「────────」
樹里の瞳に、その姿が映し出される。
こちらのメテオラトラップを回避し、再び攻撃を加えて来た香取。
その行動は、樹里にとっても驚きであった。
彼女が知る香取は戦闘センスこそ天性のものを持っているが、直情傾向でフェイントに引っかかり易い。
即ち、絡め手を基本とする狙撃手兼射手の樹里にとっては、手玉に取る事は造作もない相手だった。
だからこそ、この起爆罠には引っかかると思い込んでいた。
だが。
香取はこちらの罠をグラスホッパーによる強引な攻撃停止を駆使して、躱してみせた。
どころか、そのままメテオラを回避する軌道で新たな攻撃を加えて来ている。
何があったかは知らないが、香取の確かな成長が伺える動きだと言って差し支えない。
「でも、ダメ」
されど。
素直にその攻撃を喰らってやるには、まだ早い。
樹里は内心で香取への称賛を口にしながら、集中シールドを展開。
香取のスコーピオンによる一撃を、正確に防御したのであった。
(堅った…………っ!? この子、なんて強度のシールド出してんのよ…………っ!?)
攻撃を受け止められた側の香取は、その光景に目を見開いた。
樹里がやった事は、簡単だ。
ただ、集中シールドを出して香取の攻撃を防御した。
言葉にしてみればそれだけだが、問題は。
その盾の強度が、あまりにも高過ぎた事だ。
通常、シールドでブレードトリガーの攻撃を完全に防ぐ事は難しい。
ブレードトリガーはそのトリオンの殆どを威力と強度に振っているだけあって、弾トリガーとは突破力が比べ物にならない程高い。
特に威力も強度も高い傑作トリガーたる弧月の場合、集中シールドだろうが生半可なものでは斬り裂いてしまう。
スコーピオンの場合は威力面に於いては軽さが仇となり、弧月程の突破力はないものの、それでも集中シールドに穴を穿つ程度の力はある。
しかし、樹里の展開した極小の集中シールドは、刃先がめり込んでさえいなかった。
シールドは、その展開面積が大きければ大きい程に脆くなり、逆に小さければ小さい程硬くなる。
展開面積を縮小し硬度に特化した状態のシールドを集中シールドと呼び、今回樹里が使用したのもこれだ。
だが、樹里の展開したシールドはあまりにもその面積を収縮させ過ぎていた。
香取のスコーピオンの刃先にピンポイントで展開されたそれは、通常の集中シールドの半分以下の面積しかない。
故にこそ、その強度は半端なものではなかった。
ただでさえ、トリオン12を誇る樹里のシールドは硬いのだ。
それを此処まで凝縮させたとなれば、スコーピオンを完全に止めた事にも頷ける。
「────────!」
そして。
樹里は、何の意味も無くこんな真似をしたワケではない。
香取が攻撃を止められ、予想外の盾の強度に怯んだその瞬間。
明確な隙を見て取った樹里は、その手に携えていたイーグレットで
そのまま香取の腹を殴り飛ばし、その勢いで後退。
容赦のない
「うわえっぐ。樹里ちゃん、容赦ないなー」
「ふん、射手が近接万能手相手に距離を取る手段としてはさほど悪くはない。狙撃銃は通常ああ使うものではないがな」
その光景を見ていた犬飼達は、口々に感想を呟いた。
二宮はかつて指導した樹里の活躍が見られて嬉しい反面、その手段というのが彼女の狙撃手としての象徴たるイーグレットであるというのが内心複雑なようで、何処か不満気な様子が伺える。
ナチュラルに彼女を射手扱いしている時点で、そのあたりが伝わって来る。
二宮の中では樹里は未だに射手であり、狙撃銃は彼女がトチ狂って持ち出した玩具のような扱いである。
その内心を暴露すれば色々突っ込みどころが満載だろうが、自分の心情を言語化する過程でナチュラルに暴言に変わるのが二宮という男である。
犬飼だけはそんな上司の心胆を察しているが、無論言葉にはしない。
そんな真似をすればどうなるか、分からない彼ではないのだから。
「イーグレットは基本的に狙撃銃として扱われるもので、あれで殴ってもトリオン体にダメージを与える事は出来ないけど、物理的に殴り飛ばす事自体は出来る。弓場さんがたまにやる
「ええ、あれなら不意を撃つという意味でも効果的かと。狙撃手が近接攻撃をして来る筈がないという先入観がある以上、より効果的でしょうね」
犬飼と辻は、単純に樹里の手腕を称賛していた。
イーグレットは狙撃銃ではあるが、同時にやりようによっては鈍器としても使用可能だ。
無論銃身で殴ったところでトリオン体を破壊するに足るダメージを与える事は出来ないが、そのリーチと重量は無視出来ない。
狙撃銃はその性質上、銃手トリガーよりもずっと銃身が長い。
つまり鈍器として扱うにあたってその銃身の長さはそのまま攻撃のリーチとなり、重量を持った長物として使用すれば相手を殴り飛ばすには充分な効果がある。
今回、樹里はそれを利用して香取を殴り飛ばしてみせた。
このまま距離を取る事に成功すれば、今度は彼女の火力任せの蹂躙が始まるだろう。
高トリオンを持つ射手相手に距離を取られるという事は、即ちそういう事なのだから。
「マズイですかね。このまま距離を離されると、詰みかねませんが」
「いや、大丈夫。というより辻ちゃん、分かって言ってるでしょ? 辻ちゃんも、一緒に指導したんだしさ」
「そうですね。否定はしません」
しかし、犬飼達に焦りはない。
彼等は指導した側として香取隊の勝利を願ってはいるが、結局の所結果を掴み取るのは彼女達の努力によるものであり、最終的には関知しないという方針を取っている事もある。
だが、それ以前に。
「俺達の指導が身になっているかどうか、見せて貰うよ。頑張ってね、香取ちゃん」
「こ、の…………っ!」
香取は原因不明の苛立ちに舌打ちしながらも、判断を誤らなかった。
樹里に殴り飛ばされ、宙に浮いた直後。
すぐさまグラスホッパーを展開し、乱暴にそれを蹴り飛ばす。
それによって得た加速により、香取は再び樹里に肉薄。
再び、スコーピオンをその手に攻撃を仕掛けた。
「…………!」
樹里はそれを、通常の集中シールドで防御。
先程のような極小のそれではない為、スコーピオンはシールドに食い込み罅割れが生まれる。
あのようなサイズのシールドを使ったのは、あくまでも香取の意表を突いて隙を作る為。
既に見せてしまった以上
「────────」
加えて、時間は充分に稼げた。
樹里の背後には今の攻防の中で展開しておいた
迷う事なく、樹里はハウンドを射出。
攻撃を止められた香取相手に、無数の光弾が襲い掛かる。
「…………!」
今ならば、まだ間に合うぞ。
そんな言外の脅しが、透けて見える攻撃だった。
この場でシールドで防御すれば、そのまま押し込まれる事になる。
だから、グラスホッパーでの回避が叶う今のうちに距離を取れ。
そう言われているかのような、あからさまな
香取は、それに。
「しゃらくさい…………っ!」
「…………っ!?」
目を見開く樹里の眼前で、香取の展開したシールドがハウンドを受け止める。
凄まじい弾幕の雨にシールドが悲鳴をあげているが、如何に樹里の攻撃とはいえハウンドの威力では速やかにシールドを破砕する事は出来ない。
そして。
そのタイムラグは、樹里にとって致命的だった。
回避で距離を取らず、むしろそのまま押し込んでみせた香取は。
再び、樹里に向かってスコーピオンを振り下ろした。
「木岐坂に距離を取られれば、その時点で詰みと思え。何をするべきか、まだ言葉が必要か?」
「…………そんなの、分か────────分かって、ます。樹里の弾幕を掻い潜るのは難しいし、捕まったら終わりだし、ですし」
「理解が足りん。俺は
数日前、二宮隊室。
そこでその日も二宮の暴言に耐えながら指導を受けていた時の、一幕。
香取はいつも通りとはいえナチュラルな罵詈雑言に顔を顰めながらも、何か重要な事を説明するようだと察した為ムカつく心を押さえつける。
苛々は蓄積しているが、それよりも彼女にとって樹里に勝つ事の方が重要度が高い。
香取は樹里への想いという一点だけで、二宮の罵詈雑言に耐え続けるという快挙を成し遂げていたのであった。
「どういう事、よそ────────ですか…………?」
「ふん、無様な敬語は良いと言った筈だ。まずはその足りない脳みそに知識を叩き込む事を優先しろ。今のお前に余計なリソースを使う余裕は無い筈だが」
「…………ッ! 分かった、わよ。じゃあ聞くけど、何が問題だっての? アタシは樹里に距離を取られちゃ不味い事くらい、分かってるんだけど」
二宮に再度言われた事で最早ぎこちない敬語を取り払った香取は、ジロリと彼を睨みつける。
その視線に当然ながら臆する事なく、二宮は淡々と話を続けた。
「前回の試合内容は聞かせて貰った。直截に言って、お前達の最大の敗因は木岐坂から距離を取ってしまった事だ。その結果何が起こったか、まさか忘れてはいないだろうな」
「それ、は…………」
香取は二宮の指摘に前回の試合内容を思い出し、唇を噛んだ。
あの試合では香取は初撃の失敗からゲリラ戦に切り替え、自分から彼女との距離を取ってしまった。
その結果起こったのが、樹里による無差別爆撃だ。
結局はあれが契機となって盤面は徹底的にかき乱され、そのまま各個撃破によって敗北した。
故に、二宮の伝えたい事は理解出来た。
即ち、樹里を自由にするとその時点で敗北が決まる。
彼は、そう言っているのだ。
「木岐坂は、合成弾が使用出来る。あいつは出水程じゃないが、そこそこの速さで合成する事が可能だ。お前達のチームに狙撃手がいれば話は違っただろうが、今のお前達の部隊編成で木岐坂を
前回樹里が使用した合成弾、
これは
言うなればサラマンダーは弾道ミサイルであり、
それが樹里程のトリオンの持ち主が使うものであれば、猶更だ。
香取隊には、狙撃手も射手もいない。
つまりそれは、彼女達には相手の見えない場所から攻撃する射程を持たない事を意味する。
相手に狙撃手がいて尚且つ居場所が割れていなければ、樹里とて合成弾の使用は控えるだろう。
或いは、弾の調整によって射程を伸ばせる射手がいた場合も狙撃手程ではないが警戒する筈だ。
しかし、香取隊に居るのは近接万能手である香取と銃手の若村、攻撃手の三浦のみ。
つまりある程度距離を取ってしまえば、樹里は不意打ちを恐れる事なく合成弾を使用出来てしまうのだ。
あのような爆撃の雨を再び使われれば、その時点で勝機は無いに等しい。
だからこそ、樹里と距離を取ってはいけないのだ。
その時点で、勝敗が決してしまうも同然であるが故に。
「お前がすべき事は、単純だ。
「…………!」
樹里は、再び集中シールドを展開。
それによって香取の攻撃を防御するが、今度ばかりは一筋縄ではいかなかった。
二度も集中シールドで攻撃を凌がれた香取は、今度もまた同じ手で来ると身構えていた。
だからこそ、彼女は樹里がシールドを張った瞬間。
腰から拳銃を抜き放ち、すぐさまアステロイドを撃ち放った。
「…………っ!」
止む無く、樹里はシールドを展開。
香取の銃撃を、それによって受け止める。
だが。
この瞬間、樹里は
その隙を逃がす程、今回の香取は甘くはない。
再び右腕を振るい、スコーピオンによる斬撃を繰り出す。
硬質な音と共に刃は受け止められるが、少女の攻撃は止まらない。
香取による反撃を許さない為の猛攻が、始まった。