香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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木岐坂樹里②

 

 

「樹里ちゃん」

「賢」

 

 隊室から出て来た樹里を、佐鳥が笑って出迎える。

 

 樹里の頬には涙が伝った痕が残っているが、それを指摘する程彼は野暮ではない。

 

 彼女の表情だけでも、今回の結果がどうなったかについては瞭然だったのだから。

 

「その様子だと、上手くいったみたいだね」

「うん。葉子達は、わたしを受け入れてくれた。これも、賢のお陰」

「オレは何もしてないさ。樹里ちゃんが勇気を出して、頑張ったからだよ」

 

 あくまでも建前を崩さず、佐鳥は樹里を激励する。

 

 しかし、どうやらその答えはお気に召さなかったようで、樹里はジト目で佐鳥を見据えていた。

 

「…………賢、わたし、そんなに鈍くないよ? 詳しくは覚えてないけど、わたしが変な事になった時にその対処方法を葉子達に教えてくれたんでしょ? でなきゃ、こんなのがあるって知らない筈だし」

 

 そう告げると、樹里は胸ポケットからピルケースを────────────────即ち、先程香取が取り出した薬の入っていた箱を取ってみせる。

 

 それを前に佐鳥は若干ではあるが、顔を引き攣らせた。

 

「…………樹里ちゃん。さっきの事、覚えてるの…………?」

「全部は、覚えてないよ。頭の中が急に変になった後に、気が付いたら葉子に手を握られてたし」

 

 でもね、と樹里は続ける。

 

「葉子が何か言葉をかけながら、わたしに何かを呑ませる夢を見た気がするんだ。その様子だと、正解だったみたいだね」

「あー、樹里ちゃん…………? もしかして、カマかけたのかな?」

「うん。賢、わたし相手には結構迂闊だから。かんたんだった」

 

 ニコリ、と普段動かない表情筋を無理やり動かしてまで樹里は佐鳥に微笑んでみせた。

 

 どうやら、完全にカマをかけられていたらしい。

 

 それを思い知り、佐鳥は頭が痛くなる。

 

 恐らく、樹里は朧げな夢のような形として、断片的に例の症状が起きていた最中の光景を覚えていたのだろう。

 

 調整薬はこれまでにも何度か使用しておりその度に必要な効果が出ていた為服用に際する問題は無いと認識していたが、この分だと()()()()は完全なものにはならなかったようだ。

 

 それが高いリスクを孕む状況であると知っている佐鳥は、「後で鬼怒田さんに相談だな」と内心で愚痴る。

 

(やっぱ香取ちゃん達が一緒にいた事が原因…………? いや、こういうのは専門の人に相談するしかないよね。オレ一人の素人判断じゃ、どうにもならないだろうし)

 

 やれやれ、と内心でかぶりを振った佐鳥は、気付く。

 

 いつの間にか樹里は佐鳥の目と鼻の先まで移動して来ており、上目遣いでじぃ、とこちらを見上げていた事に。

 

 いきなり眼前まで樹里が近付いた事でその甘い匂いを直に吸い込む事になった佐鳥は若干動揺し、そんな彼の眼を覗き込むように少女はぐい、と更に顔を近付けた。

 

「賢。賢がわたしの為に動いてくれてるんだろうな、ってのは分かるんだ。けど、話せる事は話して欲しいしそうでなくても相談くらいはして欲しい。わたしは、賢の子供でもペットでもないよ?」

 

 樹里のこちらを見る不安気な眼差しに、佐鳥は眼を見開く。

 

 確かに、自分は何処か樹里を庇護者としての視線で見ていたのは事実である。

 

 その必要があるという大義名分はあるが、何処か腫物を扱うように接していた面があった事は否定出来ない。

 

 しかし、年頃の男女としてその関係は健全とは言えない。

 

 互いの意思と力を認めた上で相手の意見を尊重してこそ、対等の関係というものは成り立つのだ。

 

 無論、樹里の事情や佐鳥の()()を考えればすぐに態度を変える事は出来ない。

 

 だが、そうあるべきと意識するかしないかでは大分違う。

 

 佐鳥はその事に今まで気付けなかった事を恥じ、素直に樹里に頭を下げた。

 

「…………! ごめん、確かに色々と過保護過ぎたかもしれないね。話せる事は限られるけど、せめて必要な事くらいは言うようにするからさ」

「分かった。じゃあ今夜、泊ま────────」

「────────って、何口走ろうとしてんのアンタはぁ…………っ!」

 

 バチコーン、と佐鳥の言質を利用してお泊りに持っていこうとした樹里の頭を、隊室から出て来た香取が何処からか持って来ていたハリセンでブッ叩いた。

 

 良く見ればそのハリセンは結構年季が入っており、所々折れ曲がっているのが見て取れる。

 

 終いには持ち手の所に小さな文字で「ようこ」と平仮名で書かれており、それが香取の子供時代に使っていた代物である事が分かる。

 

「…………葉子、痛い。あと、そのハリセン懐かしいね。昔は、ポンポン叩かれた」

「アンタが昔から、突拍子もない変な事を次から次へとしでかすからでしょうが…………っ! いつも手が出ると危ないからってパパが買ってくれたものだから大事に…………っ!? って何言わせんのよこのスカポンタン…………ッ!」

「わたしは何も言ってない。葉子の自爆」

「~~~~っ!!」

 

 ぎゃーぎゃーと、姦しい口喧嘩(おしゃべり)が続く。

 

 傍から見ると口論しているように見えるが、あれは彼女達なりの慣れ親しんだコミュニケーション方法なのだろう。

 

 その証拠に、二人を見ている華の顔は何処か懐かしいものを見たような表情を浮かべていた。

 

「佐鳥くん、まずは色々ありがとう。二宮隊がわたし達を指導してくれたのって、貴方が手を回してくれたからだよね?」

「さーて、何の事ですかねっと」

「それについては別に答えを望んでいるワケではないから構わないわ────────────────但し、さっきの樹里の様子と飲ませた薬については何が何でも話して貰うけど」

 

 ジトリと、華は柄にもない強い視線で佐鳥を睨みつけた。

 

 華としても、幼馴染が原因不明の恐慌を来たしたのを目の前で見た上に、彼女を落ち着かせる為とはいえ得体の知れない薬物を投薬せざるを得なかった事については忸怩たる想いでいたのだろう。

 

 その怒りは当然のものであり、佐鳥は居住まいを正して華と向かい合った。

 

 この事については、真摯に応える必要がある。

 

 そう、判断したが為に。

 

「初めに言っておくと、その質問は()()()()()()()()()()()。今のオレには、その為の()()が無いからね」

「…………っ! それは誰が────────────────いいえ、それについてはもう予想がついたから良いわ。そう、()()()()の事なのね」

 

 佐鳥の答えに何かを察した華は、険しい顔で眉根を寄せる。

 

 その瞳には悲しみや怒りといった感情が宿っており、それだけで佐鳥が目の前にいる聡明な少女が何処まで真実に迫っているかを理解した。

 

 華は、聡い少女だ。

 

 前々から見識深い才女だと思いはしていたが、その頭の回転数は上位のオペレーターと比べても引けを取らない。

 

 少ない材料から真実へ近付く為のピースを拾い上げ、彼女なりに考察を重ねていたのだろう。

 

 でなければ、これまでに開示された情報からある程度まで樹里のバックボーンを推測出来得る筈がない。

 

 感覚だけで真実に辿り着く天才ではなく、不断の努力と工夫で答えを導き出す秀才。

 

 彼女を形容するには、そんな言葉が相応しいだろう。

 

「幾つか、答えて欲しいわ。まず一つ。さっきみたいな事を防止するには、どうすれば良い?」

 

 佐鳥の口から真実を語らせるのが不可能だと悟った華は、聞き方を変えた。

 

 即ち、事態の究明ではなく対策について。

 

 先程のような事態が起こる事は、可能な限り抑止したい。

 

 その為に必要な何かを聞く事こそが、この場に於ける最適解と判断した為だ。

 

 それが、伝わったのだろう。

 

 佐鳥はコクリと頷くと、華の質問に返答した。

 

「樹里ちゃんに、絶対に()の話をさせないで欲しい。同様に樹里ちゃんに過去の事、要するにいなくなった三年間について尋ねるのも出来れば止めて欲しいな。前者程じゃないとはいえ、後者もリスクが無いワケじゃないから」

「分かったわ。一応聞くけど、その理由についても聞いちゃ駄目って事なのかしら?」

「そう思ってくれて良いよ。今回は仕方ない面が多々あったけど、基本的に樹里ちゃんの過去については詮索そのものがリスクになる。だから、そこには触れないように付き合う事を勧めるよ」

「…………ええ、今はそれで納得しておくわ」

 

 どう見ても不満気な華に対し、まあそうだろうな、と佐鳥は思う。

 

 佐鳥は今回、華の質問には一切解答していない。

 

 彼が話したのはいわば華達への樹里の扱いに関する「注意喚起」そのものであり、彼女達の知りたがっていた真実については一切話していないのだ。

 

 その理由についても「権限」という言葉を使う事で、華はこちらの事情にある程度見通しを付けた筈だ。

 

 だからこそ内心不満はあれど、こうして納得したフリをしているのである。

 

 この場がボーダー本部の廊下であり、尚且つ近くに樹里達がいるという状況でなければ、更に突っ込まれていたに違いない。

 

 だからこそ佐鳥は、敢えてこの場でその話題を口にするよう誘導したのだ。

 

 一度こちらの解答に「分かった」と返答した以上、何らかの口実がなければ第二審(じんもん)は行えない。

 

 なまじ華が思慮深く、互いの立場をしっかりと理解出来てしまうからこそ成立した駆け引きと言える。

 

 とはいえ、樹里の事情を話せないという点について嘘は無いので、無い袖は振れないのであるが。

 

「じゃあ、後で開発室に顔を出して貰って良いかな。樹里ちゃんと付き合う上での注意事項の説明なんかが、鬼怒田さんからあると思うからさ」

「…………色々突っ込みたいところはあるけれど、分かったわ。本当に、何も話してくれるつもりはないのね」

「悪いね。けど、こっちも色々事情があるんだ。全部納得しろとまでは言わないけど、そのあたり配慮して貰えると助かるよ」

「ええ、今はそれで納得しておくわ。今はね」

 

 敢えて「今は」と強調したところを見るに、全く以て納得していないのが見て取れる。

 

 とはいえ、これ以上の追及が出来ない事は理解出来ているだろう。

 

 そのあたりは互いに頭の回転の早い者同士、言わずとも伝わっている部分である。

 

 頭が良い相手との会話は気を遣わなくて良いな、と佐鳥は密かに思うのであった。

 

「華ー、そんな奴と何話してんのよー? 良いから、こいつシバくの手伝いなさい」

「喧嘩両成敗で良いならそうするけど」

「なんで両成敗なのよ? どう見たって樹里が悪いでしょうが」

「こんな場所で見苦しくもみ合っている時点でどっちも同罪。葉子、パンツ見えてる」

「え、嘘」

「嘘だよ」

「~~~っ! は~~な~~っ!!」

 

 溜まった鬱憤を、晴らす為だろうか。

 

 華は珍しく香取をからかいながら喧嘩の仲裁に入り、最終的には香取と樹里が二人並んで彼女にお説教をされる結果となった。

 

 喧嘩っ早く皆をぐいぐい引っ張るのは香取で、我関せずと自分の世界を最優先するのが樹里であるが、華はそんな個性の強い二人を見事に取り成し変に拗れた事のないように立ち回っている。

 

 それは我の強い二人に幼い頃からも揉みに揉まれた結果であるとも言え、三人の力関係が自然と見えて来る光景でもあった。

 

 そんな三人を見て、佐鳥はやれやれと苦笑した。

 

「まあ、取り敢えずは一件落着って事で。課題は、色々多いけどね」

 

 

 

 

「木岐坂」

「二宮さん」

 

 その日の夜。

 

 資料を手に歩いていた樹里の前に、いつの間にかやって来ていた二宮が立っていた。

 

 香取隊への入隊が決まった事で提出書類や隊室への荷物の持ち込み等諸々の作業を行っていた結果、そこそこ遅い時間になってしまったのである。

 

 今もまた、隊長の押印が必要だという書類を隊室へ持ち帰っている最中であった。

 

 偶然通りがかったのは、それとも待っていたのかは分からない。

 

 しかし、曲がりなりにも相手は一度は師事した相手だ。

 

 加えて、今回は香取隊の面倒を見て貰った借りもある。

 

 その為、雑な対応は出来ないので樹里は仕方なく二宮と正面から向き合った。

 

 彼の暴言(はなし)を聞くのはあまり気が進まないが、このくらいはするべきだろう。

 

 今雑に対応すると面倒な事になると、彼女の勘は訴えていたのだから。

 

「試合は見ていた。無様な負け方だったな。射手としての腕を磨き続けて戦術を学んでさえいれば、ああはならなかったとは思わないのか」

「それは…………」

「お前は、何を考えて狙撃手などになった? これまでは誤魔化していたが、いい加減理由を教えろ。つまらん事は言うなよ」

 

 ジロリ、と二宮は樹里を睨みつける。

 

 彼からしてみれば、自分の指導を受けておきながらそれを捨てるかのように別ポジションに転向し、挙句格下の若村相手に綺麗に負けた事が気に食わないだろう。

 

 尚、その作戦を伝授したのが他ならぬ彼のチームメイトである犬飼であり、二宮自身も香取隊の指導に参加していた事は当然棚に上げている。

 

 彼にとって重要なのは自分の主張を告げる事であり、自分自身の置かれた状況が他者から見てどう思われるかなどは勿論一切気にしていない。

 

 良くも悪くも他人の評価に頓着しない二宮は、傍から見て「どの口」がと言える事でも平気で連発出来る図太さを持っている。

 

 本来であれば指導して貰った義理があるとはいえ樹里にそれに応える義務は無い筈だが、今日は香取達との和解も成立して気分が良かったのだろう。

 

 彼女にしては珍しく、二宮の問いに答えてみせた。

 

「えっと、二宮さんに教わったやり方だけじゃ、二宮さんには勝てないと思ったので」

 

 

 

 

「…………ほぅ」

 

 その答えに、二宮は眼を細めた。

 

 もっと、適当な答えが返って来るかもしれないと思っていたのだろう。

 

 それだけに、その眼には何処か期待が満ち満ちていた。

 

「どういう意味だ。言ってみろ」

「B級ランク戦を勝ち上がれば、そのうち絶対二宮さんとは当たるので、二宮さん達に勝つ為の手札が必要だと思ったんです。少なくとも同じ手札じゃ火力や戦術で負けてるから、新しい手札がないと駄目だと思ったので」

 

 だから、と樹里は続ける。

 

「狙撃手になったのは、その為の手札を増やす為です。わたしの適正も考えて、これがベストだと判断しました」

「………………………………ふん。その考えが正しいかどうかはともかく、お前の愚考した内容は理解した。一先ず、それで納得しておいてやる」

 

 だが、と二宮は樹里を見返して。

 

 ジロリ、とその眼を真正面から見詰めた。

 

「多少の小細工程度で、俺達に勝てるとは思わない事だ。言っておくが、手加減する気は微塵もない」

「勿論です。いずれ挑戦させて頂くので、よろしくお願いします」

「ふん、言葉だけにならないよう注意するんだな」

 

 樹里の言い分を聞いて納得したのか、二宮は挨拶すら残さずにその場を後にした。

 

 遠ざかっていく後姿を見据えながら、樹里ははぁ、とため息を吐く。

 

「…………なんとか、納得してくれた。本当の理由じゃ、多分こうはならなかった」

 

 だって、と樹里は呟く。

 

「…………狙撃をやってた賢が、格好良かったから、だなんて。きっと、納得して貰えなかったと思うし。多分、というか絶対」

 

 樹里はふと、当時の情景を想起する。

 

 彼女の脳裏には、二丁の狙撃銃を手に活躍する佐鳥の姿がいつまでも再投影(リフレイン)されていた。

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