香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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バトル・オブ・エモーションRevenge④

 

 

「それが正解だ。木岐坂相手に距離を取ってはその時点でジリ貧な上に、射手も狙撃手もいないチームの場合はそのまま詰みだ。多少無理をしてでも、攻め続けるべきだろうな」

「だと思いますよ。多分、一度完全に距離離されたら終わりでしょ。ぼくらでさえやられたんだから、香取隊が対処なんて出来るワケないし」

 

 風間の言葉に、多少不服そうにしながらも菊地原が賛同する。

 

 彼等は試合映像を見ながら、香取隊の選択を支持していた。

 

 樹里のような高い火力を持った相手には、下手に距離を取ればそれだけで一気に不利になる。

 

 加えて、彼女は合成弾まで使えるのだから狙撃手がいない部隊編成で挑む以上そのまま勝負が決まりかねない。

 

 事実、前回の試合では距離を取ってしまった結果樹里に好き放題の無差別爆撃を赦し、一矢報いる事すら叶わず敗北したのだ。

 

 無理をしてでも距離を詰めるという香取の選択は、この上なく正しいと言える。

 

「というか、香取にあそこまで張り付かれたらもう終わりじゃない? 幾らトリオンが高いって言っても、攻撃手じゃないんだから近接戦闘であいつ相手に粘り続けるの無理だと思うけど」

「というよりも、あの距離で香取相手にあそこまで粘れている事自体凄まじいと思うけどな。本業は狙撃手だっていうのに、大したものだ」

 

 それどころか、今の状況は香取の側に有利とさえ言える。

 

 近接武器を持たない樹里相手に、あそこまで肉薄した状態を維持出来ているのだ。

 

 それで落とされない樹里の方もどうかと思うが、それでも優位は香取の側にある。

 

 少なくとも菊地原達は、そう判断していた。

 

「いや、そうとも限らん。確かにあいつはブレードトリガーをセットはしていないだろうが、その扱い方は知っている。特に、スコーピオンならばな」

「え…………?」

 

 だが。

 

 風間は、その意見に異を唱えた。

 

 思いも依らぬ言葉にポカンとする菊地原相手に、風間は告げる。

 

「あいつは、入隊当初は攻撃手だった。B級に上がってすぐに射手に転向したから知らない奴も多いが、木岐坂が正隊員になった時に使っていたのはスコーピオンだ。当然、その扱いについても熟知している」

 

 つまり、と風間は続ける。

 

「スコーピオンの持つ奇襲性が、木岐坂にはそこまで威力を発揮しない。この点は、無視出来ないだろうな」

 

 

 

 

「────────!」

 

 香取は樹里に向かって踏み込み、右腕でスコーピオンを振るう。

 

 しなやかな女性特有の体躯を用いた、美しいとさえ言える攻撃モーション。

 

「────────」

 

 それを、樹里はサイドステップで避ける。

 

 ギリギリで避ける、そんな真似はしない。

 

 故に、次の瞬間香取の右肘から出現した刃は彼女の髪を掠めるだけで身体に当たりはしなかった。

 

 彼女は、知っている。

 

 スコーピオンの最大の利点は、その奇襲性だ。

 

 弧月が安定した性能をウリとした汎用性特化のトリガーならば、スコーピオンは身体の何処からでも如何なる形ででも出せるという応用性が武器のトリガーである。

 

 スコーピオンは弧月と異なり、仮に腕がなくなっても攻撃の手段を失われない。

 

 身体の何処からでも生やせるというスコーピオンの特性は、即ちどの部位からでも瞬時に刃を出せる全身凶器のような性質を備えているに等しい。

 

 つまり、スコーピオンをセットしている隊員と密着する事自体が攻撃を喰らうリスクに繋がるのだ。

 

 事実、たった今香取は攻撃を凌がれた時の為に用意していた肘からのスコーピオンにより、樹里に攻撃を当てようとした。

 

 もしも樹里がギリギリで一撃目を避けていれば、二撃目を回避する事は不可能だったろう。

 

 それは、彼女がかつてスコーピオンを使っていたからこそ出来た挙動でもあった。

 

 C級時代、トリガーを一本しか使えなかった頃に彼女はスコーピオンを用いてランク戦を勝ち上がっていった。

 

 故に彼女は近接格闘のいろはを充分知っているし、スコーピオンの利点や欠点も理解している。

 

(というか、これだけ動けるとか聞いてないわよ…………っ!? この子、攻撃手のままでも充分やれたんじゃない…………っ!?)

 

 攻撃を凌がれた香取は次なる攻め手を繰り出しながら、内心で愚痴る。

 

 樹里がC級時代攻撃手だったというのは、話には聞いていた。

 

 当人は気にしていないと意地を張っていたが、彼女の内心を見抜いていた華が教えた為だ。

 

 だから、ある程度近接戦闘の心得くらいはあるのだろうと思ってはいた。

 

 香取自身、攻撃手から銃手に転向した経験があるだけに、どうせ近接戦闘だけじゃやっていけなくなったのだろう、くらいにしか考えていなかった。

 

 しかし、その想定は甘過ぎたと言わざるを得ない。

 

 樹里の動きは、現役の攻撃手と比べても遜色ないくらいにキレが良い。

 

 どころか、並の攻撃手以上の動きを見せているのは気の所為だろうか。

 

 香取の攻撃を的確に防御、もしくは回避しつつ距離を取る隙を探す事も忘れない。

 

 普段の眠たげな様子からは考えられない程彼女の動きは鋭さを帯びており、ハイライトが極限まで薄くなった眼光はまるで獲物を狙う猛禽類のよう。

 

 油断すれば、この距離でもやられかねない。

 

 そんな危機感さえ抱く程、今の樹里は侮れないものを持っているように見えた。

 

(けど…………っ! やる事は、変わらないわ…………っ!)

 

 だが、此処で臆すれば負けるのはこちらだと、香取は理解していた。

 

 故に、彼女は奮起する。

 

 後退するな。

 

 足を踏み出せ。

 

 断頭台が拵えられているのは、前ではなく背面だ。

 

 後ろに下がれば、敗北という名の刃が落ちるのは間違いなく自分達である。

 

 それを自覚しろ。

 

 自分にそう言い聞かせ、香取はキッ、と相対する樹里を睨みつけた。

 

(今度は、勝つ。その為に、此処で引き下がるワケにはいかないんだから…………っ!)

 

 

 

 

「頑張っているな、旗色は悪いが。これも予想通りだったか、荒船の」

「いや、流石に木岐坂が近接であそこまで動けるとか想定してねぇよ。こんな事なら、俺も弧月を解禁すべきだったかね?」

 

 その光景を見ていた荒船隊の面々は、何処か呆気に取られた様子で眼を見開いていた。

 

 無理もない。

 

 狙撃手繋がりで樹里がC級時代攻撃手だったという噂くらいは聞いた事のあった荒船ではあるが、彼女がB級になってすぐに射手に転向した事もあってあそこまで動ける人間だとは考えていなかったのだ。

 

 少なくとも、彼の想定を大きく超えた動きを今彼女は見せている。

 

 樹里が近接でもある程度抗戦出来る可能性くらいは考えていたが、それがまさかこれ程のレベルだとは思いもしなかったのである。

 

「狙撃手は近付かれたら負け、っていうセオリーをガン無視してますね彼女。ホントダルいっす」

「あいつが色々と常識外れなのは分かっちゃいたが、此処までとはな。確かに、そう愚痴りたくなる気持ちも分かるさ。俺だって、そうなんだからよ」

「香取隊は分が悪いか、このままじゃ。攻めきれないとなるとキツイだろ、香取レベルでも」

 

 狙撃手三名という特殊な部隊構成である荒船隊の隊員だからこそ、今の樹里の異様さが際立って見える。

 

 通常、狙撃手は攻撃手相手に接近を許せばまず落とされる。

 

 東という例外枠は除くとしても、あの奈良坂ですら近付かれる事を許せば脱落は免れないだろう。

 

 狙撃手とは遠距離から一方的に不意を撃てるという莫大なアドバンテージの代償に、近接戦闘能力を始めとした他の攻撃能力の一切を犠牲にしたポジションなのだから。

 

 むしろ、いざとなれば弧月を抜くという手段を持つ荒船や射手との混合スタイルである樹里の方が異端なのだ。

 

 

 荒船の場合は、まだ分かる。

 

 彼は攻撃手をマスターランクまで極め、その上で狙撃手に転向した人物だ。

 

 その経歴故に彼には弧月という近接戦闘手段があり、その上で狙撃銃も使い始めた、と言うべきだろう。

 

 事実、彼の狙撃技術は半崎や奈良坂といった技術特化組と比べれば劣る。

 

 これは当然の事で、狙撃手が変態じみた技量を発揮するには血の滲むような継続した訓練が必須である。

 

 他のポジションのトリガーには一切手を出さず、ただひたすらに狙撃技術のみを磨き上げているからこそ、彼等は正確無比な狙撃が放てるのだ。

 

 そういう意味で、弧月というブレードトリガーから狙撃銃に持ち替えた荒船の技術が、他のトップ狙撃手(スナイパー)と比べて劣るのは当然と言えるだろう。

 

 荒船よりも更に狙撃手になってからの期間が短い樹里の狙撃技術が、むしろあそこまでの代物になっている事自体異例なのだ。

 

 副作用(サイドエフェクト)の補助があったとはいえ、樹里の狙撃技術は奈良坂や当真といった面々には及ばないとしても、狙撃手としてやっていくには充分過ぎる程の練度がある。

 

 その上で近接戦闘能力の適正まで見せられては、愚痴の一つでも言いたくなるのが人情というものだろう。

 

「いや、割とそーでもねーだろ。お前等、あの犬飼が「ただ攻め続けろ」だなんて雑にも程がある入れ知恵だけで済ませてると本気で思ってんのか?」

「え?」

 

 キョトン、とする半崎に対し、荒船はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「あいつはな、性格が悪ぃんだ。広義的な意味でも、ランク戦の選手としてもな。その犬飼が、ただの時間稼ぎだけで終わる作戦を授ける筈がねーだろうが」

「その通りだな、考えてみれば。具体的な策があるんだな、あいつらには」

 

 そうだ、と荒船は穂刈の言葉を肯定する。

 

 そして、不敵な笑みを浮かべて画面を見上げた。

 

「こいつは、チーム戦だ。だったら、()()()()が黙って見てるだけなんて事は、あるワケねーだろ」

 

 

 

 

(葉子、しつこい。わたしに、どうしても距離を取って欲しくないとみた)

 

 まあ当然か、と樹里は内心でため息を吐く。

 

 香取の猛攻をシールドと体捌きを駆使して凌ぎながらも、まだ彼女には余裕があった。

 

 実のところ香取に此処まで接近を許した事自体初めてだったので巧くいくか分からなかったが、どうやら身体はかつての動きを覚えていたらしい。

 

 C級時代、一本しかトリガーは使えないと言われて試しに選んでみたのがスコーピオンだ。

 

 トリオンの高い彼女のスコーピオンは比較的強度が高く、また硬度を保ったまま展開出来る面積も大きかった。

 

 加えて樹里の格闘センス自体も悪いものではなかったので、そのまま勝ち上がってB級に昇格したというワケだ。

 

 まるで身体が覚えているかのように格闘戦が出来た事に疑問がないでもなかったが、その事について深く考えた事は無いに決まっている

 

 ともあれ、B級となった彼女は気付いたのだ。

 

 あれ、こんだけトリオンあるなら攻撃手やるより火力を活かせる射手の方が強くないか、と。

 

 そう考えた樹里は何の未練もなくスコーピオンを手放し、射手へと転向した。

 

 事実、それからの樹里の個人戦での勝率は一気に跳ね上がった上に二宮の眼に留まるまでになったのだから、その選択は概ね正解だったと言える。

 

 故にその頃の動きが出来るか不安もあったのだが、今ではそれも杞憂だったと理解する。

 

 一度身体で覚えた動きは、少しブレードを手放した程度で離れはしない。

 

 良く分からないがそういうものなのだろうと樹里は確信(りかい)し、思考の一部を計算に割り振った。

 

 戦況計測1:最大の脅威度判定を持った特別個体が至近距離に存在/備考、攻撃よりも時間稼ぎを重きに置いていると推定される。

 

 戦況計測2:位置不明の低脅威度個体二名が潜伏中/備考、姿を隠しての奇襲を狙っていると推察。場合によっては周囲一帯の爆滅を提案。

 

 結論/敵勢力は特別個体を囮とした奇襲作戦を目論んでいると推察/備考、間隙を突いた爆撃実行が最適解と判断。実行を推奨する。

 

(隙を見て、爆撃しよう(ふきとばそう)。残る二人を炙り出せば、どうとでもなる)

 

 樹里は機械的な判断により方針を定め、爆撃による若村達の炙り出しを実行すると決めた。

 

 香取が此処まで時間稼ぎに徹している以上、作戦の肝は残る二人に任せていると考えて良いだろう。

 

 攻め続けられている現在の状況は好ましいものではないが、決定打には欠ける。

 

 自分を落とすには、何らかの決定打となるものが作戦に組み込まれていて然るべき。

 

 そして、残る二人が未だに位置が判明していないのだから、その作戦の肝が何なのかはあからさまだ。

 

 即ち、香取を陽動とした残る二人の奇襲攻撃。

 

 成る程、悪くはない。

 

 自分が最も拘っているのは香取であり、相手の中で最も強いのは彼女なのだから、自然樹里の警戒はその一点に集中して向けられる。

 

 その隙を突く、というのは作戦としては悪くはない。

 

 ただ一点、その実現がどうしようもなく困難であろうという点を除けば。

 

 若村も三浦も樹里はさして興味ある相手ではないが、前回の試合の事は覚えている。

 

 三浦はカメレオンで奇襲しようとしていたのが視えた為、そのまま普通に迎撃して落とせた。

 

 若村は位置バレした佐鳥相手に返り討ちに遭ったので、警戒が必要なレベルの立ち回りなど望むべくもない。

 

 故に、順当に爆撃で炙り出せばそのまま勝てる筈だと、樹里は香取の猛攻を凌ぎながらバックステップで後退する。

 

「…………っ!?」

 

 その、瞬間。

 

 樹里は何かに足を取られ、大きくバランスを崩す。

 

 そこを逃がさず刺突を繰り出して来た香取の攻撃を、身体を捻って躱す。

 

 そして、その勢いを利用して一回転。

 

 崩した体勢を強引に立て直し、地面に着地する。

 

「これは…………っ!」

 

 そして、見た。

 

 周囲に張り巡らされている、無数の()を。

 

 更に、樹里は気付く。

 

 いつの間にか戦いの場がエントランスホールから、障害物の多い店舗付近に推移していた事を。

 

 つまり、これは。

 

 攻め続ける香取から少しでも距離を取ろうと後退を繰り返した結果、樹里はこの場所にまで()()()()()()、という事だ。

 

 そんな樹里の驚く顔を見て、香取はニヤリ、としてやったりな笑みを浮かべた。

 

「何の策もなく、アンタに再戦するワケないでしょうが。あの二人が役目を果たしてくれた以上、キッチリ結果は出さないとね。そのくらいやんないと、ケジメつけらんないし」

 

 香取は不敵な笑みを浮かべ、告げる。

 

 彼女達の周囲に張り巡らされていた糸の正体は、スパイダー。

 

 戦場に糸を張り、蜘蛛の巣の主の如く獲物を絡め取る為の罠が、既にモール内のそこかしこに展開されていたのだった。

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