香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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佐鳥賢③

 

 

「ありがとうございます、東さん。香取隊の件、二宮さんにちゃんと伝えてくれたみたいで」

『お前から頼られるなんて滅多にないからな。言っておくが、一つ貸しだぞ?』

「分かってますって。後が怖いですけど、そのくらいは呑みますよっと」

 

 佐鳥は電話口で東に軽い調子で返答し、薄笑いを浮かべる。

 

 妙に気安い調子で話しているが、他に人の眼が無ければ二人の会話はこんなものだ。

 

 広報部隊としての自覚をしっかり持っている佐鳥は公共の場では広く知られている自分の()()()を通し、TPOも弁えている。

 

 軽く見える振る舞いも、いわばメディア向けの()()の一つのようなものだ。

 

 広報部隊、即ち組織の広告塔となる以上、目玉商品が一つではやっていけない。

 

 嵐山隊には、嵐山准というカリスマ的偶像が存在する。

 

 彼の人気は絶大なものであり、三門市に於いては下手な芸能人よりも知名度が高く関連グッズも飛ぶように売れている。

 

 だが、そういった存在となるとどうしても()()()というものは薄れてしまう。

 

 雲の上の存在過ぎて、「あれは別の世界の人」だといわば敬遠されがちになるのだ。

 

 そして当然ながらイケメンを妬む捻くれた層というのは一定数存在し、嵐山だけが矢面に立てばそういうアンチが湧いて来る事になる。

 

 これが普通のアイドルであればそう表面化はしないかもしれないが、ボーダーという実態が軍事組織である機関の広報部隊としてはそういった人々の存在は無視出来ない。

 

 何せ、色々表層は取り繕ってはいるもののボーダーのやっている事は少年兵の実戦投入に他ならない。

 

 緊急脱出(ベイルアウト)システムによって死亡する危険が無いという一点でどうにか実態をオブラートで包む事が出来ているだけで、元より反感を抱く土壌は幾らでも転がっている。

 

 だからこそ、親しみを持って貰いアンチの発生を抑止する()()というのは必要なのだ。

 

 そういう意味で矢面に立っているのが、佐鳥である。

 

 佐鳥は公衆の場ではコメディアンのようなノリで通っており、嵐山という絶大なカリスマを持った代表がいる為目立たないが、彼の事を好きだと言うファンは割と多いのだ。

 

 イケメンのアイドルは好きじゃないけど芸人は好きという人々にとっては、ひょうきんな態度でお茶の間に笑いを届ける佐鳥という存在は嵐山よりもよっぽど親しみを抱き易い。

 

 嵐山がヒーローの如き絶対性を持つ偶像ならば、佐鳥は市民に寄り添い同じ目線で物を語る代弁者のようなもの。

 

 故に佐鳥は公共の場では自分が流布したキャラを通すし、その上でTPOをしっかりと弁えて反感を買わないようにする事も忘れない。

 

 そういった事が出来るからこそ、佐鳥は広報部隊の一員としてやっていけるのである。

 

 木虎がその美少女ぶりから男性ファンを、時枝がその卒のない振る舞いからコアなファンを獲得する裏で、表に出難い大衆票を得ているのが佐鳥なのだ。

 

 当然それを自覚している佐鳥は自分の挙動には逐一気を配っているし、公衆の面前では失言をしないようにも気を付けている。

 

 しかし、そんな佐鳥にとって東は共に狙撃手黎明期を生き抜いた戦友という気安い間柄なのだ。

 

 会話に棘が交じる事もあるが、要は風間と諏訪のような関係と言えば大体伝わるだろう。

 

 年齢差があるので彼等程大っぴらには交流出来ないものの、他に人の眼がなければ自然と会話は気安いものになる。

 

 多くの弟子を持ち、数々の実力者の尊敬を集める東にしてみても、佐鳥は数少ない自分の素が出せる相手なのだ。

 

 「良い人」で通っている東がわざわざ「貸し」だと明言したのも、佐鳥がそれだけ気を許している相手という事の証明でもある。

 

『しかし、随分面倒な事になってるみたいだな。太刀川達遠征帰還組が何やらゴタついてたが、その関係か?』

「そこらへんはノーコメントで。って、東さん分かって言ってるでしょ?」

『はは、何の事かな。俺は何も知らないぞ』

 

 わざとらしくすっとぼける東に内心この野郎、と悪態をつきながら佐鳥はため息を吐く。

 

 東は遊真関連の情報は知らない筈だが、彼の事だ。

 

 断片的な情報からでも、正解に限りなく近い所に辿り着いているであろう事は想像に難くない。

 

 その程度は難なくやってのけるのが、東春秋という男なのだから。

 

『けど、木岐坂にとっては良い機会じゃないか。あの子が香取たちとの関係で悩んでる事を、おまえも気にしていたしな』

「そっすね。いい加減、寄りかかれる人間がオレだけってのも不健全極まりなかったし、良い機会である事は否定しません。折角幼馴染といつでも会える環境なんだから、ちゃんと仲良く出来なきゃ損ですしね」

『確かにな。でも、おまえにとっちゃ役得でもあったんじゃないのか?』

「素直にそう考えられる程単純なら、こんな悩まなかったんですけどねぇ」

 

 はぁ、と佐鳥はため息を吐く。

 

 確かに、樹里程の美少女に依存に近い思慕の情を向けられるのは悪い気はしない。

 

 正直彼女と初めて正面から向き合った時は暫く見惚れてしまったのは事実だし、樹里が頼ってくれる事を喜んでいる自分がいる事もまた否定しない。

 

 しかし、手放しでその状況を甘受するには佐鳥は真面目過ぎた。

 

 樹里の()()を知る佐鳥としては、そんな彼女の現状を良しと出来る程薄情にはなれない。

 

 無責任に彼女を受け入れるのは、簡単だ。

 

 だがそれをしてしまえは、樹里の抱えるしこりは永遠に解き解す事が出来なくなる。

 

 それを是とするには、佐鳥は彼女の真実を知り過ぎていた。

 

 だからこそ、安易な救いに手を伸ばす事が出来ない。

 

 なまじ樹里が好みドンピシャの美少女であるが故に、佐鳥の葛藤の程は察して知るべしである。

 

(まったく、東さんには参るな。なんでもお見通しかよ)

 

 尚、東はそれを分かった上で気を紛らわす為に茶化しているのだろう。

 

 それが理解出来ない程、佐鳥は愚鈍ではないのだ。

 

『話を変えるが、おまえから見て香取隊の勝率はどんなもんだ? 私見で良い。言ってみろ』

「樹里ちゃんの指揮がどうなるかによっても色々変わって来ますけど、前回のままなら勝率は2割行くかどうかってトコっすね。そこからどう工夫して来るかが、勝負の分かれ目だと思います」

 

 これは、佐鳥の正直な評価だった。

 

 前回の時点でも、香取隊の勝率は皆無というワケではなかった。

 

 様々な前提条件が必要になるものの、立ち振る舞い次第では一矢報いる事は決して不可能ではなかったのである。

 

 それが出来なかった大きな要因は、二つ。

 

 香取が樹里という駒の集団戦での性質を理解し切れていなかった事と、彼女のチームメイトが自分の役割を果たせなかった事だ。

 

 前者は、香取が樹里の脅威を甘く見ていたと言う他ない。

 

 以前までも個人戦で樹里と戦っていた事はある香取ではあったが、集団戦で彼女の相手をするのはあれが初めてだった。

 

 それ故に、集団戦に於ける彼女の本当の脅威が何なのか、という事について見識が甘く対応が後手に回っていた。

 

 基本的に樹里は、1対1で相対するよりも集団戦で相手をする方が脅威度はずっと上だ。

 

 彼女自身がチーム戦に不慣れという点さえ目を瞑れば、彼女の駒としての性質は集団戦でこそ真価を発揮する。

 

 それを最大限に活用した結果が、あの黒トリガー争奪戦である。

 

 彼女の特性を良く知る佐鳥が献策を行い、その能力を十全に活かす形で運用した結果ボーダーのトップチームを圧倒するまでに至った。

 

 それだけの潜在能力(ポテンシャル)が、樹里にはあるのだ。

 

 香取は樹里にチームランク戦の経験がないという一点だけで、集団戦に於ける彼女の脅威を甘く見た。

 

 その時点で、あの結果は必然であったと言えよう。

 

 そして、敗因のもう一つはチームメイトの練度不足にある事は言うまでもない。

 

 意外に思うかもしれないが、三浦も若村も技術面ではそう卑下したものではない。

 

 三浦はサポーターとして高い能力を持っているし、若村は判断力や機転はさておいて銃手としての技量自体はそう悪いものではない。

 

 問題は、それを活かす為に必要な視野が圧倒的に足りていない事だ。

 

 若村は論外としても、三浦の方も問題が無いワケではない。

 

 三浦は高い洞察力を持つが故に目先のフォローにまず動いてしまい、先の展望に繋がり難い。

 

 その場その場の対処は悪くはないのだが、長期的な視点というものが足りていないのだ。

 

 チームに優秀な指揮官がいればそのあたりはどうとでもなったのだが、生憎香取は半ば指揮を放棄しているし、華も指揮ばかりにかまけてオペレートを疎かにするワケにはいかない以上限界がある。

 

 本来ならば後衛職の銃手である若村がそういった現場指揮で腕を振るわなければならないのだが、これまで彼は大まかな戦術方針を立てる事が出来ても、常に変動する戦況に於ける臨機応変な判断というものが全く出来ていなかった。

 

 若村は天才の香取に対する劣等感から自分が責任を負って矢面に立たされる事を無意識に忌避しており、文句を言うばかりでまともな指揮に携わって来なかった。

 

 やった事と言えば試合前に戦術方針を告げる程度で、試合中は香取の独断専行を糾弾して責任を押し付けるのみ。

 

 こんな状態で、まともなチーム戦術など望むべくもない。

 

 このような有り様でもB級上位で戦う事が出来たのは香取の天才性故であり、それだけ彼女に頼り切った部隊であった事の証左でもある。

 

 しかし、あの試合後に若村と犬飼が話をしていた様子を見ていた佐鳥は可能性はある、と考えている。

 

 詳しい話を聞いたワケではないが、若村の中に何らかの意識改革があった事は間違いない。

 

 それが何処まで試合に響くかは分からないが、少なくとも悪い変化で無かった事は感じ取れる。

 

 だが、だからといって覚悟が出来た程度でどうにかなる程戦いは甘くはない。

 

 故にこそ、佐鳥は東を通じて二宮を動かしたのだ。

 

 彼に容赦のない言葉で若村に現実を直面させ、場当たり的な対処ばかりではなく具体的な勝ち筋を見付ける意識を養わせる為に。

 

 わざわざ東に連絡を取ってまで、射手の王を引っ張り出したのだ。

 

 二宮が叩き出さなかった時点で、ある程度見込みはあると見て良い。

 

 たとえ東に頼まれた事だとしても、二宮が本気で見込みのない相手の面倒を見るとは思えない。

 

 門前払いをされなかった時点で、希望はあるという事だ。

 

 もっとも、それがどの程度なのかまでは分からないし、下手に探りを入れてまかり間違って向こうの戦術を知ってしまえばフェアとは言えなくなる。

 

 根回しはしたが、佐鳥は手を抜く気は一切なかった。

 

 だからこそ試合に関係する情報は可能な限りシャットアウトすると決めていたし、献策も行わない事を明言してある。

 

 今回の試合は、樹里が主体とならなければ意味のないものだ。

 

 駒として全力は尽くすが、それ以上の事はしない。

 

 それが、佐鳥なりの誠意であると考えた為だ。

 

 そも、勝つだけならば簡単なのだ。

 

 佐鳥が指揮を執れば良い。

 

 たったそれだけで、香取隊の勝ち目は限りなくゼロに近くなる。

 

 大袈裟に言えば樹里が集団戦に不慣れ、という点のみが今回の試合に於ける香取隊の勝機なのだ。

 

 それを潰す事は佐鳥としても望まないし、何よりこの件に関して自分が必要以上に介入するべきではないとも考えている。

 

 佐鳥は樹里の事情は知ってはいるが、今回の一件の肝は彼女と香取達幼馴染との人間関係だ。

 

 何から何まで佐鳥が手を回して、強引に樹里を香取隊に入れる事は出来るだろう。

 

 しかしそれをやれば必ずしこりが残り、後々良くない結果を招く。

 

 だからこそ、直接ぶつかる必要があるのだ。

 

 肉体言語で全てが解決するとまでは言わないが、言葉だけでどうにかなるならそもそも此処まで拗れていない。

 

 こうなった以上、一度ぶつかる事は必須事項と言って良い。

 

 故に、介入は最低限。

 

 東を通じて二宮を動かすくらいが、佐鳥に出来る限度であった。

 

『そうか。おまえがそれで良いなら、何も言わないさ。やるだけやってみろ。必要なら、ケツは持ってやるさ』

「いざという時はお願いしますね。極力、そうならないよう努力はしますけど」

『それで良い。人任せなのは不安だろうが、こうなればなるようにしかならない。覚悟を決めておくんだな』

 

 そして、そんな佐鳥の心情は東も理解していた。

 

 多くは語らない。

 

 佐鳥相手にはこれで充分と判断し、東は話を打ち切る。

 

 後は、おまえの問題だ。

 

 そう言外に告げて、東は通信を切った。

 

(まったく、ままならないなぁ。でもま、心配するだけ無駄ってのも確かだよな。此処はどっしり構えて、何かあった時に動くっきゃないか)

 

 ふぅ、と佐鳥はため息を吐く。

 

 その瞳には憂いの色が見えるが、しかし同時に覚悟を決めた者特有の輝きがその眼の中にはあった。

 

 あと、数日。

 

 それが、樹里と香取が定めた決闘までの残り時間(カウントダウン)だった。

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