「木岐坂、俺と戦え。此処にいるという事は、ランク戦をしに来たのだろう」
「…………二宮さん」
樹里は開口一番、ぶっきらぼうに戦いの誘いをかけて来た青年を見る。
彼の名は、二宮匡貴。
個人総合ランク二位にして、
ボーダー内でも指折りの、上位の実力者である。
色んな意味で有名であり、当然樹里も顔は知っている。
というのも、樹里は射手時代に興味本位で二宮に合成弾のやり方を聞いた事があったのだ。
どういう気まぐれか彼女に合成弾の手引きをした二宮は、それ以降────────────────というよりも、樹里が狙撃手に転向してから妙に絡んで来るようになった。
こちらの姿が視界に入る度に睨まれるし、口を開けば暴言が幾らでも跳び出す。
(えっと、それは前からだっけ)
否。
二宮の言動が暴言デフォルトなのは以前からなので、問題なのは彼が自発的に樹里に絡んで来るという一点のみ。
「いいよ」
「さっさとしろ。時間は有限だからな」
しかし、樹里は何処か面倒そうな顔をしながらも二宮の誘いを受けた。
こういう時はその方が後を引かないし、それに戦う事自体は嫌いではない。
まるで誘いを受けるのが当然であるかのような口ぶりでブースに向かっていく二宮を見据え、樹里もまた対戦の為の部屋へと進んでいった。
『対戦ステージ、市街地B。ランク戦、開始』
仮想空間に二人が転送され、機械音声が試合開始を告げる。
その、瞬間。
樹里が抜き放ったアイビスの銃口が火を噴き、いきなり二宮に向けて初手必殺の攻撃を仕掛けた。
「…………!」
だが、その銃撃は二宮がスライドするような動きで横に跳んだ事によって躱された。
予め分かっていなければ、まず出来なかったであろう回避。
二宮は、それを軽々と成し遂げて見せた。
「防御出来ない弾なら、回避すればいい。当然だろが」
否、二宮は最初から分かっていたのだ。
樹里が、初手でアイビスを使って来る事を。
彼女の
加えて天性の体幹バランスの才覚によって、彼女は重厚なアイビスでさえ軽々と取りまわす。
故に、樹里にとって狙撃銃は銃手トリガーの如く気軽に撃てる攻撃手段となる。
高トリオンを惜しげもなく注ぎ込まれたアイビスは、事実上防御不能の威力を誇る。
並の相手なら、集中シールドすら風穴を開けて吹き飛ばすだろう。
だが、それを知っている二宮は最初から防御の選択肢を取らなかった。
二宮のトリオンは樹里のそれより上ではあるが、流石にアイビスの高威力の前ではシールドを貫通されかねない。
故にこその、迷いのない回避。
射手の王は、初見殺しの一つ程度では落ちはしないのだ。
「────────アステロイド」
そして、容赦なく二宮は攻撃を開始する。
片方のスロットを用い、威力特化のアステロイドを射出。
無数の弾幕が、銃撃直後の樹里の元へ飛来した。
「…………っ!」
無論、それを防御するような愚策は冒さない。
樹里は即座に地を蹴り、その場から飛び退く。
「
しかし、攻撃は終わらない。
二宮はすぐさま新たなキューブを展開し、ひし形に分割。
誘導弾の群れが、少女へ襲い掛かった。
「────────メテオラ」
それを見た樹里は、即座にメテオラをその場で起爆。
高トリオンを注ぎ込まれた炸裂弾が、轟音と共に爆発を起こす。
降り注ぐ弾丸の群れは、その爆発に吞み込まれて消滅した。
(今、ね)
樹里はその爆発を目晦ましとし、反転。
二宮に背を向け、路地の中へ駆け込んだ。
トリオンで劣っている以上、力押しの撃ち合いでは分が悪い。
ならば、狙撃手の特性を活かしてゲリラ戦を持ち込んだ方がまだ勝機がある。
そう考えて、樹里は二宮から距離を取る事にした。
二宮の射程はそのトリオンもあって長大だが、最大射程はこちらのイーグレットの方が上だ。
逃げながら各所に置きメテオラを仕込み、それを罠としながら隙を狙えば良い。
「甘い」
「…………!」
だが。
その目論見は、樹里のいた路地へ叩き込まれた炸裂弾によって妨害された。
間一髪、シールドを張るのが間に合った樹里本人は無傷。
しかし。
吹き飛ばされ、瓦礫と化した路地の上に立つ樹里の姿を隠すものは最早何もない。
そして、視線の先には悠々と立つ二宮の姿。
「ハウンド」
樹里の策を看破し対処してみせた二宮は、容赦なく弾丸を射出。
回避のタイミングを逃した樹里は、止む無くシールドを張る。
更に、シールドの前にメテオラのキューブを展開。
先程と同じく、起爆によって視界を塞ぐ戦法を取った。
「阿呆が」
「…………っ!?」
されど。
二宮が放ったハウンドは、大きく山なりの軌道を描いて飛来。
樹里のシールドには眼前に展開したメテオラ共々触れる気配すら見せず、頭上から彼女に降り注いだ。
「…………っ!」
咄嗟に後方へ跳躍する樹里だが、今度は無傷とはいかなかった。
少なくない弾丸が少女の身体に穴を空け、傷口からトリオンの煙が漏れ出していく。
完全に、してやられた。
二宮は樹里が再び起きメテオラの起爆を利用する作戦を実行するであろう事を読み、それを逆手に取る形で攻撃を叩き込んだのだ。
軌道の自由度自体はバイパーが勝っているが、高い技巧を持つ射手であれば誘導設定の強弱を弄る事である程度弾道を思い通りにコントロールする事が可能となる。
二宮はこの誘導設定を弱める事で、山なりの軌道を描くハウンドを撃ったワケだ。
樹里のシールドとメテオラを乗り越え、直接本人を狙う為に。
その目論見は成功し、樹里は手痛いダメージを負った。
完全に、彼女の読み負けである。
「終わりだ」
そして、二宮が此処で追撃の手を緩める筈もない。
容赦のない
雨あられと飛来する、光る猟犬の牙。
咄嗟にシールドで防御するも、それは豪雨の中で傘を差すようなものに等しい。
圧倒的な物量による重圧が、シールドごと樹里の身体を押し留める。
しかし、それがこれ程の数撃ち込まれ続けているとなると話は別だ。
高いトリオンを持つ樹里のシールドはそう簡単に破れはしないが、そもそもトリオン量では二宮の方が上だ。
この盾も永遠に保つものではなく、いずれ限界を迎えあの弾丸の雨は彼女の身体を貫くだろう。
(仕方ない)
樹里はシールドを固定シールドに切り替え、足場ごと自身を固定すると同時に強固な防御を張った。
加えて、同時にメテオラのキューブを展開。
降り注ぐ光の雨がキューブへと接触し、起爆。
轟音と共に、大爆発が周囲を席捲した。
樹里退いた場所も足場ごと吹き飛ばされるが、固定シールドを張っていた彼女は無傷。
一先ず危機を脱した少女は次の手を打つべく、腰のアイビスに手を伸ばして。
「────────
「…………っ!」
────────────────固定シールドを貫通した無数の弾丸によって、致命傷を負った。
合成弾、
それは、アステロイド同士を掛け合わせた合成弾の一種。
ただでさえ威力に特化した通常弾を純粋に強化した、最大級の貫通力を誇る弾丸。
通常の人間相手のランク戦では過剰火力と言えるそれを、二宮は樹里の固定シールドを貫く手段として使ったのだ。
彼女が固定シールドを展開し、自身の移動に縛りをかけた段階で。
既に二度も使っていた置きメテオラの罠と併用するつもりだと察し、爆発が視界を塞いでいる間に合成弾を用意してトドメの一撃としたワケである。
少女の失敗は、二宮を相手に自ら足を止める選択をした事。
射手の王に対して、停滞は何よりの愚策。
『トリオン体活動限界。
それを証明するかのように樹里の戦闘体は罅割れ、崩壊。
光の柱となって、少女は戦場から消え失せた。
「なんだその体たらくは。お前のやり方ではトリオンで勝る相手には不利だと、散々教えただろが。射手時代のお前はもっと、頭を使っていたぞ」
「…………」
試合後。
カツカツと靴音を響かせて樹里に詰め寄った二宮は、語気を荒げて彼女を叱責していた。
目に見えて苛立っている二宮に、樹里は黙って嵐が過ぎ去るのを待っている。
そんな彼女の態度を見て、ぴくりと二宮の眉が吊り上がった。
「木岐坂。何故、狙撃手に転向した。お前ならば、射手として技を磨けばもっと上に行けた筈だ。だというのに、狙撃手に転向など理解の外だ」
ジロリ、と二宮は樹里を睨みつける。
何の事はない。
二宮はただ、樹里の才覚が十全に活かされていない事に苛立っていただけだ。
合成弾を教えた時の手応えから、彼は少女が射手として上位に駆け上がれる才能の持ち主であると看破した。
だからこそ、マスタークラス寸前で狙撃手に転向し、才能をドブに捨てた樹里の行動が理解出来ずに今もこうして文句を付けているのだ。
武器は多い方が良いと思う者もいるかもしれないが、一つの道を極める為には余分な武器は邪魔にしかならないと二宮は考えている。
これがマスタークラスに届いた後で狙撃手に転向したのであれば万能手を目指していたのだな、と納得するのだが、彼女はポイント8000に到達する前にポジションを変えている。
それが香取のような妥協による優柔不断に見えたからこそ、二宮はこうして語気を荒げているワケである。
「別に。そうしたいと思ったから」
「前もそう言っていたな。だが、それは理由になっていない。もっと具体的な理由を言え。お前がただの馬鹿ではない事は知っている。何かしら、お前が転向を決意した理由がある筈だ」
「ないよ。前にも言った」
二宮の重圧も関係ないとばかりに、樹里はにべもなくそう告げた。
その様子に、二宮の機嫌が目に見えて悪化する。
あくまで二宮なりの善意で、次の文句を告げようとして。
「────────二宮さん、そのくらいで。俺の顔に免じてって事で、ここは一つ」
「……………………いいだろう」
横から出て来た出水の進言によって矛を収め、顰め面をしながらその場を立ち去った。
その後姿をなんとなしに見送ってから、出水ははぁ、とため息を吐く。
「ごめんねー。二宮さん、あれで自分が認めた才能を持ってる子には世話を焼こうとするからさ。悪意とか下心とかは微塵もないから、心配しないで」
「…………? 罵られてただけだと、思ったけど」
「本人的にはあれで世話を焼いてるつもりなんだよ、二宮さんは。言葉選びのセンスがちょっとアレだから、暴言オンリーに見えるけどね」
出水がこうして出て来たのは、二宮の意図しない悪評を何とか軽減する為だ。
今回もそうだが、二宮が一方的に樹里を罵るという構図は傍から見て大変絵面が悪い。
良い年をした大人が女子高生に理不尽な絡み方をしているようにしか見えず、その所為でボーダー内の二宮の評判は低迷の一途を辿っていた。
しかもそれを本人が全く気にしていないどころか気付いてすらいないのだから、彼の悪い意味での鈍感ぶりが分かる。
仮にも自分が指導した事のある隊員がそのような事になっている現状は出水としても心苦しく思っており、こうして仲裁に入った次第である。
二宮は傲岸不遜で誰の意見も聞かないように思われがちだが、義理と筋は必ず通す律儀な面がある。
戦術の指導をして貰った出水に対しては二宮なりに敬意を払っており、彼の言葉は基本的に尊重するのだ。
そうでなければ、頑固で意地っ張りな性格の彼がこうして素直に引く事などあるまい。
既に悪評は手遅れな気がしないでもないが、それでも悪化を少しでも防げれば儲けもの。
出水の思惑としては、そんなところであった。
「あと、一応聞くけど狙撃手に転向した経緯ってやっぱり何か事情があるのか? 話せないなら無理にとは言わないけど、理由が分かれば二宮さんも説得出来ると思うんだけど」
「…………本当に、大した理由ではないので」
「そっか。なら、いいや」
故に樹里が狙撃手への転向を選んだ理由さえ分かれば二宮を説得する糸口になると思ったのだが、この様子では話してくれる気はなさそうだ。
此処でしつこく追及するのは本末転倒を考え、出水は話を打ち切る事とした。
「ま、何か困った事があったら言いなって。二宮さんが迷惑かけてる分くらいは、相談に乗るからよ」
「わかった」
出水に対してぺこりとお辞儀をして、樹里はその場を立ち去った。
その後姿を見ながら、出水ははぁ、とため息を吐く。
「二宮さんは二宮さんだけど、あの子も色々難儀だよねえ。ケアは佐鳥に任せてるけど、どっかで変に爆発しない保証もないしな」
少女の事情の一部を知る出水は、色んな意味で頭が痛いと気を回し過ぎるが故の悩みに頭を抱える。
そして、アフターフォローを心の中で友人に頼んだ出水は。
次は二宮さんにフォロー入れとくか、と今回もまた世話焼き精神を発揮するのであった。