この合成弾の特徴は、対処の困難さにある。
よって数発程度ならシールドで問題なくガード出来てしまうし、それなりの数であっても一点に集中する使い方でもなければ凌げてしまう。
故に基本的な使用法はその自由自在に設定できる弾道で相手の虚を突き、シールドを躱して被弾させるものになる。
或いは那須の得意とする全方位包囲攻撃である「鳥籠」のように逃げ場がない状態で固め、ジワジワと削り殺すという戦法もある。
どちらにせよ、バイパーは「防御されれば攻撃が通らない」弾丸である事は間違いない。
その欠点をある意味で解決したのが、
変化貫通弾はその名の通り、バイパーとアステロイドの合成弾だ。
弾の持つ性質は、単純明快。
射撃トリガーの中でもアステロイドは、純粋な威力では最も高い弾になる。
真っ直ぐにしか飛ばない、という融通の利かない性質を持つものの、トリオンの高い隊員が操る
その性質を付与する事によって、
つまり、ただでさえ回避の困難なバイパーがシールドという対処手段すら無為と帰す貫通力を獲得してしまっているのだ。
那須のトリオン評価値は7で射手としてはそれなりの数値だが、それでもボーダー全体として見るならば上澄みと言える方だ。
要は充分な威力が期待出来る数値という事でもあり、イーグレット並とは言わずともそれに準ずる貫通力は想定した方が良いだろう。
総じて、那須の
加えて現状、香取は逃げ場の少ない狭い列車内にいるのだ。
左右の窓越しに迫る無数の変化貫通弾を前に、対処出来る事は限られる。
当初の予定であった「全力で駆け抜け、被弾しそうな弾のみをシールドで防御する」というやり方は使えない。
並程度のトリオンしか持たない香取のシールドではコブラの貫通力を凌ぐ事は出来ず、
かといって固定シールドでも張ろうものならその隙に七海に追いつかれ、茜の
今の香取にとって時間は敵であり、迂闊に立ち止まればそれがそのまま敗北に直結する。
ならば、どうするか。
「────────!」
答えは、単純明快。
これに尽きる。
策も何もない、脳筋のような解決方法だが単純だからこそ意味がある。
そもそもの話として、立ち止まる事が出来ないのならば進むしかないのだ。
今は一刻も早く那須の下に辿り着かなければいけないのだから、一瞬たりとも無駄にするワケにはいかない。
そして防御が無意味である以上、全霊で以て被弾を回避するしかないのだ。
言うは易しであり、普通ならこんな無理は通らないだろう。
「────────」
しかし、香取は別だ。
才能に愛された少女である香取は今、強敵との戦いでギアが数段階上がった状態にある。
集中力も反射神経も普段より研ぎ澄まされており、動きの鋭さも相応に上昇している。
その状態で行う全力の疾走は、あらゆる障害を踏破する。
床を蹴り、香取は滑るように列車内を駆ける。
駆け出した瞬間に足元にグラスホッパーを展開し、踏み込む。
そうする事によって跳躍などという無駄な挙動を挟む事なく、真っ直ぐに前に向かって加速。
それを二度、三度と繰り返す事で一息で
まさに、ギアの上がった香取だからこそ出来る神業。
刹那の思考時間で瞬間的に最適解を選び取り、それを実行してのける底知れずの
それが今、香取が那須の渾身の一手である
「…………!」
────────されど、毒蛇の女王は次の手を用意していた。
正面。
まさに香取が飛び込もうとしていた先頭車両から、ドアを突き破る形で無数の
そう、那須は全ての弾を外を経由して此処に送り込んだのではない。
ある程度の弾は手元に温存し、香取が突貫して来た時の為に隠して置いたのだ。
通常のバイパーであれば数発をドアに当てて破壊した後に次弾が通過する形となっただろうが、コブラの貫通力を以てすれば一息で突破出来る。
それが、自ら死地へ跳び込んで来た香取へ襲い掛かる。
香取の位置は、ドアの目の前。
回避するには、
防御するには、シールドの硬度が足りずそもそも間に合わない。
最早、これを凌ぐ事は叶わない。
「────────舐めるな」
────────否だ。
此処にいるのが凡百の者であれば、そうだったろう。
しかし、この場に立つは底知れぬ
このような死地にあれど、己の才覚が選び取った直感が正解を手繰り寄せる。
香取はその手にブーメラン状にしたスコーピオンを手に取り、投擲。
迫る
元々、奇襲故の隠密性を優先した為ドア越しに放たれた弾丸は数発程度。
ドアを経由する形で放たれた為軌道もある程度限定されており、普通のバイパーよりは当て易くはあったろう。
されど、目の前に迫る無数の弾丸を瞬間的に斬り捨てるなど、咄嗟に判断して出来るようなものではない。
加えて、今香取が行った技巧は先程の七海のスコーピオン投擲と彼の扱った特異な形状のブレードを参考にアレンジしたものだ。
七海の投擲した刃のように被弾面積を上げる為に薄く捕捉するのではなく、確実に弾丸を迎撃する為に堅く太く構築したブーメラン状のスコーピオン。
それを投擲し、正確に弾丸に当ててのけた技量は驚嘆に値する。
手に持って斬るのでは間に合わないと判断したが故の、即断の投擲。
結果としてそれが功を奏し、香取の窮地を救う事になった。
「────────」
だが無論、ノーリスクとはいかなかった。
あのまま全速力でドアに突っ込んでいては、迎撃が間に合わず被弾する可能性があった。
それ故に、香取は多少であれど
だからこそ。
「…………!」
────────七海が追いつく隙が、生まれてしまった。
たとえ刹那の暇といえど、彼にとっては充分過ぎる。
元々、左程リードを広げていたワケではない。
一分一秒どころか刹那の合間すら惜しむ
故に、少しでも隙を見せれば当然白い死神は少女の背に追いつくのだ。
車内に降り立った七海は、躊躇いなくマンティスを振るう。
肉薄して斬り付けるよりも、こちらの方が良いと判断したが故に。
元々、僅かであれどリードはあったのだ。
だからこそ、此処で無理をしてでも近付くという選択肢を取れば足元を掬われる可能性があった。
香取の最優先目標が那須であるというのは理解しているだろうが、それでも七海を落とすチャンスがあるとなれば狙って来るに違いない。
そして、香取はそれを実際に実現出来るだけの
七海は、少女を侮らない。
自身を殺し得る相手として認識し、全霊で潰しにかかっている。
だからこそ、不用意なリスクは冒さない。
時にはリスクを許容する必要もあるが、その時は見極めなければならないのだから。
加えて、マンティスはスコーピオンと比べれば軌道が予測し難いという利点がある。
この狭い列車内で、しかもドアの前という移動場所が限られる位置にいる香取を狙うにはこちらの方が都合が良い。
幸いにも、障害物となる座席は
これならば、長大なマンティスを振るっても問題は無い筈だ。
蟷螂の鎌が、背後から香取に斬りかかる。
鞭のような軌道を描く刃が、横薙ぎに少女の背に迫る。
「────────!」
それに対し、香取は咄嗟に自らの身体を地面に口付けるかのような体勢に変え、斬撃を回避。
股関節の可動域が広く猫のような柔軟性を持つ女性ならではの、身体の駆動域を限界まで使用した回避方法。
不規則なマンティスの軌道を読み切り、完璧な回避を行った香取は即座に地を蹴り滑るように加速。
そのままの勢いで、先頭車両に跳び込んだ。
「…………っ!」
しかして、その先に那須はいなかった。
視界の先にあるのは、全ての窓が開け放たれた無人の車両。
その光景の意味を考える前に、直感が「不味い」と警鐘を鳴らす。
────────次の瞬間、窓の外から無数の弾丸が飛来する。
それらが示す意味は、一つ。
既に那須は列車内から、
そう、認識する他なかった。
元々
那須は香取が飛び込んで来る前に、予め空けて置いた窓の一つを伝って列車の屋根上に移動したのだろう。
そして、香取が先頭車両に足を踏み入れたタイミングで
これは、それだけの話なのだ。
しかし、現状が理解出来たところで無数の弾丸に逃げ場の少ない車内で狙われている事に変わりはない。
加えて、今回は弾数優先なのか凄まじい量の弾幕が迫って来ているのが窓越しでも分かる。
このまま車内に留まり続ければ、物量に押されて被弾するか固められたところを七海に背後から斬られるかのどちらかだろう。
「────────」
故に、香取は迷わなかった。
香取は一切の躊躇いなく、近くにあった窓の外へと身を投げた。
車内に留まっていては、圧倒的な
たとえガードしようとも、一度でも固められればそこを上から削り殺されて詰みだ。
刹那でも足を止めれば、僅かなリードしか保っていない七海が追いつき、どちらにせよ窮地に追い込まれる。
ならば、危険と分かっていても列車外へ出る他ない。
「…………っ!」
そして、案の定窓の外へ出た香取を狙った弾丸が上から降って来た。
列車上に、チラリと白い影が見える。
間違いなく、この弾の主である那須であろう。
彼女は自分が窓の外に出ると承知の上で、罠を張っていたのだ。
上から下へ。
致命傷へ至らずとも、確実に列車から叩き落とせるように。
この試合は、那須が健在のまま列車が走っているだけで那須隊の優位となる。
だからこそ、一度でも香取を列車から落とせばそれでほぼ詰みの盤面にまで持って行けるのだ。
那須隊が優先すべきは、香取の撃破ではない。
列車上からの、香取の排除。
これに尽きる。
七海は二度も香取が列車に乗り込む隙を与える筈はなく、列車という移動砲台に搭乗する那須をどうにか出来ない限り香取隊はいずれ削り殺されるだけだ。
如何に香取が単騎で無双出来る実力を持つ駒とはいえ、トリオンにも精神力にも限りがある。
彼女を七海が足止めしながら延々と遅滞戦闘を継続し、若村や樹里の居場所を割り出して落とせばそれで那須隊の勝ちだ。
一度でも那須隊にペースを握られれば、そのまま主導権を支配されて負ける。
それが必定。
だからこそ、那須隊は香取の列車上からの排除こそを最優先する。
「────────そう来ると、思ってたわっ!」
────────故に、
那須なら必ず、香取を叩き落とす為に直下へ降り注ぐ形で弾幕を使って来ると。
香取は即座に窓の淵を蹴り、
列車は今も尚走行を続けている以上、そんな真似をすれば弾は避けられるだろうがその代償に一気に後方へ下げられるどころか下手をすれば列車から落ちかねない。
しかし、香取はすぐさま足から延ばしたスコーピオンを列車の壁面に突き刺し、身体を固定。
生成したスコーピオンを即座に破棄すると同時に壁を蹴り、跳躍。
那須の待つ列車上へと、香取が降り立った。
少しでもタイミングがズレれば、列車から滑落しかねなかった暴挙。
されど香取は己の能力を信じて実行し、それを遂行してのけた。
その胆力と実行力は、驚嘆する他ない。
「────────」
だが、香取が多少の労苦を支払い若干であれ
既に、その背には七海が迫っていた。
加えて、後方の車両上にしゃがみ込んだ茜は既に狙撃準備を完了させている。
前方にいる那須を加え、3対1。
列車からの滑落は防げても、数の不利を覆せたワケではない。
あと一息で那須に届く事に変わりはないが、その一歩があまりにも遠かった。
「────────時間ね」
香取の呟きが、風に流れる。
攻撃体勢に入っている七海も、弾幕の射出準備をしている那須もその意味を考える事はない。
戦闘中の会話など、敵の隙を作る以外の合理的な意味などまずないからだ。
だが、香取は不敵な笑みを浮かべながら告げる。
二人にとって、無視出来ない言葉を。
「知ってる? 列車って、石ころ一つで脱線するらしいわよ?」
「…………っ!?」
その意味を理解する間もなく、異変は実行される。
列車の手前で眩い光と共に爆発が起こり、線路を破壊された列車は大きな衝撃と共に脱線。
突然の揺れを受け、列車上に立つ那須はバランスを崩し、膝を突いて体勢を整える。
列車から落ちては、折角の優位が台無しになりかねない。
反射的にそんな思考が過ったが故の、姿勢維持を優先した行動。
「────────!」
────────その隙を、香取は見逃さなかった。
不意の揺れに対処を余儀なくされた那須とは違い、香取はこれが起きると知っていた。
既知だからこその、対応の速度の違い。
それが、明暗を分けた。
次の瞬間、香取は滑るような動きで那須の下まで肉薄。
一息に、スコーピオンの刃を振るった。