「悪いな、佐鳥。わざわざ来て貰って」
「いえ、荒船先輩の頼みですしこのくらいはやりますよ。丁度、手が空いてましたしね」
荒船の謝辞に、佐鳥は軽くそう返した。
此処は、荒船隊の隊室。
佐鳥は荒船から「聞きたい事があるから会って話せないか」という申し出を聞き、何かを察した様子で自分から隊室へ出向くと言い出し、こうしてやって来たワケだ。
とうの半崎は隊室に来た佐鳥を見て、何処か複雑そうな顔をしている。
自分でも巧く言語化出来ていない感情を原因として呼び出してしまった事に、負い目でも感じているのかもしれない。
その気持ちも分からなくはないが、こういうのはズルズルと引きずる方が後にひきやすい。
ならばいっそ、こうして本音をぶつける機会を作った方が後々良い結果を生む場合がある。
佐鳥も恐らくそれは分かっている様子で、荒船から呼び出しを受けた時点で何かを察している様子があった。
彼は、聡い。
自分の現状やこれまでの経緯、更には半崎との会話や荒船の申し出のタイミング等から推算して結論を導き出しているに違いない。
佐鳥が表向き軽薄な振る舞いを見せながらも頭の切れる人間である事は、荒船も良く知っているのだから。
「それで、何の御用ですか? 一応、大抵の質問には答えられるつもりではいますけれど」
「まあ、回り道しても意味ねぇから単刀直入に言うぞ。おまえ、何であそこまで木岐坂に構う? 今回の事も、第三者から見りゃなんでおまえが色々手を回してんのか分かんねえんだよ」
成る程、と佐鳥は何処か得心したように荒船の話を聞いて納得した様子で頷いた。
矢張り、何を聞かれるかは大体推測出来ていたのだろう。
その顔に驚きはなく、動揺した様子すらない。
可愛くねぇな、こいつと内心思った荒船であった。
「別に、大した理由はないですよ。可愛い子に頼られたらついつい助けちゃうのが、佐鳥なんで────────────────って言っても、納得してくれそうにないですね」
「当たり前だろうが。一回や二回ならともかく、おまえが木岐坂に構う頻度や内容は少し度が過ぎてる。おまえが考え無しにそんな真似をするワケねぇって事は分かってるから、さっさと本音で話しやがれ」
荒船はジロリ、と佐鳥を睨みつける。
世間一般の佐鳥の評価は軽い雰囲気のお調子者、といったものだが彼の内面がそんなものではない事を荒船は知っている。
というよりも、ある程度彼と付き合いのある者ならばその程度の事は分かっている。
良く観察していれば、分かるのだ。
彼が、ただのお調子者などではないという事は。
佐鳥は軽薄に見える態度を取りながらもさり気なく場の空気を調整する事に長けているし、彼がおどける時は大抵場の空気を盛り上げる時や誰かを庇って話の流れをコントロールする為、というケースが多い。
自分が軽い調子でおどけて見せる事で悪い雰囲気になる前に会話の内容を調節し、場合によっては自分に注意を向ける事で話の流れを有耶無耶にする。
そういった様子を幾度も見ていた荒船は、佐鳥の本質に気が付いていた。
彼はお調子者などではなく、とてつもなく優れた機微を持つ奉仕主義者であるという事に。
佐鳥は、自分を殺す事が得意だ。
というよりも、最早それが生態となってしまっていると言って良い。
広報部隊という常に他者の眼に晒される役割を担っている、という事も影響しているのだろうがとにかく彼は「他者から見たお調子者の佐鳥賢」というキャラクターを演じながら最適な結果を掴み取る為なら
場合によっては場を収める為に自分にヘイトを向けるような真似も普通にやるし、結果として自分が損を被る事になっても一向に気にした様子がない。
その場の空気が悪い方向になる、と察知した時点で佐鳥は問題が深刻化しないように立ち回り、良い結果を得る為であれば進んで泥を被る事すら厭わない。
そんな精神性が、佐鳥の根幹にはあると荒船は推測していた。
所詮は単なる推論に過ぎないが、間違ってはいないだろうと荒船は見ている。
その佐鳥をして、樹里への対応は異例と言う他ない。
基本的に佐鳥は、誰か一人を贔屓するという事がない。
彼の作り上げたキャラクターはお調子者のムードメーカーであり、その
にも関わらず、彼は樹里に関してだけは例外的な対応をしている。
どう見ても彼女を贔屓しているとしか思えない采配をする事があるし、自分の用事があったとしても彼女の事を優先する素振りさえある。
これが佐鳥以外であれば単に可愛い少女にアピールをしていると受け取れたのだろうが、そう考える程荒船は鈍くはない。
恐らく何らかの深い理由があるのだろうと、荒船は睨んでいる。
まずは、その理由の根幹が
それを確かめるのが肝要だと、そう考えたワケだ。
「まあ、誤魔化しても仕方ないみたいっすね。確かに、オレが樹里ちゃんに構うのには理由があります。でも、
「成る程。
「ええ、そういう事です」
故に、佐鳥がその理由を話せないと答えた時も、荒船に驚きはなかった。
むしろ、自分の推論が間違っていなかったという納得さえある。
これで、樹里に何らかの厄介な事情があり、それを佐鳥が知っているという事が確定した。
そして、佐鳥は「話したくない」ではなく「話せない」と断言した。
それはつまり、これは単なる佐鳥の個人的感情に由来するものではなく、ボーダーの機密に関わるものであると予想出来る。
広報部隊の一員として、上層部の面々とも相応に関わりのある佐鳥だ。
何かの拍子で彼女に関する重要情報を知ったとしても、おかしくはない。
そしてそれが機密に関わる事であれば、当然緘口令が敷かれている筈だ。
事が佐鳥の個人的な事情に由来するものであれば話は簡単だったのだが、矢張りそう単純な話ではないらしい。
「…………なんだよ、それ。話せないって、どういう意味だよ?」
しかし、半崎はそこまで察する事は出来なかったらしい。
佐鳥の「話せない」という返答に明らかに不機嫌な調子を隠さず、彼を睨みつけている。
半崎にしてみれば、今の会話も佐鳥が彼女を庇っているように見えて仕方のなかったのだろう。
今回の件に関しては半崎がやや視野狭窄気味な事を分かっていた荒船としては、驚きはない。
矢張りこうなったか、という思いさえある。
但し。
それをこのまま放置する程、彼は薄情でも鈍感でもなかった。
「半崎、佐鳥は「話したくない」じゃなくて「話せない」って言ってんだ。それはつまり、その理由ってのがボーダーの機密に関わる内容、って事なんだと思うぜ」
「あ…………」
直截に言われた事で、半崎もその事に思い至ったのだろう。
予想もしていなかったという顔で、目を見開いている。
今回の件が単純に佐鳥の苦労性に由来するものだと考えていた半崎としては、予想外にも程があったのだろう。
いや、敢えて考えないようにしていた、と見るべきか。
自分ではどうしようもない領域の話だと、認めたくなかったが故に。
無意識にそれを選択肢から除外していた、と見る事も出来る。
どちらにせよ、半崎が困惑しているのは見て分かった。
事が機密に関わる事であれば、迂闊に手出しする事は出来ない。
無理に聞き出そうとすれば、それこそ佐鳥に迷惑がかかる。
もうこの話は止めにするべきじゃないか、という半崎の感情がありありと顔に出ている事に荒船は気付いた。
此処まで言われて自分を通そうとする程、半崎は考え無しではない。
いや、聡い少年であるが故にそういう後先を考えない真似は出来ない、と言うべきか。
ともあれ、この場をお開きにしようか、という彼の考えは透けて見えた。
「半崎、木岐坂の件が簡単に片付く問題じゃないのは分かった。けど、お前が佐鳥に
だが無論、それをさせる荒船ではない。
確かに、下手な追及は佐鳥を困らせるだけだろう。
しかし、この場の目的は彼の真実を暴く事ではない。
全ての事情を明かす事は出来ずとも、半崎が本心を語ればそれを受け止めない程佐鳥は狭量ではない。
故に、此処で話を終わらせてしこりを残すよりは。
一度腹を割って本音を告げ、佐鳥に応じて貰うのがベストだ。
少なくとも、それが出来ると信頼しているからこそ荒船は佐鳥を呼んだのだ。
それこそが、最善の結果に繋がると確信しているが故に。
「…………荒船さん。いえ、そっすね。すみません」
「謝るのは違うだろ。俺は今回、あくまでも第三者だ。おまえが言いたい事があるならそれは言葉にした方が良いだろうし、悶々としたまま場を流しても後悔するだけだぞ」
正直になりゃいいさ、と荒船は言う。
その言葉に、半崎は納得を得たのだろう。
彼は顔を上げ、佐鳥と正面から向き合った。
「佐鳥、木岐坂が面倒な事情を抱えてる事は分かった。けどよ、だからっつっておまえが此処までしなきゃならねー理由はねーんじゃねーの? 何がおまえを、そこまでさせるんだよ」
ジロリ、と佐鳥を睨みながら半崎は告げた。
嘘も誤魔化しも許さない、と彼にしては珍しく感情をむき出しにした様子である。
それだけ、彼が佐鳥を心配していた、という事なのだろう。
佐鳥はその視線を正面から受け止め、そして。
ゆっくりと、その口を開いた。
「樹里ちゃんに関しては、オレも他人事じゃないからだよ。彼女を
え、と何処か困惑したような表情の半崎を見て佐鳥は内心苦笑を浮かべる。
どうやら佐鳥の返答は、彼にとっても予想外だったのだろう。
何らかの精神論や理屈を持ち出してくると思っていたのであろうが、佐鳥は樹里の事情を匂わせる言葉を口にした。
事実、荒船も佐鳥の返答に驚いているように見える。
(まあ、当然の反応ですかね)
無理もないだろうな、と佐鳥は思う。
明言はしていないが、樹里に関しては何らかの機密が関わっているという事は二人も理解した筈だ。
にも関わらず、佐鳥はその内容に関して匂わせるような発言をした。
自分が迂闊な事を言う人間ではない事を知っている二人としては、予想外にも程があったというワケだ。
「おい、いいのか? そんな事を言っても」
「流石に、半崎に此処まで心配されてたとあっちゃ中途半端な返答は不義理だと思いましたからね。まあ、内容を明言しなきゃ大丈夫だと思います」
「…………そうか」
勿論大丈夫ではないが、今回に限って言えば荒船隊の面々を信用しているから、というのが大きい。
狙撃手仲間として、彼等の人柄は良く知っている。
荒船は気配りが上手で口が堅く、半崎もダウナーな言動を隠さないが友情に厚い人情家である事は佐鳥も知っている。
先程から会話に加わらず壁の花になっている穂刈も、軽々にこちらの秘密を吹聴するような人物でない事も理解していた。
この場が公衆の面前であったのならばともかく、秘密の厳守を確約してくれる三人が相手であればこの程度は問題ない、と佐鳥は認識していた。
何せ、今回の一件は佐鳥の不義理が原因であると言っても過言ではない。
半崎に色々心配をかけている事は分かってはいたが、荒船が出て来た以上想定以上に彼をやきもきさせていたのだなと佐鳥は後悔していた。
樹里の事情を話せない以上仕方のない面はあるのだが、それにしても個人的に話をするなど、幾らでもやりようはあった筈だ。
それを怠ったのは佐鳥自身の怠慢であり、この程度のリスクは許容して然るべきだと彼は判断したのだ。
友人に不義理をした者のケジメとして、このくらいはやらないと話にならない。
佐鳥はそう考え、多少危うい言動であっても義理を果たす事を優先したワケだ。
「繰り返すけど、樹里ちゃんの事情については話せない。けど、その事情に関しちゃオレも他人事じゃないから黙って見ている事は出来ないんだ。詳しい話は、出来ないけどね」
でも、と佐鳥は続ける。
「彼女がああなっちゃってるのはオレにも責任がある事だし、流石に見て見ぬ振りは出来なくてね。納得してくれ、とは言わない。けど、半崎には悪いけどこれからも樹里ちゃんへの態度を変える事は出来ない。これだけは、ハッキリ言っておくよ」
「……………………」
佐鳥の言葉を受け、半崎は複雑そうな顔をして黙り込む。
彼の中でも、様々な逡巡があったのだろう。
バレていないと思っているであろう百面相を繰り返しながら、やがて半崎ははぁぁ、と大きく溜め息を吐いた。
「…………ったく、そこまで言われちゃ納得するしかねーじゃねーか。分かった。お前がそこまで言うなら、これ以上は追及しねぇよ。けど、どうしよもない時は少しは頼れよな。友達の一人として、そのくらいはしてやるし」
「その時は、遠慮なく頼らせて貰うよ。ありがとう、色々心配かけてごめんね」
「別に。単に気になっただけだよ。勘違いすんな」
ぷい、とそっぽを向きながらツンデレのお手本のようなセリフを吐く半崎に佐鳥は苦笑する。
どうやら、この友達甲斐のあるクラスメイトに想定以上に心労をかけてしまったようだと反省しながら、ジト目でこちらを見る彼に笑いかける。
その様子を見ながら荒船も生暖かい視線で半崎を見ており、壁際にいた穂刈も早速半崎をからかい始めた。
自分は本当に、良い友人を持ったと。
そんな光景を見ながら、佐鳥はしみじみと思うのであった。