「書類のチェックは完了した。これで正式に、木岐坂隊員は香取隊の所属になる」
「はい、ありがとうございます」
華は書類を手にした忍田に対し、深く頭を下げた。
此処は、忍田の執務室。
樹里の入隊に関する資料を提出に来た華は、何故かその場で資料を確認するからと言われ、10分程待たされた後にこうして入隊処理の受理を言い渡された。
その事に違和感を覚えつつ、今はまだ早いと口に出す事はしない。
此処で不躾に問いかけるのは違うと、彼女の頭脳は答えを出していた。
「今後、
「…………!」
そして、案の定忍田の方からわざわざ自分をこの場に待たせた理由に繋がるであろう話が出て来た。
彼は、「何かあればすぐに言って欲しい」と、そう言った。
この言い方から考えるに、忍田は樹里の
そうでなければ、わざわざこんな言い回しはしないであろうからだ。
(やっぱり、上層部は大体あの子の事情を知っていると考えた方が良さそう。忍田本部長はある程度話をし易いタイプではあるけど、この分だと突っ込んだ部分までは答えてはくれなさそうね)
だけど、と華は思案する。
(最低限、少しでも言質を取っておくべきね。多分、本部長はそれを考えた上でこの場を用意してくれたんだと思うし)
華の予想では、忍田は恐らくこちらの心情を────────────────即ち、重要情報を明かされずにもどかしい想いをしているという点を、気にしている。
流石に表情に出る程迂闊ではないようだが、彼の人柄を知る限りに於いてはその可能性が高いと見ている。
これが城戸司令であればトップとしての判断に終始せざるを得ないだろうし、先日訪れた鬼怒田室長の場合はむしろ樹里への感情移入の度合いで見れば他の面々と比べても明らかに高い。
しかし、だからこそ線引きはしっかりしているようであり、樹里の事情については現時点で明かす気はないと明言されている。
そういう意味では、公平な視点を持ち尚且つ隊員の気持ちに可能な限り寄り添おうとする忍田は与しやすい相手と言えた。
無論、これは忍田の厚意に全力で乗っかる形ではあるのだが、こういう腹芸は隊の他の面々には不可能なので自分がやるしかない。
そう内心で意気込み、華は真っ直ぐに忍田を見上げた。
「忍田本部長。本部長は、樹里の事情についてどの程度までご存じなのでしょうか?」
「概ね知っている。但し、君にそれを話す事は現時点では不可能だ。これは単なる機密保持の面だけではなく、様々な観点から見てリスクが高いと判断されるからだ。そして、その
「…………あの、恐慌状態について、ですね?」
そうだ、と忍田は頷く。
「あれについては、詳しい話をする事自体がそのリスクに繋がってしまう。何かの拍子で真実が彼女の耳に入ってしまった場合、最悪の事態に至るケースすら考えられる。本当であれば君一人くらいには話しておきたいところだが、君の部隊全員に話す事が出来ない以上それはフェアではないと判断した」
「成る程。理解はしました」
「すまないな。私個人は君になら話しても良いとは思うのだが、それを何処かで知られた場合君の隊内での立場が悪くなりかねない。君達三人が幼馴染というのは聞いているし、それは私としても望むところではない」
成る程、と華は納得する。
恐らく、忍田が懸念しているのは香取の耳に入った場合の危険性だろう。
香取の性格上、樹里に関する事情を知れば間違いなく上層部に殴り込んででも解決に繋げようとする。
しかし、華の推論通りであれば樹里の件は下手に突けば解決に向かうどころか逆に悪化の一途を辿りかねない。
少なくとも上層部が現状維持しか出来ていない今の状況を考えるに、香取が一人で奮起したところで出来る事は少なく、突いてはいけない藪を突きかねないと判断されていると見ている。
加えて、お世辞にも香取は上層部からの信頼度が高いとは言えず、口の堅さについてもイマイチ信用されていないのだろう。
それについては華も同感であり、香取は無暗矢鱈に身内の事情を広める事はしないだろうが、それが幼馴染の樹里の抱える問題を解決する為であれば情報開示は幾らでもやりかねない。
大切な者の為に遮二無二に頑張れるのは香取の長所だが、上層部にはそれが「機密を漏洩しかねない性格」だと見られてしまったというワケだ。
そして、華もまたその意味では完全には信用されていないと見ている。
華は機密を易々と話す事はしないが、大切な幼馴染達の為ならば規則の抜け穴を探すくらいは普通にやる。
その過程で香取に真実を話す可能性もゼロではなく、そうでなくとも彼女は勘が鋭い。
少ない材料からでも直感的に正解に辿り着くだけの鋭敏な感覚を、香取は持っているのだ。
経験上香取相手に完璧に隠し事が続けられた例はそう多くはなく、そういう意味でも自分だけが真実を知るというのはリスクが高い。
(こう言われると、反論は出来ないわね。忍田本部長は腹芸は不得意と聞いていたけれど、組織人としての能力はしっかりあるのだからこれくらいはむしろ当然ね)
そして、向こうはそれを自分が悟ってしまう事も考慮の内なのだろう。
計算高いイメージとは無縁な忍田だが、組織人として必要な能力はきちんと持っているらしい。
思わずやられた、と内心で舌打ちする華だが、当然顔には出さない。
コミュニケーション能力が高いとは言えない自分の数少ない特技の一つがポーカーフェイスなのだから、それくらいは維持しなければ話にならない。
少しでも、樹里の笑顔を守る手段を得る為に。
此処で、易々と諦めるワケにはいかないのだから。
「話は分かりました。
「…………そうだな。まず、本当の意味での緊急事態に陥った場合は情報の開示をせざるを得ないケースもあるだろう。そして、君達が相応の資格を得られた場合には情報開示を検討する用意は出来ている」
来た、と華は内心で拳を握り締める。
先程、忍田は
つまりそれは裏を返せば
これこそが、今回華がこの場に臨んだ目的でもある。
後々の、情報の開示の
それが、この場で望み得る最大の成果であると彼女は認識していた。
まず、今の段階で樹里の機密情報を知る事は不可能であると判断している。
佐鳥や鬼怒田から散々釘を刺された時の様子を見る限り、彼女の問題は易々と解決出来る程根の浅いものではない。
むしろ、明確な解決手段がないからこそこのような中途半端な対応になっている、と見ていた。
これまで、樹里に何かしらの事情があると仄めかした人物は複数名存在する。
まず一人が、佐鳥だ。
彼は樹里には明かす事が出来ない事情があると明言し、尚且つそれに上層部が関わっていると言外に仄めかしていた。
本当に情報をシャットアウトするつもりであるならば、彼のこの対応はおかしい。
「話せない」もしくは「知らない」の一辺倒で通すのがその場合正しい選択肢であり、明らかに佐鳥は事情の内容そのものは話せなくとも、樹里に「秘密にしなければならない事情」がある事自体はむしろ知って欲しいように感じられた。
香取が話を聞いたという風間も同様であり、彼の場合はより明確に「樹里には容易には話せない事情がある」と明言していた。
この事から鑑みるに、上層部が案じているのは機密の漏洩による組織の体面が傷付く事などではなく、樹里
しかし同時に、彼等もまた現状を良しとしているワケではない事も伝わって来た。
もし現状維持を最優先とし続けるのであれば中途半端に情報を明かすのはリスクでしかなく、敢えてそうしたのだと仮定した場合、明確な解決への道筋を手探りで模索しているのだと、華は結論した。
そうなると、将来的に自分達にもその真実を開示してくれる可能性はゼロではなくなって来る。
その確率を少しでも上げる為に、この場での忍田の確約が欲しかったワケだ。
そして今、その目的の言葉は引き出せた。
この時点で、この場は華の勝利と言えるだろう。
「了解しました。その相応の資格、というものについてはお話頂けるのでしょうか?」
「残念だが、今この場での返答は出来かねる。幾つか候補はあるのだが、今後状況が変わる可能性がある以上明言は出来ない。すまないな」
「いえ、分かりました。ご配慮、感謝致します」
此処までだな、と華は結論し忍田に頭を下げる。
この場での充分な成果は得られた以上、無理に踏み込んで忍田の心証を下げるのは良くない。
今後の事を考えるなら、退く事もまた重要だ。
そんな華の決意を、察したのだろう。
忍田は華に、柔らかく微笑んでみせた。
「大丈夫だ。木岐坂隊員について、必要な事であれば助力は惜しまない。だから君たちは、安心して彼女と共に上を目指してくれ。それがきっと、最善の未来に繋がる事になるだろうからね」
「というワケで、正式に樹里の入隊は許可されたわ。良かったわね、葉子」
「ふん、別に散々待ってなんかないわよ何言ってんのよ華ったら」
「葉子、本音出てる。分かってたけど」
何よー、と姦しい叫び声をあげる香取を、樹里はいつも通りの無表情で揶揄していた。
樹里入隊完了の報告を持って来た華を待っていたのは、今か今かとそれを待ち続けていた香取と、いつもは彼女が座っているソファーで寛いでいる樹里の姿だった。
冬であるにも関わらずミニスカートを着用している樹里はソファーに寝転んだ拍子に下着が見えそうになっているが、姿勢の計算はしているようでギリギリで秘密の布の暴露は防がれている。
それでも
もしもそんな事になれば自分も香取も容赦するつもりは微塵もないので、自主的にその可能性を防ごうとしている彼等は称賛されて然るべきだ。
ちなみに恐らくではあるが佐鳥相手には樹里自身が意図的に
香取と同じく、樹里もまた大切な相手に対してはガードが緩くなる傾向にある。
その判定が適用されているであろう佐鳥に対しては華も香取も忸怩たる想いを抱えているのだが、それは今どうこう出来る問題ではない。
折を見てもう一度尋問の機会を設けるべきね、と華は一人佐鳥への内心のヘイトを上げているのだった。
「樹里。隊服も葉子と同じタイプに変えておいたから、着替えてみて」
「分かった」
華はこの場で香取が心待ちにしていたであろう、樹里の隊服を披露するべくソファーで寛いでいた少女に声をかけた。
樹里は特に感慨もなく立ち上がり、小さくトリガー
同時に樹里の服装が隊服へと換装され、今まで青かった部分が香取隊のそれと同じ赤へと変更されている。
これまでは恐らく許可もなしに全く同じ隊服には出来ないと色を変える事で遠慮していたのだろうが、同じチームになったのだから隊服も揃えるべき、と香取が主張した事でこうして同一の隊服となったワケだ。
幸い、樹里の使用していた隊服はカラーリング以外は殆ど香取隊のそれと変わらなかったので、変更の処理は最低限で済んだ。
こうして香取と並べてみると、ようやく樹里がこの部隊に入ったのだと実感出来る。
表情には出さずとも、香取同様華もその事を内心でとても喜ばしく思っているのだった。
「華。なんか、少し胸が縮んだような気がする」
「気の所為よ。もしくはそういう仕様なの」
「え、でも」
「仕様よ」
「…………わかった」
尚、その際幼馴染が変な眼で見られないように
自分にとっては
何処か抜けている幼馴染に対して過保護になるのは、何も香取だけではないのだから。
「とにかく、これでようやく三人揃ったわね…………っ! 華、お祝い何処でやろっか?」
「やる事は確定なのね。まあ、わたしは別に良いけれど」
「決まりね。麓郎、雄太。アンタ等も特別に呼んだげるから、感謝しなさい」
「えっと、良いのかな…………? 葉子ちゃん達だけでなくても」
「構わないわよ。一応、樹里が来てくれたのはアンタ等の功績も本当に一応だけどあるからね。それについては感謝してなくもないから、少しくらい労うくらいはしてやらなくもないわ」
ウキウキとした様子を隠さずに、香取はにっこりと笑う。
その笑顔にノックアウトされる思春期男子が一名いたようだが、特に問題は無い。
隣で百面相をする眼鏡男子が一人いた気がしないでもないが、それに気付く者は誰もいなかった。
これまでがこれまでだっただけに、香取のギャップ萌え爆弾の威力は今後も炸裂し続けそうである。
元が美少女なだけに、猶更であるが。
「樹里」
自分の笑顔が齎した効果など露知らず、香取はくるりと回って樹里に手を差し出した。
樹里はそんな香取の手を、じっと見つめている。
「これから、よろしくね」
「うん」
がしり、と香取は樹里の手を握り締める。
樹里はそれを抵抗する事なく受け入れ、ようやく肩を並べる事の叶った幼馴染の手を握り返す。
こうして樹里はようやく、香取隊の狙撃手となったのであった。
現時点での樹里のパラメータを公開します。また、novelAIで作成してみた樹里ちゃんの挿絵も載せておくです。片目だけ青は再現出来なかったですが。
【挿絵表示】
『木岐坂樹里』
〔
ポジション:
年齢:16歳
誕生日:3月27日
身長:159cm
血液型:AB型
星座:はやぶさ座
職業:高校生
好きなもの:幼馴染、佐鳥賢、いいとこのどら焼き
〔
父、母(全員故人)
〔RELATION〕
香取葉子←大切な幼馴染。今までゴメン。
染井華←大切な幼馴染。迷惑かけてゴメン。
佐鳥賢←ハナレナイデ。絶対に。
若村麓郎←嫌い。少し見直したけどやっぱり嫌い。
三浦雄太←まあ、一応及第点かな。
二宮匡貴←面倒な人。
〔
トリオン:12
攻撃:10
防御・援護:7
機動:7
技術:7
射程:10
指揮:5
特殊戦術:8
TOTAL 66
〔
『
『イーグレット』
『シールド』
『アイビス』
『ハウンド』
『
『メテオラ』
『シールド』
『アステロイド』
『バッグワーム』
『
『強化視覚』
その名の通り強化された視覚情報を取得出来る。
数キロメートル先の光景をスコープ無しで視認する事が出来る為、裸眼のままスコープを常時装着しているのと同じ効果を得られる為、狙撃体勢を取らずに狙撃が可能となる。
また、周囲数メートル程度であれば微細な変化も見逃さない程度の精密な映像情報を取得出来る為、カメレオンを使用した隊員の看破等も可能である。
白い髪をした片目だけが青い
香取曰く、「昔は綺麗な黒髪だった」との事。
四年前の大規模侵攻の日以降の消息が不明であったが、一年前に唐突に姿を現しボーダーに入隊。
彼女自身は、入隊までの三年間の記憶が存在しない。
樹里曰く、「妙な夢を見る事がある」との事だったがその詳細は────────────────非正規のアクセスを確認しました。検体番号128954番の運用に際し障害となる要因は速やかに除去される必要があります。記憶の消去及び改竄を実────────