香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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クロスランク戦ver「痛みを識るもの」④

 

 

「葉子と雄太は戦闘継続中。若村くんはこのまま予定通りに動いて」

『了解しました』

 

 通信越しに若村に指示を飛ばしながら、華はキーボードを叩いていく。

 

 現時点では、戦場に大きな変化はない。

 

 予想通りに七海と香取が戦闘を開始し、偶発的に三浦までもが戦闘に突入した。

 

 三浦の戦闘開始タイミングは少々驚いたが、推測の内になかったワケではないのである。

 

(…………熊谷先輩の行動パターンとしては、二種類が考えられた。一つは、いつでも切れる「伏せ札」として潜伏する可能性。七海先輩や那須先輩を見せ札にしておいて、敵の注意を逸らしつつ後ろから刺す。単純だけど、厄介な手だわ)

 

 でも、と華は思考する。

 

(熊谷先輩は、そうしなかった。雄太を見つけ次第、攻撃を開始してる。それはつまり、潜伏を継続する意思がなかったか、或いは────────雄太を、放置出来なかったか)

 

 これかもしれないわね、と華は考える。

 

 その理由も、含めて。

 

(雄太には、カメレオンがある。姿を隠しての奇襲を、厄介に感じたかな。けど、七海先輩には奇襲が通用しない。姿を隠したところで、攻撃を仕掛けた瞬間に看破される。影浦先輩のそれとは違って視認しただけで居場所がバレる事はないけれど、それでも有効打になるとは言い難い)

 

 三浦の持つトリガーの中で相手によっては脅威になるものとして、カメレオンがある。

 

 姿を隠しての奇襲は場合によっては非常に有効であり、潰しておきたいのは分かる。

 

 だが、七海相手には奇襲が通用しない以上、そこを警戒するのか、という疑問はある。

 

 幾ら姿を隠せても、七海に攻撃を仕掛けた瞬間それを看破されるのだから。

 

(となると、残る可能性としては「那須先輩を守る為」か。那須先輩は七海先輩とは違い、奇襲は通用する。勿論生半可なものでは仕留められないでしょうけれど、状況によっては致命打に成り得る。それを嫌った、か…………?)

 

 残る可能性の一つとして、那須を守る為というのがある。

 

 那須には七海と異なり、奇襲は通用する。

 

 勿論単純な奇襲程度で落とせる程甘くはないだろうが、彼女には七海のような回避特化の副作用などはない。

 

 それ故に状況によっては致命となる三浦の存在を嫌い、先に潰しに来た可能性はある。

 

(…………少し、しっくり来ない気がするわ。それは、熊谷先輩の潜伏のメリットを捨ててまでやる事なのかしら? ワイヤーの設置役の片方を潰しておきたかった、という理由はあるでしょうけれど。それなら必殺を期して機会を待った方が良かった気もする。そこまでしてワイヤー陣を展開されるのを嫌った、という可能性はなくもないけれど)

 

 後はワイヤーの設置役を潰したかった、というケースだろう。

 

 香取隊の中でスパイダーを設置して回る役割を背負っているのは、三浦と若村だ。

 

 その中でも三浦は機動力が高く、隠密性も優秀なのでワイヤーの設置役として潰しておきたかった、というのは分からなくはない。

 

(スパイダーは、七海先輩にも通用する数少ないトリガーの一つ。ダメージ判定が発生しないという仕様により、そこにあったとしても七海先輩には感知されない。攻撃を当てるのが至難の業である七海先輩を倒す糸口としては、充分)

 

 スパイダーは、七海への対策と成り得るトリガーだ。

 

 七海の副作用(サイドエフェクト)はダメージが発生する範囲を自動的に感知し、彼への攻撃は全て察知される。

 

 だが、その能力が感知するのはあくまで()()()()()()()()()()()()()

 

 触れてもトリオン体にダメージが入らないものであれば、その感知の対象外となる。

 

 スパイダーは、攻撃力を持たないトリガーだ。

 

 触れても弾かれるだけで、ダメージ判定は発生しない。

 

 その仕様を逆手に取る事で、七海への対策へ用いる事が可能なのだ。

 

(一応、理由として納得出来なくはないわね。主戦力の片割れである七海先輩が落ちる可能性を少しでも下げるのであれば、熊谷先輩の潜伏を放棄するメリットとして釣り合わないワケではない。七海先輩さえ落としてしまえば、()()()()()()()()の布陣に近くなる。そうなれば、押し込める可能性は大きく上がるからね)

 

 今の那須隊の脅威の一つとして、七海の存在がある。

 

 少なくとも華達が識る那須隊は、エースと指揮官を兼任する那須への負担が大きく、射手でありながら前に出る事を事実上強要された状態であった為付け入る隙が幾らでもあった。

 

 しかし今戦っている那須隊は、七海という「機動力の高い前衛」が存在する事で那須が無理に前に出る必要がなくなり、更には「敵のエースを一騎打ちで釘付けに出来る手札」が存在する事で取れる選択肢が非常に多くなった。

 

 村上や影浦といった、那須一人では打倒が難しい敵エースにぶつける事の出来るもう一人のエースの存在は、那須隊の大幅な戦力アップに繋がっている。

 

 まさしく欠けた穴を埋める最適解の欠片(マスターピース)の如き存在であり、彼の有無によって那須隊は最早以前とは別物になったと言える。

 

 逆に言えば、彼さえ落とせれば那須隊のかつての弱点が露呈する事になる。

 

 今戦っている那須隊は様々な意味で昔のそれとは一味も二味も違うが、その中でも最大の脅威を排除出来れば大きく戦況が変わるのは間違いないだろう。

 

 その為、彼が落とされる可能性を少しでも減らしたい、というのは作戦方針として理解出来なくはないのだ。

 

()()に考えれば、このあたりが理由になる。けれど、仮にも相手はA級へ至った部隊。わたしの推測出来る程度の理由だけで、わざわざ伏せ札を切るのかしら? ハウンドと弧月を持った熊谷さんは、潜伏されれば相応に厄介。それを切るだけの大きな理由が、ある筈だわ)

 

 だが、華はそこで思考停止をしない。

 

 相手は、A級。

 

 裏の裏を読むくらいの事は、想定すべきである。

 

(幾らこっちのワイヤー陣が邪魔だとしても、雄太だけを排除しても若村くんがいる。雄太があそこで釘付けになっても、若村くんが健在なら陣は張れる。勿論、効率は落ちるけれど。それを、分かっていないとは思えない)

 

 気になっているのは、ワイヤー陣を張れるのは何も三浦だけではないという事だ。

 

 香取隊に於けるスパイダーの設置役は、三浦と若村の二名。

 

 三浦を足止め出来ても、若村の潜伏が看破されない限りはワイヤーの設置は継続出来る。

 

 勿論機動力の高い三浦を排除すればそれだけ能率は落ちるが、設置自体を防げるワケではないのだ。

 

(…………恐らく、ワイヤー陣を邪魔に思ってるのは事実。自部隊のエースの陥穽をみすみす見逃すのは、愚策。だから、半分は正解していると見て良い筈)

 

 だけど、と華は思考を続ける。

 

(それだけじゃない。熊谷先輩の潜伏を解除、要するに陽動に仕立て上げてまでやりたかった()()がある。そしてその作戦は、熊谷先輩という伏せ札を切ってでもお釣りが来るものである筈)

 

 考えられるのは、何らかの大きな作戦の下準備である、という説だ。

 

 七海に対して有効なワイヤーの設置を嫌ったのは事実であろうし、陣の設置効率を高める三浦の存在を邪魔に思ったのも間違ってはいないだろう。

 

 だが、それだけではない。

 

 それ以上に、何か一方的にこちらに有利を取れる作戦を進行させていると見て良いだろう。

 

 そうでなくては、辻褄が合わない。

 

 相応のリターンがなければ、みすみす熊谷の潜伏を解除する筈がないのだから。

 

(こういう時疑うべきなのは、MAPのギミックを使った地形戦術。だけど、展望ビルを抑えたとしてもそれはあくまでもこちらへの妨害が目的であって、あちらが有利を取るという目論見ではない。たとえ展望ビルを占拠出来たとしても、樹里でない限りはアドバンテージを十全に活かす事は出来ない筈だもの)

 

 候補として真っ先に挙がるのが陽動をしている隙に展望ビルを抑える事だが、これはあくまでも「香取隊の勝ち筋を削る」というのが第一目標であり、言うなれば防御的な行動だ。

 

 香取隊が展望ビルを占拠すると射程無制限の樹里の狙撃や弾幕が超高層階から飛んで来るので、対抗手段がなければそのままワンサイドゲームに成り得る。

 

 あちらとしてもそうなっては困るからこそ、こちらの展望ビル選挙は断固として阻む考えなのだろう。

 

 しかし、逆に那須隊が展望ビルを占拠してもあちらの有利に働く事はない。

 

 展望ビルは階層が高過ぎて、陣取っての援護には基本的に歯向かないのだ。

 

 あの高さから地上へ弾丸を到達可能なのは豊富なトリオンを持つ樹里くらいであり、那須隊で最もトリオン量の高い七海であっても射程距離には限界がある。

 

 加えて彼は機動力の高い駒であり、一ヵ所に張り付けて使うのは駒損にも程がある。

 

 よって、ある筈なのだ。

 

 那須隊がこの方針を取った、何らかの「答え」が。

 

(思考を止めず、考え続けましょう。情報が足りないからまだ答えには辿り着けないけれど、それは思考停止に陥って良い理由にはならない。ランク戦は、裏のかき合い。思考を止めた者から、脱落していくのだから)

 

 華は思考を加速し、様々なパターンをシミュレートする。

 

 その表情は真剣そのもので、一種美しくさえあった。

 

(葉子、気を付けて。敵は、何かを狙っているわ)

 

 

 

 

(勿論、分かってるっての…………っ! こいつ等が、A級が、ただ時間を稼ぐだけだなんて有り得ない…………っ!)

 

 同刻、香取は七海との鍔迫り合いを演じながら華と同じ結論に至っていた。

 

 流石幼馴染と言うべきか、その以心伝心ぶりは他では中々真似出来ない。

 

 伊達に家族以外では他の誰よりも一緒に過ごした時間が長い者同士、というワケではないのだ。

 

 ちなみに樹里はそもそも独立独歩の気風なのでそこまで思考がシンクロする事はないし、そもそも合わせる気もない。

 

 3年間のブランクがある事もあって、自身と此処まで思考を一致させる事の出来る相手は現状華だけであった。

 

(こいつ、全然攻めっ気がない…………っ! 敢えて隙を晒してみても、跳び込んで来る気配がまるでない…………っ! 絶対、「何か」を待ってる…………っ! それさえ来れば、どうとでもなるって類の何かを…………っ!)

 

 香取は、気付いていた。

 

 七海が、こちらを無理に倒そうとする気配がまるでない事に。

 

 確かに、攻撃は苛烈だ。

 

 メテオラと体術を織り交ぜたその戦術はかなり厄介であるし、防御に回れば瞬く間に押し込まれてしまうだろう。

 

 だが、こちらをどうにかして倒そうという意思が微塵も感じられない。

 

 少なくとも彼は、()()で香取を落とそうとはしていないのが動きから分かる。

 

 そしてそれは隠されておらず、むしろあからさまですらあった。

 

(自信があるんだ。狙いを看破されないっていう、自信が。もしくは、そう考えさせる事が狙いなのかもしれないけど…………っ!)

 

 事実、現時点で香取は敵の狙いを看破出来ていない。

 

 時間を稼いでいるのは、分かる。

 

 それは、熊谷という伏せ札を三浦相手に使った事からも明らかだ。

 

 報告では、あちらも遅滞戦闘を演じているのだという。

 

 少なくとも、攻めっ気が見えないのはこちらと同じであるらしかった。

 

(狙撃手が良い位置に着くまで待ってる、とか…………? でも、一度に狙撃出来るのは一人だけ。佐鳥じゃあるまいし、別々の位置の相手を同時に狙うだなんて無理に決まってる。いやまあ、そんな事が出来る狙撃手はアイツくらいだろうけどさ)

 

 狙撃手待ちかとも思ったが、そもそも一度に狙撃出来るのは一つの標的までだ。

 

 イーグレット二丁持ちという曲芸を実際に可能とする天才(へんたい)が佐鳥以外にいるとは思えないので、これは確実だろう。

 

 幾らテレポーターで変幻自在の動きが行えるとはいえ、自分の記憶では茜の機動力はそこまで高くない。

 

 戦術面では大幅なアップデートが為されている那須隊であるが、持って生まれたフィジカルは早々変わらない筈だ。

 

 努力でどうこうするには相応の時間が必要となるし、そもそもそれだけではどうにも出来ない潜在能力(ポテンシャル)の差もある。

 

 何をするにも努力は必須であるが、それだけで何もかも可能になる程現実は甘くないのだから。

 

(となると、残るは…………っ!!)

 

 そして。

 

 香取が答えに辿り着いたのと、()()は同時だった。

 

 路地の曲がり角。

 

 そこから、蛇のような軌道で空を這う無数の弾丸が現れたのは。

 

「…………っ! 変化弾(バイパー)…………っ!!」

 

 間違いない。

 

 あれは、那須が得意とする変幻自在の弾種。

 

 射撃トリガー、変化弾(バイパー)

 

 那須隊の女傑の十八番であるその毒蛇が、牙を突き立てんと香取に襲い掛かった。

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