『全隊員、転送完了。対戦ステージ、市街地D。試合開始』
アナウンスが響き、同時に香取と樹里が10メートル程度の距離を保った状態で転送される。
少女二人。
お互いの想いと覚悟を以てこの場に臨んだ少女達が、決闘の地に降り立ち互いの姿を認識する。
「────────」
そして。
試合開始の合図と共に、香取がグラスホッパーを起動。
一直線。
脇目も降らない最短距離で、樹里へ向かって特攻した。
(行くわよ…………っ!)
跳躍する、少女の肢体。
香取にとっては、この程度の距離は一息に詰められる殺し間でしかない。
機動力に特化し、敵の懐に飛び込む術に長けている彼女は。
こうした瞬発力を用いた奇襲により、これまで多くの者達を撃破している。
一度踏み込まれれば、防御は困難。
多少の妨害は切り抜けて相手を下すだけの力が、香取にはある。
「────────」
されど。
樹里は、普通の範疇で収まる相手では断じてない。
通常であれば、この近距離で攻撃手に接近された時点で狙撃手は詰みだ。
樹里は射手と狙撃手の混合スタイルを用いているが、どちらにせよ接近を許した段階で抵抗の余地はない。
射手と銃手の役割は似通っているが、決定的に違うのが不意の遭遇に於ける
銃手の場合は引き金を引くだけで弾丸が撃てるので、攻撃手に近付かれた場合でも即座に弾をバラ撒いて牽制する事が出来る。
しかし、射手の場合はそうもいかない。
何故なら射手は、銃手と違って攻撃までに複数の
トリオンキューブを展開し、それを分割。
更にそれを射出する、というのが射手の攻撃工程だ。
各種設定を調整した上でキューブを展開しただけでは、攻撃としては成立しない。
トリガーから放たれる弾丸というものは、弾体をカバーが覆い、そのカバーが破損した時に大気と接触して内部から炸裂してダメージを齎す。
そのダメージというものは基本的には弾に触れている個所にしか発生せず、もしもキューブを展開した段階でそれを狙われてしまえばその場でトリオンキューブは霧散して攻撃は失敗に終わる。
分割せずにそのまま撃ち放つ事も場合によっては可能かもしれないが、一発きりの弾丸など怖くもなんともない。
故に、射手は銃手と比べ事前準備なしでの近距離の対応能力に於いて明確に劣る。
その程度の基本は、香取も理解している。
だからこそ前回も開始と同時に奇襲をかけたのであり、あの時は攻撃手段として拳銃を選んでしまったが為に樹里に難なく防御され失敗した。
故に、今回同じ轍を踏むつもりはなかった。
意味のない拳銃での攻撃は選ばず、その証拠に香取の手には何も握られていない。
それも当然。
彼女の主武器であるスコーピオンは、身体の何処からでも出す事が出来る。
極論、
最短で距離を詰める事に全力を注ぎ、その上で最適解を導き出せば良い。
思考の無駄を極限まで削ぎ落とし、遊びの生じない速やかな奇襲を成功させる。
それが、香取が風間から教わった奇襲戦法の基礎だった。
「香取、今回のお前の敗因は何だと思う?」
「え、っと……………………最初の奇襲で拳銃を選んじゃった事、よ────────ですよね」
「軸はそうだが、論点が少し違う。正解は、
それは、前回の樹里との試合の後。
風間によって鍛えられる事になった時の、一幕。
どうにか慣れない敬語を使おうとする香取を生暖かい眼で見ながら、風間はそう断言した。
疑問符を浮かべる香取に、風間は丁寧に説明を始めた。
「直接の敗因は、初撃で木岐坂を落とせなかった事じゃない。初撃を、
いや、と風間は続ける。
「こう話すと語弊を生むな。正しくは、初撃に銃撃を選んだメリットを活用出来なかった事が第一の敗因と言える」
「え、だってあの銃撃は失敗で、だからリカバリーをする為に雄太との連携に繋げた、んですけど…………」
「違う。言った筈だ、論点が少し違うと。初めから説明するぞ」
話が理解出来ていない香取に対し、風間はそう告げて指を立てる。
その手の動きは拳銃を持つ時のそれのようで、どうやらジェスチャーを交えて説明を始めるようだった。
「戦場では、一度選んだ選択を取り消す事は出来ない。故に、選択は戦う前から用意しておき、失敗した時の
「それ、は…………」
風間に問われ、香取は言葉に詰まる。
戦う前に、選択肢を次善の策を含んで
そんな事は、香取は考えた事もなかったのだ。
香取はその類稀なる戦闘センスにより、これまでの試合をほぼ自身の感覚のみで行って来た。
「行ける」と思った時に動き、「行けない」と思ったら無理には動かない。
そしてその感覚を言語化する術を持たないからこそ、香取の指揮適正は低かったのだ。
加えて、二宮程ではないが言葉選びが悪い為に、自分の意思を他者に過不足なく伝える能力も欠如していた。
今まで試合中に行って来た若村との口喧嘩は、香取が彼女なりに指揮を執ろうとした結果でもあるのだ。
若村は感覚頼りの香取の
それが終わる頃には香取の側のやる気が失せてしまい、自分の感覚を言語化する努力そのものを放棄する、という悪循環に陥っていたワケだ。
そんな香取にとって、
その場その場で自身の感覚から最適解を自動的に導き出せるからこそ、そうした論理的な戦術思考そのものを投げ捨てていた事に、香取はこの時ようやく気が付いたのだ。
「お前のような感覚派が陥り易い陥穽でな。自分の感覚を正しいと信じ切ってしまうが為に、失敗した時のリカバリーを考えない傾向がある。そしてこういうタイプに一番多いのが、自分の能力だけで対処出来ない状況に陥った時に思考停止して落とされてしまう事だ。身に覚えがないとは言わせないぞ」
「…………っ!」
それを。
香取は、風間の言葉で否応なく自覚させられた。
確かにこれまで、彼女が落とされて来たパターンというのは香取の機転を以てしても敵わない格上に奇襲された時や、相手を追い詰めている時に横槍を入れられた時等が多かった。
そのどちらもが香取の処理能力を超えてしまったが為に起きた出来事であり、結果としてペースを崩された彼女は本領を発揮出来ず碌な戦果もなく落とされる、といった事態はそれなりにあったのだ。
つまり、
香取の敗因は、これに尽きるのである。
辛うじて三浦との連携に繋げられはしたが、それも彼が偶然フォロー可能な場所に転移していたが故の幸運に救われたに過ぎない。
三浦が機転を利かせなければ、あの連携にすら繋げられずに落とされていたかもしれなかったのである。
「戦場、特にランク戦はランダム転送というギミックも相俟って
「…………」
風間の言葉に香取は唇を噛みしめるが、反論は無い。
これ程理路整然と説明されては、文字通りぐうの音も出ない。
今下手な文句を言っても惨めなのは自分だと、香取も分かっているのだ。
「これで最大の敗因は分かったな? なら、そこをどう改善していくかについてだ。しっかり聞いておけ」
「…………! はい…………っ!」
だが、ただ説教をしただけで終わらないのが風間である。
説教は、愚痴や文句を並べるだけでは意味が無いどころか逆効果だ。
そも、説教とは相手の問題点を自覚させる為のものであり、「それをどう改善させるか」について具体的に話をしなければそれは単なる罵詈雑言や野次に過ぎない。
改善方法について「後はお前が考えろ」とぶん投げるのは、言うまでもなく最低のやり方である。
言うならばそれは、「お前が悪い。けどどうすれば改善するか分からないから後はそっちでどうにかしろ」と言っているに等しい。
説教をした以上その側には明確な改善策を提示する必要があり、それが出来なければ説教をする資格は無い。
その点をしっかり理解しているからこそ、風間は出来る上司と評されているのだから。
「まずお前に必要なのは、MAPと他のポジションが取るであろう動きの徹底した確認だ。MAPの構造、そしてその活用方法を予め考えておくのは大前提だと言って良い。特に利用頻度の多い市街地MAPくらいは、さっさと覚え込んで貰うぞ」
第一に、MAPの構造と性質の確認。
ランク戦で使用されるMAPは無数に存在するが、基本的にスタンダードな市街地系MAPが選ばれる事が多い傾向にある。
これは市街地MAPがあまり癖が無く戦い易いMAPである事に加え、摩天楼や渓谷地帯のような極端な地形は作戦が嵌まった時は大きいが、それ以上にMAPの性質に殺される事すら有り得るからだ。
摩天楼はその巨大ビル群という性質故に機動力や火力の有無が戦況に大きく寄与してしまい、足の遅い隊員やトリオンの低い隊員にとって明確な不利を生んでしまう。
同様に、渓谷地帯は開けた岩山という特殊な地形であり、隠れる場所が皆無に近い以上狙撃手はまともに動けないし、攻撃手は遮蔽物のない状況で射手や銃手に近付く事を余儀なくされる。
そういった極端な性質のあるMAPは、早々選ばれる事は有り得ない。
完全に無いとは言い切れないが、確率で言えば市街地MAPが選ばれる可能性が最も高い事は間違いない。
まずはその構造と性質を理解するのが第一歩、という風間の言は決して間違ってはいないだろう。
「ポジションの動きについては、幸いお前は攻撃手と銃手と経て万能手になる、という経験を積んでいるからこの二つについての動きは理解出来る筈だ。射手は銃手と立ち回りが似ているし、そちらについては射撃トリガーを扱える歌川に説明を頼むとしよう。狙撃手については、後で当真を呼んでおいてやる。勉強を見てやると言えば、嫌とは言えないだろう」
第二に、ポジションの動き────────────────正確には、ポジションごとの思考傾向を理解する事。
これはたとえば攻撃手であれば相手に近付く事が第一となる為、時と場合に応じてバッグワームや遮蔽物を駆使しながら標的に近付く、といった具合に基本として取るであろう戦術傾向についてである。
香取の場合は攻撃手と銃手を経て万能手となった経緯がある為、この二つについては自分で感覚的には分かっている。
風間は残る射手と狙撃手についての動きを学ばせる為に、個人的な伝手を使ってくれるらしい。
色々と思うところはあるものの、香取は素直に「分かりました。ありがとうございます」と告げ、風間は満足そうに頷いた。
「一度、引き受けると言ったんだ。前言を翻すような真似はしないさ。さて、早速だがこれを踏まえた上で言える事が一つある」
風間はそう告げると、真っ直ぐに香取の眼を見据えた。
「────────初撃は成功すると思うな。必ず失敗する、くらいの心持ちで仕掛けた上で失敗した時に即座に動ける用意をしておけ。お前が本当のスタートラインに立てるのは、それからだ」
「…………!」
その、風間の言葉があったからだろうか。
香取が、
彼女が振り下ろそうとした、腕の軌道上。
そこに、突如として巨大なキューブが出現していた。
それが何なのか、考えるまでもない。
分割すら行わず、単体で展開しただけで意味のあるトリガーなど一つしかない。
文字通り爆弾であるそれは、他の射撃トリガーと違ってカバーが破損した時点で
いわば設置型の起爆装置として機能するのがメテオラの最大の利点でもあり、この場で彼女がそれを出した理由は明らかだ。
即ち、香取の攻撃を利用した
自分だけはシールドで防御し、あわよくば香取を爆発に巻き込もうと言う魂胆である。
香取がもし、失敗の可能性を考えずに全力で腕を振り下ろしていればそれは避けられない未来だっただろう。
だが。
風間の言葉を覚えていた香取は、自身の眼前にグラスホッパーを展開。
振り抜いた腕でそれを殴りつけ、攻撃を
「…………!」
樹里は、そう来るとは思っていなかったのだろう。
恐らく、確実に香取が
香取なら、これに引っかかる。
そんな思い込みが、きっとあったのだ。
そして、それは明確な隙となる。
香取は、ただグラスホッパーを使ったのではない。
それを殴りつける事で、位置を調整。
更にその移動先にグラスホッパーを展開し、跳躍。
一息でキューブを迂回する形で樹里の側面に回り込み、そして。
再び、その手の刃を振り抜いた。
摩天楼と渓谷地帯は前作で実装したMAPです。他にも市街地Eなんてのも実装しましたね。