香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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バトル・オブ・エモーションRevenge⑦

 

 

(────────今だ!)

 

 その光景を見ていた三浦が、右手に持つ弧月を握り締めた。

 

 彼が待っていたのは、この機会。

 

 即ち、樹里がイーグレットとシールドで両手を塞いだ瞬間だった。

 

 豊富なトリオンによる硬いシールドを持つ樹里の防御を破るのは、生半可な手段では叶わない。

 

 狙撃手であればアイビスという選択肢もあったのだろうが、生憎今の香取隊に狙撃手はいない。

 

 今正面から対峙している香取にしても、スコーピオンによる攻撃はシールドで止められてしまう事が分かっている。

 

 だが。

 

 この場で三浦だけは、問答無用に樹里の防御を抜く手段を持っていた。

 

 それは、何か。

 

 ────────旋空。

 

 弧月のオプショントリガーにして、刃先に絶対の破壊力を付与する拡張斬撃。

 

 この旋空を用いた攻撃、旋空弧月であれば相手のトリオン量など関係なくあらゆるシールドを突破出来る。

 

 それは、樹里のものであっても例外ではない。

 

 ノーマルトリガーに依る防御手段の中では、旋空を正面から防ぐ事の出来るものは存在しない。

 

 あらゆる防御を突破する、絶対の矛。

 

 それこそが旋空弧月であり、攻撃手の殆どが採用している必殺技と言い換えても差し支えない代物だ。

 

 現在、樹里はイーグレットとシールドの二つで両手が塞がっている。

 

 故にトリガーによって旋空を扱う三浦を迎撃する事は不可能であり、彼女が見せた最大の隙とも言える。

 

「旋空────────」

 

 三浦は即座に、バッグワームを解除。

 

 弧月を腰だめに構え、旋空の発射態勢に入った。

 

 

 

 

「────────やるねぇ。そう来るか」

 

 それを。

 

 見ている者が、いた。

 

 夜風に晒される中、スコープ越しに弧月を構える三浦を捉えた佐鳥は。

 

 迷う事なく、足元の硝子にイーグレットを押し付け。

 

「けど、()()はどうする?」

 

 引き金を、引いた。

 

 

 

 

「…………!」

 

 硝子の割れる音で、三浦はそれに気付いた。

 

 上に、視線を向ける。

 

 このモールの屋上は硝子張りとなっており、案の定その一部が盛大が割れていた。

 

 その向こう。

 

 屋根の上に、イーグレットを構えた佐鳥の姿がチラリと垣間見える。

 

 今まで何処に潜んでいたか分からなかったが、まさかあんな所に潜伏していたとは思いもしなかった。

 

 佐鳥の撃った弾丸が、三浦の下へ飛来する。

 

 最早、回避は間に合わない。

 

 否、それをすれば攻撃を中断せざるを得ず、即ち作戦の失敗を意味する。

 

 故に、躱す事は出来ない。

 

 ()()()()()

 

 三浦は、用意していた集中シールドを展開した。

 

 守る個所は、弧月を握る右腕。

 

 たとえこの一撃で致命傷を受けようとも、攻撃は完遂する。

 

 要は、ブレードが樹里に到達するまで生きていればそれで良いのだ。

 

 最終的に樹里を倒せさえすれば、極論自分達は落とされても構いはしない。

 

 元より、これはそういう戦いだ。

 

 ランク戦と同じく、結果さえ出せば失点にはある程度目を瞑れる。

 

 勝利の為の礎となるのであれば、此処で落とされても構わない。

 

 その覚悟を以て、三浦はシールドを展開した。

 

 

 

 

「成る程、悪くないね。そこを守るのは」

 

 それを見ていた佐鳥は、笑みを浮かべる。

 

 作戦を遂行する為に、捨て身となる姿勢。

 

 その選択を見れただけで、彼等の努力には価値があったのだと断言出来る。

 

 今までの、ただ漫然と戦うだけだった香取隊ではまず取り得なかった手段だろう。

 

 以前の彼等は部隊戦の何たるかすらまともに理解しておらず、ただ香取の特攻に合わせてその場凌ぎに動くだけだった。

 

 香取という強力過ぎる駒を最初から擁してしまっていた彼等から失われていた、成長の機会。

 

 今回それをようやく得たのだと、何処か嬉しくなる。

 

「でも、残念」

 

 されど。

 

 それだけで合格をやる程、佐鳥は甘くなかった。

 

「────────見てなかったみたいですね。オレのツイン狙撃(スナイプ)

 

 そして、彼は。

 

 ()()()()()()()()()()佐鳥は、二丁のイーグレットを手に不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

 

 

 

『雄太…………っ!』

「え…………?」

 

 三浦の眼が、見開かれる。

 

 その視線は、彼の吹き飛ばされた右腕に注がれている。

 

 集中シールドは、張った。

 

 弾丸も、何とか防御は出来た。

 

 ()()()()()は。

 

 彼の防御を貫いたのは、二発目。

 

 ()()()()()()に着弾したイーグレットの弾丸が、シールドを上から破りそのまま三浦の腕を吹き飛ばしたのだ。

 

 何の事はない。

 

 三浦は、相手の狙いまでは看破出来ていた。

 

 ただ一点。

 

 ()()()()()()()()()()イーグレットの弾丸を叩き込むという、佐鳥の妙技を想定出来なかっただけだ。

 

 ツイン狙撃(スナイプ)

 

 話だけは、聞いていた。

 

 佐鳥はイーグレットを二丁同時に扱い、二ヵ所同時の攻撃が行える狙撃手(スナイパー)なのだと。

 

 だが。

 

 こんな真似をしでかして来るなど、誰が思おう。

 

 威力を補う為に、アイビスに持ち替えたなら分かる。

 

 されど。

 

 佐鳥はイーグレット二発を同一軌道で撃ち込むという絶技を以て、三浦の防御を突破した。

 

 真上から飛来した二発目の弾丸は、一発目の弾丸を完全に追う形で軌道を描いていた。

 

 だからこそ三浦は二発目の存在に気付かず、加えて言えば。

 

 佐鳥は丁度樹里のいる()()に位置する場所にいた為に、彼がバッグワームを脱いだ事をオペレーターの華が察知出来なかったのである。

 

 レーダーには、対象の高低差までは表示されない。

 

 故に、レーダー上では佐鳥の反応は樹里のそれと重なり、華に見通せなかったのだ。

 

 樹里のいる場所に表示されている位置反応が微妙にブレている事でその可能性に気付いた華であったが、時既に遅し。

 

 三浦の右腕は吹き飛ばされ、弧月は宙を舞った。

 

 これで、千載一遇の機会は失われた。

 

 樹里はメテオラの起爆に成功し、モールの中という優位な戦場は彼女の引き起こした爆発によって文字通り吹き飛ばされるだろう。

 

 最早、同じ手は二度と使えない。

 

 モールの中、それも壁や天井に近い個所に限定してワイヤーを張る事で、今の状況を構築出来ていたのだ。

 

 既に一度使った手に、二度引っかかるような真似は樹里は恐らくしないだろう。

 

 ワイヤー陣の厄介さを身を以て知った以上、絶対に同じ手は食わないに違いない。

 

 そうなってしまえば、樹里の単純な性能(スペック)が暴威となって襲い掛かる。

 

 トリオン12の攻撃が、障害物のなくなった場所に降り注ぐ。

 

 そうなれば、確実に勝機は失われる。

 

 これで、詰み。

 

 作戦は失敗し、再び香取隊は全滅の憂き目を迎える。

 

 そんな想像(みらい)が、戦いを見ていた者達の中に駆け巡った。

 

 

 

 

「いやいや、恐れ入ったね。あんな真似までして来るなんて、怖いねぇ」

 

 だが。

 

 映像を見ていた犬飼は、何処か楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

 弟子のいる部隊の奮闘を、勝敗に関わらず「良く頑張った」と称えているのだろうか。

 

 否。

 

 彼は、そんな性根ではない。

 

 やるならば、徹底的に。

 

 どんな手を使おうが、結果こそが全て。

 

 それが犬飼の思考であり、過程を後から考慮する事はあっても敢闘賞で満足するような柄ではない。

 

 結果は結果として受け入れるが、それはそれとして最高の成果を求める。

 

 それが犬飼という少年の在り方であり、性分だった。

 

 その彼が、笑っているという事は。

 

「けど、これで()()()()だ。やっちゃえ、()()()()

 

 ────────勝利への道筋が見えたという証明に、他ならなかった。

 

 

 

 

「…………!」

 

 ()()に気付き、樹里は眼を見開いた。

 

 彼女達が戦っていた場所の、すぐ近く。

 

 店舗の中から飛び出して来た若村が、間髪入れずにアサルトライフルを掃射。

 

 無数の弾丸が、樹里へと向けて放たれた。

 

(大丈夫。弓場さんのリボルバーじゃあるまいし、わたしのシールドは破られない)

 

 だが、樹里に焦りはなかった。

 

 此処まで近付かれるまで若村の存在に気付けなかった事は不覚だが、そもそも彼にはこちらのシールドを突破する手段が無い。

 

 如何に威力の高い通常弾(アステロイド)とはいえ、並程度のトリオンしか持たない若村の弾丸で自分の防御を突破する事は出来ない。

 

 彼の弾丸を受けて尚、自分のシールドはメテオラの起爆から身を護る盾となるだろう。

 

(これで、ダメ押し)

 

 更に、樹里はシールドを固定シールドへと変更。

 

 これで、この隙に香取が捨て身で攻撃して来ようが、突破される心配はなくなる。

 

 流石にアステロイドとスコーピオンの両面攻撃を受けては、樹里のシールドが保つかは分からない。

 

 だが、固定シールドなら話は別だ。

 

 これならば、若村のアステロイド程度受けようがビクともしない。

 

 その場から動けなくなるデメリットはあるが、大した事ではない。

 

 どうせ、起爆に成功すれば周囲は全部吹き飛ばされるのだ。

 

 香取とてシールドでの防御を選択せざるを得ない以上、追撃をする暇などない。

 

 万一捨て身での追撃を選んだとしても、犬死にがオチだ。

 

 そのくらいの分別はあるだろう、と樹里は判断した。

 

 香取は一見無茶な突撃をする時でも、その本能が弾き出した勝算の下で行動している。

 

 故に、香取ならば明らかに無駄と分かる事はしないだろうという信頼が樹里にはあった。

 

(頑張ったけど、これで詰みだね。若村先輩程度じゃ、わたしには勝てない。そうに決まってるんだから)

 

 内心で若村を見下しつつ、樹里は薄笑いを浮かべる。

 

 香取との対話を望む樹里だが、それはそれとして彼女の傍に居る男は気に食わない。

 

 その妬心が侮りとなり、若村を軽く見させている。

 

 これまで、樹里は若村の良い所など一つも見ていない。

 

 普段のランク戦では香取に暴言を吐くだけでまともな活躍もなく、前回の試合でも佐鳥に近付いておきながら返り討ちにされて落ちた。

 

 故に身の程知らずにも香取に付き纏う虫のような評価を、樹里は若村に下していた。

 

 その所感に彼女自身の個人的感情が大いに影響しているのは、言うまでもない。

 

(え…………? 弾速が、()()()()…………?)

 

 ────────だからこそ。

 

 犬飼は、樹里のその心理をこそ突いた。

 

 樹里がそれに気付いたのは、若村の弾丸があまりに遅過ぎたからだ。

 

 そして。

 

 今初めて、樹里は若村の弾を凝視した。

 

 天井の影に隠れていたその弾丸は、()()()()()()()()

 

 その事実に気付いた瞬間、樹里の顔が凍り付く。

 

 黒い弾丸。

 

 その存在を、話としては聞いていた。

 

 以前の黒トリガー争奪戦に参加した三輪が使用するという、特殊な弾頭。

 

 三輪のカスタム仕様のものとは異なり、射手トリガー、もしくは銃手トリガーか狙撃手トリガーに併せて使われるオプショントリガー。

 

 その名は。

 

「…………鉛弾(レッドバレット)…………!」

 

 ────────鉛弾(レッドバレット)

 

 弾丸を放つトリガーと併用して使用する事で、弾そのものを特殊な代物へと変えるトリガー。

 

 代償として弾速は遅くなり、射程も短くなるが。

 

 その効果は。

 

「…………っ!!」

 

 着弾した対象への、()()()()()

 

 シールドをすり抜け、固定シールドを使ったが為に動けなくなっていた樹里の身体に直撃した無数の弾丸が重石となって彼女の身体を押さえつける。

 

 一つにつき100㎏にも相当する重石が幾つも生じた事で、樹里は立っていられなくなり地面に倒れ伏す。

 

 その過程でイーグレットも取り落とし、メテオラの起爆も失敗。

 

 状況は、若村の攻撃によって一瞬にして覆った。

 

 もし、彼女が若村を侮らずに放たれた弾丸を良く見てさえいれば、この事態は防げたかもしれない。

 

 しかし、樹里は若村を嫌い侮るが余り、彼の行動を苦し紛れの攻撃と決めつけ、その真意を探る事をしなかった。

 

 どうせ、大した事は出来ないに決まっている。

 

 そんな思い込みが、彼女の首を絞めた。

 

 若村への嫉妬と、それ故の慢心。

 

 そこを見事に突かれた事が、この状況へと繋がったのである。

 

 最後の決め手となる一撃を若村に任せるという発想が、彼女には持つ事が出来なかったのだから。

 

「どう? 侮ってた相手にやられるのは。効いたでしょ?」

「…………性格悪いね、葉子。あ、それは元からか」

「アンタ程じゃないわよ。で? もうアンタは動けないワケだけど、まだ続ける? そのザマじゃ、戦うも何もないでしょ」

 

 ニヤリと、してやったりとしった風に香取は樹里を見下ろしながら笑う。

 

 こうして悠長に話しかけて来ているのは、樹里が固定シールドを張ったままだからだ。

 

 彼女の固定シールドは相当な強度であり、壊すのは骨が折れる。

 

 だが、全身に重石を付けられた樹里は最早戦える状態ではない。

 

 射撃トリガーで攻撃する為には固定シールドを解く必要がある以上、攻撃速度の差で樹里が負ける。

 

 故に、最早勝負は付いたも同然と言えた。

 

「…………そうだね。うん、確かにわたしの負けかな。流石にこの状況でまだ勝てると思う程、馬鹿じゃないよ」

「そうでもないんじゃない? まだ佐鳥が残ってるんだし、やり様はあると思うけど?」

「もう賢の居場所はバレたし、多分三浦先輩が向かってるでしょ。賢が本気になればどうとでもなるかもだけど、今回はわたしの事情に付き合って貰っただけだからね。賢にそこまで求めるのは、違うでしょ」

「ふぅん、分かってるじゃない」

 

 まだ、やれる事はある。

 

 だが、それをするのは違うだろうと、樹里は言う。

 

 今回の主題はあくまで香取と樹里の話し合い(ケンカ)であり、佐鳥はそれに付き合ってくれたに過ぎない。

 

 もう充分に樹里は香取隊の成長を見る事が出来たし、香取の側もこうして樹里が地に伏せた事で溜飲を下げる事が出来た。

 

 この試合を行った目的は、既に達成されていると言える。

 

 故に、これ以上は完全に蛇足だ。

 

 此処から逆転するとなると完全に佐鳥個人の力に依存する事となり、そうなると本末転倒だ。

 

 それは樹里としても望むところではなく、だからこそ。

 

「────────わたしの負けだよ。葉子、後は外で話そう」

 

 樹里は敗北を認め、緊急脱出(ベイルアウト)、と小さく呟く。

 

 同時に少女の身体が光となって消え去り、それに続くように屋根の上からも光の柱が立ち上る。

 

 こうして、香取隊のリベンジマッチは、幕を閉じたのであった。

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