香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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侵攻の足音

 

 

(第二次、大規模侵攻…………っ!?)

 

 目の前に広がる天体図のような立体映像を前にして息を呑んでいた修は、突然の爆弾発言に驚いた。

 

 修は不意打ちのような忍田の言葉に動揺しそれが明確に表情に出てしまうが、王子仕込みのメンタルコントロールで内心の平静を保った。

 

 ────────きみは普段の目に見える表情の変化が少ないから、驚いた時なんかはすぐに分かる。だから、驚愕すべき事象に直面した時は無理に取り繕おうとせずに感情を表に出すと良い。その上で、得られた情報を考察していけばいいさ。目に見えて驚いておけば、その裏で思索を巡らせているとは思い至り難いからね────────

 

 動揺を隠すのではなく、むしろ表に出した上で密かに思考を回転させろ。

 

 その王子のアドバイスは、ポーカーフェイスがそこまで得意ではないと自称していた修にとって目から鱗だった。

 

 知識的に足りない部分が多い修では、どうしても未知の事柄と相対した時に動揺が表に出てしまう。

 

 その事を自分の欠点だと思っていた修であったが、それをむしろ利点として利用する、というのは漸進的な考え方と言える。

 

 弱みを、強みに変える。

 

 その着眼点を得られたのは、僥倖だったと言って良い。

 

(落ち着け。多分、ぼく達がこの場に呼ばれた意味がある筈だ。ぼくは近界について何も知らないから真っ先に除外────────────────となると、空閑か)

 

 修は王子の指導通り思考を回転させ、今この場に自分達が呼ばれた意味を推測する。

 

 まず、修個人に用がある、という方向性は除外して良い。

 

 ボーダーという組織にとっての今の自分の価値は、精々「遊真に対する交渉窓口」程度でしかないと修は自覚していた。

 

 となると、この場での自分が期待されている役割は遊真への口利き、もしくは彼へのご機嫌伺いだろうか。

 

 そして、自分などを引っ張って来てまで遊真を此処に呼び出した理由は、今の話からすると明白だ。

 

「…………その、大規模侵攻があるから空閑の持つ近界の知識を借りたい、という事でしょうか…………?」

「…………! そうだ。そこは説明するつもりだったが、察して貰えていたとはね。矢張り、迅の薫陶に依るものかな」

「いえ、その…………それくらいしかぼくまで呼ばれた理由はないかな、と」

 

 成る程、と得心する忍田に「そのくらい分かって当然じゃな」と鼻息を荒くする鬼怒田。

 

 風間は若干の笑みを浮かべ、遊真の助力をボーダーが求めていると知った三輪は明確に顔を歪めている。

 

 とはいえ、以前のようにすぐに噛みついて来る気配はない。

 

 修は与り知らぬ事ではあるが、件の黒トリガー争奪戦を経て三輪の中にも何らかの変化が生じたようだ。

 

 単に修は「遊真の入隊の為に迅が風刃を手放した」という情報を知るだけであり、そこに三輪まで関わっているとは思っていない。

 

 修の想像ではあくまでも上層部との交渉の末に風刃を手放したのだろうと考えており、そこに至るまでに派閥同士の疑似抗争があったとまでは流石に推測出来ていなかった。

 

 これは与えられた情報の差による結果なので、彼の考え足らずというワケではない。

 

 とはいえ、この場で抑えておくべき最低限の情報は得られた為に特に問題は生じない。

 

 腹芸を本格的に身に着け始めているとはいえ、まだまだ足りない部分が多い修である。

 

 恐らくこうした機会を重ねて、その才能を鋭敏化させていくのであろう。

 

 師匠が王子なのだから、遅かれ早かれではあるが。

 

(ともかく、話は理解出来た。あとは、フォロー出来る部分でフォロー出来るようにしないと)

 

 

 

 

「話を続けよう。空閑くん。今三雲くんが指摘した通り、私たちは君の知識を求めている。君が近界を渡り、その眼と耳とで見聞きした情報を、どうか我々に提供してくれないだろうか?」

「ふむ。一応聞くけど、迅さんの予知でその侵攻が起こるってのが分かったんならそれで全部情報は足りるんじゃないの?」

「いや、おれの予知は会った事のない人間相手だと詳細までは視えないんだ。だから「何かが攻めて来る」ってのは分かっても、それがどんな相手までかは分からないんだよ」

 

 成る程、と遊真は得心したように頷く。

 

 彼が抱いた疑問は、迅の予知で侵攻があると分かったのならば、その際に相手の情報は全て抜けているのではないか、という点だった。

 

 だが、どうやら迅の未来視はそこまで万能というワケでもないようだった。

 

 会った事のある人間でなければ詳細までは分からない、というのは初耳ではあるが、遊真の副作用(サイドエフェクト)は迅が嘘を言っていない事を示している。

 

 そして、その情報が分かった事で自分に求められている役割も見えて来る。

 

 忍田達は、近界の情報を欲している。

 

 それも、つい最近まであちらにいた遊真の語る「生の情報」を。

 

 それが自分がこの場に呼ばれた最重要理由であると、遊真は理解した。

 

 推測はしていたが、結果的に予想通りの内容だったと言える。

 

 この程度、察せないようではたった一人で近界を渡り歩く傭兵稼業などやってはいられないのだから当然ではあるのだが。

 

「じゃあ、おれよりおれの相棒が適任かな。レプリカ、頼んだ」

『承知した』

 

 そして、予定通りレプリカに話を振る。

 

 予めの打ち合わせ通り、レプリカは遊真の懐から飛び出してこの場に集った面々の視線を集める位置まで浮遊する。

 

『はじめまして。私の名はレプリカ。ユーマのお目付け役だが、君達にはこう言った方が良いだろう。ユーマの父ユーゴに作られた、多目的型トリオン兵だ』

「…………!」

「雄吾さんが…………」

 

 レプリカの話に三輪は頬を引き攣らせ、忍田は何処か得心したように頷く。

 

 城戸や林道もまた多かれ少なかれ納得の表情を見せている事から、彼等の中では矢張り空閑雄吾の名前の持つ意味は大きいのだろうとそれを見ていた遊真は理解した。

 

 とはいえ、此処でそれを口に出すのは野暮というもの。

 

 父親の話を聞きたくはあるが、この場でそれを聞くべきではない事は明瞭だった。

 

『私の中にはユーゴとユーマが旅した近界(ネイバーフット)の国々についての記録がある。恐らく、そちらの望む状況は提供出来るだろう』

 

 だが、とレプリカは続ける。

 

『私はまだ、ボーダーを完全には信用していない。故に、ボーダーの最高責任者には私の持つ情報と引き換えに遊真の身の安全をこの場で確約して貰いたい。どうかな?』

「────────よかろう。ボーダーの隊務規定に従う限りは、隊員・空閑遊真の安全と権利を保障しよう」

 

 城戸の言葉に嘘がない事を、遊真の眼が確認する。

 

 それを感じ取ったレプリカは、交渉は締結されたと判断し説明を始めた。

 

 未だ未知の多い異世界、近界について。

 

『既知の情報かもしれないが、それを知らない者も中にはいるだろう。なので、基本的な事から説明させて貰う』

 

 まず、と前置きしレプリカは続ける。

 

近界民(ネイバー)の世界に点在する国々は、この世界における宇宙に浮かぶ星のようなものだと解釈して貰えれば分かり易いだろう。果てしない夜の暗黒の中、無数に浮かぶ国────────────────これを、ユーゴは惑星国家と呼称していた』

 

 既に既知の情報であった者達、即ち上層部や風間といった遠征経験者は大きな驚きはない。

 

 しかし遠征経験のない三輪や、そもそも知識が足りていない修は眼を見開いて驚いている。

 

 ボーダーではこういった近界の事情を一般隊員に説明する事は遠征と言う例外を除き基本的にはない為、仕方のない面はあるだろう。

 

 何しろ、大部分のボーダー隊員は近界民が住まう世界が違うだけの人間であるとは知らないのだから。

 

『それらの惑星国家の多くはこちらの世界をかすめて、遠く近く周回している。そしてこちらの世界と近付いた時のみ、遠征艇を放ち門を開いて侵攻する事が可能になる。よって、攻めて来る国があるとすれば今現在こちらの世界に接近している国のいずれかだ』

「そこまでは分かっとる…………! 知りたいのはそれがどの国か、そしてその戦力、戦術だ…………!」

『それを説明するには、此処にある配置図では不十分だ。私の持つデータを追加しよう』

 

 言うが早いか、レプリカは林道と宇佐美に頼み、自身の持つデータをこの場の機器に接続。

 

 その直後、惑星配置図は一気にその数を増やし、広がりを見せた。

 

 それを見ていた一同は、息を呑む。

 

 これがどれ程の価値を持つ情報かを、直に理解出来てしまったが故に。

 

『この配置図によれば、現在この惑星に接近している惑星国家は4つ。広大で豊かな海を持つ水の世界、海洋国家リーベリー。特殊なトリオン兵に騎乗して戦う、騎兵国家レオフォリオ。厳しい気候と地形が敵を阻む、雪原の大国キオン』

 

 そして、とレプリカが続ける。

 

近界(ネイバーフット)最大級の軍事国家。神の国、アフトクラトル』

「…………!」

「…………っ!」

 

 レプリカが、最後の国。

 

 アフトクラトルの名を口にした瞬間、迅と鬼怒田が目に見えて動揺した。

 

 幸いというべきか、それに気付いた者はこの場にはいない。

 

 否。

 

(そういえば迅さん、前に────────いや、下手に突くのはやめるか。どうにも、簡単な問題じゃなさそうだしね)

 

 以前の迅との会話から手がかりを得ていた遊真だけは、その()()について心当たりがあった。

 

 確かにあの時、自分は────────というかレプリカが、アフトクラトルの名前を出した。

 

 とある国家を滅ぼした、軍事国家の名前として。

 

 鬼怒田も同様の反応を見せている以上、これが迅だけの個人的な問題ではない事は明らかだ。

 

 大事な所は伏せられていたものの、()()()()の事情についてはある程度聞いている。

 

 残念ながら対象者の個人名やパーソナルデータまでは教えて貰えなかったが、一応見当自体はついている。

 

 とはいえ、それをわざわざ詮索するつもりはない。

 

 修がいるからこそ自分はこの世界を守る側に回るが、だからといって何もかも手を出していては余計な面倒を招くだけだ。

 

 故に修の進言や迅の要請がない限り、積極的な干渉は行わないと遊真は決めていた。

 

 それが、今現在の自分にとって最良のスタンスであるが為に。

 

 此処で波風を立てる事を、遊真は望まなかった。

 

『決まった軌道を持たず、星ごと自由に飛び回る乱星国家も中には存在する。だが』

「ああ、細かい可能性まで挙げていてはキリがない。今は、その四つのうち攻めて来る可能性が高い国を教えて貰いたい。先日の爆撃型トリオン兵や偵察用小型トリオン兵がその尖兵だと思われるのだが、そこから推察出来る事はないかね?」

「それなら、アフトクラトルかキオンかな。イルガー使う程余裕のある国ってあんまないし、あんな使い方をしてる時点で相当国力がある相手だろうからね。リーベリーもレオフォリオも、ちょっと当て嵌まらないかな」

 

 成る程、と忍田は得心する。

 

 先日の爆撃型トリオン兵、イルガーは明確に人間の拉致ではなく殺害────────────────もっと言えば、()()()()()()()()()()を目的とした設計思想の代物だった。

 

 あれは明確に国同士の戦争を想定したトリオン兵であり、砲撃機能を持つが製造目的そのものは鹵獲用であるバンダーなどとは明確に用途が異なる。

 

 あのようなトリオン兵を運用している以上、国それ自体が軍事的な色を帯びているのはまず間違いない。

 

 そして、今説明された四国の中でそれに当て嵌まるのはキオンとアフトクラトルの二国だけというのも納得がいく話である。

 

「特に重要なのは、それらの国に黒トリガーがいるかどうかだ。それについては知っているのかね?」

『我々がその二国に滞在したのは七年以上前ではあるが、当時キオンには6本。そして、アフトクラトルには13本の黒トリガーが存在した』

「…………!」

 

 レプリカの言葉に、黒トリガーの持つ意味を知る面々は眼を見開く。

 

 一つだけでも戦局を一気に覆しかねない黒トリガーが、13本。

 

 それは、明らかに尋常な手段でどうにかなる戦力差を超えていた。

 

『とはいえ、黒トリガーは稀少な為通常は本国の守りに使われる。遠征に複数投入される事は、基本的に考え難い。普通であれば、多くても一人までだろう』

「つまり人型近界民(ネイバー)が来るとしてもそれは少数で、黒トリガーが複数襲ってくる可能性は低い、という事だな」

『現時点の情報ではそうなる。但し、あくまでも我々が知っているのは七年前の情報だ。現在の二国がどうなっているかまでは、伝聞でしか知り得ない。それは念頭に入れておいてくれ』

 

 

 

 

 レプリカの話は終わり、上層部の面々は彼の話を加味した協議を始めた。

 

 こうなると自分のいる意味はもうないのではないか、と修は考えて。

 

「…………なあ、空閑、レプリカ。お前達の考えだと、キオンとアフトクラトルでは()()()が攻めて来る可能性が高いんだ?」

『現時点での情報では断言は出来ない。だが、推測の結果なら開示出来る』

 

 そうだな、と遊真は頷く。

 

「予想でよけりゃ、断然アフトクラトルだな。あそこは積極的に他国を攻めて略奪や属国化をしてる軍事国家だし、どちらかといえば専守防衛的なキオンよりはそっちの方が可能性は高いと思うぞ」

『私もユーマと同意見だ。その二国間でなら、という条件下ではあるがアフトクラトルが攻めて来る可能性の方が高い』

「そうか。でも、断言は出来ないのか」

『ああ、キオンに何かしらの変化があったのであればそちらである可能性も否定しきれない。現時点で確定するのは危険だと言っておこう』

 

 成る程、と修は得心する。

 

 断定出来ないのは痛いが、それでもそちらの可能性の方が高い、という情報だけでも伝えておくべきだろう。

 

 そう考えた修は忍田の下へ向かい、遊真達から聞いた見解を伝えるのだった。

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