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それに気付けたのは、幸運だった。
三浦はその時、熊谷の射撃を回避した直後。
丁度、跳躍して地に足を付けていた場面だった。
熊谷とは一定の距離を保っており、射撃トリガーの性質上次弾が来るまでにはまだ猶予がある。
そんな、刹那ではあるがある程度「余裕」のある時だったのが幸いした。
それでも樹里の通信がなければ、気付かずに直撃していただろう。
そう思ってしまう程に、その弾の隠密性は高かった。
地を滑るように飛来した弾丸は、路地裏の障害物を隠れ蓑に相手に察知されない事を第一とした軌道で飛んで来ていた。
そして、路地に入った瞬間弾道は分散。
左右から三浦を挟み込む形で、毒蛇の牙が襲い来る。
「…………!」
もし、上下左右を取り囲む完全な「鳥籠」であればシールドを張ってその場に留まる他なかっただろう。
だが、隠密性を重視した為かその弾道はあくまでも気付かれない事を念頭に置いたものであり、「前」と「上」は空いていた。
よって、三浦は
真っ直ぐ、熊谷のいる方角へと。
弧月を振りかぶり、斬りかかる形で。
「────────!」
その速度は、速い。
三浦のいた場所をクロスするように放たれたバイパーは空を切り、毒蛇の牙から逃れる事に成功する。
目立たない駒と思われがちだが、三浦の機動力評価は8。
評価の上では、あの香取と同じなのだ。
香取のそれが瞬発力や身体の動きのキレ故の評価なのと比べ、三浦のそれは咄嗟の動きの滑らかさに由来する。
要するに、動くと決めた時の身体の制御に淀みがないのだ。
瞬発力では香取が圧倒的だが、こと精密的な動きに限定すれば三浦に軍配が上がる部分もある。
勿論香取のような野生の勘のようなものまでは持ち合わせてはいないものの、限定的な空間での行動力であれば目を見張るものがあった。
同じB級を相手にしていたのであれば、此処で虚を突いて仕留める事も可能だったろう。
「…………っ!」
しかし、相手は成ったばかりとはいえA級。
この程度で、喉元に届くとは限らない。
熊谷は冷静に後退しつつ、背後に隠していたハウンドを発射。
迫る三浦を、迎撃にかかった。
「これくらい…………っ!」
だが、三浦は怯まなかった。
姿勢を低くしながら、シールドを張って
元より隠密性重視で大した数の揃っていなかった弾丸は、シールドを前に霧散する。
三浦は勢いを殺さず、熊谷に肉薄する。
ピンチをチャンスに。
相手の奇襲を凌いだ上で、優位に立つ筈だった相手の虚を突く形で突貫する。
そのやり口は、中々だったと言えるだろう。
「…………!」
────────相手の方が、一枚上手ではあったが。
三浦の背後より飛来した一発の弾丸が、彼の脇腹を吹き飛ばす。
直前で気付いていなければ致命傷になっていただろうその弾丸は、少し遅れて飛来した
タネは、何の事はない。
ただ、変化弾を一発のみ、遅れて到来させただけだ。
那須隊は、初撃を三浦が回避する事まで織り込み済みだった。
その後、熊谷へ肉薄する事さえも。
だから最初の奇襲を防いで意識の空白を作った彼を仕留めるべく放たれていたのが、この後発の弾丸であった。
最後の最後でそれに気付き、身体を捻った事で即死する事は免れた。
されど、熊谷の目の前で勢いを殺した状態で立ち止まってしまった事は変わらない。
「旋空弧月」
そこへすかさず、熊谷は旋空を使用。
上段から振り下ろされた拡張斬撃が、三浦を襲う。
「…………!」
咄嗟に横に跳んだ三浦は、何とかその攻撃を回避。
不格好ながらも着地に成功し、再び熊谷と対峙する。
但し、状況は良いとは言い難かった。
(脇腹の傷が、結構大きい。遠からず、オレはトリオン漏出で脱落するだろう。これで相手は、時間を稼ぐだけでオレを落とす事が可能になった)
今の奇襲で受けた脇腹の傷は、浅くはない。
即死はしなかったが、今も尚トリオンは傷口から漏れ続けている。
このまま徒に時を過ごせば、それだけで彼は脱落するだろう。
つまり相手は、この場に三浦を釘付けにするだけで良くなった、という事でもある。
遅滞戦闘は、熊谷の得意とするところ。
完全に、してやられた形である。
(けど、那須さんは今葉子ちゃんの方に行ってる筈なのに、なんで…………?)
だが、疑問がある。
話を聞いている限り、那須は香取と戦っている七海の援護をしている真っ最中の筈である。
それなのに、あちらからある程度離れたこの場に
(今バイパーが来たのは、南西。つまり、葉子ちゃんがいる場所とは
決定的なのは、変化弾が飛来した方角だ。
現在、香取が戦っている方角は此処から北東に位置している。
しかし、たった今バイパーが飛来した方角は南西でそことは真逆だ。
幾ら弾道を自由に設定出来るとはいえ、此処まで迂回させる形での弾道を描く事が可能なものなのか。
三浦には、判断がつかなかった。
『タネが分かったよ』
そこへ、樹里から通信が入る。
疑問への、答えを携えて。
『────────
「列車から、ですって…………っ!?」
香取は七海と鍔迫り合いを演じながら、樹里の報告を聞いていた。
それは、あまりにも。
彼女の想定とは外れた、予想外の解答だった。
『そう。わたしの眼は確かに、
香取と三浦、離れた場所の二人を立て続けに狙った那須の仕掛け。
それは、動く列車に乗りながら
このMAPでは、列車が街の外周を走っている。
MAPギミックとして動く列車は、自動運転で駅に止まりつつ走り続けるよう設定されている。
だが、市街地Dのショッピングモールの電気室がそうであったように、適切な操作を行えばこちら側から列車に干渉する事は可能だ。
恐らくは各駅停車の設定を弄り、何処にも止まらず走り続けるようにしているのだろう。
或いは止まる機構そのものを破壊し、止まらない列車を作り上げたか。
どちらにせよ、そういった細工は可能であるという事だ。
その上で列車に乗り込み、那須は移動砲台としての「足」を調達する事に成功した。
これならば移動中を狙われる心配はなく、そして。
「…………! 雄太を足止めしたのは、この為か…………っ!」
────────此処で、わざわざ熊谷という伏せ札を切ってまで三浦を足止めした理由が見えて来る。
それは。
「旋空。旋空で列車を破壊される事を、嫌ったのね」
旋空弧月。
弧月をセットした攻撃手にのみ許される、防御不能の拡張斬撃。
その一撃であれば、動く列車ですら両断する事が可能になる。
勿論、熟達した旋空使いでなければ威力が最も高い刃の先端を的確に標的に触れさせる事が出来ずに大規模な破壊は失敗する可能性も高い。
そもそも高速で走る列車に斬撃を当てる事自体、相当難しいだろう。
だが、「理論上」では旋空は列車ですら斬る事が出来る。
三浦の旋空使いとしての技量は未熟も良いところだが、それでも出来る可能性があるならば決して無視出来ない。
そして、そこを突かれる可能性が僅かでもあるのなら、塞がずにいる理由はない。
つまりは、そういう事だった。
だから那須隊は熊谷の潜伏を解除してでも、三浦の炙り出しを優先した。
全ては、この盤面を盤石なものにする為に。
(七海先輩が早期に爆撃を始めたのも、全ては列車に那須先輩が乗り込んで準備を完了する為の時間稼ぎ兼目晦ましが目的だったってワケ。ったく、舐めた真似してくれんじゃないの)
七海が最初に派手に爆撃を始めたのも、唯一彼を単独で止められる香取を炙り出す為だったのだろう。
香取であれば、走っている列車だろうと問題なく跳び移れる。
だからこそ、七海は香取を炙り出す事を最優先に行動した。
作戦の要である那須を単騎で仕留め得る彼女を、確実に釘付けにする為に。
(そんで、樹里対策も兼ねてるわねこの作戦。樹里は、高速で移動する列車に乗った標的を撃ち抜ける程狙撃の腕は高くない。
更に言えば、樹里の対策も兼ねた作戦であるのは瞭然だった。
狙撃手としては強化視覚頼りの未熟な腕しか持たない樹里は、走っている列車に乗る標的に正確に弾を当てるような真似は出来ない。
というかそんな真似が出来るのは当真や佐鳥といった
ならば
放たれた弾丸を一つ残らず迎撃する事も、不可能ではあるまい。
何せ、複雑な路地を迂回させて正確にこちらを狙って来るような技量の持ち主なのだ。
その程度、出来ない方がおかしいと見るべきだろう。
「普通」の物差しで測っては、那須隊の実力は性格に把握する事は出来ない。
だからこそ常識よりも己が眼で見たものを勘案し、敵の戦術レベルを見極める事が肝要なのだ。
戦場では時として、直感こそが最も重要視されるものに成り得る。
それを、香取は本能的に理解していたのだから。
(とにかく、樹里の位置が割れたら七海が飛んでって仕留められる。狙撃も弾幕もコイツ相手じゃ効果が薄いし、何より此処まで戦い慣れてるコイツが樹里の弾幕を潜り抜けられない理由がない。敵の実力は、限界まで高く見積もった方が良さそう。少なくとも、そういう想定をするべきよ)
敵に七海がいる以上、狙撃手の位置が晒される事は致命的だ。
彼には狙撃も不意打ちも通用しない上、高い機動力と戦闘経験に裏打ちされた実力がある為、樹里単騎での迎撃ではまず抑えきれない。
現在は香取と戦っているからそんな暇はない、と考える手もあるが、相手はA級。
こちらの不意を突いて離脱する手管など、無数に備えていると考えるべきだろう。
今やっているのは、正々堂々とした一騎打ちではない。
ルールの範囲内ならばあらゆる行動が許される、集団戦闘だ。
仮想空間内故にルールは強制的に全プレイヤーに適用される関係上、この空間で出来てしまう事はイコール許されている事でもある。
集団戦闘に於いて第三者の横槍は決して卑怯などと呼べるものではなく、単なる作戦の一環だ。
そもそも集団戦闘の肝は、ジャイアントキリングが一騎打ちよりも遥かにやり易い事にある。
如何に強力な能力を持っていたとしても、トリオン体の強度は変わらない。
故に一発でも致命打を喰らえば誰が相手でも討ち取られる可能性がある以上、ジャイアントキリングは常に起き得るものと考えるべきだ。
それが分からなくては集団戦闘で勝ち抜くなど夢のまた夢であり、その為に行使される手段であればその内容が問われる事はない。
電子制御された仮想空間内で出来る事は即ち、ルール的に許可されている事柄なのだから。
七海は、そんな手段戦闘に最も適した戦闘スタイルを確立している。
彼が最も輝くのは恐らく、多対1の乱戦だろう。
至近距離でメテオラを連打しながら突っ込んで来るその独特な戦闘方式は、乱戦を攪乱するのに向いている。
乱戦に慣れているという事は即ち、相手の虚をつく為の手札を豊富に揃えているという事でもある。
勿論香取としても易々と不意を突かれる気はないが、それでも相手の実力は可能な限り高く見積もっておくべきだ。
元より油断など出来る相手ではないが、一瞬の気の緩みが敗北を招く事など幾らでも有り得るのだから。
(相手のペースになりつつある。今の流れは、絶対に断たないといけない。その為には…………っ!)
(良い眼だ。不利な状況を悲観するのではなく、必死に対抗策を練っている。それでいて、
油断なくこちらを見据える香取を見て、七海は内心で称賛していた。
以前の、ランク戦で七海と戦う前の彼女であれば不利な状況を見て苛立ち、隙を晒していただろう。
だが、目の前の香取は冷静に状況を見極めて、必死に打開策を練ろうとしている。
かといってこちらへの注意を疎かにする事はなく、常に周囲を警戒している。
その立ち振る舞いは歴戦の勇士のそれであり、それだけ彼女が踏んだ場数が相応のものである事を示していた。
(有利になったからといって、油断はしない。全霊を以て、叩き潰させて貰うよ)
白い死神はスコーピオンを構え、再び香取と斬り合いを始める。
那須隊の策が開示された今、戦いは新たな局面を迎えていた。