「…………!」
襲いかかる、毒蛇の牙。
香取は迫り来る
思い切り加速台を踏み込み、反転。
そのまま跳躍し、路地からの脱出を狙う。
変化弾を相手にする時、一番やってはいけないのは「そのまま同じ位置に留まる事」だ。
一見似た弾種である
否。
それは、リアルタイム弾道制御による自由自在な軌道だ。
通常、変化弾はある程度弾丸の軌道を幾つかのパターンの中から選択し、射出する。
そうでもしなければとてもではないが脳内で軌道計算を行えず、標的に到達せず障害物に当たって終わりなのがオチだからだ。
されど、那須は違う。
ボーダーで彼女と出水だけは、その場で変化弾の弾道を引くリアルタイム弾道制御が行える。
厳密にはヒュースを加えた三名だが、知名度では那須が圧倒的だ。
その儚げな容姿から繰り出される容赦のない変化弾の蹂躙劇は、初見であってもインパクトは抜群である。
彼女相手に、障害物は意味を為さない。
的確な弾道ルートを計算し、いかな類の妨害さえも踏み越える対応力。
それこそが那須玲の真骨頂であり、彼女個人であれば元々充分にA級に匹敵する格は備えていたのだ。
そんな那須が何故元々B級中位で燻っていたかといえば、チーム構成上の問題で彼女に負担が一極集中していた事に原因がある。
しかし、今の那須隊には彼女に追随出来る機動力を持つ
つまり、無理をして那須が前線に出る必要がなくなったワケだ。
問題が解消された今、洗練された毒蛇の刃は確実に敵の喉元に喰らいつかんと迫り来る。
その軌道は、予測がつかない。
彼女の得意技である、「鳥籠」。
これは変化弾で相手を囲い、逃げ道をなくして固めてしまうものだ。
そこに一点集中の攻撃を叩き込み、シールドを割ってダメージを与えるのは鉄板のパターンである。
「…………!」
加えて、今は目の前に七海がいる状態。
即ち、変化弾を防げたとしても彼の攻撃を凌げなければ意味がない。
二段構えの、強襲。
それが、今香取に牙を剥くものの正体だった。
七海のブレードが、香取に向けて振り下ろされる。
「チッ!」
舌打ちしつつ、香取は軌道を変更。
路地の先へ向かうのではなく、真上へ跳躍。
そのまま連続でグラスホッパーを踏み込み、家屋の屋上へと駆け上がる。
あくまでも弾道は使用者が発射前に設定したものに沿う為、射手の想定したルートを超えてこちらを追って来る事はない。
それは翻ってハウンドのようにこちらの動きで弾道を誘導し、障害物にぶつける回避方法が出来ないという事でもある。
しかし曲線を描いて飛んで来るハウンドと異なり、軌道設定が自由自在に行える為、複雑な地形を縫うように弾を飛ばして来る事が可能だ。
今飛んで来たバイパーも、無数の路地の隙間を潜り抜ける形で飛来している。
だからこそ目視での発見がギリギリになったのだが、どちらにせよ一度こうして大きな構造物を経由した移動をすればバイパーは凌げる。
「…………!」
無論、それは対処すべき脅威がバイパー
だが、変化弾を凌げたとしてもまだ七海がいる。
七海は同じように路地から跳び上がるなり、メテオラを射出。
香取目掛けて飛んで来た爆撃は、彼女の足場となっていた家屋を吹き飛ばした。
更に間髪入れず、スコーピオンを構えた七海が切りかかる。
爆発のスレスレ、ともすれば巻き込まれかねない軌道を迷いなく突っ切って。
白い暗殺者が、香取へ迫る。
「────────!」
七海に対し、香取はホルスターから抜き放った拳銃を撃ち放つ。
横薙ぎに腕を振るいながら放たれた弾丸は、放物線を描く形でばら撒かれる。
腕を振りながら撃った為広範囲にばら撒けているが、その軌道は直進。
故に七海は、その弾種がアステロイドであると判断した。
確かに敵を追尾するハウンドの方が有効な場面が多いが、今敵が存在するのは至近距離で尚且つ相当な機動力を誇る相手だ。
敵を追尾して
A級のスピードタイプの攻撃手相手ならば、その程度はやって来ると考えたのだろう。
逆に
そういった理由から、香取はこの選択を行ったのだろう。
戦場での咄嗟の機転、最適解を選び取る直観力に於いて香取は並外れたものを持っている。
自身の行動理由の言語化は苦手なものの、戦闘に関する判断は常にクレバーであるし頭に血が登っていなければ選択を誤る事は早々ない。
事実上たった一人の力でチームをB級上位まで引っ張り上げた
「────────」
とはいえ、この程度の牽制で被弾するような七海ではない。
最小限の動きで弾丸を躱し、そのまま香取へ距離を詰めて来る。
「チッ!」
香取は何度目か分からない舌打ちしつつ、退避を選択した。
正面から斬撃を受け止める、というやり方はしない。
先程までは良かったが、今はそれをするにはリスクが高過ぎる。
何故なら。
「…………!」
────────
先程とは別方向、凡そ北東方面の路地から無数の光弾が飛び出し旋回するような軌道で香取を狙う。
ともすれば七海をも巻き込みかねない弾道であるが、
影浦のそれとは異なり相手の意思、感情に関係なくダメージの発生
つまり、七海は何処から飛んで来るか分からない変化弾が飛び交う中、友軍の弾幕にも狙撃にも気を遣う事なくこちらに肉薄出来るというワケだ。
このような状態で下手に攻撃を受けてその場で動きを止めれば、後は
先程までは七海の爆撃を牽制する為に路地に降りて戦っていたが、今こうして上に上がって来たのは少しでも見晴らしを良くしてバイパーの軌道を見逃さないようにする為だ。
自由に弾道を設定出来るバイパーは、複雑な地形ほどより効果を発揮する。
そんな相手に入り組んだ路地で戦うのは、明確な自殺行為だ。
だからこそ、香取はメテオラ殺法を解禁させてしまうリスクを承知で路地での戦闘を捨て屋上戦闘へ切り替えた。
この場での詰みを、回避する為に。
「────────!」
香取は再びグラスホッパーを踏み込み、跳躍。
一度路地に降り、更に壁を蹴ってバイパーを振り切ると同時に再跳躍。
再び、屋上へと着地。
「…………!」
は、しない。
次に来るのが何かは、分かっていたが故に。
目の前に現れたのは、七海のブレード。
香取の軌道を読んだ七海が、屋上で待ち構えていたのだ。
(でしょうね。でも、こうするしかないのよ…………っ!)
(矢張り来たな。そうするしかない状態にはしたつもりだが)
七海は、香取がすぐに上がって来るだろう事は分かっていた。
何故なら、路地に居続ければ
そんなリスクを冒す事はしないと、七海は読み切っていた。
今この場で相対する二人は、事実上初対面だ。
七海は自分の世界線で彼女とは幾度も剣を交えたが、この香取とは別物だ。
あちらも相応の強敵ではあったが、こちらは更に動きが洗練され何より視野の広さが段違いだ。
強さの次元が、数段違う。
これまでの戦闘から、七海はそう判断していた。
(この彼女が、どんな経験をして来たかは分からない。きっと、彼女達なりの冒険、試練を乗り越えて来たのだろう。俺達の知る彼女を貶すつもりは微塵もないが、純粋に実力という面から見ればこの彼女はあちらの数段上を行く相手と認識するべきだ)
七海の世界線の香取も数々の激闘を超えて相応に強くはなっていたが、今目の前で対峙している彼女程ではない筈だ。
動きのキレがより鋭くなっているし、判断力や機転もかなり向上している印象だ。
香取の経験を糧とする
戦術への適応力も高く、大体の事は大抵こなせてしまう。
その彼女が死線を幾度も潜り、自身の意識改革さえ成功させたなら。
それは才能の怪物の開花に他ならず、パラメーターがどれだけ向上しているかは想像もつかない。
なんだかんだで自身の世界線では香取に全勝している七海だが、だからといって目の前の彼女を侮る事はまず出来そうになかった。
(けど、作戦は成功してる。後は、仕込みの
『樹里、那須先輩の位置はまだ見えない…………っ!?』
「だめ。少なくとも、見える場所にはいないよ。屋上とかは大体見たけど、何処にもいなかったもの」
樹里は香取に報告しながら、索敵を再開した。
先程から彼女は高台に陣取り、那須の居場所を探そうと躍起になっている。
いずれ出て来るだろうとは予想していたが、まさか居場所が割れない状態でバイパーだけを飛ばして来るというのは流石に想定外だった。
(何処かから
少なくとも
だが那須はあろう事は路地の間
ハッキリ言ってまともな神経ならまずやらないような曲芸であり、改めて彼女の空間把握能力がどれ程異次元のものかが分かる。
少なくとも、自分にはまず無理だろう。
以前試しに
(どうせなら展望ビルまで行きたいけど、あそこに行くには見晴らしの良い広場を通らなくちゃいけない。流石にそれを許す程あっちも抜けてないだろうし、現実的じゃない。相手の狙撃手の位置も分かってないんだから、無駄なリスクは犯せない)
以前のランク戦のように展望ビルに陣取る事が出来ればやれる事の幅は相当増えるのだが、あそこに行く為には射線が通り捲る見晴らしの良い広場を通り抜けなければならない。
相手も樹里が展望ビルを占拠する事が何を意味するかは分かっているだろうから、易々とそれを許すとは思えない。
未だ狙撃手の位置も判明していない中で行うには、リスクが高過ぎる。
那須の位置さえまだ発見出来ていないのだから、猶更だ。
(けど、どっから撃ってるの? 標的の位置は七海先輩の観測情報頼りってのは分かるけど、なんだか
気になるのは、どうやら那須が発射位置を変えながら撃っているらしいという事だ。
それ自体は珍しくないし、何なら那須の戦闘スタイルは移動砲台のようなものなのでむしろ自然な事だろう。
だが、頻繁に移動しているのであればその後姿すら樹里の眼に捉えられないのはどうにもおかしい。
路地の間を抜ける弾丸の光を何度か捉える事自体には成功していたし、相手が移動しているというのもその弾道から予測したものだが、それならば彼女の索敵に那須が引っかからないのが不自然なのだ。
如何に隠密に徹していても、数キロ先でも目の前の光景であるかのように視認出来る樹里の視力の前では隠れ切る事は相当に難しい筈なのだから。
(ん?)
そんな時、とある場所を偶然見ていた樹里の眼が確かに
そして、その
その意味を理解し、樹里は眼を見開いた。
「…………! 三浦先輩、避けてっ!」
「え?」
通信越しに樹里の怒号が響き、熊谷と対峙していた三浦は咄嗟に側面に眼を向ける。
現れたのは、無数の光弾。
路地の先から現れた