香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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バトル・オブ・エモーションRevenge⑥

 

 

(狙撃銃を捨てた…………っ! そうよね、此処でアタシから逃げるにはそうするしかないわよねぇ…………っ!)

 

 香取はイーグレットを投げ捨てた樹里を見て、ギラリと眼を光らせる。

 

 こうやってワイヤー地帯に追い込む事に成功すれば、彼女はイーグレットを捨てざるを得ない。

 

 長い銃身を持つ狙撃銃は、この場に於いては枷にしかならないからだ。

 

 即応狙撃(クイックスナイプ)による反撃を狙えるメリットよりも、狙撃銃がワイヤーに絡め取られて動きが止まるリスクを嫌ったのだろう。

 

 事実、その判断は正しい。

 

 下手にイーグレットを取りまわせばワイヤーに引っかかる恐れは高くなるし、それよりも動きが阻害される方が遥かに不利益である。

 

 だがそれは。

 

 試合前に犬飼より伝授された、作戦が予定通りに推移した事を意味している。

 

(ワイヤー地帯に追い込んで、まずは狙撃銃を捨てさせる。これで第一段階はクリアね)

 

 最低限この試合に勝つ為に必要な第一のクリア条件にして、必須条件。

 

 それが、樹里をこのワイヤー地帯へと追い込む事だった。

 

 リスク度外視で攻め続けたのも、全てはこの為。

 

 樹里に香取が自分を囮に残る二人に奇襲を狙わせていると思わせ、この罠の巣へと誘い込む為の偽の作戦目標。

 

 それを樹里は、まんまと信じ込んでしまった事になる。

 

 恐らく、佐鳥が指揮していればこうはならなかった筈だ。

 

 彼ならば香取が樹里に張り付いた段階で、MAP選択と合わせてこちらの意図を見破っていたに違いない。

 

 既に佐鳥はこちらの思惑は読み取っているだろうが、樹里の動きに変化が無いという事はこの試合で彼は駒に徹するだろうという犬飼の予測が当たっていた事を意味する。

 

 この試合では、佐鳥は樹里の指示が無い限り積極的には動かない。

 

 現在の状況は、その前提が成立した事を意味している。

 

 これが成立していなければ、そもそも勝機など存在しない。

 

 故に、此処からは作戦通りに()()()事が肝要である。

 

(行くわよ、樹里。アタシ()で、アンタを倒す。今度こそ、吠え面かかせてやるんだから…………っ!)

 

 

 

 

(マズイかも。葉子を────────ううん。葉子達を、甘く見過ぎた。わたしが集団戦に慣れてないのもあったけど、少し若村先輩達を侮り過ぎたかな)

 

 香取の猛攻を凌ぎながら、樹里は普段通りのハイライトの薄い瞳で対面する幼馴染の少女の姿を映し出す。

 

 たとえ不利な状況下であっても、その眼の温度は変わらない。

 

 襲い来るブレードを回避し、或いはシールドで防御しながら、なんとかこのワイヤー地帯から抜け出る隙を探していく。

 

 前面────────不可/正面から香取を突破するのは現実的ではない。

 

 後方────────却下/下がればその分だけワイヤー地帯に踏み込んでしまう。論外。

 

 側面────────条件付き賛成/何らかの手段で隙を作れば可能。

 

 結論────────最終案を採択/香取の意表を突き、側面からワイヤー地帯を離脱する。

 

(横から抜ける。その為には────────)

 

 香取の意表を突く、何らかの手段が必要。

 

 そう結論した樹里は、取り得る手段を思考の中で列挙していく。

 

 追尾弾(ハウンド)────────困難/この近距離では放つ前に攻撃が届く。

 

 イーグレットもしくはアイビス────────却下/狙撃銃の使用はこの場に於いては悪手。

 

 結論────────。

 

「────────!」

 

 ────────炸裂弾(メテオラ)

 

 そのキューブを、樹里は香取の目の前に出現させた。

 

 彼女のブレードの通り道に、置く形で。

 

 設置型の爆薬は、これ以上無い罠として展開された。

 

 先程と異なり、グラスホッパーを用いて攻撃を強制停止するならばそれはそれで構わない。

 

 つまりそれは、香取の動きが一時的に止まる事を意味しているのだから。

 

 先程は予想外の回避手段に驚愕して気を逸したが、二度目は無い。

 

 初見殺しの要素は既に存在しない以上、自分がそれを誤る事は無い。

 

 このまま起爆を成功させたのであれば、それはそれで大成功と言える。

 

 メテオラさえ起爆させれば、ワイヤー地帯は吹き飛ばせる。

 

 トリオン12の樹里の炸裂弾(メテオラ)の爆発力は、凄まじいものだ。

 

 小賢しい罠など、諸共に消し飛ばしてくれるだろう。

 

 無論、道連れになるつもりはない。

 

 自分だけはシールドで、無傷でやり過ごすつもりである。

 

 どちらにせよ、今この場で香取に自分を上回る手段は無い。

 

「え…………っ!?」

 

 ────────そう、錯覚した。

 

 香取は、ブレードがキューブに当たる直前で左手でワイヤーを掴む。

 

 そして、そのワイヤーを起点に梃子の原理を用いて右腕を身体ごと後退させ攻撃を停止。

 

 そのまま滑らかな動きで樹里の側面に回り込み、一閃。

 

 樹里が思わず掲げた左腕、その手首を斬り捨てた。

 

「…………!」

 

 この試合、始まって以来初めての明確な樹里へのダメージが発生した。

 

 その事実に樹里は驚愕し、香取は舌打ちする。

 

 片や、香取が想定以上の動きを見せた事による驚きを。

 

 片や、思っていたよりも攻撃の入りが浅かった事に対する苛立ちを。

 

 双方の立場からネガティブな感情を発露させ、少女達の視線が交錯する。

 

 ────────負けない。

 

 そんな強い意思が、語らずとも伝わった。

 

 瞬間。

 

 再び少女達の影は重なり、鈍い音が響き渡った。

 

 

 

 

「木岐坂に初ダメージですね。これ、このまま行けそうじゃないです?」

「悪くない展開ではある。まだ不安要素はあるから、何とも言えないがな」

 

 その光景を見ていた風間隊の面々は、口々に感想を言い合った。

 

 あの樹里にダメージが入ったのを見て楽観論を口にする菊地原と、公平な立場を崩さずに評論する風間。

 

 どちらの指摘も一理あるものであり、それは単純にどれだけ香取隊に関わったかの差でしかない。

 

 風間はあの試合後の数日、香取に指導を行った。

 

 その時の光景を、風間は想起していた。

 

 

 

 

「香取、隊長がやるべき仕事とはなんだ? 言ってみろ」

「その、部隊を指揮する事、じゃないの…………? いえ、指揮する事ではないんですか…………?」

「違う。そうなるなら、生駒や影浦はどうなる? あいつ等が部隊を指揮している所など、見た事があるとでも言うのか?」

 

 その日、風間隊室で香取は風間からレクチャーを受けていた。

 

 議題は、「隊長の仕事について」。

 

 風間は香取に最初に告げた「隊長の仕事を教えてやる」という言葉を、実践するつもりだった。

 

 一度口にした以上、前言は撤回しない。

 

 そんな風間の性格が、言動の端々から滲み出ていた。

 

「それは…………」

「無い筈だ。無論、それが悪い事だとは言わん。そうした方が良い結果を生む場合は、隊長が指揮を別の者に任せる事の方が遥かに効率的だ」

 

 つまり、と風間は続ける。

 

「隊長の仕事は、自分で何もかもをやる事じゃない。隊員に、()()()()()事だ。言い換えれば、隊員を最適な形で運用する事こそ隊長の際たる役割と言える」

「役割を、振る…………」

「そうだ。生駒隊が分かり易いだろう。彼等は指揮を隊のブレインである水上に任せ、隊長の生駒は純然たるエースとしての仕事に専念している。加えて、サブブレインの隠岐も水上程ではないが指揮適正があるから、水上が落ちてもリカバリーが利き易いという特徴がある。ある意味、あれが部隊の一つの理想形と言っても差し支えない」

 

 風間の言う通り、指揮をしない隊長をいうものは存在する。

 

 その代表例が生駒隊の隊長の生駒達人であり、彼は指揮の全てを水上に任せ、自分はエースとして点を取る事を最優先して動いている。

 

 その形で生駒隊はB級三位という、事実上のB級トップ位の位置に食らいついているのだ。

 

 実際に生駒隊と戦った事のある香取にとっても、その強さは身に染みている。

 

 未だ未完成に過ぎる彼女の部隊とは、部隊全体の安定感がまるで違う。

 

 風間が「一つの理想形」と例えるのも、無理は無いだろう。

 

「要するに、出来る奴に出来る仕事を振れ、という事だ。ちなみに、影浦隊の場合はそれがより顕著だ。各々が自分の出来る事を好きにやった結果として、自分の部隊に有利な戦況が自然と発生する。個々の能力が突出して高いからこそ、あんな滅茶苦茶なやり方が成り立つワケだ。こちらは生駒隊と比べれば参考にはならないがな」

 

 対して、影浦隊はその対極に位置するものだ。

 

 あそこは明確な指揮を行う者がおらず、強いて言うならばオペレーターの光が大まかな指示を下すくらいだ。

 

 他の部隊の指揮と比べれば大雑把に過ぎるのだが、オペレートと並行してやっている事を考えればあれはあれでベストなのだ。

 

 何せ、影浦隊はその最低限の指示だけでも充分回る。

 

 ならば大まかな指示だけをして後はオペレートに専念する方が、光の潜在能力(ポテンシャル)を最大限に発揮出来る。

 

 個々の能力が高過ぎる為に、いちいち指示をしなくても各々が自分に出来る最善をこなした結果として戦況を有利に持っていく。

 

 そんな滅茶苦茶が出来るだけの潜在能力(ポテンシャル)が、あの部隊にはあるのだ。

 

 言うまでもなくこれは誰にでも真似出来る事ではない為、まず参考にはならない。

 

 少なくとも香取隊では、香取があと二人いなければ不可能だろう。

 

 香取が取るべき隊の方向性は、そんなものではないのだ。

 

「今のままでは不可能かもしれん。だがもし、お前のチームメイトが成長の兆しを見せた場合はそれぞれに役割を振ってみろ。お前達がスタートラインに立てるか否かは、そこに懸かっている筈だ」

 

 

 

 

(まだだ。まだ、待つんだ)

 

 香取達の戦闘を見守りながら、三浦は息を潜めていた。

 

 カメレオンを使って近付く、という愚は犯さない。

 

 前回の試合ではそれをした結果、居場所を見破られて落とされたのだ。

 

 故に、樹里の()()に入らない事は最低条件。

 

 その上で、彼女の警戒の向かいそうな場所を避けて潜伏する。

 

 今の所その方針は功を奏しており、だからこそあれだけのワイヤーを仕掛ける事が出来た。

 

 なるだけ主戦場から離れた場所を選んで設置したつもりだが、戦闘の最中にこちらに目が向きそうな時は焦ったものだ。

 

 一度樹里に捕捉されれば、その時点で自分は落とされる。

 

 そんな確信めいた予感が三浦にはあり、恐らくそれは事実だろうと判断する。

 

 それだけ、前回の試合で思い知らされた彼女の脅威は凄まじいのだから。

 

「ろっくん、そっちはどう?」

『大丈夫だ。見つかってる様子はねぇ。多分だけどな』

「分かった。じゃあ、手筈通りにやってみようか」

『ああ、そろそろ口だけじゃねぇってトコを、証明してみせるとしようじゃねぇか。どの口がって、言われるかもしれねぇけどよ』

 

 三浦は若村と通信で会話を交わし、視線の先の戦場を見据える。

 

 少年は、千載一遇の機を今か今かと待ち構えていた。

 

 

 

 

「────────!」

「────────!」

 

 交錯する、刃と盾。

 

 もう、何度目だろうか。

 

 香取のスコーピオンが樹里のシールドに阻まれ、硬質な音を立てる。

 

 すぐさま退避しようとする樹里を香取が追い、追撃。

 

 それを躱した樹里が、更に逃げる。

 

 繰り返す都度、九度。

 

 近接万能手と狙撃手の格闘戦が、繰り広げられていた。

 

 無論、有利なのは香取の方だ。

 

 如何に樹里に攻撃手としての心得が残っていたとはいえ、本職のそれに比べればその動きは劣る。

 

 少なくとも香取と樹里で格闘戦の適性を比較すれば、前者に軍配が上がる。

 

 これは当然の事で、今まで射手や狙撃手といった後衛として戦い続けて来た樹里と、一度は銃手に転向したもののすぐさま万能手になってスコーピオンを握り直した香取とでは、近接戦闘の経験値が違う。

 

 樹里はあくまでも身体が覚えているだけなのに対し、香取は身体に叩き込まれている。

 

 この違いは大きく、それがこの場に於けるアドバンテージの有無に繋がっていた。

 

 如何に動きのキレが良くても、狙撃手は狙撃手。

 

 近接戦闘で、ブレード使いを圧倒出来る筈がない。

 

 事実、彼女の戦いは防戦一方であり、反撃など殆ど出来ていない。

 

 一度でも反撃に成功すればそのまま勝負が決まりかねない怖さはあるが、概ね香取の優位に進んでいると見て良い。

 

 故に。

 

「────────!」

 

 樹里が先程と同じ手段に手を出したのも、無理からぬ事と言えるだろう。

 

 展開されたのは、メテオラのキューブ。

 

 再びそれが、香取の眼前に現れ出でる。

 

 但し。

 

 全く同じ戦法を取る程、樹里は愚かではなかった。

 

 樹里は、メテオラとの接続を即座にカット。

 

 コントロールを放棄して完全な置きメテオラにすると同時に、イーグレットを再顕現。

 

 その銃口を、自身の展開したメテオラのキューブへと向けた。

 

「…………!」

 

 香取は、眼を見開く。

 

 起爆の為に出したのが射撃トリガーであれば、間に合わなかっただろう。

 

 だが、彼女が出したのは狙撃銃。

 

 即ち、引き金を引くだけで弾が撃てる武器である。

 

 事前準備の必要ない、単一工程(シングルアクション)での起爆。

 

 相手に起爆させる事が出来ないなら、自分でやれば良い。

 

 それが、この場での樹里の結論だった。

 

 引き金に、指がかけられる。

 

 運命の弾丸が今、放たれようとしていた。

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