香取隊の狙撃手   作:デスイーター

66 / 492
白の少女と白い少年③

 

 

(もう、なんなの一体…………っ!? 三雲先輩もただの雑魚かと思ったら意味わかんない事して来るし、こいつはこいつでなんか変な空気出してるし…………っ! ああもう面倒くさい、戦ってから考える…………っ!)

 

 ボーダーA級隊員、緑川駿は自分に喧嘩を売って来た少年────────────────遊真を見据え、ギリ、と歯を噛みしめた。

 

 先程緑川は、「風間さんと引き分けた」という噂の立った三雲修という隊員に対して個人戦を行った。

 

 最初は興味本位で声をかけたのだが、修が「迅さんのお陰で玉狛に入れた」と発言した瞬間好奇は敵意へと切り替わった。

 

 緑川は自他共に認める迅のファンであり、そんな彼が慕う人物の推薦を受けたと明言した修には良い感情を抱きようがなかったのである。

 

 その時点で一気に機嫌が急降下した緑川は大勢の前で恥をかかせようと、敢えて周囲に聞こえるような形で修を個人戦へ誘い、目論見通りボコボコにした。

 

 した、のだが。

 

 計算違いは、10本勝負の最後の一本となった試合だった。

 

 それまで何の苦労もなく修を瞬殺していた緑川は、その10本目も軽く倒せると踏んで気楽に臨んでいた。

 

 その頃には既に充分緑川の鬱憤は晴れており、これで気持ち良く倒して終わり、とするつもりだった。

 

 緑川は子供らしい敵愾心から修に絡んだワケだが、彼は別に根っからの悪人というワケでもない。

 

 年頃特有の癇癪さえ収まれば、流石に冷静にもなる。

 

 この時点で若干「酷い事したかなー」と内心罪悪感も抱いてはいたのだが、今の彼は気持ち良く相手を倒す快感に嵌まっており、途中で手を抜くような真似はしなかった。

 

 故に、結構な油断があったとはいえ緑川は本気で戦っていた。

 

 フェイントも何も計算に入れない最短距離で、修を仕留め続けていた。

 

 10本目もそれまで通り、軽く倒せると確信していた。

 

 だが。

 

 結果としては、10本目も緑川の勝利で終わった。

 

 しかし。

 

 修が緑川に落とされる、間際。

 

 彼は自身の背後に隠していた置き弾を用いて、自分ごと緑川を貫いた。

 

 幸い直前で気付いた為に相打ちになる事は避けられたが、無傷とはいかなかった。

 

 その反撃によって、緑川は両足に大きなダメージを負った。

 

 修はその時の攻防のダメージで緊急脱出した為、個人戦としては緑川の完勝である。

 

 されど、これがもし集団戦だった場合。

 

 足という最大の武器を失った緑川は、実質無力化されたと言っても差し支えない。

 

 彼の一番の武器は高い機動力を軸とした遊撃戦であり、それがなければまともに戦う事など不可能だ。

 

 そういった意味では、最後の一戦はこの上ない形でケチのついた結果となった。

 

 観戦していたC級隊員は緑川のストレート勝ちという結果のみに目を向けて修を蔑んでいたようだが、それが正当な評価ではない事くらい緑川本人が誰よりも分かっている。

 

 最後の一戦は、実質彼の負けも同然なのだから。

 

 修のような弱い駒に、緑川のような強い駒が無力化された時点で事実上向こうの勝ちのようなものだ。

 

 それを理解出来るからこそ、緑川の苛立ちは頂点に達していた。

 

 このまま何もなく立ち去れれば、或いは自分なりに消化は出来たのかもしれない。

 

 しかし、そんな緑川に待ったをかけるように現れたC級隊員────────────────空閑遊真の眼と言葉は、流石に看過出来なかった。

 

 彼の、遊真の自分に何の価値も感じていないかのような空虚な視線で射抜かれた緑川は、その挑戦を受ける以外の選択肢は無いと直感してしまった。

 

 此処で断れば、何か悪い事が起こる。

 

 そんな予感がして、緑川は遊真の挑戦を受けざるを得なかった。

 

 だが、初対面のC級隊員などに気圧されたという事実が認められず、緑川はこうしてムシャクシャしているのである。

 

(もういい、こいつも同じようにボコボコにしてやる…………っ! A級の俺が、C級の雑魚なんかに負けるワケないんだから…………っ!)

 

 故に、緑川は思考停止して遊真との決闘に臨んだ。

 

 もし、彼が自分の直感に────────────────本能の警報に耳を傾ければ、結果はまた違ったものになったのかもしれない。

 

 しかし緑川は思春期特有の情動に身を任せ、己の直感による警告から耳を塞いでしまった。

 

 そして。

 

 予定調和の如く、三本目から遊真の蹂躙が始まった。

 

 

 

 

「…………凄い。本当に、淡々と殺してる」

 

 その試合を見ていた樹里は、遊真の戦いぶりに感心していた。

 

 最初の二本は、緑川の勝利で終わった。

 

 遊真も悪くない動きをしていたが、機敏に動き回る緑川の機動力相手に翻弄され、隙を突かれて落とされていた。

 

 否。

 

 そう見えるように、遊真に調整されていた。

 

 樹里の眼には、最初の二本の遊真は明らかに手を抜いていた事が視えていた。

 

 映像越しなのでそこまでの精度で視る事は出来ないものの、こうして俯瞰的な視点で見ればそれは瞭然だった。

 

 恐らく、この場のそこかしこにいる実力者達も同様の見解を得ているだろう。

 

 そして、三本目から予想通り遊真の蹂躙劇が始まった。

 

 それまでとは明らかに遊真の動きのキレが段違いに上がっており、今度は緑川の方が翻弄され、手も足も出ずに落とされていた。

 

 周囲のギャラリーも、その異質さに気が付いたのだろう。

 

 一つの到達点であるA級隊員が、名無しのC級隊員に為す術なく叩き潰されている事実。

 

 それが、遊真の異常性を浮き彫りにしていた。

 

 確かに、新人の頃から頭角を現す隊員はいる。

 

 身近だと香取がその一人だし、有名な所だと木虎や新人王と呼ばれた奈良坂もそうだ。

 

 だが、遊真の場合は明らかにそれらとは違う。

 

 何故なら、彼の戦い方はあまりに洗練され過ぎていた。

 

 当然ながら、ボーダーに入るまで本当の意味で戦いを経験した人間などまずいるワケがない。

 

 此処は紛争などとは無縁な日本であり、日常で武器を手にする機会などある筈がない。

 

 剣道などを経験した者はいるかもしれないが、本気の命のやり取りの為の技能は入隊してからでなければ磨くタイミングなど存在しない。

 

 しかし遊真は、既に殺しの為の技能をその身に修めている。

 

 見れば分かる。

 

 あれは、戦いを経験した者にしか出来ない動きだ。

 

 それも、緊急脱出(ベイルアウト)という安全装置のついた戦いなどではなく。

 

 本物の、負ければ死ぬ戦いを経験した者にしか出せない凄みが彼の戦闘にはあった。

 

 何故、そう思ったのかは樹里にも分からない。

 

 けれど、嗚呼。

 

 彼女の中の何かが、「あれは熟練の殺し屋のようなものだ」と訴えていた。

 

 あれは。

 

 あれは。

 

 あレハ────────!

 

────────敵戦力を計測。既存データと照合。結論、対象は近界(ネイバーフット)で活動していた年少の傭兵と同一個体であると判断。当検体の個体能力から最適な処理方法を計────────

 

「…………ちゃん。樹里ちゃん…………っ!」

「…………! 賢…………?」

 

 ふと、気付く。

 

 何処か、別の景色を見ていたような。

 

 そんな感覚から抜け出した樹里は、自分を心配そうに見つめる佐鳥の姿を見上げて今自分が何処にいるかを思い出した。

 

 そして、気付く。

 

 自分の身体が、何故か寒い。

 

 脂汗が流れていたようで、その痕跡が額や首筋に確認出来る。

 

 その所為だろうか、とも思う。

 

 いや、そもそも自分は、果たして今何をしていたのだろう。

 

 そう、考えようとして。

 

「樹里ちゃん…………!」

「あ、賢。ごめん、何の話だった?」

「……………………空閑くん凄かったね、って話だよ。ちゃんと聞いてた?」

 

 ジトリ、と何処か呆れたように、しかし何故か心配そうに尋ねる佐鳥に対し、直前の記憶が曖昧な樹里は疑問符を浮かべる。

 

 しかし自分がぼうっとしていたのは事実なようなので、次の言葉は決まっていた。

 

「…………ごめん。多分、聞いてなかった…………?」

「もう、しっかりしてよね。何をぼうっとしてたのか知らないけどさ、もう試合終わっちゃったよ?」

「あ、ホントだ」

 

 気付けば、遊真と緑川の10本勝負は終わっていた。

 

 無論、8:2で遊真の勝利にて。

 

 どうやら緑川はあれから一矢報いる事も出来ず、そのままボロ負けしたらしい。

 

 まあそうなるだろうな、とは思っていたので驚きはない。

 

 遊真は、近界民(ネイバー)だ。

 

 ボーダーに入隊する前はいち市民に過ぎなかった緑川とは異なり、近界の地で様々な戦場を潜り抜けていたのだと聞いている。

 

 詳しい話までは尋ねていないが、そもそもの経験値が違ったのだろう、と見ている。

 

 A級になっていたとはいえ年齢故の甘さや未熟さが抜けきらなかった緑川と、入隊したばかりとはいえ向こうの世界で実戦を経験して来た遊真。

 

 そのバックボーンの差が、そのまま結果に繋がったと言って良い。

 

 最初から緑川が本調子ではなさそうだった事もあるが、一言で言えば格が違った、という事だ。

 

(わたしが戦っても、多分個人戦じゃ落とされるかな。個人戦の転送位置だと、距離を取る前に殺される率が高そうだし)

 

 そして、実際に自分が戦った場合は個人戦では分が悪いと樹里は見ていた。

 

 個人戦では基本的に、互いの隊員は目の前の近い位置に転送される。

 

 即ち、攻撃手の間合い同然の距離にである。

 

 ブレードを構えればそのまま攻撃に移れる攻撃手とは異なり、樹里の場合はイーグレットで迎え撃つか何とかして射撃トリガーを撃つまでの時間を稼ぐなりして距離を取る他ない。

 

 しかし、遊真相手ではそれも通用しないだろう、と見ている。

 

 もう少し距離を取るか、もしくはランダム転送なら幾らでもやりようはあるかもしれない。

 

 だが少なくとも互いの初期位置が決まっている個人戦では挑むだけ無謀だろう、とも感じた。

 

 それだけ遊真の動きは洗練されており、一つの高みにいると言っても良い。

 

「…………転送位置をランダムにするって条件で頼んで、それから…………」

「あー、樹里ちゃん? 何考えてるのかな?」

「空閑くんとまともに戦えるようになる方法。普通の個人戦のルールじゃ勝ちが見えないから、何か別の方式がないかなって」

「うん、それは分かったけど。空閑くん、もう行ったみたいだよ?」

「あ…………」

 

 佐鳥に言われて、樹里はようやくその場から遊真の姿がなくなっている事に気が付いた。

 

 どうやら、考えに没頭し過ぎて周囲の事に目を向けていなかったらしい。

 

 感度の高い自分の眼だが、そもそも視線を向けていなければその能力は発揮出来ない。

 

 失敗したかな、と一人反省する樹里であった。

 

「樹里ちゃん、自分の考えに没頭すると周りが見えなくなるのは悪い癖だよね。戦闘中なら切り替えも出来るみたいだけど、プライベートだとちょくちょくあるよね?」

「じゃあ、常在戦場でいるべき?」

「それは不健全だから止めなさいって。ホント、スイッチのあるなしでこうも変わるとかホント極端だよねぇ」

 

 確かに樹里は、佐鳥の指摘する通り自分の思考に没頭すると周りが見えなくなる事がある。

 

 戦闘中であれば自動的に分割思考(マルチタスク)が行える為問題になる事はないが、プライベートな事柄になると佐鳥に声をかけられるまで気が付かない、といった事もザラだ。

 

 極端な例だと、前日に負けた相手への対策を考え続けるあまり日が暮れて佐鳥が心配して様子を見に来るまでずっと自室のベッドで呆けていた、なんて事もあった。

 

 事の顛末を説明した時には怒られたものだが、どうにも自分のこれは癖のようなものらしく注意を受けても中々改善出来た試しがない。

 

 樹里としても頭の痛い問題ではあるが、最も重要な戦闘の中でそれが起きた事はないので、それだけが救いである。

 

 戦闘中で思考停止をするなど、即ちそれは死を意味するのだから。

 

 

 

 

「そういえば、何処にいったの? 賢、何か知らない?」

「迅さんが連れて行ったし、多分城戸司令のトコじゃないかな。何やら不穏な気配もあるし、何か協力を求められてとかそういう事だと思うよ。三雲くん達の事情的に、さ」

「ふぅん。三雲くん、いたんだ」

「いましたよぉホント興味のない事には淡泊ですねぇ樹里ちゃん」

 

 佐鳥に言われてようやく先程までこの場に修もいたという事を認識し、その我関せずっぷりに呆れた視線を向ける。

 

 どうにも修は、樹里の感性的にはまるで興味を惹かれなかったらしい。

 

 興味のない相手にはトコトンまで素っ気ないのが彼女の基本姿勢(デフォルト)なので、呆れはするもののそこに驚きはない。

 

 むしろ遊真の方には興味津々のようだが、その心情の大部分に「戦いたい」という欲望があるのは明らかだ。

 

(まあそれだけなら別に、っていやそういう意味じゃなく。うーん、さっきの様子といいまだまだ目を離せなさそうだなぁこれは)

 

 再度ため息を吐きつつ、佐鳥は樹里を見据える。

 

 先程の樹里の様子を脳内で反芻し、彼は眉間に皺を寄せる。

 

 あまり、思い出したくない記憶を想起してしまったからだ。

 

 嫌な記憶が蘇りそうになるのに蓋をしつつ、佐鳥は改めて樹里を見る。

 

 さっきまでの冷たい表情など嘘のように柔らかな、しかし明らかな戦意を秘めた顔をした樹里は、キョトン、と首を傾げつつ佐鳥の言葉を待っている。

 

 その様子に安堵しつつ、佐鳥はニコリと笑いかけた。

 

「ま、そのうち機会はあるって。そのうちランク戦にも出て来るだろうし、焦らず待った方が賢いと思うよ」

「ん。賢がそう言うなら、そうする」

 

 樹里は佐鳥の言葉を素直に聞き入れ、そのまま密着しようとする。

 

 ちゃっかりした樹里の行動を片手でガードしつつ、佐鳥はそういえば、と思案する。

 

(迅さんがまた忙しくなってるって事は、絶対に何か面倒事があるよねきっと。ま、何かあるにしても全力を尽くすだけですがね)

 

 

 

 

「皆、揃ったようだな」

 

 ボーダー本部、会議室。

 

 そこには上層部の面々を始めとした、早々たるメンバーが揃っていた。

 

 部屋の片隅に立つ迅に、それを複雑な表情で見る三輪。

 

 城戸の近くに控える風間に、忙しなく機器の操作をする宇佐美。

 

 突然連れて来られた場の雰囲気に息を呑む修に、冷静な態度を崩さない遊真。

 

 それらの人物を見渡し、部屋の中央に立った忍田が前に出て重々しく議題を告げる。

 

「では、これより迅が予知したという内容────────────────第二次大規模侵攻についての、臨時会議を開始する」

 

 そして。

 

 来るべき戦争へ向けた協議が、開始された。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。