香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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荒船哲次①

 

 

「どうなんだ、調子は。鍛えてやってると聞いたぞ、香取隊を」

「どうもこうも、ぐんぐん伸びてる最中だよ。ったく、才能の違いってモンを見せつけられた気分だぜ」

 

 まあ、俺は狙撃手として模擬戦の相手をしてるだけだがな、と荒船は続ける。

 

 荒船隊、隊室。

 

 そこでは現在香取隊短期集中特訓(ブートキャンプ)に狙撃手として協力している荒船が、チームメイトと雑談に興じていた。

 

 今回の協力にあたり、隊長である荒船が足を運ぶ以上当然部隊の面々には話を通している。

 

 しかし、これまで荒船は自分からその特訓の内容については敢えて口にはしていなかった。

 

 これが荒船主導の鍛錬であるならばまだしも、あくまでも彼は外部協力者の立ち位置である。

 

 その自分が意気揚々と話を広めるのは違うだろうと思い口を噤んでいたのだが、流石に穂刈達も隊長が協力している特訓について気になっていたのだろう。

 

 直接問われれば隠す理由もないので、素直に答える事にした荒船であった。

 

「今回、俺の役目はMAPギミックに近いからな。状況を見て狙撃をするだけで、一応弧月の使用も禁止されてる。まあ、鍛錬の目的を考えりゃ当然だけどな」

「狙撃手二人だからな、向こうは。剣を持っているとおかしいからな、そうなると」

「そういうこった。やってるのは不特定多数との戦闘を想定するランク戦向けの訓練じゃなくて、特定の相手への対策を主眼にした鍛錬だからな。流石に、趣旨と違う動きをするのは駄目だろ」

 

 荒船の言う通り、今回の特訓の目的は香取隊が樹里達に勝つ為の下地を作る事にある。

 

 それ故に、普段荒船がやっているような「近付かれれば弧月抜刀」という真似は趣旨に反する。

 

 時間は有限なのだから、本番を想定しない動きをするのは無駄でしかない。

 

 そも、一週間と言う短期間で出来る事などたかが知れている。

 

 鍛錬というものは長期間に渡って継続して続けるからこそ意味を持つものであり、短期間に集中してやったところで劇的な効果など見込めるワケがない。

 

 ()()()()()()

 

(普通、その筈なんだがな。ったく、マジであの才能は羨ましくなるよ)

 

 荒船は心の中でもう一度、らしくもなく愚痴を吐露する。

 

 通常、短期間で集中的な特訓のみで勝てる程ランク戦というものは甘くはない。

 

 だが、現に香取隊はこの数日の特訓で眼を見張るような成長を見せている。

 

 理由は、二つ。

 

 香取隊の最大の停滞の原因が取り除かれた事と、香取自身の才覚だ。

 

 前者は、言うまでもない。

 

 これまでスタートラインにすら立っていなかった香取隊が、最大の問題点を自覚して足を踏み出した為だ。

 

 元々、香取隊の面々は技術()()に限って言うならば悪くないものを持っていた。

 

 香取は勿論として、三浦は優秀なサポーターの素質があるし、若村も銃手トリガーの取り扱い自体はそう悪くはない。

 

 今までは若村達が文字通り香取の足を引っ張っていた為その資質を活かし切れていなかったが、若村の意識改革を契機に彼等はようやく自身を駒として運用する自覚を持つ事が出来るようになった。

 

 個人戦と違い、集団戦というものは最終的にチームが勝てれば過程は極論無視出来る。

 

 たとえ最後の一人になるまで味方が落ちようが、相手より多く得点を重ねれば勝てる。

 

 それがランク戦の本質であり、窮極的には生き残るのは一人だけでも構わない。

 

 これはランク戦を行う者であれば誰しもが自覚して然るべき事柄であり、B級中位以上のチームは当然持っている常識だ。

 

 しかし、自覚しているのと理解しているのとでは意味合いが異なる。

 

 たとえそうであると分かっていたとしても、それを有効活用する為にはどうするか、という意識が香取隊には足りていなかった。

 

 香取隊は、エースの香取を中心としたチームである。

 

 彼女達は基本的に香取をどう暴れさせ、それを邪魔させないかが勝敗の鍵となる。

 

 故に、極論その為なら若村と三浦は幾らでも捨て駒になって構わないのだ。

 

 無為に落ちるのは論外だとしても、自分の役割を果たした上で落とされるのであれば充分チームへ貢献出来ている事になる。

 

 そのあたりを自覚し始めた為に、今の香取隊はチームとして良い方向へ向かっていた。

 

 ただ香取の才覚に頼り切りになるのではなく、それを活かしきる為にどう札を切るか。

 

 今回の短期集中特訓は、その為に必要な論理(ロジック)を実践式で叩き込む座学に近い。

 

 彼等がやっているのはランク戦を勝ち抜く上で必須であった常識を、物理的に香取隊に叩き込む作業だ。

 

 その為荒船はトリッキーな動きなどは何一つしていないし、二宮達からの指示に黙って従っている。

 

 それこそが、自分の役割だと心得ているが故に。

 

「…………けど、荒船さん。香取隊は前回のランク戦で、中位落ちしたじゃないですか。ただでさえ厄介な香取がチーム単位で強くなるとか、少しダルくないですか?」

「逆に考えろよ。あいつ等が強くなりゃ、さっさと上位に戻ってくれるだろ。勿論、俺達だって上位を目指してないワケじゃないが、あいつ等にだらだらと中位に残留し続けられるよりはそっちの方がポイントは得易くなるだろうぜ」

 

 何処か不満気な半崎に、荒船はそう答える。

 

 彼の言う事も、分からなくはない。

 

 香取隊は確かにこれまで上位で居続けるには力不足だったが、いざ中位に落ちて来たとなるとB級中位の面々にとってはこの上ない脅威なのだ。

 

 何せ、香取隊がこれまで上位で何とかやって来れた原因である香取という駒の強力さが、まず半端ではないのだ。

 

 香取はチームがまともに集団として機能していなかった状態でありながら、その才覚だけで勝ちをもぎ取って来た化け物だ。

 

 機動力が高く、危機感知能力も低くない為そもそも動きを捉える事自体が難しく、近付く事を許せば瞬く間に急所を抉っていく。

 

 少なくとも、B級中位レベルでは部隊単位であっても彼女を止める事は非常に難しい。

 

 そういう意味で、さっさと上位に戻って欲しいというのも嘘ではない。

 

 本音では荒船の教育者メンタルが刺激されたというのが主な理由なのだが、流石にそれは黙っておく。

 

 元々今回の件に乗り気ではなかった半崎に対しそれを言えば、余計拗れる事になると分かっていたのだから。

 

「それに、俺だってタダで協力したつもりはないぜ。今後の事を考えれば、他人の指導を直に見る事が出来るのはプラスになるからな。俺の目的を考えれば、乗らない話はないってワケだ」

 

 加えて、これもまた本音ではあった。

 

 荒船は最終的にはレイジと同じ完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)になり、この役職の人員を育成する基礎理論(メソッド)を確立するのが目的だ。

 

 その為に優秀な隊員の指導をこの目で見るという経験はあって損のあるものではなく、ボーダーでも屈指の銃手である犬飼と共に指導を行える環境というのは逃す手はない。

 

 他にも、二宮の指導方法は独創的過ぎて参考にならなかったが、辻の指導も犬飼程効率的ではないが相手によっては有効なものであった為勉強になった。

 

 そういう意味で荒船にとっても良い機会となったのだが、どうにも半崎の表情が優れない。

 

 どうやら、彼は彼なりに今回の事に思うところがあるらしかった。

 

「どうした? 何か気になる事でもあるのか?」

「…………別に、大した事じゃないんです。ただ、佐鳥の奴何やってんだろ、って思って」

「成る程。そういえば、お前は佐鳥とはクラスメイトだったな。何が気になってるのか、言ってみろ。案外、口にすればスッキリするかもしれないしな」

 

 荒船は何を気負う事もなく、そう発言した。

 

 隊長として、チームメイトに悩みがあるのであれば相談に乗るのは吝かではない。

 

 チームの最年少である半崎の事はいつも気にかけてはいたが、どうやら今回の問題は少々根が深いように思える。

 

 言いたくないのであれば無理に聞くつもりはないが、今の半崎は何処か話したそうにしているように見えた。

 

「その、俺は木岐坂の奴とも同じクラスなんですけど。どうにも、佐鳥がプライベートまで木岐坂の為に犠牲にしてる部分があって。なんかそれが気に食わないっていうか────────────────すみません。なんか、巧く言葉に出来ないっす」

「いや、なんとなくだが言いたい事は伝わったよ。要は、今回も木岐坂が佐鳥に迷惑をかけているように見えるのが気に入らないって、そういうワケか?」

「…………多分、そうですね」

 

 成る程、と荒船は頷く。

 

 半崎は何処か自分自身でも戸惑っているのか要領を得ない発言ではあったが、文脈や彼の様子からある程度言いたい事の輪郭は読み取れた。

 

 要するに、半崎は友人である佐鳥に一方的に迷惑をかけ続けているように見える樹里が気に入らないのだろう。

 

 それが友人を独占されているが故の焼き餅なのか、それとも友としての義憤なのかは分からないが、とにかく彼が樹里に良い感情を抱いていないのは伝わって来た。

 

 確かに半崎の話を聞く限り、樹里の行動によって佐鳥が迷惑を被っているようにも見える。

 

 広報部隊である佐鳥に公私問わず傍にいようとして、時には彼の予定を変えてまで自分との時間を作ろうとしている。

 

 半崎の眼から見れば、樹里は佐鳥に付き纏う疫病神のようにも見えているのだろう。

 

 佐鳥が単純な女好きの軽薄な人物であれば何も言わなかったのだろうが、そこそこ付き合いのある半崎は彼がそんな人間ではない事を知っている。

 

 彼の知る佐鳥はむしろストイックな人間であり、少なくとも色恋沙汰にうつつを抜かして自分の立場を危うくするような真似は決してしない。

 

 そんな佐鳥が樹里の我が儘に振り回されているように見える現状を、半崎は是としたくないのであろう。

 

 中々素直に感情を表に出せない半崎らしい考えであり、彼の友達思いぶりに思わず頬が綻びそうになる。

 

 それはどうやら穂刈も同様のようで、荒船と違ってその感情を隠さなかった為に半崎からはジト目で見られる結果となっていた。

 

「一つ聞くが、佐鳥はその事について何か言っていたのか? たとえば、木岐坂に纏わりつかれて迷惑してる、とか」

「言うワケないじゃないですか。あいつ、意地っぱりだからそんな事は口が裂けても言いませんよ」

「そうか。そうなると、まず解決しなくちゃならないのは佐鳥の本心を確認する事じゃないか? 単なる推測だけじゃなくて、確たる証言があった方がお前としても動き易いだろ」

 

 え、と困惑する半崎を見て、荒船ははは、と苦笑いを浮かべた。

 

 予想通りの反応をする半崎に、強烈な庇護欲を抱いたのは彼の中だけの秘密である。

 

 隣にいた穂刈も同じ想いなようなので、この事が露見する心配はないだろう。

 

 そんなどうでも良い事を考えつつ、荒船は説明を再開した。

 

「人間関係ってのは、複雑なのが基本だ。俺の見た限りじゃあるが、佐鳥が木岐坂の事をいつも気に掛けてるのにも何か明確な理由があるんだろ。多分、その内容について答えちゃくれねーだろうけどな」

 

 そう、今回の半崎の懸念は樹里の我が儘に巻き込まれて嫌とも言えない佐鳥を気遣ってのものだ。

 

 半崎は佐鳥が他人を優先しがちで意地っ張りな性格である事を知っている為、「樹里の我が儘に付き合わされて佐鳥が迷惑してるけど自分からは何も言えずにいる」と考えていたが、思えばその根拠となる証言は何も無いのだ。

 

 こういうケースでは、当人が助けを求めているかどうかが形式上では何より重要となる。

 

 今回の場合佐鳥は外部に助けを求めている風ではなく、あくまで自発的に協力しているように見える。

 

 故に半崎が現状を是としないのであれば、一番初めにやるべきは佐鳥の意思確認である。

 

「だから、必要なら俺も付いて行って佐鳥の考えを確認してやるよ。お前も、このままじゃ収まりがつかねーんだろ?」

「え…………でも、いいんですか? わざわざ隊長まで出て来なくても…………」

「馬鹿、お前一人じゃどうにもならなかったからこれまで実質放置してたんだろ? だったら、第三者がいた方が色々変わる可能性はあるだろーが。別に迷惑でもなんでもねーから、頼れる時はさっさと頼れ。後輩の面倒くれー見れねー程、余裕がねーつもりはねーからよ」

 

 荒船はそう言ってドン、と自分の胸を叩いてみせた。

 

 元より世話好きな荒船にとってこの程度は苦ではないどころか、むしろ望むところだ。

 

 進んで面倒を背負い込みたいワケではないが、チームメイトの顔を曇らせたまま放置するなど彼自身の矜持に関わる。

 

 少々捻くれているとはいえ、半崎の友への想いは純粋なものだ。

 

 それを手助けしたいと思って、何が悪いというのか。

 

 むしろチームメイトがそこまで友達想いな人間だと誇るべきだろう、と荒船は考える。

 

 それが彼の度量の広さであり、口には出さないが半崎達が彼を隊長と仰いで慕う理由でもあった。

 

「…………じゃあ、お願いします」

「おう、任せとけ。訓練の後にでも、時間作ってやっからよ」

 

 荒船は半崎の願いを快諾し、事前確認(アポイント)を取るべく携帯を取り出す。

 

 そして荒船は佐鳥の番号を呼び出し、面談について話を纏めるのであった。

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