「────────というワケで、私は那須先輩と一緒に列車に乗り込みたいと思います。どうでしょうか?」
それは、試合前のミーティング中。
那須が列車に乗り込む事を決めた後、茜はそう言った。
試合の主導権を握る為、那須が列車に乗り込み移動砲台となる作戦を話した矢先の発言だった為、全員が彼女に注目していた。
勿論、「何を言っているんだ」という困惑ではない。
「その手があったか」という、一種の驚きである。
「成る程、確かに高所に陣取ったとしても木岐坂さんの強化視覚による索敵で発見される恐れが消えない。それならいっそ移動する列車の中に玲と一緒に乗り込んで、いざという時に備えよう、というワケか」
「ええ、MAP全域が索敵範囲の強化視覚なんてトンデモを相手にするんです。正直、警戒はどれだけしても足りないと思います。戦闘転用出来る
茜が列車に乗り込むという発言をした、その理由の一つには樹里の強化視覚があった。
彼女は強化された視力により、MAP全域を見渡す事が出来る。
如何に狙撃手として隠密に優れているとはいえ、高所に陣取るのがセオリーである狙撃手にとってある意味で樹里は天敵そのものだ。
何せ、高所という俯瞰視点から見れば発見し易い場所に陣取る事そのものが、樹里に発見されるリスクを上げてしまうのだから。
だからこそ、一度乗り込んでしまえば外から視認される事のない列車の中は「安全な匣」足り得るのだ。
「それから、万一香取先輩に乗り込まれた時に私がいれば何らかの形で不意を打つ事も出来ます。香取先輩はただでさえ突破力がとんでもないので、念には念を入れて損はないと思いますし」
「そうね。じゃあ茜ちゃん、頼めるかしら。列車の中で色々細工をする時にもう一人いてくれれば助かるのは事実だし、貴方が言った通りの懸念もあるしね」
「はいっ! 任せて下さいっ!」
にこやかに頷き、茜は了承の意を示した。
こうして、茜は那須と共に列車に乗り込む事が決定した。
そして現在、彼女の出番が来たる。
(びっくりしたけど、結果オーライ! こんなの、撃つしかないっ!)
内心の驚愕を悟られないよう無表情に徹しつつ、茜はアイビスの引き金に手をかける。
確かに万一の時に備えて乗り込んではいたものの、彼女が想定していたシチュエーションは「窓から乗り込んで来た香取を迎撃する」といったものだった。
那須の
なので想定していた「窓の外に姿が見えた瞬間の狙撃」は出来なかったが、自分のやるべき事に変わりはない。
此処で、香取を撃つ。
既に客席の影に潜んでいた
このタイミング、この距離であれば対応される前に狙撃する事が出来る筈。
そう考えて茜は引き金を引き、アイビスより香取に向かって弾丸が放たれた。
相手は空中、万一避けられたとしても少しでも足止めに成功すれば七海が追い付いて来る為問題は無い。
狭い列車内では回避出来る範囲も限られており、加えて地に足が付いていない状態では出来る事などたかが知れている。
そんな考えが、なかったとは言わない。
此処で、致命的なズレが出る。
茜は那須や七海と異なり、直接戦闘をするタイプではなくあくまでもゲリラ戦に徹し狙撃手という役目を忠実に守る性質だ。
転移という特異な手段を使うものの、その根本は王道も王道な狙撃手。
基本に忠実で、何より
なので他のポジションの人間がどういった理論で動くのかは知っているが、個々人の技能や才覚に関する認識は一般的な狙撃手の範疇しか知らない。
これが攻撃手も射手も経験して来た樹里との、明確な差異。
狙撃手としての能力は茜の方に軍配が上がるが、樹里は知識ではなく経験として攻撃手や射手の立ち回りを知っている。
この差は大きく、茜が
「…………っ!?」
────────計算外だったのは、香取の
そして、それを実現してしまう底知れずの才覚であった。
香取は自身を狙って放たれたアイビスに向かって、
グラスホッパーを踏み込み、あろう事かそのまま直進。
身体を捻り、紙一重の動きで弾丸を回避しながら、一気に茜へと肉薄した。
普通、至近距離で銃口を向けられたのであれば咄嗟に回避か防御の択を取るだろう。
人間としては至極真っ当な反射行動であり、実際にそれで命拾いする事も多い為に自然とその動作に繋がってしまうパターンは多い。
それだけ、自分に向けられた凶器というものは本能的な恐怖を感じるのだから。
だが、香取はそんな生態的な反射行動の一切を無視して、「自分なら出来る」と本気で信じて真っ向から弾丸に対峙した。
結果として紙一重の回避に成功し、香取は刹那の後には茜の喉笛を食い千切るだろう。
賭けに勝った、などという話ではない。
香取はただ、当然の話として自分に出来る事を反射的に即断し行っただけだ。
もし躱し損ねたら、なんて彼女は考えない。
出来るか出来ないかの判断を自らの直感に委ね、一切の迷いなく実行に移す埒外の胆力と決断力。
それを当たり前のものとして実行してのけたその才覚と人間性を、茜は見誤っていた。
「────────!」
しかし、判断までは誤らなかった。
香取の刃が茜に到達する直前、彼女の姿が掻き消えた。
スコーピオンが空を切り、それによってカメレオンのような透明化ではない事が伺い知れる。
テレポーター。
茜が持つそのトリガーを用いて、脱出した事の証左だった。
香取が自分の下に到達する刹那の合間に、彼女は即座に自身の持つ転移トリガーを起動させた。
それにより間一髪、茜は香取の刃から逃れる事が出来たのである。
「…………追っている時間は、ないわね」
テレポーターの転移先は、視界の先数十メートル以内。
つまりたった今まで香取の方に視線を向けていた茜は列車の外────────即ち、七海が待つ列車上へと離脱した筈だ。
今から彼女を追えば必然的に七海とかち合う事になり、それではわざわざ危険を冒して車内に逃げた意味がなくなってしまう。
間違えるな。
最優先事項は那須の排除であり、それ以外は全て些事だ。
確かに転移トリガーを使う茜も脅威ではあるが、根本的な脅威度では那須には及ばない。
というよりも、列車という足場を得た那須の厄介さが群を抜いて高過ぎるのだ。
それこそ、彼女を排除しない限り勝機は有り得ないと断言出来る程に。
「────────」
よって、香取もまた判断を誤らなかった。
刹那の思考の後次の行動を決定した香取は、そのまま列車の床を蹴り先頭車両に向かって直進した。
今上に出れば、
テレポーターには一度使えば相応のインターバルが必要な筈なので、すぐに車内に再転移して撃たれる事はないだろう。
しかし、上に出れば遮蔽物の無い状態で茜に狙われる事になる。
ただでさえ那須の射撃と七海の投擲だけで精一杯だったというのに、それに加えて狙撃も追加されるのでは分が悪過ぎる。
だからこそ、香取は車内を直進するという選択を下した。
確かに、列車内は狭く回避するスペースも限られる。
外を経由して
されど、「当たる前に駆け抜ければ良い」と割り切れば、メリットがない事もない。
つまり、壁を壊して遮蔽物の向こう側の標的を狙う、といった挙動には不向きだ。
そう考えれば、逃げ場は少ないものの座席という遮蔽物の多い車内は悪くない環境とも言える。
外を経由せず真っ直ぐこちらを狙って来る事も考えるが、その場合
遮蔽物を避けてこちらを狙って来るのが分かっているのなら、その時その場で臨機応変に障害物を利用して凌げばそれで済む。
グラスホッパーを使わず、いつでもシールドを張れるように用意しておけばどうとでもなるだろう。
仮に七海が車内に乗り込んで来たとしても、それこそ
幾ら七海が回避に特化した能力を持っていたとしても、物理的に回避する場所がなければ大量の弾を凌ぐのは困難になる。
列車を破壊しかねないメテオラが使えない以上、迂闊に飛び込んで来てくれたのならそれこそ願ったりだ。
マンティスで狙われる危険はあるが、幾ら何でも影浦程の練度はないと思われるし、どうにかなる筈だ。
そもそも、これまで対峙して来た中で七海が用心深く慎重な性格だというのも理解している。
その彼が明確な勝算もないのに死地に跳び込むような真似をするとは思えないし、それよりは列車上で追跡しあわよくば先回りを狙った方が余程効率的だ。
(だから、早く那須先輩の所へ辿り着かないと…………っ!)
故に、此処からはスピード勝負だ。
如何に那須の弾幕を掻い潜り、七海が到達する前に彼女の下へ至れるか。
刹那の時間すら無駄に出来ない、秒単位のデットヒート。
それが今始まっているのだと、否応なく理解する。
躊躇っている時間はない。
今は一分一秒でも早く、那須の下へ辿り着かなくてはならない。
時間をかければ、その間に
テレポーターでいきなり目の前に現れて撃って来る可能性すら考慮しなければならない以上、一刻の猶予もない。
先程の狙撃の技量を見る限り、恐らく茜はこちらが移動中であっても当てて来るだろう。
少なくとも、純粋な狙撃手としての技量は樹里より上な筈だ。
そもそも樹里が狙撃手としては下の下の力量しかないので比べるのもどうかと思うが、それでも茜は純粋に練度の高い狙撃手に見えた。
自分の知る茜とは差異があるが、それは今は忘れるべき事柄だ。
あくまでも自分が対処すべきは「今この戦場にいる」日浦茜であり、自分の知っている彼女ではないのだから。
(…………! 来たっ!)
そして、窓越しに迫る無数の光弾を目撃する。
早速、那須が撃って来たのだ。
此処までは、想定内。
威力の低い
そもそも変化弾は物量で圧倒しその変幻自在な軌道で翻弄する弾なので、一発では破れずとも複数の弾を叩き込めばどうとでもなる。
そういう意味で
全力でこの場を駆け抜けて、当たりそうな弾だけシールドで防げばどうにかなる筈だ。
射撃トリガーは銃手トリガーと異なり、攻撃までにタイムラグがある。
そこは那須も承知している筈であり置き弾等対策はしているだろうが、それでも絶え間ない攻撃を同じ物量で行い続けるには樹里のような圧倒的なトリオン量が必須の筈だ。
これまでに那須はかなりの数の弾を撃っており、相応にトリオンを消費している事は想像に難くない。
ならば、無意味な無駄遣いは避けるだろう。
確かにごり押しは通れば強いが、正道であるが故にコストを誤魔化す方法には乏しい。
如何に那須が強くなっているとはいえ、根本の技巧派としての戦い方は変わっていない。
ならば力押しではなく、己の技巧と戦術眼をこそ重きに置く筈だ。
つまり、この初撃をいなせば次に来る攻撃はこれよりはマシな部類となるだろう。
それが、全うな判断だ。
(…………っ!? この悪寒。それに、
────────だが、香取の直感がその判断に対し警鐘を鳴らした。
同時に、気付く。
先程の弾幕と比較し、窓から見える弾が明らかに少ない事に。
無駄遣いはせずとも、この場で弾を出し惜しむ理由はない筈。
だというのに、弾数が少なくなる理由。
それは。
「合成弾…………っ!」
────────合成弾の、使用。
だからといって、列車を破壊しかねない
しかし、
あるのだ。
樹里のアレと同じく、アステロイドと合成させたバイパーの派生弾。
実際に使われた事はなく、存在を知るのみの弾丸。
それが今迫っているのだと、香取は否応なく理解する。
窓の外に、王蛇の毒が迫る。
更なる猛毒を得た毒蛇の牙が、香取を狙い穿たんとしていた。