香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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クロスランク戦ver「痛みを識るもの」⑬

 

 

(前方からは大量の変化弾(バイパー)、後方からはスコーピオンの連続投擲…………っ! 詰めに来たわね…………っ!)

 

 香取は切羽詰まる状況の中、戦況を正確に分析する。

 

 宙に広がるは、無数の光の毒蛇の群れ。

 

 先程に倍する数の変化弾が、自分を狙っている。

 

 如何に香取でも、あの数相手に無傷で切り抜けるのは相当に難易度が高い。

 

 列車を破壊しかねない為メテオラは封じる事が出来たと思っていたのだが、まさかこんな形でカバーされるとは予想外である。

 

 物量、というものは時としてどうしようもない脅威として立ち塞がるのだ。

 

 回避されるのならば、それを許さない物量でゴリ押せば良い。

 

 強引にも程があるやり方だが、それ故に有効な方策でもあった。

 

 何せ、正攻法には目立った隙が無い。

 

 絡め手を使わない王道の手、正道のやり方は分かり易いが故に欠点に乏しく「地力」の差がモロに出る。

 

 今回の場合、変化弾(バイパー)という変幻自在な弾道を描く射撃トリガーを完璧に使いこなす那須という戦力が、七海という前衛の後押しを受けて十全にその能力を活かしている形になる。

 

 これが那須単騎が相手ならば、まだやりようはあった。

 

 如何に弾数が多くても、変化弾(バイパー)は単発の威力に乏しいタイプのトリガーである事に変わりはない。

 

 被弾しそうな弾のみをシールドで防ぎつつ、相手の懐に潜り込むチャンスを探せば勝機はあるだろう。

 

 だが、今は背後に七海が控えているのだ。

 

 迂闊な防御姿勢など見せようものならその隙に追いつかれ、下手をすれば手痛い一撃を貰いかねない。

 

 スコーピオンは弧月と異なり勢いを付けなければ単体でシールドを叩き割るのは難しいが、代わりにその底なしの応用性によって相手の不意を突く手段に長けている。

 

 それは同じトリガーを主武器とする香取も承知しており、スコーピオン使い相手に守勢に回る事がどれだけ愚かな真似なのかは嫌という程分かっている。

 

 固定シールドならば防ぎ切れるかもしれないが、あれは一度発動すればその場から動けなくなる

 

 この状況下で足を止めるのは自殺行為以外の何物でもなく、その選択肢は有り得ない。

 

 ならば、どうするか。

 

 回避は困難、防御は論外。

 

 前門の那須(バイパー)、後門の七海(スコーピオン)

 

 進退窮まったこの状況で、香取が取る策は。

 

「…………!」

 

 ────────()()、だった。

 

 香取はグラスホッパーを連続で踏み込み、加速。

 

 毒蛇の檻を、それが完成される前に切り抜けにかかる。

 

 退路がなく、防御も許されない包囲網であればその状況が完遂される前に駆け抜ければ良い。

 

 単純明快だが、だからこそ効果的な策だった。

 

 変化弾(バイパー)は、ハウンドと似ているようで幾つか大きな差異がある。

 

 その一つが、変化弾は相手を追尾する機能は存在しない、という点だ。

 

 曲射を描く弾道故に混同されがちな両者ではあるが、使い勝手は元より性質が根本から異なる。

 

 ハウンドは基本的には、「相手を追尾する弾」だ。

 

 誘導設定の強弱でその弾道を調整する事は出来れど、根本がターゲットに向かって飛んで行く弾である事に変わりはない。

 

 しかし、バイパーは違う。

 

 バイパーの弾道は予め使い手によって設定されており、射出された段階でどう動くかは決まっている。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 よって、変化弾(バイパー)の使い手の予測を超える動きが出来れば、その包囲は突破出来る。

 

 今回の場合、敵はこちらの四方を覆う形で弾幕を展開して来た。

 

 恐らくはその場での迎撃、或いは七海を巻き込む形での乱戦を想定しての事だろう。

 

 だからこそ、敢えて()()

 

 防御が困難であり、退路が存在しない以上、前進以外に道は有り得ない。

 

 そも、このまま時間を稼がれては相手の思う壺だ。

 

 ただでさえ、相手のエース二枚に挟まれている状況なのである。

 

 そうでもしなければ、まず勝機はない。

 

(消耗戦は、絶対に避けないと。あいつ、そういうの絶対得意でしょっ!)

 

 持久戦ではこちらの消耗が激しい上に、元々七海はそういった乱戦を得意とする駒だ。

 

 回避能力が群を抜いて高く、多対1の集団戦で真価を発揮する七海は相手の思惑を乱し、泥沼の乱戦を継続する能力に長けている。

 

 遅滞戦闘への適正に限って言えば、香取が見て来たどの隊員よりも優れていると言わざるを得ない。

 

 能力的な話だけではない。

 

 精神的にも、七海は大いに遅滞戦闘に向いている。

 

 こうして刃を交わして来た分かった事だが、七海はかなり悠長な────────いや、落ち着いた性格をしている。

 

 檄する気配が殆どなく、激しい乱戦の最中でさえその胸中は穏やかな感じを受ける。

 

 たとえるならば、広い海の水面のような精神性。

 

 どういった経歴を辿って来たかは知らないが、一種の悟りさえも思わせる老成した精神が既に彼の中で完成されているように思える。

 

 ボーダー隊員は年齢不相応に落ち着いた隊員が多いが、彼はその中でも少々異端に思える。

 

 正直に言えば、()()()()()()()()()ような感じがするのだ。

 

 直感的な話をするならば、何らかの影響で常人とは見ていた景色が違っていたように思えてならないのである。

 

 人が持っていた当たり前を最近まで知らず、一歩上の視点で物事を見ている何処か他人事の気配。

 

 それでいて、人の感情の機微には鋭く誠実な人間性が垣間見える。

 

 言うなれば、非人間的な要素と人情的な要素が一人の人間の中で同居しているような違和感を感じるのだ。

 

 相反する要素が混在した、不思議な少年。

 

 それが七海玲一であり、香取にとって未知の部分が多い相手でもある。

 

(…………なんで、影浦先輩の顔がチラつくのかしらね)

 

 ただ、何処かその背後に影浦の気配を感じたのは何故だろうか、

 

 似ているところなど副作用(サイドエフェクト)の性質程度だというのに、どうにも七海を見ているとその姿が影浦とダブる。

 

 気の所為か、と思おうとして先程彼が影浦の固有技であるマンティスを使った事を思い出す。

 

 矢張り、何処かで繋がりがあるのだろうか。

 

 気にならないと言えば、嘘になるが。

 

(今は、状況からの脱出が最優先…………っ! 最高速度でブチ抜いたげるわっ!)

 

 だが、今は戦闘中。

 

 それも、のっぴきならない攻撃を受けている最中である。

 

 加速する思考の中で余計な考えまで浮かんでしまったが、今はこのバイパーの檻からの脱出に全てが優先される。

 

 走行する列車の上、という状況下でのグラスホッパーの使用はある意味では博打だ。

 

 ただ跳躍するだけでは、走る電車に置いて行かれるという結果になりかねず、軽々には使えない。

 

 しかし、この変化弾(バイパー)の檻から脱出するにはグラスホッパーの加速が不可欠。

 

 毒蛇の檻が完成を迎える前に走り切らなければ、その毒牙が香取に牙を剥く事になる。

 

 後方からも七海のスコーピオン投擲に狙われている以上、一秒の遅れすら許されない。

 

 相手がこちらの思惑に気付き、対処が完了する前に行動を遂行しなければ、この窮地から抜け出す事は出来ない。

 

 今は、そういう極限の状況なのだから。

 

 タイミング的には、ギリギリだろう。

 

 香取の最高到達速度を以て、毒蛇の檻が完成する前に駆け抜ける。

 

 その、香取の思惑は────────。

 

 

 

 

「────────ええ、貴方ならそうすると思っていたわ」

 

 列車の中、那須が笑う。

 

 その端正な顔に不敵な笑みを張りつけ、毒蛇の女王が告げる。

 

「チェックメイトよ」

 

 

 

 

「な…………っ!?」

 

 ────────突如として弾道を()()させたバイパーの弾幕によって、覆された。

 

 それまで、香取を包囲するように展開されていた無数の変化弾(バイパー)

 

 その弾道が急に変化し、走り抜ける香取を追う形で迫って来たのだ。

 

 ハウンドではない以上、自動的に敵を追尾した結果の弾道ではない。

 

(────────読まれてたっ!? アタシが、迷わず駆け抜けるって…………っ!)

 

 答えは一つ。

 

 敵が、こちらの動きを()()()()()のだ。

 

 那須は最初から、香取がこの場を全力で駆け抜ける事で脱出を図る事を予測していた。

 

 だからこそ、途中で射線が変更されるようにバイパーの弾道を調整していたのだ。

 

 全ては、この時。

 

 香取の虚を突き、その喉元に刃を届かせる為に。

 

 毒蛇の女王は、こちらの思惑を読み切った上でその進路上にこそ罠を仕掛けていた。

 

 これが、A級。

 

 これが、今の那須玲。

 

 異なる世界線で数多の戦いを潜り抜けた、自らと同じ「走り切った」者の強さ。

 

 辿った道筋は異なれど、尋常ならざる激戦を経て来た事に変わりはない。

 

 最初から、油断などなかった。

 

 全力で、相対したつもりだった。

 

 しかし、読みで上を行かれた。

 

 その事実を前に、香取は。

 

「舐めん、なぁ…………っ!!」

 

 ────────諦める事を、しなかった。

 

 香取は、その場で身体を丸め全身に纏う形で細長い鋸上のスコーピオンを展開。

 

 同時に自分の肩近くにグラスホッパーを展開し、身体ごとぶつかる形で衝突。

 

 結果、独楽の要領で回転しながら香取は列車の天井を切削し、そのまま内部へ降り立った。

 

 刹那の思考時間すらない、即断の行動。

 

 その予測外の動きを前に毒蛇の牙は空を切り、変化弾(バイパー)の檻は完成前に獲物を逃がしてしまう。

 

 計算ではない。

 

 たった今まで、香取は敵の思惑に気付く事が出来なかった。

 

 だからこそ、即断で唯一の最適解を導き出し、実行した。

 

 それだけだ。

 

 香取がやったのは、それだけなのだ。

 

 だが、言うは易し行うは難し。

 

 同じ事が出来る者が、果たしてどれだけいるというのか。

 

 普通、人は想定外の事態に直面した時僅かであれ思考停止する。

 

 それがコンマ一秒なのか数秒なのかは分からないが、それでも困惑はある筈だ。

 

 しかし、香取は自分の感情が事態を認識する前に本能で最適解を導き出し、実行してのけた。

 

 それは戦士の勘というよりは、野生の直感じみたものだ。

 

 理屈ではなく、本能で戦況を理解し最適解を叩き出す。

 

 それが自然と出来てしまうのが、香取葉子という存在なのだ。

 

 加えて、今の身体に纏う形で出したスコーピオンは七海の投擲スコーピオンに着想を得たものだ。

 

 横に広げる形でのスコーピオンを見た事で、「そういうのもアリなのか」と納得し、今出来る最適解の一部として取り入れ実行に移した。

 

 その結果がチェーンソーの要領で天井を切断する人間独楽であり、自由な発想の勝利と言えよう。

 

 この学習能力と応用力こそ香取の真骨頂であり、才能の権化とでも言うべき少女の恐るべき点でもあった。

 

 戦いの中で成長する、という文言を少年漫画では良く見るだろう。

 

 普通に考えれば、戦闘中に得るものがあったとしてもそれを糧にし実際に力に出来るのは後日相応の鍛錬を積んだ後だ。

 

 現実は、ゲームのようにお手軽(インスタント)に強くなれるようにはなっていない。

 

 経験値が入ったからと言ってすぐに強くなれる筈はなく、スキルポイントを消費するかのような手軽さで新技を覚える事も出来ない。

 

 しかし、香取はまるでゲームさながらの速度感で新たな技能を手に入れる事が出来てしまう。

 

 彼女の才覚はそういった反則じみた領域に到達しており、本人はそれを自覚さえしていない。

 

 ただ、「出来そうだと思ってやったら出来た」というだけなのだ。

 

 ぶっつけ本番で新たな技を使う事に対する躊躇は、香取にはない。

 

 無意識ではあるが、彼女は己の才覚に対し無条件の信頼を寄せている。

 

 「自分なら出来る筈だ」という暗黙の自己肯定が、香取の躊躇のなさと合わさりその場で思いついただけの手段を即断即決する要となっている。

 

 そして、事実として彼女が「出来る」と思った事は実際に実現出来てしまう。

 

 それが生んだのがこの結果であり、才無き者からすれば反則以外の何物でもない所業でもあった。

 

(逃げ場の殆どない此処には留まれない。速攻で抜け出さないと…………っ!)

 

 当人からすれば「当たり前の事をした」感覚である為、当然事後の判断にも隙は無い。

 

 今は緊急避難的に車内に跳び込んだが、狭い列車内では変化弾(バイパー)の弾を避けるのは難しい・

 

 だからこそ今まで列車の上で戦闘を行っていたのであり、一度窮地を脱したのであれば即座に上に戻る必要がある。

 

 とはいえ、この場でそのまま上に跳べば七海に隙を突かれかねない。

 

 かといって悠長にしている時間は無く、那須の変化弾(バイパー)の再展開が終わる前に車内から抜け出さなければならない。

 

 香取は天井を突き破った勢いで加速しながら落下する最中、次の一手に関する考えを巡らせ。

 

「…………っ!?」

 

 ────────その銃口に、気付いた。

 

 天井が破壊された列車内、その片隅。

 

 座席の下に隠れる形で、こちらを狙う銃口が存在した。

 

 デザインからして、銃の銘はアイビス。

 

 つまり、()()()だ。

 

 このタイミングでそれが見えたという事は、それを扱う者はおのずとたった一人に限られる。

 

 日浦茜。

 

 那須隊の狙撃手(スナイパー)であり、これまで影も形も見せなかった敵の最後の一人。

 

 その存在を認識したと同時、アイビスの引き金が引かれた。

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