香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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クロスランク戦ver「痛みを識るもの」⑧

 

 

『以上が作戦。今は、死ぬ気で逃げて。基本的に、一度捕まったら終わりだと思うからよろしく』

「簡単に言ってくれるわね、っと…………っ!」

 

 グラスホッパーを踏み込み、空中を駆けながら香取は悪態をつく。

 

 しかし、その動きに淀みはない。

 

 次、どのように動けば良いか。

 

 理屈ではなく、本能で分かっている動きだ。

 

 加えて、周囲への警戒も怠っていない。

 

 一度戦闘モードに入った香取は、自然とこの程度の事はこなせる。

 

 諸々の成長の成果もあったとはいえ、B級一位にまで上り詰めた実力は伊達ではないのだ。

 

「上」

「了解」

 

 そんな香取の下へ、華の警告と共に変化弾(バイパー)が降り注ぐ。

 

 最早隠す必要はないと、列車から直接放たれたそれは放物線を描いて少女の下へ飛来する。

 

 先程までの隠密重視の弾道とは異なる、派手とさえ言える弾幕。

 

 それは、敵の本気度の現れでもあった。

 

「────────」

 

 香取は無言でグラスホッパーを起動し、踏み込む。

 

 二度、三度と跳躍を繰り返し、狭い路地を縦横無尽に駆け回る。

 

 如何にバイパーの軌道が変幻自在とはいえ、射程にトリオンを多く割り振った状態では弾速はたかが知れている。

 

 どれだけの物量だろうが、それでは香取の喉元には届かない。

 

 無数の毒蛇の牙は少女に届く事なく、香取は悠々と路地を駆け行く。

 

 それはこのくらいどうという事はないという、挑発にすら見えた。

 

『油断しないで。敵に近付けば近付く程、弾速は上がる。今は余裕を持って避けられているけど、次からもそうとは限らない』

「言われなくても分かってるわよ。それに」

 

 チラリと、香取は背後を覗き見る。

 

 その視線の先には、自分と同じようにグラスホッパーを駆使しながらこちらを追随する七海の姿があった。

 

「────────あっちも、隙を見せればただでは済まないでしょうから」

 

 今はまだ、距離を空けられている敵のエース。

 

 沈黙のまま無言でこちらを追い行くその姿に、香取は警戒を露にする。

 

 一瞬の不意を突いた事で今は何とか逃げ切れているが、これからもそうとは限らない。

 

 間違いなく、このままでは終わらないだろう。

 

 そんな、確信があった。

 

「華、那須先輩への警戒はお願い。アタシは、あっちへの対処に全力を注ぐわ」

『了解』

 

 幼馴染に依頼しつつ、香取は全力で路地を駆ける。

 

 油断なく周囲への警戒を強めるその姿は、確かな強者のそれに見えた。

 

 

 

 

(速いし、巧いな。今のところ、付け入る隙はないか)

 

 無言で香取を追いながら、七海は内心で称賛していた。

 

 これまで、香取の動きに一切の淀みはない。

 

 的確な動きで無駄の一切を省き、変化弾(バイパー)の雨に襲われても冷静に躱している。

 

 その一つ一つの動きに経験故の熟練が見え、かつての彼女とは比較にすらならない。

 

 相応の死線を潜り抜けたのだろうという予測は、間違ってはいなさそうであった。

 

(玲の変化弾(バイパー)だけじゃなく、俺への警戒も怠っていない。迎撃の素振りは一切見せず、ただ遁走にのみ全力を注いでいる。迷いのない動きだ。これは、手強いな)

 

 もし、一瞬でも七海を迎撃する素振りを見せていれば。

 

 もし、刹那でも別の事に気を取られていれば。

 

 その隙を突いて、追いつく事が出来ただろう。

 

 だが、今の香取は逃げる事に一切の迷いがない。

 

 迎撃など欠片も考えず、ただ七海から逃げ切る事にのみ全力を注いでいる。

 

 それが唯一の正解だと、完全に理解している動きだ。

 

 一瞬の不意を突いて得た距離のアドバンテージを活かし切り、目的を最後まで達する。

 

 その初志貫徹の志がなければ、こうはならないだろう。

 

(今はまだ、メテオラでの攻撃も悪手だ。少しでも攻撃に意識を割けば、その隙に更に距離を空けられてしまう。少なくとも、この場ではそれは出来ない)

 

 けれど、と七海は思考する。

 

(玲に近付けば近付く程、弾速は上がる。みすみす玲に彼女を近付ける事にはなるけれど、その程度のリスクも呑み込めないようじゃ今のあの子は倒せない。此処は、我慢の時だ)

 

 現時点では列車に乗る那須とは距離があり、従って変化弾(バイパー)は射程にトリオンを多く割り振らざるを得ない。

 

 その程度の妥協した弾速では、今の香取にとっては何の脅威にもならない。

 

 だが、これからは別だ。

 

 距離が近付けば近付く程、弾速に振る事の出来るトリオンは上がる。

 

 そうなれば流石に、香取も片手間で対処する事は難しくなる。

 

 その時が、勝負だ。

 

「玲、今はまだトリオンを温存して構わない。ある程度近付いてから、勝負をかけよう」

『了解。それなら、それまではくまちゃんの援護に集中するわね』

 

 ああ、と七海は頷く。

 

「それでいい。合図はこちらから出す。みすみす君に危険を近付ける事になるが、これが最善だと判断した」

『構わないわ。私も、それが最善だと思うから』

 

 幼馴染にして現在の恋人、部隊の隊長である那須の認可も得て、さて、と七海は追い縋る香取を見据えた。

 

(時期を見て、一気に仕掛ける。君を、玲の下まで行かせはしない。勝負しようか、香取)

 

 

 

 

『やっぱり、私達の知ってる彼女とは別物ですよね。なんというか、隊長としての貫禄がありますもん』

「ええ、私たちの知る香取さんを軽んじるつもりはないけれど、今の彼女は色々とものが違う気がするわ。歴戦の猛者、みたいな凄みを感じるもの」

 

 揺れる列車の中、那須はオペレーターの小夜子と会話しながら今こちらへ近付いている香取へ思いを馳せていた。

 

 ランク戦で何度も戦った相手である彼女の事は、しっかりと記憶に残っている。

 

 しかし、今相対している香取は自分達が識る彼女とは様々な差異が見受けられた。

 

 少なくとも、此処まで戦闘慣れした姿は初めて見る。

 

 如何に成長したと言っても、自分達が識る彼女はまだ経験不足故の不安定感があった。

 

 だが、今戦っている香取にはそれがない。

 

 隊長として、エースとして、地に足が着いた感じがしているのだ。

 

 直接言葉を交わしたワケではないが、これまでの交戦や七海からの所感を聞く限りその感想は間違っていないように思える。

 

 ものが違う、という評価が的確であろう。

 

「気にしない、と決めたもののなんだか不思議な感じね。()()()()()()()()()()()と戦う、というのは」

『しかも木岐坂さんっていう正体不明の狙撃手が加わってますからね。試合前は自然と受け入れてましたけど、考えてみればどんな人なのか性格も何も知らないですし、性能(スペック)から予想するしかないのが辛いところです』

 

 現時点では既に、那須も小夜子もこの試合の違和感には気付いている。

 

 試合前は意識すら出来なかったが、こうして実際に戦えば嫌でもその差異は眼についてしまう。

 

 それでも試合の中断など考えないのは、本能的に「害はない」と察しているからでもあった。

 

 今は、この試合に勝つ事に全力を注ぐ。

 

 それが、彼女達の最終決定だった。

 

「けど、性能(スペック)は分かってもどんな戦術を取るかはトリガー構成から予想するしかないのだけれど────────彼女、結構トリガーセットを変える子みたいなのよね。与えられてる情報通り、であるなら」

『ええ、そこも厄介です。狙撃手としては勿論、射手としても動ける出水先輩並のトリオンを持つ子なんて、手札がどれだけあるか分かったものではありません。どのトリガーを持ち込んでいるかが分からないのも、中々に厄介ですね』

 

 そこで問題となって来るのが、未知の戦力である樹里への対処だった。

 

 性能(スペック)を見た限りでは強化視覚という副作用(サイドエフェクト)を最大限に生かす形で射程無限の狙撃手として立ち回り、場合によっては射手の戦い方にシフトする香取隊のもう一枚のエース、という評価になる。

 

 しかし、どのトリガーを持ち込んでいるかが分からない、というのは中々に厄介な点だった。

 

 ほぼ毎試合ごとにトリガーを変えているようであるし、どういうトリガーセットにして来ているのか実際に使われないと分からないのは、戦略を立てる上でノイズに成り得る。

 

 普通の隊員であれば咄嗟の時に使うトリガーを間違えかねないという理由で頻繁にトリガーセットを変えたりはしないのだが、それを難なくこなしているあたり彼女の適応力の高さが伺える。

 

 色々な意味で、普通の狙撃手と見て挑めば痛い目を見るのは確実だろう。

 

「でも、位置さえ分かれば玲一が仕留めに行ける。どれだけ厄介な相手でも、香取さんっていう前衛を片付けてしまえば脅威度は半減する。狙撃手も射手も、強い前提がいてこそ力を発揮するのだもの。今は、香取さんの対処に全力を注ぎましょう」

『ええ、とはいっても今の距離で撃っても片手間に避けられるのがオチです。七海先輩の言う通り、ある程度引き付けてから仕留めにかかりましょう』

 

 そして、と小夜子は続ける。

 

『その間に、熊谷先輩の援護をして三浦先輩を追い込みにかかりましょう。あちらも私達の知る三浦先輩とは異なっているようですが、それでも脅威度で言えば香取さんよりも下でしょうから』

 

 

 

 

「…………!」

 

 三浦は路地の上から降り注ぐ無数の光弾を見て、目を見開いた。

 

 これまでの隠密重視の弾道ではなく、数にあかせた全力の弾幕。

 

 それを見た瞬間、既に三浦は行動を開始していた。

 

 迷う事なく熊谷に背を向け、その場から全力で退避。

 

 狭い路地を駆け抜け、建物を盾にMAP中央の方角に向けて駆ける。

 

 那須は、MAP外周を走る列車から変化弾(バイパー)を放っている。

 

 つまり、そこから遠ざかれば遠ざかる程弾速に割り振る事が出来るトリオンは減り、躱し易くなる。

 

 それはつまり三浦が那須に近付くチャンスを自ら捨てる事を意味するが、それで問題は無かった。

 

(華の指示は、那須さんは葉子ちゃんに任せるからオレはこっちをどうにかしろ、ってものだった。正直オレじゃこの傷を抱えながら那須さんに近付いたところでやられるのがオチだろうし、それで正解だろう。時間切れ(トリオン漏出)で落ちる前に、しっかりと仕事をこなさないといけない)

 

 列車に乗る那須の対処は香取にやって貰うと、華から事前に指示は受けていた。

 

 正直、それしかないと考えてはいた。

 

 大きなダメージを抱えた自分では、そもそも列車まで辿り着けるか怪しい。

 

 加えて、旋空という列車を破壊する手段を持つ三浦を警戒して熊谷を差し向けて来た相手だ。

 

 みすみす自分があちらへ近付くのを許しはしないだろうし、近付けは近付く程変化弾(バイパー)の弾速は上がる。

 

 今はまだ弾速が左程でもないのでどうにか対処出来てはいるが、これ以上弾速が上がった状態であれの対処は正直身に余る。

 

 香取のような危機への直観力もなく、咄嗟の機転でも彼女に劣る自分では弾速の上がったバイパーを対処するのは難しいだろう。

 

 だからこそ、三浦の役割は決まっていた。

 

 今戦っている相手、熊谷を全力で打ち倒す。

 

 それが、タイムリミットを抱えた三浦の出来る最後の役割だった。

 

「…………!」

 

 三浦は咄嗟に跳躍し、その一撃を回避する。

 

 建物ごと両断したその攻撃は、旋空。

 

 現在相対している攻撃手、熊谷の放ったものだ。

 

 流石に生駒のように家数軒を纏めて斬り裂くような芸当は出来ないだろうが、それでも旋空の切断力と攻撃範囲は侮れない。

 

 今の一撃を直接受けはしなかったが、盾としていた家屋が消えた事で射線が通ってしまった。

 

追尾弾(ハウンド)

 

 それはつまり、第二波が迫る事を意味している。

 

 熊谷が放った、無数の光弾。

 

 一度空中に撃ち上がったそれは放物線を描いて広がり、三浦を囲うように降り注ぐ。

 

 バイパー程自由自在に軌道を設定できるワケではないが、追尾弾(ハウンド)もまた誘導設定を調整する事である程度弾道を変化させる事が出来る。

 

 片手間に使うのであればそこまで細かい設定はせずとも撃つ事は出来るが、これが出来るかどうかでハウンドの習熟度は天と地ほどに差が出る。

 

 熟練の射手とまではいかないが、それでも攻撃手のサブウェポンとして使うのであれば中々の習熟度と言えるだろう。

 

 遮蔽物がない中、この弾幕の対処を行うにはシールドを張るのが手っ取り早い。

 

(けど、それをすれば旋空が飛んで来て終わりだ。なら…………っ!)

 

 とはいえ、そんな真似をすれば旋空の第二撃で纏めて斬り裂かれて終わりだろう。

 

 故に、選ぶのは逃走しか有り得ない。

 

 即座にそう判断し、三浦は全力で駆け抜けようとした。

 

「…………っ!?」

 

 ────────だが、それは出来なかった。

 

 一撃。

 

 地面を縫うように飛んで来た一発の弾丸が、三浦の左足を射抜いたからだ。

 

 何が、起きたのか。

 

 それを悟るには、一瞬あれば充分だった。

 

(しまった…………っ! 一発だけ遅れさせて、隠密重視の弾道でバイパーを撃っていたのか…………っ!)

 

 そう、原理は先程と同じだ。

 

 だが、今度は派手な空中からの弾幕と熊谷の波状攻撃で眼を晦ませた上で、一発のみを地面スレスレの軌道で撃っていたのだ。

 

 刹那の隙を突かれ、片足をもがれた今下手な逃走は許されない。

 

 機動力を削がれた三浦に向け、猟犬の牙が襲いかかった。

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