「────────!」
香取は迫り来る弾丸を視認すると同時、グラスホッパーを展開。
連続でジャンプ台を踏み込み、路地に入り込んで再跳躍。
続け様の加速で、変化弾からの逃走を画策する。
「…………っ!」
だが、次の瞬間弾幕の挙動が変わる。
空中で直角に曲がり、降下。
香取の入り込んだ路地へ降り立った無数の光弾は、そのまま彼女目掛けて襲い掛かる。
(動きを読まれた…………っ!? しかもあんな曲がり方するとか、ウソでしょっ!?)
今の軌道は、香取の動きを完全に読んでいなければ出来ないものだ。
それはいい。
だが、空中から直角に曲がり路地に正確に入り込ませるなど、変態的な挙動を軽々と成功させてみせた那須の技量の高さに戦慄する。
如何に現地にいる七海からの観測情報があるとはいえ、一から弾道を引いている那須が弾を正確に狭い路地へと送り込むのがどれだけの神業なのかは言うまでもない。
されど、実際に成功させている以上は事実を受け入れ対抗するしかない。
背後に迫り来る毒蛇の群れは、幻などではなく現実の脅威なのだから。
「チィッ!」
香取は再び、グラスホッパーを起動する。
それを踏み込み、跳躍。
一息で路地から跳び上がり、毒蛇がひしめき合う狭い通路からの脱出を果たす。
標的を見失った毒蛇の群れは、そのまま路地を抜けて行った。
言うまでもなく、これは苦渋の選択だ。
無数の
今の変化弾は、トリオンを多く弾速に振っておりかなり速い。
先程より数段スピードを増した弾幕相手に、回避する隙間が少ない路地で対処をするのは無謀に過ぎる。
故に路地から脱出するのは必須だが、言うまでもなくこれは
何せ、一度路地に入り込みそこから
「…………っ!」
────────当然、その隙を逃がす七海ではない。
同じようにグラスホッパーで加速を得た七海の凶刃が、香取に向けて振り下ろされる。
元々、七海は大きく差を付けて引き離せていたワケではない。
紙一重。
その程度のアドバンテージを得た上で、どうにか逃げて居られただけに過ぎない。
故に、少しでも隙を見せれば瞬く間に追いついて来るのは道理である。
だからこその、苦渋の選択。
香取は毒蛇の巣窟から逃れる代償に、白い暗殺者の追随を許してしまった。
此処で彼に足止めをされたが最後、そのまま時間稼ぎをされてあちらのワンサイドゲームになる事は目に見えている。
遅滞戦闘、という点で七海の右に出る者はいない。
その気になれば延々とこちらの思惑を潰し、足止めをし続けるのさえ彼にとってはワケはない。
彼は、あの翁相手にさえそれをやってのけた実力者。
異次元の強さを持つ剣聖相手に出来て、同じボーダー隊員相手にそれが出来ぬ通理はない。
故に、これは詰みに繋がる一手。
此処で彼に捉われれば、その時点で敗北に直結する。
「────────っ!」
────────その筈だった。
だが、香取はその未来を棄却する。
七海のスコーピオンによる攻撃を、香取は振り上げた足先から出した三日月型のスコーピオンで受け止める。
更に、七海の刃を
そのままグラスホッパーを起動して踏み込み、再度の逃走を開始した。
「────────巧いな」
七海は一瞬唖然に取られた顔をしつつも、刹那の停滞さえなくそのまま追撃に移った。
香取のやった事は、言葉にしてみれば簡単だ。
七海の斬撃をブレードで防御しつつ、その勢いを利用してそのまま跳躍する。
これだけだ。
元々、グラスホッパーの加速を得ていた七海の斬撃はかなりのスピードが出ていた。
その勢いをそのまま利用すれば、成る程加速台代わりに用いる事は可能だろう。
だが、理屈の上で出来るからといってあの土壇場で即座にそれが出来る者が果たして何人いるか。
香取の天賦の才と、戦場に於ける天性の戦闘勘。
それをフルに用いた、彼女ならではの技巧と言えた。
そして、香取はそれを何ら特別な事とは思っていない。
出来そうだからやった、やったら出来た程度の感覚だ。
指揮官としての成長を経たとはいえ、香取の根本が感覚派の天才肌である事は変わっていない。
そもそも、戦場でいちいち理屈で物を考えていては対処が間に合わなくなると彼女は思っている。
己の直感に従う方が結果的に最善の結果を導き得ると、彼女は本能で理解している。
これが、香取葉子。
才能に愛された、天性の戦闘者。
彼女を常識で測る事こそ、無粋の極みと言えるだろう。
「けど、逃がさないよ。君を、玲の下へは行かせない」
されど、それは彼女をみすみす逃してしまう理由にはならない。
刹那の間に切り替えを完了した七海は、グラスホッパーを連続で踏み込み跳躍。
逃げ続ける、香取の後を追った。
「見えた…………っ!」
全速力で街を駆ける香取が視界に捉えたのは、ガタゴトと駆動音を鳴らしながらこちらに迫る列車の姿。
即ち、那須の搭乗する「移動砲台」の本体である。
列車は、あちらから香取のいる場所に近付きつつある。
このまま接近すれば、そのまま跳び乗る事が可能だろう。
香取の動体視力ならば、走行中の列車に飛び込む程度は造作もない。
「…………!」
但し。
それは、何の邪魔もなかった場合の話である。
列車の窓から、無数の光の弾が放射される。
あの駆動する匣の中に収められた、那須という射手から放たれた毒蛇の群れ。
それらが、玉座に近付く不届き物を掣肘せんと襲い掛かる。
変化弾の速度は、先程のものよりも更に上がっている。
紛う事なき至近距離に向けて放たれた弾幕の速度は、最早ライトニングと区別出来ない程。
その軌道は、変幻自在。
四方八方から迫り来る光の蛇が、香取に牙を突き立てんと迫り来る。
「────────」
加えて、背後には七海が追い縋っている。
先程の攻防で一瞬距離を稼ぐ事は出来たものの、それはあくまでも
互いを害しないようルールが定められた競技場であればそれは絶対的な差と成り得るが、今自分達がいるのは妨害上等どころかそれが基本戦略である仮想の戦場。
妨害も策謀も何でもアリなこの場所で、一つの事に執心して他を疎かにすればその瞬間に横から刃を差し込まれるだけだろう。
つまり、先程やったような大ぶりな回避は悪手。
少しでも減速すれば、その瞬間七海に捉われるだけだろう。
先程の曲芸じみた回避が、二度通じるとは思わない。
そもそも、あれは初見だからこそ成功した代物に過ぎない。
元々、スコーピオンは自在に刀身の形を変えられる。
もし同じ真似をしようとすれば、今度は確実にこちらの脚を削る形で刃を突き立てて来るだろう。
「…………!」
故に。
取り得る手段は、ただ一つ。
最短最速。
だが、言うは易し。
今この場でそれは、相当な難易度を誇る。
普段の鳥籠のように、広範囲にばら撒かれているのならばまだどうにかなっただろう。
しかし、今香取を狙うのは弾速を重視した速力の高い弾幕の群れであり、尚且つ香取に逃げる隙を与えないよう彼女の周辺にのみ展開されている。
もし、正しい経路を見つけ出せなければ。
もし、刹那でも動くのが遅れれば。
その瞬間、毒蛇の牙は香取の身体に突き立ち敗北という名の毒を撃ち込まれる事だろう。
「────────あそこね」
されど、香取に一切の迷いはなかった。
一瞥。
ただ一瞥したのみで、香取は辿るべき
一切の躊躇いなくグラスホッパーを踏み込み、弾幕の中を掻い潜る。
その行軍は、正しく彼女の挙動が見えている者からすれば舞いのようにさえ見えたろう。
高速の、優雅さとは程遠い機能美を追求した空中駆動。
それを、数多くの弾幕に狙われた状態で難なく行うのだから正気の沙汰ではない。
しかし、それが出来るのが香取である。
彼女は言うなれば、窮極の感覚派。
「出来る」と思ったのならば、理屈など関係なく身体がその願望を実行に移す。
そこに煩雑な思考が入る余地はなく、むしろ天性の直感じみたそれである。
かつての香取隊でも香取が独断専行を繰り返していたのはチームの惨状に諦観し切っていた事も理由の一つだが、彼女が好きに暴れる事こそ勝利への最適解だと本能で理解していたからだ。
香取の
だからこそ、自分が好きに暴れるのが最も勝利に対して最短距離を駆け抜けられる方法であると本能で判断し、実行に移していただけなのだ。
もっとも、ボーダーの上位陣相手に個人戦力で対抗し続ける事など出来よう筈もない。
格上のチーム相手に、仲間の力を頼らない個人の能力のみで太刀打ちしようなど無謀を通り超えて狂気の沙汰である。
B級中位までならばそれでどうにかしてしまった香取の
ボーダーで上を目指すのなら個人の能力が優れた者が鍛錬でそれを洗練させ、チーム単位の戦術を編み上げあらゆる相手に対応出来るよう常に思考を巡らせ続けるのは当たり前の事であり、大前提だ。
能力があり、努力するのは当然。
それをやってようやくスタートラインであり、そういった意味で香取隊はスタートダッシュがかなり遅かった。
香取の持ち前のセンスと学習能力のインチキじみた高さでごり押しして何とか此処まで来れていたが、逆に言えばそれだけの素養が彼女にはあったという事。
コンマ一秒のミスさえ許されない絶技さえ、香取にしてみれば出来てもおかしくない程度の事でしかない。
駆ける。
迫り来る毒蛇の牙を紙一重で躱し続けながら、弾幕の間を少女が潜り抜けて行く。
既に、列車は目と鼻の先。
あと一歩。
あと一歩で、香取は列車へ到達する。
「…………っ!!」
そんな折、香取は強烈な悪寒を感じて思わず背後を振り向いた。
視線の先には、数メートル先からこちらに向かって腕を振り下ろそうとしている七海の姿があった。
(あのモーションは、なに? スコーピオンの間合いの外だし、弧月もないのに旋空みたいな構────────って、まさか…………っ!!)
一瞬何の為の構えか分からず困惑するが、次の刹那に気付く。
その七海の姿に、
自分は、これと同じ
それも、そう遠くない過去に。
「答え」が出た時、香取は血の気が引いた。
これは。
この、構えは。
間違いなく────────!
「マンティス…………ッ!?」
────────影浦の編み出したスコーピオンの発展技、マンティス。
それが、七海の腕からしなる鞭のように振るわれ、香取に襲い掛かった。
マンティスはスコーピオンを二つ連結させ、射程を拡張した上で自在な攻撃を可能とする影浦の
少なくとも、香取にとってはその認識だった。
まさか。
その固有技を、七海が習得していようとは夢にも思わなかった。
香取は、知らない。
異なる世界軸で七海は、影浦を師として仰ぎ、兄貴分として慕っていた事を。
マンティスは影浦から直接伝授されたものではないが、常日頃から数えきれない程目にして来たその技を彼は自力で習得し、自身のものとしていた。
蟷螂の刃が、死神の大鎌の如き殺意を以て香取を両断銭と迫る。
一瞬の隙を突いた、最大の隠し札。
それを切った七海の方が、一枚上手だった。
最早、香取にこれを凌ぐ手段は無い。
「こ、のぉ…………っ!!」
────────否だ。
それは、香取葉子という少女の
如何に、虚を突かれたとはいえ。
如何に、想定外の事態だったとはいえ。
刹那でも直撃前に気付く事が出来たのであれば、それに対応出来ない通理はない。
香取はマンティスの直撃直前に身体を捻り、紙一重で攻撃を回避。
それでもしなる刀身が彼女の身体を捉えようとするが、香取は腕から生やした三日月形の刃でそれをガード。
同時に展開したグラスホッパーを踏み込み、更に跳躍。
タタンッ、と着地音が響く。
香取は間一髪で蟷螂の刃を潜り抜け、列車へと跳び移る事に成功していた。
「────────よし」
紙一重の攻防
それを制したのは、香取。
香取は遂に、那須が潜む移動砲台たる列車へと足を踏み入れる事に成功した。