香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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佐鳥賢④

 

 

「賢。二宮さんに何かやったでしょ。葉子達が、指導を受けてるって聞いたよ」

「何の事かな、って言っても無駄っぽいね」

「うん。流石にね」

 

 そっかー、と苦笑いを浮かべる佐鳥に対し、樹里は「そうだよ」と肯定の意を返す。

 

 いつも通り樹里を部屋へと送り、その流れで雑談に興じていた中突如始まった追及に対し、佐鳥は深く溜め息を吐いた。

 

 確かにあからさま過ぎるよな、と佐鳥は思案する。

 

 これが犬飼単独や辻を含めた二人による指導であれば、まだ有り得たかもしれない。

 

 だが、二宮だ。

 

 あの傍若無人にして唯我独尊な暴君が香取だけならまだしも、どう贔屓目に見ても才能のない若村達の指導を自ら引き受けるなどまず有り得ない。

 

 少なくとも、外部から何らかの干渉がなければ不可能だ。

 

 樹里は一時期、二宮の指導を受けた事があるからこそ分かるのだ。

 

 彼が何の理由もなしに才能のない人間の面倒を見る事など有り得ないし、たとえ才能があったとしても生半可な事で指導を引き受けるなどといった酔狂を見せるような者ではないという事を。

 

 だが。

 

 ただ一人、そんな彼に大きな影響を与え得る人物が存在する。

 

 東春秋。

 

 ボーダーに於ける始まりの狙撃手であり、かつて二宮を含めた実力者達を率いた旧東隊のリーダー。

 

 彼ならば、頑なな二宮を動かす事が可能となる。

 

 そして。

 

 樹里は、その東と佐鳥の間に特別なコネクションがある事を知っている。

 

 疑問形で尋ねているが、その実ほぼ確信しているに違いない。

 

 佐鳥が、東を通じて二宮を動かしたのだ、という事を。

 

(樹里ちゃん、勘も鋭いからなぁ。下手に誤魔化しても、もう無駄かな)

 

 この様子では、言葉を弄したところで意味など無いだろう。

 

 状況証拠は揃っている上に、今回は樹里本人共繋がりのある二宮の話だ。

 

 どう誤魔化したところで、追及を躱せるとは思えない。

 

 此処は、正直に話すが吉だろう。

 

「うん、確かに東さんに頼んで二宮さんに香取ちゃん達の指導を受けて貰えるよう頼んだよ。このくらいはしないと、そもそも勝負にすらなりそうにないからね。ちょっとしたテコ入れってワケ」

「…………賢は、私に負けて欲しいの?」

「そういうワケじゃないさ。でも、今回はただ勝てば良い戦いじゃないって事くらいは、樹里ちゃんも分かってるっしょ?」

「むぅ…………」

 

 佐鳥にそう返され、樹里はぶすぅ、と何処か拗ねたように唇を尖らせた。

 

 恐らく、頭では分かっているのだろう。

 

 既に明日に迫った香取隊との試合が、ただ自分達が勝てば丸く収まるものではないという事を。

 

 確かに、今回の試合で勝ち負けに於ける何らかの条件付けはしていない。

 

 発端は樹里の入隊願いではあるが、香取は「戦え」とは言ったが「勝てば入隊を認める」とも「負けたら断る」とも言っていない。

 

 その為極論結果がどう転ぼうと構わないのだが、それはあくまでも形式上は、だ。

 

 今回の試合の主眼は、前回惨敗した樹里相手に香取隊が自らの成長を見せる事にある。

 

 公衆の面前で大敗を喫した樹里相手に、彼女達なりのケジメを見せる禊。

 

 それが、今回の試合の大きな意味合いとなる。

 

 香取達は多くの隊員の前で、樹里と佐鳥の二人相手に完敗した。

 

 今回はその樹里が、香取隊に入隊するか否かが問題となっている。

 

 このまま何もせず樹里が香取隊に入隊したとなると、少なからず禍根が残る。

 

 香取は言わずもがな、若村達にしてみても面白くはないだろう。

 

 傍から見れば実力で敵わなかった樹里相手に媚びて戦力の強化を図った、と取られかねないのだから。

 

 もしくは、周囲からそう見られる事がなかったとしても。

 

 他ならぬ香取本人が、その状況を良しとはしない。

 

 彼女は、誇り高い人間だ。

 

 これまで拗れ続けて来た樹里との関係を、なあなあで済ませる事を彼女自身が認めない。

 

 やるならば、徹底的に。

 

 それが、樹里とも共通する彼女の信条なのだから。

 

「…………でも、葉子だけ贔屓してるようでなんかイヤ。賢、責任取って」

「いやどう責任取れ言うのよ樹里ちゃん」

「ん。お願いを聞いて? 大丈夫、ちょっと泊まって貰うだけだから」

「それは佐鳥が大丈夫じゃないんですけどねぇっ!?」

 

 そして、なんだかんだでちゃっかりしているのも香取と同じだ。

 

 樹里の場合の方がよりあざといが、だからといって流石のこのお願いを聞き届けるワケにはいかなかった。

 

 佐鳥には、分かる。

 

 ふざけているような字面であるが、言質を取られたが最後彼女は確実に実行に移すであろうという事を。

 

 そもそも、夜遅い時間に一人暮らしの少女の自宅に居座っている事自体佐鳥の立場的に色々とアウトなのだ。

 

 佐鳥的に致し方ない事情があるとはいえ、世間はそう見てはくれない。

 

 故に、樹里に強硬手段を取られた場合佐鳥が抵抗出来る可能性は限りなく低い。

 

 これまでは言質を取られないように注意しながらきっぱりと断って来た為何とかお泊りの誘いを躱し続けて来られたが、常に彼女がそのチャンスを狙っている事は分かっている。

 

 一度言質を取られてしまったが最後、詰みの盤面に持っていかれる事はまず間違いない。

 

 それだけ樹里の天然の計算高さというものは、侮る事が出来ないのだから。

 

「樹里ちゃん、やっぱ怒ってるっしょ」

「怒ってない。ちょっと、面白くないだけ。だから、賢は私の機嫌を直す義務がある」

「いやまあある程度なら譲歩するけど、流石にお泊りは駄目だからね? 佐鳥も世間体とか色々あるワケですよ」

「誰にも言わないよ? わたしは、良いから」

「そういう問題じゃないんですけどねぇ。って、樹里ちゃん、さては本気で怒ってるワケじゃないね?」

「…………なんのことかな」

 

 そっぽを向く樹里に対し、あ、これ半ば遊んでるな、と佐鳥は確信した。

 

 佐鳥が香取達にテコ入れした事に対し面白く思っていない事は事実であろうが、本気で怒っているワケではないという事は伝わって来た。

 

 もしもガチで怒っていたのならば、この程度では済まないからだ。

 

 それこそ縋りつく勢いで迫り、強引にでも確約をさせようとしたに違いない。

 

 或いは、泣き落としまでして来た可能性もあっただろう。

 

 それがないという事は、ある程度佐鳥の行動を許容した上で折角だからと要求を加えているに過ぎないというワケである。

 

「そういう態度って事は、本気で怒ってるってワケじゃないよね? 一応、納得はしてくれているんだ?」

「…………別に、わたしだって葉子達といつまでも今のままでいたいワケじゃないから。その為に必要だって事くらいは、分かってる」

 

 でもね、と樹里は続ける。

 

「賢が、わたしじゃなくて葉子を贔屓した事は、なんか気に食わない。だから、その埋め合わせくらいはしてもバチは当たらないと思う」

「でも流石に、お泊りは駄目だからね? 埋め合わせくらいは付き合うけど、流石にそれは無理だって」

「なんで?」

「なんで、って、分かって言ってるでしょ樹里ちゃん。流石に男のオレが女の子の家に泊まるワケにはいかないって」

「わたしはいいのに。賢、わがまま」

「なんでそうなるんですかねぇ」

 

 はぁぁ、と佐鳥は大きく溜め息をつく。

 

 同時に、密かに安堵もしていた。

 

 樹里が本気で怒っていたのならば、恐らくこの程度では済まなかっただろう。

 

 それこそお泊りの件を本気で検討するくらいには、追い詰められていた筈だ。

 

 半ば樹里がおふざけに入っているからこそ強要まではされていない段階であり、まだ何とか言葉だけで凌ぎ切れるだろう。

 

 お泊りの誘い自体はこれまでに幾度もあったので、その程度ならば慣れたものだ。

 

「賢は、わたしの家に泊まりたくないの? わたしは、賢と朝まで一緒なら嬉しいよ?」

「……………………いやいや、常識的に考えて駄目だからね? うん、駄目だからね?」

 

 訂正。

 

 樹里の爆弾発言には慣れたつもりであっても、不意打ちでやられると色々とダメージが大きい。

 

 一瞬頷きかけた己に叱咤し、佐鳥は鋼の精神で樹里の誘いを断った。

 

 聞きようによっては誘っているとしか思えない樹里の文言に、佐鳥の男心が非常に擽られたのは事実だ。

 

 樹里がどんな意味合いで言っているにしろ、一度頷けば色々と取り返しがつかない。

 

 それはもうホントに取り返しがつかないので、どんなに魅力的な誘いであっても頷いてはいけないのである。

 

 その先は地獄だぞ、と佐鳥は誰知らず自戒する。

 

 一見甘い誘惑に見えても、後の事を考えれば決して頷いてはいけない誘いというものがあるのだ。

 

 少なくともこれは、今の段階で許容して良いものではない。

 

 そこは決して間違えるつもりはないが、大きく理性がグラついた事もまた事実な佐鳥であった。

 

「それより、いよいよ明日だね。心は決まった?」

「…………うん。色々思うところはあるけど、明日は全力で戦うよ。手加減とか、最初からするつもりもないし」

「そうだね。オレも駒として、全力を尽くすよ。今回は、手を抜く事は誰に対しても良い結果を招かないだろうからね」

 

 佐鳥のやり様次第では、わざと負けるよう取り計らう事自体は可能だ。

 

 しかしそれをすれば、樹里と香取の間の断絶は決定的なものになるであろう事は間違いない。

 

 香取は言わずもがな、今回に限って言えば樹里とてそんな結末は決して許容しないだろう。

 

 言うならば、この戦いはお互いの矜持のぶつかり合いなのだ。

 

 それを八百長で汚す程、佐鳥は考えなしではない。

 

 世の中には手段を選ばず目的を達さなければならない時と、敢えて手段を選ぶ事が肝要な場合と言うものがある。

 

 今回は間違いなく後者であり、あからさまな(はかりごと)は逆効果にしかならない。

 

 これは、三年の空白の月日を経た幼馴染の少女達が、本当の意味で向き合う為の禊なのだ。

 

 それに横槍を入れる程佐鳥は野暮ではないし、浅慮でもない。

 

 故に、試合自体は全力で行う。

 

 それが自分を頼ってくれた樹里への義務であり、彼女と幼馴染の関係をこれまで放置していた事へのケジメでもある。

 

 いい加減、樹里が寄りかかる対象が自分だけというのは不健全に過ぎるのだ。

 

 樹里は自分の記憶に自信が持てないという理由から、香取達に安易に近付く事を忌避していた。

 

 自分は本当に、香取達の幼馴染である木岐坂樹里という人間なのか。

 

 その事で悩み、葛藤を続けていたからこそ彼女は香取の隊への誘いに頷こうとはしなかった。

 

 もし、自分が本当は彼女の幼馴染でなかったとしたら。

 

 そんな恐れが、彼女と香取の関係をこれまで拗れさせていた。

 

 今回は、そんな関係を改善する良い機会だ。

 

 恐らく、ただ言葉で保証したところで駄目だろう。

 

 佐鳥は間違いなく彼女が木岐坂樹里という人間である事を理解しているし、樹里の記憶がない()()についても知っている。

 

 しかしその理由については決して話すワケにはいかない以上、自分に出来るのは根拠の提示出来ない言葉で保証するだけだ。

 

 だからこそ、樹里の方にも香取と戦う理由があるのだ。

 

 本気でぶつかり合った末に、お互いの本音で話す為に。

 

 戦うという行為は、その対話を実現させる為に必須な工程となる。

 

 そも、ただ言葉だけで解決するようなら此処まで拗れてはいない。

 

 時には千の言葉よりも、たった一度のぶつかり合いが一気に状況を変える事がある。

 

 そもそも、口下手な樹里にとっては言葉だけで解決するという方が余程難題だ。

 

 それよりも正面からぶつかった上で対話をする方が、彼女にとっては余程やり易いだろう。

 

 一度暴れてスッキリすれば、口も軽くなるというもの。

 

 その程度には、佐鳥は樹里の事を理解していた。

 

 付き合い自体は一年ほどだが、これまでの経緯が濃密に過ぎた。

 

 監視役という役目を承っている以上当然だが、恐らくボーダーの中でも最も彼女について理解が深いのは自分だろうという自負はある。

 

 今回の一件で樹里が自分だけではなく香取との関係も重視するようになれば、多少この依存体質も改善するだろう。

 

 それについて寂しいという感情がないと言えば嘘になるが、そもそもたった一人に依存する関係自体が不健全極まりない。

 

 何処かで落としどころを見付けなければ良い結果を生まないであろう事は明白であり、少なくとも佐鳥の側は現時点でこの関係性を劇的に変える決断をする気はない。

 

 諸々の問題が解決するまでは、そのような選択肢自体は論外と言える。

 

 そう断言出来る程度には、彼女の事情は()()のだから。

 

「とにかく、明日は全力を尽くすだけだよ。色々話すのは、その後で。それで良いよね? 樹里ちゃん」

「うん、それで良い。わたしも、そっちの方が素直に話せると思うから」

 

 だから、と樹里は続ける。

 

「手加減抜きで、叩き潰すよ。少なくとも、そのつもりでやる。そうしなきゃ、葉子にも失礼だと思うから」

「そうだね。オレも最善の結果を得られるように頑張るから、樹里ちゃんもそのつもりでね」

「当然。手を抜く気なんて、絶対ないから」

 

 樹里は闘志に満ち溢れた瞳でそう断言し、そんな彼女を見て佐鳥はこれなら大丈夫か、と安堵する。

 

 こうして、決戦前夜の夜の一幕は終わりを迎えたのであった。

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