香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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クロスランク戦ver「痛みを識るもの」⑨

 

 

(よし、巧くいった…………っ!)

 

 熊谷は足を負傷し、逃げる事が出来なくなった三浦を前に内心でガッツポーズを決めた。

 

 此処に来るまで、本当に長かった。

 

 当初の考えでは、那須の変化弾に併せた奇襲で仕留めに行くつもりだった。

 

 勿論それは出来れば儲けもの、といった程度で最低限不可逆のダメージを与える事さえ出来ればそれで良しという想定ではあった。

 

 とはいえ、突然の変化弾(バイパー)に加え熊谷の攻撃まで併せた波状攻撃を生き残れる者はそうはいない。

 

 並の相手ならば、あそこで終わっていただろう。

 

 だが、三浦は生き残った。

 

 少なくないダメージを負い、タイムリミットを背負う形になったとはいえ即死はさせられなかった。

 

 幸い時間さえ稼げばトリオン漏出で脱落する損傷だった為、遅滞戦闘に切り替えた形だ。

 

 三浦はしぶとく粘り、気付けばそれなりの距離を移動していたが、現状熊谷が不利になる目は見えていない。

 

 このまま遅滞戦闘を続ければ、遠からず三浦はトリオン漏出で脱落して終わりだろう。

 

(けど、それは三浦くんが落ちるまであたしがここから離れられないって意味でもある。出来ればさっさと倒して、他に向かいたいってのが本音)

 

 だがそれは、三浦が脱落するまで熊谷がこの場に張りつけにされる事を意味している。

 

 勿論電車を旋空で破壊可能な彼を足止めするのは重要な役割だが、三浦さえ落とせば熊谷は再び潜伏し、「伏せ札」としての役割を得る事が出来る。

 

 現状戦況は那須隊側に優勢であり、その状態で彼女が潜伏すれば大きなアドバンテージを得られるだろう。

 

 だからこそ、熊谷は那須の援護を得て速やかに三浦を仕留める事とした。

 

 そして今、その目論見は結実しようとしている。

 

(足が削れた以上、変化弾(バイパー)を防ぐにはその場でシールドを張るしかない。けど、その瞬間あたしが旋空を叩き込んでシールドごとぶった斬れば良い。万一それで仕留められなくても、追加でハウンドを撃ち込めばそれで終わりよ…………っ!)

 

 三浦は現在、片足を負傷している。

 

 あの状態では機敏な移動は望めないし、此処から逃げる事はまず不可能。

 

 出来る事といえばその場でシールドを張る事くらいだろうが、それなら旋空で叩き割れば良いだけの事。

 

 どう足掻いても、詰み。

 

 それが、今の盤面だった。

 

「…………!」

 

 だが。

 

 次の瞬間、熊谷は眼を見開く事になる。

 

 三浦が、攻撃体勢を取ったからだ。

 

 弧月を横向きに構えた、特徴的な姿勢。

 

 それはまさしく、今熊谷が取っているのと同じ「旋空の発射態勢」だった。

 

(…………っ! 捨て身の、相打ち狙い…………っ!? 逃げられないって悟って、腹を括ったって事か…………っ!)

 

 その行動の意図を、瞬時に悟る。

 

 三浦は、防御ではなく捨て身の攻撃を選んだのだと。

 

 熊谷は、理解した。

 

 確かに、このままならどう足掻いても詰みでしかない。

 

 ならばと、一縷の望みを懸けて捨て身の攻撃に出た。

 

 あちらの思惑としては、そんなところだろう。

 

(覚悟を決めるのが早い…………っ! 舐めてたのはこっち、って事か。でも、生憎それに付き合ってあげる義理はないわ。どうせ、あっちは放って置いてもトリオン漏出で脱落する。此処であたしが相打ちになったら、流石に駒損だものね)

 

 しかし、熊谷は冷静だった。

 

 既にタイムリミットが決まり、尚且つまともな逃走も望めないあちらとは異なり熊谷はただ時間を稼げばそれで良い。

 

 いち早く片付ける事が出来ればそれだけ優位には立てるが、その為に自分が落ちてしまったのでは本末転倒だ。

 

 放置しても脱落する相手との相打ちは、流石に割に合わない。

 

 刹那の思考の中、熊谷はそう考えて行動を回避一択に絞る。

 

 三浦と異なり、こちらは無理に勝負を急ぐ必要性は薄い。

 

 旋空を回避して、そこから改めて戦闘を再開すれば良い。

 

 それが、熊谷の結論だった。

 

(来た…………っ!)

 

 そして、三浦の旋空が発射される。

 

 横薙ぎに放たれた、防御不能の拡張斬撃。

 

 それを回避せんと、熊谷は空中に跳躍し。

 

「え…………っ!?」

 

 バツン、と、何かに弾かれて体勢を崩した。

 

 何が、起きたのか。

 

 眼を凝らし、空中を見据える。

 

(…………! ワイヤー…………っ!)

 

 そこにあったのは、()()()()

 

 空中に張られた、一本の糸。

 

 ワイヤートリガー、スパイダー。

 

 それが、熊谷の体勢を崩したものの正体だった。

 

(一体いつの間に────────いや、違う…………っ! ()()()()んだっ! ワイヤーが張ってある場所まで…………っ!)

 

 何故、此処にそれがあるのか。

 

 熊谷は、瞬時に答えに辿り着く。

 

 三浦は、何も闇雲に移動していたワケではない。

 

 自分が糸を張った「巣」まで、熊谷を誘き寄せていたのだと。

 

 この試合で熊谷が三浦と接敵するまで、それなりの時間があった。

 

 その間、三浦が何かをする時間は充分存在した。

 

 ワイヤーは、展開に左程の手間を必要としない。

 

 それこそ、移動しながらの片手間で出来る。

 

 三浦が熊谷と接敵するまで、ワイヤーを張っていただろう事はそもそも予想されていた。

 

 熊谷が三浦を一刻も早く探し出したかったのは旋空の使い手である彼の足止め目的もあるが、同時にワイヤーの設置係の一人を早急に片付けておきたかったという事情もあった。

 

 奇襲に対して無類の強さを誇るのが那須隊エースの片割れである七海だが、そんな彼にも対応の難しいギミックは存在する。

 

 その一つが、攻撃力(いたみ)を伴わない設置罠であるスパイダーだ。

 

 この隠されし糸が広範に張り巡らされる事は、それだけ七海の鉄壁の防御へ付け入る隙を与える事になる。

 

 だからこそ、機動力に優れたワイヤー設置役である三浦を早急に足止めしておきたかったのだ。

 

 若村と比して、三浦は足が速い。

 

 機動力評価8という数値は侮れるものではなく、彼を放置すれば広範囲にワイヤーを設置されかねない。

 

 故に熊谷は三浦を狙ったのだが、つまるところ。

 

 彼女は三浦がワイヤーを設置しているであろう事は、ある程度想定はしていたという話だ。

 

 要するに、分かっていた罠に引っかかった形になる。

 

(迂闊だった…………っ! 普通に移動していて何も引っかからなかったから、碌にワイヤーは設置出来なかったと思って油断した…………っ! まさか、()()()に仕掛けてたなんて…………っ!)

 

 なのに熊谷がワイヤーの事を失念していたのは、これまで移動する中でそれらしいものに引っかからなかったからである。

 

 そもそも、熊谷はかなり早期に三浦と接敵している。

 

 だからワイヤーを張る時間は碌になかっただろうという考えもあったし、これまで戦闘を繰り広げて来た中で特にそれらしいものに引っかからなかった事から、すっかり失念してしまっていたのだ。

 

 勿論それは、三浦に痛打を与えて優位に事を運べているという状況が油断を招いた事は否定出来ない。

 

 しかしそれ以上に、三浦の罠の仕掛け方が巧みだった。

 

 彼は普通に移動していて引っかかる場所にではなく、こちらが跳躍して初めて触れる個所にワイヤーを設置していた。

 

 もし、こちらが三浦に対し攻撃される前に叩き斬るつもりで踏み込んでいれば、この罠には引っかからなかっただろう。

 

 しかし、熊谷は放置すればトリオン漏出で緊急脱出(ベイルアウト)するであろう三浦に対し、リスクを計算して保身を優先してしまった。

 

 元より熊谷は守備的なスタイルの攻撃手であり、攻撃速度に関してはそこまで突出していない。

 

 仮に生駒であればその神速の抜刀術を以て三浦の攻撃前に肩を付ける、というやり方もあっただろう。

 

 だが、熊谷にそこまでの技能はなく、何よりも既に遠からず脱落が確定していた三浦に対しリスクを冒す事を躊躇してしまった。

 

 三浦はその心理を利用して、熊谷を罠にかけたのだ。

 

 彼女なら、捨て身の攻撃ではなく回避を選択するであろうと。

 

 そう、判断した上で。

 

 既に熊谷は空中で体勢を崩し、回避の手段はない。

 

 三浦の旋空は既に振り抜かれる寸前であり、防御不能の拡張斬撃を前に彼女に取れる手段はない。

 

(まだだ…………っ! それなら、こっちも旋空で迎撃する…………っ!)

 

 否だ。

 

 まだ、手はある。

 

 それは、イチかバチかの賭け。

 

 即ち、旋空を以て旋空を迎撃する。

 

 防御不能の切断力を持つ旋空だが、厳密に言えば何もかもを無制限に斬り裂けるというワケではない。

 

 旋空は刃の先端に向かえば向かう程威力が向上する性質を持ち、最も切断力の高い先端を正確に標的に当てる事で無類の攻撃力を発揮する。

 

 つまり、イルガーやラービットといった堅い装甲を持った相手を旋空で両断するには、先端部分を正確に敵に当てる技術が必要になる。

 

 これが大規模侵攻の時、ラービットを撃破出来た攻撃手と手も足も出なかった攻撃手の差であり、旋空は見た目程便利なものというワケではない理由の一つでもある。

 

 そして、旋空は斬撃を飛ばすものと思われがちだが、厳密には違う。

 

 旋空の性質は、ブレードの伸縮・拡張なのだ。

 

 つまりブレードそのものを瞬間的に伸ばし、その上で先端を中心に絶対的な切断力を付与している。

 

 要するに旋空とは巨大化させた弧月のブレードでの攻撃であり、刃の性質そのものは弧月と変わらない。

 

 要するに、エネルギー弾や空気弾のようなものではなく、実態を持ったブレードなのだ。

 

 ならばこそ、()()()()が可能となる。

 

 勿論、普通の受け太刀とは異なる。

 

 瞬間的に伸びるブレードの目測を誤れば迎撃は出来ないし、何より威力の高い先端部分をこちらのブレードに当てられてしまえばそのまま押し切られる可能性すらある。

 

 本来であれば、生駒のような旋空の名手にしか出来ない芸当と言える。

 

(あたしなら、出来る。いや、やるんだ…………っ! この状況を覆すには、それしかない…………っ!)

 

 熊谷は極限の集中の下、旋空の発射態勢に入った。

 

 最早、悠長に狙いを付けている時間は無い。

 

 瞬時に相手の刃の軌道を見極め、正確にこちらのブレードを当てる他ない。

 

 それでもやるしかないと腹を括り、熊谷は旋空を振り抜いた。

 

 横薙ぎの三浦の旋空に対し、熊谷は上段から振り下ろす形で旋空を放つ。

 

 些細なズレで目測を誤る横薙ぎよりも、こちらの方が相手のブレードに当て易いだろうとの判断だ。

 

 極限の集中下で振り下ろされたブレードは、狙い過たず三浦のブレードと交差する形で軌道を描く。

 

 これならば、最低でも相手の刃をズラしてこちらへの直撃を避ける事が出来るだろう。

 

(良し! これで…………っ!)

 

 そうなれば防御を捨てて攻撃に走った三浦に弾幕から身を守る術などなく、このままバイパーとハウンドに蜂の巣にされて終わりだろう。

 

 致命的な隙を晒してしまったものの、これでリカバリーは完了。

 

 反省点は山ほどあるが、今はそれを考えるべき時ではない。

 

 熊谷は確かな手応えを感じ、そう算段をつけた。

 

 危うかったものの、三浦の捨て身の攻撃は凌ぐ事が出来たと。

 

 この局面は自分の勝ちだと、そう考えた。

 

「え…………っ!?」

 

 だが。

 

 次の瞬間、その目算は崩れ去った。

 

 三浦の旋空の軌道が、急にブレた事によって。

 

 こちらの胴を狙っていた斬撃は、急に速度を変えた上で軌道が上向きに変更。

 

 熊谷の旋空は標的と接触する事なく、そのまま空を切る。

 

 拡張斬撃はそのままの勢いで、熊谷に向かって振り抜かれた。

 

 一閃。

 

 三浦の旋空が、熊谷の胸部を腕ごと両断する形で切断。

 

 熊谷の脱落を、決定させた。

 

(…………っ! まさか、途中で旋空弧月を()()()だなんて…………っ! そんな方法で軌道を変えるとか、アリ…………っ!?)

 

 何が、起きたのか。

 

 それは、言葉にしてみれば単純だ。

 

 三浦は、旋空を発動したまま弧月を()()()()のだ。

 

 彼に、旋空の軌道を中途で変更するような生駒のような真似は出来ない。

 

 だからこそ、「弧月を投げる」という荒業を以てそれを実現させたのだ。

 

 勿論これは、失敗の可能性を孕んだ博打のようなものだ。

 

 しかし三浦はそうでもしなければこの場で熊谷を落とす事は叶わないと悟り、その賭けに全てを懸けた。

 

 リスクを恐れないその行動が、勝負の明暗を分けた。

 

 防御、後先(リスクヘッジ)を考えた熊谷との差はそこだろう。

 

 熊谷は状況的に優位だったからこそ、「今後」を考えて思考が守備的になってしまいリスクを冒す事を恐れた。

 

 三浦には後がないからこそ、リスクを度外視した手を打つ事が出来た。

 

 両者の勝敗を分けた要素は、その点に尽きるだろう。

 

 後がない、タイムリミットがあるからこそ後先を考えない手を打つ事が出来た三浦の選択が功を奏した。

 

 これは、それだけの話なのだから。

 

「やられたよ。あたしはやっぱり、まだまだだね」

 

 そして、防御を捨てて攻撃を行った三浦に弾幕を対処する手段はない。

 

 次の瞬間、無数の光弾が襲い掛かり三浦のトリオン体を吹き飛ばす。

 

『『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 奇しくも、同時。

 

 二人の攻撃手は光の柱となり、戦場から消え去った。

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