『────────と、いうワケよ。現状アンタにしか出来ない仕事よ。頼めるかしら』
時は、少し遡る。
それは、香取が七海とデットヒートを繰り広げている最中。
若村に対し、繋げて来た通信の内容だった。
「…………線路にメテオラを仕掛ける、か。確かにセットして来ちゃいるが、本当に一つでいいのか? というより、威力を考えるなら樹里がやった方がいいんじゃ────────」
『樹里のじゃ、威力が高過ぎるわ。アンタくらいのが、一番混乱を誘発出来るのよ。列車は、線路上の石ころ一つで容易く脱線するわ。アタシが欲しい結果は列車の単純な破壊じゃなく、脱線。だから、アンタにしか出来ない仕事よ」
通信の向こうで香取はそう言って笑いながら、告げる。
『頼んだわよ。アンタの仕事が、勝敗を分ける。これは他の誰にでもない、麓郎にしか出来ない役割なんだからね』
「…………!」
懐の入り込んだ香取の刃が、那須を襲った。
一閃。
腹から胸にかけて斜めに斬り裂かれた那須の傷口からは多量のトリオンが噴出し、身体に罅割れが入る。
トリオン供給機関を完全に割くまでには至らなかったがダメージは大きく、トリオン漏出による
咄嗟に後退した事で即死は免れたが、間違いなく致命傷だ。
列車の脱線によって生じた混乱の隙を突いた、間断なき奇襲。
それが、見事に嵌まった形になる。
(今のは、メテオラ…………っ! あの威力からすると、若村くんね。彼に、線路に爆弾を仕掛けさせたんだわ。やられた…………っ!)
那須は、理解する。
たった今起きた現象、その正体に。
恐らく香取は、未だ位置の知れていない若村に線路上にメテオラを仕掛けさせたのだ。
列車は基本的に、線路の上を走る乗り物だ。
そしてその線路上に僅かな障害物でもあれば、容易く脱線に至る。
場合によってはレールの上に石があっただけでも脱線しかねない為、そんな真似を現実で行えば重大な罪に問われるのだから。
よって、列車を脱線させるのに大きな仕掛けは要らない。
ただ、線路上に障害物を置けばそれで済む。
そして、先程起きた爆発から考えてその障害物の正体は
あれがもし樹里のメテオラであれば、先頭車両ごと吹き飛ばしてしまっていた可能性がある。
そうなれば香取を巻き込みかねないし、大きな爆煙で視界を塞がれ七海の奇襲を許していたかもしれない。
だからこそ、若村のメテオラが適任だった。
若村のトリオン評価値は、6。
銃手としては平均的な部類で、決して大きな数値ではない。
このレベルのトリオンの隊員のメテオラならば、威力はさほど大きくはならないだろう。
若村は射撃トリガーの扱いは素人だが、置きメテオラはただその場に設置するだけで良い為問題にはならない。
加えて樹里を除けば唯一位置が知られていなかった隊員である為、そういう意味でも適役だった。
香取はそうして起こして混乱に乗じて、奇襲を成功させたのだ。
(もう、
脱線し、激しく揺れる列車の上で那須は両脇にトリオンキューブを展開する。
既に、先の攻撃を受けた際に後退自体には成功している。
後は、香取がもう一度接近して来る前に全力で
残りのトリオンを考えれば、あと一度攻撃出来ればマシな方だ。
しかし、それで問題は無い。
どの道、既にトリオン切れまでは秒読み段階。
無為に時間を過ごすくらいならば、自滅上等で攻撃に移った方が有意義に違いない。
この攻撃で仕留められるとまでは、思っていない。
だが、少しでも隙を作れば七海が、茜が、どうにかしてくれるだろう。
これは個人戦ではなく、集団戦。
必ずしも一人で相手を倒す必要はなく、その切っ掛けさえ作れば後は仲間に任せる事が出来る。
大仰な覚悟も、唐突な覚醒も必要無い。
集団戦に於いて重要なのは、相手の虚を突く戦術と連携。
確かな鍛錬の積み重ねに加え、そうした合理的な行動こそが勝利を呼び寄せる。
戦闘とは、気合いと根性で行うものではない。
理性と論理を以て、合理に従い勝利への道筋を組み上げる詰将棋のようなものだ。
故に、此処で捨て身となった那須の判断は間違ったものではない。
「────────あ」
────────相手が、
刹那。
香取の腕から伸びた刃による一閃が、那須の胸を貫いていた。
ただのスコーピオンでは、断じてない。
それは、二つのスコーピオンを連結させた発展技。
見様見真似で香取が習得したそれが、那須の胸を穿った刃の正体だった。
影浦と日常的に刃を交え、その結果として習得出来た七海のような下積みがあったワケではない。
香取がマンティスの使い手と刃を交えた回数は、そう多くはない。
ランク戦で影浦と戦った時等には眼にしていたが、七海と違って普段から触れる機会があったワケではないのだ。
にも関わらず、香取はその少ない邂逅でマンティスを習得して見せた。
その刃が、那須の胸を穿ったのだ。
香取は、致命傷を与えた程度では満足しなかった。
一撃で潰せなければ必ず反撃して来ると、経験から理解していたが故に。
一切の油断なく、那須を落とす為に躊躇なく手札を切った。
これは、その結果である。
「…………悔しいわね。最後の足掻きも、出来ないなんて」
『トリオン供給機関破損。
那須の身体が罅割れ、崩壊すると共に光の柱となって消え失せる。
同時に展開されたトリオンキューブも、放たれる事なく霧散した。
一撃で致命に至った場合、反撃する事すら許されない。
香取の容赦のない追撃が、那須を完膚なきまでに葬り去った。
「…………!」
香取は即座に背後に振り向き、スコーピオンを振るった。
硬質な音を立て、ブレード同士がぶつかり合う。
背後から音もなく奇襲して来た七海の刃と香取の刃が、鍔迫り合った結果だった。
「────────」
七海は那須が致命傷を負った時から、彼女の意図を汲んでいた。
即ち、那須を既に脱落する者と見做し彼女が作ってくれる隙を全力で突く事を。
那須は致命傷を負った瞬間、七海と視線を交わしていた。
彼女を助けに行こうとして間に合わなかった七海を責めるでもなく、ただ「後はお願いね」とアイコンタクトで意思を託された。
ならば七海には、それを汲まない理由はない。
結果として香取に先制され想定通りの結果を挙げる事は出来なかったが、それでも此処で止まるという選択肢はない。
あくまでも冷静に勝負の結果として受け止め、己の職務を遂行する。
それが、今の七海の役割だと割り切っているのだから。
(────────此処で、彼女を討つ。それで、詰みに持って行ける。オレが健在のまま彼女を落とせれば、木岐坂を倒す事は不可能じゃない)
那須というエースを失った事は痛いが、まだリカバリーが効かないワケではない。
此処で香取さえ倒してしまえば、後は樹里を見付けて倒せば良い。
言う程簡単な作業ではないが、出来ない事はないだろう。
それが出来ずとも、最低限香取を倒せば少なくとも得点的に負けは無い。
既にかなりの時間が経過しているが、タイムアウトまでは幾分か猶予はある筈だ。
この市街地Fは相応に広いMAPであり、制限時間も他の市街地MAPと比べても多い方だ。
それでも相応の時間が経っているが、少なくともあと10分程度はあると見ている。
その間に香取を倒せれば、最低限の戦果を挙げる事は出来る。
那須という強力な後衛を失いはしたが、まだ自分も茜も健在。
幾らでも、やり様はあるだろう。
「────────!」
だが、それは相手も同じ。
七海は、空に瞬く無数の流星を目撃する。
あれが何かは、すぐに理解出来た。
樹里だ。
那須がいなくなり、迎撃の心配がなくなった樹里が遠方から攻撃を仕掛けて来たのだろう。
「小夜子」
『レーダーに映ってます。このポイントにいますね』
七海の視界に、MAP上の光点が映し出される。
弾が飛んで来た方角から考えても、これが樹里の位置で間違いないだろう。
そして、レーダーに位置が映ったという事は。
「合成弾か」
────────合成弾を使用している、という事に他ならない。
二つの弾を複合して放つ合成弾は、その仕様上
狙撃手である樹里がバッグワームを解除して位置を晒すのは隙が大きいが、それでもトリオン12の合成弾は強烈だ。
何せ、トリオン評価値10を誇る七海よりもトリオンが高いのだ。
その威力は、出水級。
普段から指導の中で散々彼の洗礼を浴びていた七海には、その脅威度が良く理解出来る。
そもそも、ただの弾幕では七海を仕留める事など出来ない。
それこそ、特殊な効果を付与でもしない限り有効打には成り得ないのだ。
ならば、此処で合成弾を使うのは最早当たり前ですらあると言えるだろう。
(
七海は、迷う事なく
それが迫る弾幕の一部に衝突し、爆発が起きる。
だが、
もし、あれが
しかし、それがないという事は。
(────────
あれが、
残る候補は、たった一つ。
ホーネットだ。
通常のハウンドでは急激な対象の機動の変化にまでは対応出来ないが、ホーネットはその名の通り蜂の如く執拗に標的に追い縋る。
如何に七海が回避に特化した
その隙を香取が見逃す筈もなく、こちらが回避にリソースを割けばそこを狙って来るだろう。
(なら、話は簡単だ。
されどそれは、七海が回避をした場合の話だ。
ホーネットはハウンド同士の合成弾である為、威力は左程高くない。
如何にトリオン強者の弾幕といえど、七海とてトリオン10と決して低い数値ではないどころかボーダー全体でもかなりの上澄みに値する。
その彼が張るシールドであれば、一度限りなら樹里の弾幕にも耐え切れるだろう。
幸い合成弾という事もあり、弾数は
今のメテオラで多少なりとも弾は削れた事だし、充分凌げる筈だ。
(もう、時間に余裕はない。今は────────いや、待て)
だが。
そこで、七海は違和感を感じて眉を顰めた。
誘爆しなかった事で
少なくとも、七海が降って来る弾幕に対し
そんな疑念が、七海の中に生まれていた。
そういった手段で弾種を特定されれば、相応の対処をされるだけ。
果たして、此処まで那須隊を翻弄してみせた香取隊がそんな簡単な事にも気付けないものだろうか。
そして。
一つ、懸念点がある。
香取と違い、樹里は今まで一度も直接その戦闘を見てはいない。
つまり。
そして一つ、この状況で致命的に成り得る「隠し弾」と成り得るものがある。
それは。
(…………! 《アステロイド》》だっ! アステロイドと、ハウンドの合成弾…………っ! それを、彼女が持っている可能性がある…………っ!)
────────
七海の世界線では開発されていないそれを、樹里が会得している可能性だ。
元々、アステロイドとバイパーを組み合わせる
それが、バイパーをハウンドに変えて実行出来ない理由がない。
たとえば合成弾の開発者である出水なら、切っ掛けさえあれば作り出していてもなんらおかしくはないだろう。
もしもあちらの世界で彼女と出水が知己を得ている場合、その繋がりから新たな合成弾を伝授して貰っている可能性もゼロではない。
そして、もしもあの合成弾の正体がそれならば。
シールドを張る事自体が、致命的な悪手に成り得る。
確かに、ハウンド同士の合成弾たるホーネットであれば七海のシールドで凌げるだろう。
だが、アステロイドを交えた合成弾ともなれば話は変わる。
トリオン12の放つそれは、七海のシールドを破るのに十分な威力を持っている筈だ。
つまり、シールド使用を誘発させる事こそ相手の罠。
その銘すら七海は知り得ない第三の合成弾こそ、空から降り注ぐ流星の正体。
「なら…………っ!」
そうと分かれば、行動は既に決まっている。
七海はその場で
その爆破に乗じて、一息に列車から飛び降りた。
那須が落とされた以上、最早列車に拘る理由はない。
あれがホーネットであれば追い縋って来ただろうが、通常のハウンドと変わらない程度の誘導性能であればこれで回避は事足りる。
少なくとも、これで詰みの盤面はどうにか出来た筈だ。
恐らく、香取はすぐにでも追って来るだろう。
既に樹里の位置が割れた以上、七海を放置すれば確実に自隊の狙撃手が獲られてしまうのだ。
故に、此処で七海を放置する理由はない。
遂に脱線の末横転し、轟音と土煙と共に横たわる列車を横目で見ながら七海はいつ来るか分からない香取を迎え撃つ為警戒を始める。
『七海先輩、後ろです…………っ!』
「…………!?」
そして、小夜子の警告によって気付く。
物陰からこちらに向いた、銃口の存在に。
次の瞬間、そのアサルトライフルの銃口から無数の弾丸が射出された。
弾速の遅い、
七海の
その時点で、七海はこの弾の正体を知った。
「
射撃トリガー、或いは銃手トリガーと組み合わせて使用するオプショントリガー。
その名は、
ダメージではなく、着弾した対象に一つにつき100㎏の重石を付加する弾丸。
つまり、
七海の
要するに、攻撃力を持たないトリガーこそが七海の死角に成り得るのだ。
「けど…………っ!」
されど、
その一つは、通常のトリガーのそれでは
三輪のカスタムトリガーは別として、通常の隊員が鉛弾を使うには両攻撃の状態で使わなければならない。
今小夜子が七海に警告を送れたのも、それによって相手の────────若村の位置が、露見した為だ。
加えて、鉛弾は弾速が遅く射程も短い。
その為相当な近距離でなければ使う事が出来ず、そもそも当てる事が非常に難しい。
既にその存在に気付いた以上、鈍足の弾程度七海が回避出来ない謂れはない。
故に、七海はすぐさまその場を離脱せんと動く。
「────────逃がさないわよ」
ガキン、という音と共に七海の脚がその場に固定される。
それは、彼の脚が細いワイヤーによって地面に張りつけられた結果だった。
香取は、そのワイヤーを使った当人はニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる。
そんな彼女を見て、七海は眼を見開いた。
(馬鹿な、彼女はハウンドとアステロイドを両方使用していた…………っ! スパイダーをセットする余裕は…………っ!? まさか)
七海はこれまでの戦闘で香取がハウンドとアステロイドを両方使用した事で、余分なトリガーをセットする余裕はない筈だと考えていた。
だが、よくよく考えれば香取がアステロイドを撃った時。
正確には、彼女が「真っ直ぐ飛ぶ弾」を発射した時。
その弾に、七海は一度も当たっていない。
攻撃は回避するのが普通である七海にとって、わざわざシールドを張る事はそもそも稀だ。
だから、彼女の撃った弾が本当にアステロイド相当の貫通力があるのか実際には試してすらいなかったのだ。
(オレの回避力を考慮した上で、
だからこそ、香取はそれを利用した。
当たる筈はないと考えて、敢えて誘導設定を切ったハウンドをアステロイドとして偽装した。
全ては、七海に「香取はスパイダーをセットしていない」と思わせる為に。
七海のもう一つの天敵となるトリガー、スパイダーの存在を悟らせない為に。
「…………っ!」
────────そして。
逃走に失敗した七海の身体に、
無数の重石を撃ち込まれ、七海の身体がくず折れる。
その隙を逃がさず、香取がスコーピオンを一閃。
七海の胸部に、己の刃を突き立てた。
「────────アタシ達の、勝ちよ」
「ああ、だけど戦利品は貰って行くよ」
ドン、という音と共に背後から衝撃を受け、香取の胸に風穴が空く。
振り向けば、そこにはいつの間にか背後にしゃがみ込むアイビスを構えた茜の姿があった。
恐らく、今の一瞬で香取の背後にテレポーターを用いて転移し零距離狙撃を実行したのだろう。
七海を仕留める為に全霊を用いていた香取にこれを回避する術はなく、致命傷を貰ってしまったというワケだ。
『『トリオン供給機関破損。
奇しくも、同時。
二人の身体は罅割れ、光の柱となって消え失せた。
「…………あー、これは無理かな」
香取を仕留めた茜は、空から降り注ぐ無数の流星を見て諦観の笑みを浮かべる。
あれは間違いなく、何らかの合成弾だろう。
既にテレポーターという手札を切ってしまった以上、どの合成弾だろうと茜に凌ぐ術はない。
その射程内から逃げられる程彼女の機動力は高くないし、並程度しかない彼女のトリオンでは猛攻を凌ぐだけのシールドを張る事は不可能だ。
そして、既に他の仲間が全員脱落してしまった以上、射手としても動ける樹里と異なり純粋な狙撃手である茜に勝機などない。
しかもすぐ傍に若村がいる為自発的な
「悔しいけど、此処までかな。一応仕事は出来たし、それで良しとしますか」
直後、苦し紛れにシールドを張った茜をその防御ごと貫いた
これによって、那須隊は全滅。
世界線を跨いだ主役同士の戦いは、香取隊の狙撃手の手で幕を閉じた。