達すれば相手は迂闊に大規模な破壊行動は取り難くなる。

 

 どちらにしろ、あの展望ビルを抑えた方が有利になるのは確かだ。

 

 そしてそれは、相手も承知している筈。

 

 だからこそ、こよみよがしに展望ビルへ向かう行動には意味がある。

 

 放置すれば街を破壊し隠れる場所をなくしながら展望ビルを抑えるぞ、という一種の恫喝である。

 

 七海がメテオラをばら撒きながら街を破壊すればする程、相手は隠れる場所がなくなっていく。

 

 そしてその過程で、相手の一人でも見付ける事が出来れば儲けものだ。

 

 隠密からの奇襲を得意とするのはこちらも同じだが、那須隊には七海と那須という機動力特化の二大エースがいる。

 

 要するに、得意分野が少々異なるのだ。

 

 那須隊は七海による大規模破壊と狙撃無効の性質を利用した遊撃を軸とした、機動戦特化の部隊。

 

 対して香取隊は、香取という前衛を軸に戦場に網を張り、有利な盤面を構築していくゲリラ戦特化の部隊。

 

 開けた場所での戦いならば、那須隊の方に分がある。

 

 隠れる場所をなくした上でこの両雄を相手取るのは、流石に厳しい筈だ。

 

 両チームにはエースが二枚看板である、という共通点はあるがその内実は異なる。

 

 重要なのは、前に出れるエースの()だ。

 

 那須隊は前衛の七海は勿論、那須もその機動力を頼りに前に出て戦う事が出来る。

 

 対して香取隊のエースは香取は七海と同じ機動戦特化の前衛であるが、もう一人の樹里は狙撃手だ。

 

 決して前に出て戦う人員ではなく、エース二名同士の対決となった時、前衛の負担が香取に一極集中してしまう。

 

 加えて七海に狙撃無効の性質がある限り、エース同士の対決では那須隊の有利に働く。

 

 だからこそ香取隊としては、ちょっとやそっとでは攻撃が届かず、比較的安全に攻撃を通せる展望ビルを抑える事を画策している筈なのだ。

 

 故に、今の七海は放置出来ない。

 

 あからさまに展望ビルに向かっている七海を放置すればどうなるかは、自明の理だからである。

 

 よって、七海のこの行動は香取隊への「脅し」として機能する。

 

 今彼を止めなければ、展望ビルを抑えるぞ、という意味のだ。

 

 展望ビルを抑え、狙撃手をそこへ配置する。

 

 それが香取隊の明確な勝ちパターン、詰みへ持っていける明快な手段である以上、七海の行動は放置出来ない。

 

 よって。

 

「…………!」

 

 その答えは、間もなく姿を現した。

 

 七海は自身の副作用(サイドエフェクト)によって感知した弾丸を、最小限の動きで躱す。

 

 そこへ、小柄な影が切り込んで来る。

 

 爆撃を停止した七海はスコーピオンを振るい、迫る刃を迎撃する。

 

 キン、という鈍い金属音。

 

 それは、七海と同じスコーピオンを携え襲って来た、香取のブレードとの接触音だった。

 

「来たか」

「ええ、来てやったわ。初めまして、でいいのかしらね。七海先輩」

 

 七海が腕を振るい、腕力を以てブレードごと香取を突き放す。

 

 香取は抵抗せずそれを受け入れ、代わりにホルスターから拳銃を抜き放ち銃撃。

 

 難なくそれを躱した七海はグラスホッパーを踏み込み、跳躍。

 

 香取も同様にグラスホッパーを使用し、跳ぶ。

 

 両者は同時に別々の建物の屋上へと着地し、一定距離を保ちながら対峙した。

 

「正直、不思議な気分よ。間違いなく初対面の筈なのに、そんな気がしないわ。アンタとこうしてぶつかるまでは、疑問にすら思わなかったんだけどね」

「そうだな。けれど、俺には以前にも似たような経験があってね。少なくとも、これは害のあるものじゃあない。それだけは保証するよ」

「そう。ま、どうでもいいわ。こうなった以上、やる事は一つだけ。それは、アンタも同じでしょう?」

「ああ、そうだな」

 

 お互いの意思を確認し、同じ武器を携え視線を躱す。

 

 両者の立場は異なれど、この場で抱く想いは同じ。

 

 即ち、対峙する相手の打倒。

 

 それだけである。

 

「────────ブッ倒してあげるわ、先輩」

「受けて立とう。後輩」

 

 二人は、同時に動き出した。

 

 その手にブレードを構え、空中で二つの影が交差する。

 

 互いのエース同士の一騎打ちが、始まった。

 

 

 

 

『葉子が七海先輩と戦闘を開始したわ。雄太は予定通り、ワイヤー設置を継続して頂戴』

「わかった」

 

 三浦は華からの報告を受けながら、路地を駆ける。

 

 バッグワームを装着し、隠密状態を維持したまま走り回る彼がやっているのは各所へのワイヤーの設置だ。

 

 今回の試合、七海が最初から爆撃を仕掛けて来る事は分かっていた。

 

 そして、それを単独で止める事が出来るのは香取のみ。

 

 故に必然的に香取が対七海で出張る事になる為、その間三浦達は少しでも多くのワイヤー陣を設置するのが当面の目標である。

 

(思っていたよりも、七海くんが出て来るのが早かった。幸い葉子ちゃんの転送位置とそう離れていなかったからどうにか間に合わせられたけど、あっちも展望ビルを狙ってる事は分かった。やっぱり、あそこは警戒されるよね。前にランク戦でこのMAPで戦った時には、あそこに樹里ちゃんが陣取って無双出来たんだし。それも当然か)

 

 少々厄介なのは、相手が明確に展望ビル制圧を狙っている事が判明した事だ。

 

 七海の移動ルートは、確実に展望ビルへ向かうそれだった。

 

 こよみよがしにやっていた為挑発、恫喝の類である事は明らかであったが、あちらにこちらの狙いがある程度看破されていた事は事実である。

 

 以前ランク戦でこのMAPで戦った際には、樹里が転送であのビルに跳ばされていた事で大幅な有利を取る事が出来た。

 

 このMAPに於いて圧倒的な高度を誇るあの展望ビルを超射程を持つ樹里が抑える事は、それだけ手っ取り早く香取隊の勝利に直結する。

 

 それが分かっていたからこそ、那須隊は展望ビルを狙う事に決めたのだろう。

 

(七海くんが足止めされても、まだ那須隊には狙撃手の日浦さんを除いても二人いる。特に那須さんは、機動力が滅茶苦茶高い。仮にあの展望ビルを制圧出来ても、那須さんと七海くん二人相手では厳しいかもしれない)

 

 だから、と三浦は周囲を警戒しつつ駆ける速度を速める。

 

(最良は、七海くんが釘付けにされてる状態で那須さんを発見する事。そうでなくとも────────!)

 

 故に、気付いた。

 

 こちらに向けて飛んで来る、無数の弾丸に。

 

 三浦はシールドを張り、弾丸を防御。

 

 そしてすかさず弧月を抜き、旋空を撃ち放たんとする。

 

「…………!」

 

 そこへ、一つの影が飛び込んで来た。

 

 三浦は旋空の発射態勢を解除し、弧月にて迎撃。

 

 鈍い金属音と共に、二振りの刀がぶつかり合った。

 

「熊谷さんか…………っ!」

「見付けたわよ、三浦くんっ!」

 

 襲撃者の名は、熊谷友子。

 

 那須隊の攻撃手にして、三浦と戦闘スタイルの似た守備よりの剣士である。

 

追尾弾(ハウンド)、使うようになったんですね」

「ええ、色々あってね。流石に練度はそこまでじゃないけど、応用が利いて重宝してるわ。こんな風に、ねっ!」

「…………!」

 

 その時。

 

 熊谷の背後より、3発の弾丸が飛来。

 

 三浦は咄嗟に地を蹴り、跳躍。

 

 どうにか直撃は避け、弾丸は彼の頬を掠る。

 

 そこへ熊谷が弧月を上段に振るい、切り込んで来る。

 

「させない」

 

 だが、それで落ちる程今の三浦は弱くない。

 

 すかさず弧月を振るい、熊谷の斬撃を迎撃。

 

 鈍い金属音と共に、弧月の一撃を受け止めた。

 

「遅延させた弾丸での、奇襲か。残念だけど、それは王子隊とかで見慣れちゃったんです。二番煎じは通じないですよ」

「まあ、王子先輩とかに比べると練度不足かも、ね。けど、これでも犬飼先輩を破ったりもしたんだ。侮って貰っちゃ困るよ」

「…………それは、本当に侮れないですね」

 

 熊谷がやった事は、簡単だ。

 

 先程弾丸を撃った時に、敢えて数発を待機させておき、タイミングを見計らって撃ち出したのだ。

 

 自分の身体の影に弾を隠す手際は見事だが、如何せん弧月とハウンドを併用する戦術は王子隊相手に散々見ている。

 

 そして、熊谷の追尾弾(ハウンド)自体の練度はそう高くはない。

 

 勿論付け焼刃と言えるレベルは脱しているが、本職の人間と比べれば雲泥の差だろう。

 

 だがそれでも、犬飼を撃破したという話が事実であれば決して侮る事など出来ない。

 

 あの優良なバランサーである犬飼を撃破したという事実は、相当に重いのだから。

 

「では、全霊でお相手します。女性相手でなければ、胸をお借りしますと言うところだけどね」

「別に構わないよ。簡単に触れさせたりはしないから、さっ!」

 

 両者は共に弧月を握る手に力を籠め、鍔迫り合いを再開する。

 

 エースがぶつかる戦場の片隅で、二人の剣士の戦いが幕を開けた。

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