香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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クロスランク戦ver「痛みを識るもの」⑦

 

 

(列車。まさかそう来るとはね。やられたわ)

 

 華は機器を操作しながら、思考を回していた。

 

 画面では様々な文字、数字が踊り、計算を続けていく。

 

 そして、スクリーンにMAP内を走る列車の映像が映し出された。

 

(MAPギミックとしての列車の存在は、把握していた。場合によっては、人員を秘密裏に「輸送」する事が出来るかもしれないと。けれど、待ち伏せの危険性から作戦への採用は見送られた)

 

 だけど、と華は思考する。

 

(まさか、こんな使い方をして来るなんて。列車をただの輸送手段としてではなく、「移動砲台」として扱う。発想力そのものの根幹が、違う気がするわね)

 

 単なる移動手段としての運用方法であれば、華もMAPが判明した時にシミュレートしていた。

 

 そちらはリスクを天秤にかけて基本的にお蔵入りとなったのだが、今回那須隊が使って来た活用方法には流石に眼を剥いた。

 

 列車に那須を搭乗させ、「移動砲台」として使用する。

 

 そんな発想は、華の頭にはなかった。

 

 少なくとも、発想のやり方の根本がこちらとは違うのだろう。

 

 あちらはより自由で、加えてリスクを恐れない。

 

 なんとなく、そんな気がしたのだ。

 

(…………問題は、それを実現する那須先輩の空間把握能力と弾道制御能力。普通、高速で動く列車から変化弾(バイパー)を撃てば狙いが逸れて、思った通りの場所に撃ち込む事は出来ない。複雑な経路なら、猶更。追尾弾(ハウンド)と違って変化弾は、自動で敵を追尾したりなんかしないんだから)

 

 だけど、と華は息を呑む。

 

(それを、自分で弾道を細かに設定しなくちゃならない変化弾でやって、しかも複雑な路地を潜り抜ける軌道で実現させてるのがまずおかしい。幾ら那須先輩が空間把握能力に優れているからって、流石に無理。少なくとも、オペレーター側が列車の移動速度と現在位置を計算しつつ秒単位で修正をかけて那須先輩と連携しなきゃ出来ない筈なのに)

 

 今回、那須隊がやって来た戦術の有り得なさがそこにある。

 

 これが敵を自動で追尾するハウンドならば、まだ分かるのだ。

 

 ハウンドはバイパーと異なり、調整するのは敵を追尾する程度を示す誘導設定のみ。

 

 一度放ってしまえば、細かな軌道計算などせずとも弾丸が勝手に敵の位置へと辿り着いてくれる。

 

 高速で移動する列車の中から撃っても、ある程度は使い物になるだろう。

 

 だが、変化弾(バイパー)は違う。

 

 バイパーにはハウンドのような追尾能力は存在せず、その弾道は全て使用者が計算しなければならない。

 

 それを高速で走る列車の中から撃ち、あろう事か複雑な路地を経由する形で標的の下へ到達させる。

 

 一体、どれ程精密な計算とオペレーターとの密な連携があればこんな真似が出来るというのか。

 

(…………わたしには、出来ないわね。葉子とはある程度連携は出来るけど、流石にこれは次元が違う。リアルタイムでお互いの思考を一致させた上で、一切のミスが許されない状況で計算結果を共有し続ける。一体どれ程の技術力と、阿吽の呼吸があれば出来るというのかしら)

 

 少なくとも、華に同じ事をやれと言われれば無理だと断言出来る。

 

 那須の異次元の空間把握能力と計算能力に裏打ちされた曲芸じみた真似である事は確かだが、それに加えて相手のオペレーターの彼女との連携力と技術力の高さが尋常ではない。

 

 記憶では那須隊のオペレーターの小夜子は確かに優秀ではあるものの、此処まで突出した能力を持っていたというイメージはない。

 

 面と向かってまともに話した事はないのでその詳細な性格性質(パーソナル)は知らないが、内向的なイメージであった事は確かだ。

 

 オペレーターの集まりでも直接姿を見せる事は殆どなく、大抵がチャット越しの参加で雑談にも混ざっては来ない。

 

 たまに発言したとしてもおどおどした様子で、少なくとも誰かと阿吽の呼吸で連携する、というイメージはなかった。

 

 華の記憶では、そういった少女だった筈なのだ。

 

(切り替えましょう。那須先輩も小夜子さんは、今の私が識る彼女ではない。理屈は分からないけれど、これが事実。そう考えて、戦わなければならない)

 

 今回の試合に於ける違和感は、既に華も気付いている。

 

 その上で、「害がないなら問題ない」と放置していた。

 

 華は葉子とは言葉にせずともある程度思考は共有出来ているので、あちらも同様の結論に至った事は察している。

 

 勿論何から何まで分かるというワケではないが、それでも長年一緒に過ごして来た幼馴染の事なら誰よりも理解しているつもりだ。

 

 その彼女が放置している以上、この現象に害はないと考えるべきだ。

 

 だが、勝つ為にこれまで呑み込んで来た「既知の那須隊と未知の那須隊の差異」を気に掛ける必要があるのならば、そうするまで。

 

 今戦っているのは、自分達が知っているB級中位部隊の那須隊ではない。

 

 A級に至り、相応の力を身に付けた成長し完成した那須隊なのだと、理解しなければならない。

 

(敵戦力の評価を、軒並み上方修正。その上で、現状の打破を検討する。それが、今わたしがやるべき事)

 

 華は意識を切り替え、現状把握に戻る。

 

 今は、余計な事を考えている暇はない。

 

 移動砲台と化した、那須の攻略。

 

 これを、第一に考えなければならないのだから。

 

(線路の配置から考えて、どんなに射程距離特化で調整したとしても弾丸が届く範囲には限りがある。MAP中央部まで行けば流石に届かないだろうけど、今からそこまで移動するのは現実的じゃない。葉子ならともかく、雄太には無理ね)

 

 今回のMAPでは、列車の走る線路は街の外周に配置されている。

 

 そこからの距離を計算した結果、那須の射程限界はMAP中央部分を除くドーナツ状の範囲になる。

 

 勿論列車の走る位置でリアルタイムの射程範囲は変わるが、MAP中央が安全地帯なのは変わらない。

 

 とはいえ、そこまで到達出来るかは別問題だ。

 

 その気になれば香取は可能かもしれないが、機動力評価が高いとはいえ突破力は彼女程ではない三浦では、まず無理だろう。

 

 三浦の機動力はあくまでも動きの滑らかさ、淀みのなさから来ているので、香取のそれとは性質が違うのだから。

 

(そもそも、雄太は大きく負傷してる。時間を稼ぐのは、単に雄太という駒を捨てる事になるだけ。それは有効な策とは言えないし、何も出来ずにトリオン漏出での緊急脱出(ベイルアウト)を迎えるだけになる。そうなれば、自由(フリー)になった熊谷先輩が何をするか分からない。これ以上不確定要素を増やしたくないのは事実だし、このやり方にメリットはない)

 

 加えて、脇腹を大きく損傷した事で三浦にはタイムリミットが生まれている。

 

 その彼を安易に逃がしたところで、トリオン漏出での脱落を迎えるだけだ。

 

 そうなれば熊谷が自由になり、再び伏せ札としての運用が可能になってしまう。

 

 流石にこの状況下でそれをやられてしまえば、勝機は殆どなくなってしまうだろう。

 

 ただでさえ詰みに近い盤面を、完全な詰みの形に持っていかれてしまうのだけは避けるべきだ。

 

(切り替えましょう。雄太はもう、リミットが見えている状態。明確な「使用用途」を考えて、使い切るべきところよ)

 

 故に、三浦は切る。

 

 正しくは、「使い道」を考える。

 

 徒に時を浪費するのではなく、勝利へ繋がる選択を。

 

 それが、華の下した決定だった。

 

(雄太はもう、そこは分かってると思う。となると問題は「使い道」だけど、旋空で列車を破壊に────────は、無理ね。完全に警戒されてるし、そもそも熊谷先輩が逃がしてくれるとは思えない)

 

 分かり易い貢献として列車の破壊があるが、流石にそれは厳しいだろうと華は断じる。

 

 相手はわざわざ熊谷の潜伏を解除してまで、旋空持ちの三浦を足止めに来たのだ。

 

 彼が列車に近付く事は何が何でも阻止するであろうし、此処まで警戒されている以上防護策は二重三重に張られていると見るべきだ。

 

 そんな中で無理をしてまで列車に近付かせたところで、優位な結果を得られるとは思えない。

 

 並の相手ならばともかく、相手は仮にもA級。

 

 その程度のやり方でどうにかなるような相手では、まずないだろう。

 

(雄太はあそこからは動けない。その前提で考えましょう。このまま戦闘を継続すれば、雄太は遠からずトリオン漏出で脱落する。だから相手は無理をして倒そうとはしない筈だし、遅滞戦闘に全力を注ぐでしょう。それなら────────)

 

 華は思考を巡らせ、三浦の使い道について考える。

 

 数秒、目を瞑る。

 

 再び瞼を開いた時には、既に結論は出ていた。

 

(────────雄太はこれでいい。このやり方が、一番な筈。となると問題は、葉子の方ね)

 

 三浦に関する事は、決まった。

 

 残るは、七海と戦闘中の香取の事だ。

 

(安易に樹里を使うのが下策な以上、列車にいる那須さんに届き得るのは普通に考えて葉子だけ。けど、あっちもそれは分かってる。当然警戒されていると見るべきだけど────────)

 

 チラリ、と画面を見る。

 

 様々なデータや画像が映し出される中、華は思考を巡らせた。

 

(────────それでも、葉子ならやれる。その前提で行きましょう。警戒されてる程度で完全に止められる程、あの子は甘くない。敵の戦術が判明した以上、無理をしてまで展望ビルを抑える必要性は薄い。列車の、那須先輩の対処に全力を注ぐべきだわ)

 

 現実的に考えて、今ある手札の中で列車に搭乗する那須をどうにか出来るのは隊内でも随一の突破力を誇る香取だけだ。

 

 当然それは向こうも分かっているだろうが、相手の戦術が判明した以上展望ビルは捨てても問題は無い。

 

 確かにあそこを抑えれば有利にはなるが、それで列車に乗る那須を即座にどうこう出来るワケでもない。

 

 今は彼女の対処に全力を注がなければ、こちらが詰みに持っていかれる。

 

 そういう、盤面なのだから。

 

(葉子を列車に到達させる、これは決定事項。ただ、それだけじゃ弱い。あの子が確実に列車に乗り込む為の策を練らないといけない。その為には────────)

 

 作戦を形にする為、華は手を動かしながらも思考に没頭する。

 

 様々なルートを検証し、脳内でシミュレートしていく。

 

 マルチタスクは得意な方ではないが、代わりに一つの事に対する集中力は眼を見張るものがあるのが彼女だ。

 

 普通ならば数分かかる作業であれど、彼女なら僅かな時間で完了させられる。

 

 数秒。

 

 それが、華が思考に要した時間だった。

 

(────────これでいい。後は、動くだけ。その時の為の準備を、やらなくちゃならない)

 

 結論が決まり、華は通信を繋ぐ。

 

 相手は勿論、親愛の幼馴染だ。

 

「葉子、七海先輩は放置しても良いから列車に向かって。ルートを指示するわ。場所は────────)

 

 

 

 

「…………!」

 

 香取のその動きを、七海は見逃さなかった。

 

 鍔迫り合いを続けている最中、香取は突然バックステップで退避し、くるりと反転して跳躍。

 

 そのまま、一目散へ駆け出したのだ。

 

 息もつかせぬ攻防の中の、刹那の反転。

 

 それに反応出来ず、七海は香取を逃がしてしまった。

 

「行かせるか」

 

 勿論、放置は論外。

 

 相手の狙いは十中八九、列車に乗る那須だろう。

 

 既に、こちらの戦術は露見していると見るべきだ。

 

 あちらには、強化視覚を持つ樹里がいる。

 

 索敵能力では大幅なアドバンテージを持つ狙撃手がいる以上、一度披露した戦術のタネが割れているのは確定と見るべきだろう。

 

 七海は、相手を侮らない。

 

 常に「こちらを超え得る可能性のある存在」と認識し、全力で叩き潰す。

 

 それが、七海のやり方なのだから。

 

 即座に追う判断を下した七海は、グラスホッパーを起動。

 

 一足先に動いた香取を捕まえるべく、空中に躍り出た。

 

「…………っ!」

 

 無論、香取も七海が追って来た事には気付いている。

 

 その上で取った選択は、更なる加速。

 

 彼女もまたグラスホッパーを展開し、次々と踏み込んで跳躍。

 

 スピードを上げて、七海を引き離しにかかった。

 

(速い…………っ! しかも、迷いがない。あれは、最悪こちらが潜伏を選んでも構わないと思ってるやり方だ。やっぱり、戦場での判断力は群を抜いているな)

 

 香取が即座に迎撃ではなく全力の退避を選択した事に、七海は感嘆していた。

 

 こちらの迎撃にシフトしてくれれば、どうとでも時間稼ぎをする事が出来た。

 

 遅滞戦闘は七海の得意とするところであるし、そもそも彼に奇襲は通用しない。

 

 つまり、戦闘を選んだ時点で七海側が優位に立つのは明白であった為、迷いなく逃走を選んだ香取の判断が唯一の正解と見るべきだろう。

 

(良いだろう。それならこちらも、全力で追跡するだけだ。どんな作戦が来るかは予想するしかないが、こちらも全力で叩き潰す。それだけだ)

 

 七海は不敵な笑みを浮かべ、香取に追い縋る。

 

 エース二人による、熾烈なデッドヒートが幕を開けた。

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