香取隊の狙撃手   作:デスイーター

61 / 492
試合を終えて

 

鉛弾(レッドバレット)、ですか…………?」

「そう、それを当てる事が今回の試合に於ける君の最大の仕事になる。ま、ちゃんと説明はするから安心してね」

「は、はい」

 

 先日。

 

 若村が樹里との試合に於ける作戦指導を受けている中、それは言い渡された。

 

 鉛弾(レッドバレット)

 

 それを当てる事こそが、今回の試合に於ける若村の最大の役割なのだという。

 

 とはいえ、鉛弾の仕様すらも良くは知らない若村にしてみればどう反応して良いかすら分からない。

 

 幸い、説明はしてくれるらしい。

 

 故に、即座に聞く姿勢に入る若村であった。

 

「まず、鉛弾について説明しようか。これは旋空や幻踊と同じように他のトリガーと組み合わせて使うトリガーで、射撃トリガーや狙撃トリガーなんかでも使える。ろっくんの場合は勿論、銃手トリガーと組み合わせて貰う事になるけどね」

「成る程。でも、どういう効果のトリガーなんですか?」

「効果としては、弾丸に特殊な効果を付与するものなんだ。これを使った状態で弾を当てれば、ダメージ自体はなくなる代わりに当たった個所に重石を付ける事が出来る。一つにつき100㎏の重量だから、腕や足に付けるとそれだけで巧く動けなくなるだろうね」

 

 それから、と犬飼は続ける。

 

「この鉛弾は特殊な仕様でね。実は、シールドを()()するんだ。他にも通常弾では撃ち落とせないって特性もあるし、防御と言う選択肢を取らせないという利点があるんだ。これがどういう意味かくらい、分かるよね?」

「は、はい。木岐坂の硬いシールド相手でも有効、って事ですよね?」

「そ。樹里ちゃんのシールドはかなり硬ったいけど、鉛弾なら関係無い。そういう意味で、これ以上ないくらい有効なトリガーと言えるね」

 

 此処まで説明されれば、若村にも犬飼の意図が見えて来る。

 

 樹里はその火力も脅威だが、防御面に於いても厄介極まりない。

 

 12ものトリオンから構成されるシールドは、生半可な攻撃では貫けない。

 

 少なくとも、自分の銃撃で彼女の防御を割れるイメージは浮かばなかった。

 

 そんな彼女の防御を無視して攻撃出来るというのは、これ以上ないメリットとなる。

 

 犬飼が薦める筈だと、若村は得心した。

 

「でもろっくん、そんな便利なトリガーなら何で誰も使わないんだ? とか、思わなかった?」

「え、それは確かに思いましたが…………」

「まあ、上手い話には裏があるって言うけど、まさにそれなんだよね。このトリガーの使用者が殆どいないのには、当然理由があるんだよ」

 

 だが、どうやらこの鉛弾というのはメリットばかりではないらしい。

 

 若村も犬飼の言う通り、「それなら何で使用者が見当たらないんだろう」と思いはした。

 

 彼の知る限り、自分の周りに鉛弾を使用する隊員は存在しない。

 

 そこまで便利なら何故誰も使わないのか、という疑問はある。

 

 どうやらそれには明確な理由がある様子であり、犬飼はそれを説明し始めた。

 

「まず、この鉛弾(レッドバレット)は旋空や幻踊と違って使用時に枠を消費する。つまり、両攻撃(フルアタック)状態じゃなきゃ使えないんだ。これだけでも結構なデメリットだけど、一番の問題はそこじゃないんだ」

 

 実はね、と犬飼は続ける。

 

「鉛弾は重量付加の効果にトリオンを使い過ぎて、()()()()()()()()()()()()()んだ。それこそ、攻撃手の間合いまで近付かないとまともに当てられないであろうレベルにまでね」

「…………!」

 

 射程と弾速の、著しい減衰。

 

 それは、確かに無視出来ないデメリットだ。

 

 そもそもある程度の距離を取って攻撃が可能なのが銃手の利点なのに、それを捨てなければ撃てない時点でかなり痛い。

 

 加えて弾速も遅いとなれば、それこそ動かない相手にしか当てようがないのではないか。

 

 若村は、そんな感想を抱いていた。

 

「うん、ろっくんの考えてる通りだね。鉛弾を使っても、普通の銃手じゃまず当てる機会なんて来ない。A級だと三輪くんが片手で撃てるカスタム版を使ってるけど、あれは彼の技量あってのものだし参考にはならないかな」

 

 だけどね、と犬飼は続けた。

 

「ろっくんの考えた通り、これを当てるには()()()()()()に向けるしかない。なら逆に、その条件さえ整えてやれば良いと思わない?」

「え…………?」

 

 ニヤリ、と犬飼は意地の悪い笑みを浮かべて見せる。

 

 そして若村の師は、自らが授ける作戦の肝を口にした。

 

「樹里ちゃんの君への悪感情を、利用しよう。君が今から言う状況で出て行けば、必ず彼女は回避ではなく防御を選択する。そこを突いて、勝負を決めるんだ。大丈夫。ろっくんなら、きっと出来るよ」

 

 

 

 

(マジで出来た…………! ホント、犬飼先輩の言う通りになったな)

 

 若村は震える手でアサルトライフルを握り締めながら、何処か実感のない勝利の感慨に耽っていた。

 

 あの時、三浦が完璧に対処された時は流石に驚いた。

 

 予定では不完全な形であれ三浦の攻撃自体は実行される筈であったが、まさか佐鳥があれ程までに完全な対処をするとは思っていなかった。

 

 聞けば、佐鳥は樹里のほぼ真上に陣取る事でレーダーによる索敵から逃れながらバッグワームを解除してツイン狙撃(スナイプ)を実行したらしい。

 

 その創意工夫も、正確に三浦の攻撃手段を奪う手腕も、自分にはまるで届かないものだ。

 

 あれが相手ではやられるのも仕方ない、と正直思う。

 

 意識改革が始まった若村ではあるが、自分の不甲斐なさを思い知りまくった分、今度は悲観的(ネガティブ)な思考が表に出てしまっている。

 

 自分の至らなさと自信のなさをどう克服していくかが、今後の課題と言えるだろう。

 

「麓郎、何してんの。さっさと出るわよ。試合は終わったんだから」

「あ、ああ。そうだな」

 

 故に、香取から言葉をかけられるまで若村は感慨に耽ったまま固まっていた。

 

 思えば、試合が終わったのだからいつまでも此処にいる理由は無い。

 

 すぐにでも出るべきだし、何より香取は一刻も早く樹里と話したいに違いない。

 

 というかいつもなら自分を放って出て行っていてもおかしく無い筈なのに、と若村は思案する。

 

 悔しいが、香取の中での優先順位は自分と樹里では圧倒的に後者が上だろう。

 

 自分にかかずらっているくらいなら、さっさと彼女の下へ行こうとするのが普通の筈だ。

 

 だというのに、未だ香取がこの場に留まっている理由が。

 

 妙に、気になった。

 

「意外だな。さっさと行っちまうかと思ったぜ」

「勿論すぐ行くわよ。けどね、役目を果たしてくれたチームメイトに声をかけるくらいの義理は、アタシにもあんのよ。それくらい察しなさい」

 

 え? と香取の言った事をすぐには理解出来なかった若村は、気付く。

 

 香取が何処か、気恥ずかしそうに眼を逸らしている事に。

 

 それが何なのか問いかける前に、キッ、と香取はこちらを睨みつけた。

 

「だから、良くやったわねって褒めてやろうと思ったのよっ!? 文句あるっ!?」

「…………っ!!?? あ、いや、べ、別にねぇよ。うん、はい」

「なら良いわ。じゃ、アタシ行くから」

 

 言いたい事を言って満足したのか、それとも別の何かなのか。

 

 それを問う前に香取は仮想空間から姿を消し、後には呆然となる若村だけが残された。

 

 まさか、あの香取から労われる日が来ようとは。

 

 これまで、露ほども思った事がなかっただけに、その衝撃は大きい。

 

 思わず、柄にもなく赤面してしまうくらいには。

 

(何赤くなってんだオレ…………!? あいつは葉子、葉子だぞ。こんなの気の迷いだっての…………っ! あ、あいつが可愛いって思うとか、有り得ねぇだろうが…………!)

 

 人、それはギャップ萌えという。

 

 普段の姿が姿なだけに、それとかけ離れた光景を見た事で吊り橋効果が働いているだけとは、まだ青い若村には理解出来ない。

 

 結局、若村の百面相は上階から戻って来た三浦が声をかけるまで、延々と続く事になったのだった。

 

 

 

 

「いやぁ、頑張ったねぇろっくん。これはお祝いの一つでもしてあげないといけないかな?」

「ええ、そうですね。その時はお付き合いしますよ────────えっと、香取ちゃんは来ないですよね…………?」

「流石に来ないと思うよ、多分。むしろこれまで良く耐えたってくらいなんだから、誘っても断られるのがオチだろうしね」

 

 一方、試合を見届けていた犬飼達は笑みを浮かべながら香取隊の健闘を称えていた。

 

 元々勝ったらお祝いくらいはしてあげようと思っていた犬飼だが、それに香取が乗って来る事はないだろうとも思っている。

 

 女性が苦手な辻が懸念しているのは彼女の参加の有無であるが、問題はあるまい。

 

 そもそも、これまで二宮の暴言(しどう)に耐え続けられた事自体が奇跡なのだ。

 

 今更になってわざわざ自分達と接点を持とうとするような真似は、流石にしないだろう。

 

 故に辻の懸念は的外れと言えるものだが、そうなったらそうなったで面白いな、と思わなくもない犬飼であった。

 

「でも、佐鳥は流石でしたね。まさか、あんな手で三浦くんを完封して来るなんて」

「ぶっちゃけ、そこは想定以上だったね。でも、最終的にはそれがプラスになったんだし、前向きに考えよう」

「プラス、ですか」

 

 そうだよ、と犬飼は頷く。

 

「あそこで三浦くんが佐鳥に完封された事で、樹里ちゃんは「こちらの切り札は封じた」と思った筈だ。だからこそあの場面でダメ押しとして固定シールドを選んで自分から閉じ籠ってくれたんだし、ある意味であれが最後の一押しになったと言っても良いだろうね」

 

 犬飼の言う通り、旋空という絶対の矛を撃ち放とうとしていた三浦が佐鳥によって封殺された事で、樹里は「相手の作戦は止め切った」と確信した筈だ。

 

 樹里とて、旋空の脅威は知っている。

 

 自分の防御を問答無用に抜く手段こそがそれなのだから、警戒をしない筈がない。

 

 故に樹里の警戒は厳密に言えば若村と三浦の二人にではなく、後者にのみ向けられていた。

 

 三浦の旋空さえどうにかしてしまえば、残る若村には大した事は出来ない。

 

 そういった思考が、彼女にはあった筈だ。

 

 そんな彼女からしてみれば、最後に跳び出して来た若村は作戦が失敗して焦った末の悪あがきに出たとしか見えなかった筈だ。

 

 だからこそ、あの場面で用心のし過ぎとも思える固定シールドを使ったのである。

 

 捨て身の愚策を封じ込め、相手の勝率をゼロにする為に。

 

 だが実際は、それこそが樹里の敗北の決め手となった。

 

 固定シールドという、自らを閉じ込める檻の中に引き籠った結果、樹里は弾速の遅い鉛弾(レッドバレット)から逃げる術を自ら封じてしまった。

 

 若村には、大した事は出来ない。

 

 そんな思い込みが、彼女に自滅に近い選択肢へと走らせた。

 

 犬飼が想定した通り、樹里の若村に対する感情が、今回の試合の行く末を決めたと言っても過言ではない。

 

 彼女自身が集団戦に不慣れだった事もあるが、ある意味彼女の慢心が最も結果を左右したと言える。

 

(それにしても、綺麗に決まり過ぎた気はするけどね。もしかすると最近、何処かで()()()()()でも体験したかな? それで自分の力を過信して、とかの理由があったなら納得なんだけどね)

 

 犬飼は、知らない。

 

 樹里が先日の黒トリガー争奪戦に於いて、佐鳥の指揮とはいえ大戦果を挙げた事を。

 

 表には出さないが樹里はその事で大いに自信を付けており、それが今回の慢心に繋がったという面は否定出来ない。

 

 人は成功体験の後は気が抜けるものだ。

 

 そこで気を引き締めて次に繋げる者こそが上に上がる資格を持つのだが、樹里にはそういう意味で経験が足りていなかった。

 

 過大なまでの大戦果を得てしまった結果、元々持っていた若村への悪感情と重なり過剰なまでに彼を侮る思考へ変化した。

 

 そういう意味では、黒トリガー争奪戦もまた今回の結果に大いに寄与したと言えなくもない。

 

 どちらにせよ、この場の面々には与り知らぬ事ではあるのだが。

 

「ま、後は当人同士の問題だしこっちはこっちで気兼ねなくろっくん達を祝ってあげよう。藪を突いて蛇を出すのは、勘弁だしね」

 

 

 

 

「見事な勝利だった。だが、木岐坂は慢心をし過ぎたな。俺達相手に結果を出した事で、気が緩んだか?」

「良い気味ですよ。これで分相応ってのを分かったんじゃないですかね」

「こらこら、菊地原は言い過ぎだろう。まあ、確かに木岐坂は迂闊だったと言えなくもないが」

 

 一方、風間隊の面々は慢心から敗北へ繋がった樹里に対して辛辣な評価を下していた。

 

 特に、黒トリガー争奪戦で苦渋を味わわされた菊地原は特に毒が強い。

 

 歌川も今回の結果が樹里の慢心に依るものなのは明らかなので、強くは言えない様子だった。

 

「良い機会だ。これで木岐坂も、才能で劣る相手でもやり方次第で己を食えるのだと身を以て知った筈だろう。今回の負けを活かせるかどうかは、あいつ次第ではあるがな」

「そうですね。これからは香取隊に入るんでしょうし、チームランク戦をやっていく中でそのあたりも磨かれていくでしょう。あの火力に戦術眼まで加わるとなると、脅威度は跳ね上がるでしょうが」

「それでも、()()()の時の対応は変わらない。無論、そうならない事が最善ではあるがな」

 

 風間は険しい顔をしながらそう呟き、ジロリとブースを出て行く樹里に視線を向けた。

 

「後押しはしてやったぞ、迅。後は、あいつ等の問題だ。可能なら、巧くいって欲しい所ではあるがな」

 

 風に解けるようなその呟きを聞いた菊地原は得心したといった様子でため息を吐き、それを見て事情を察した歌川もまた苦笑を浮かべる。

 

 試合を見ていた荒船達は難しい顔をしていた半崎を引き連れて既に立ち去っており、ブースから人気が消えていく。

 

 そして。

 

 ようやく、幼馴染二人の本当の意味での対話が実現しようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。