(…………凄かったな。あれが、上位の射手の人の戦い方か)
少年、三雲修はたった今見たばかりの試合映像を思い返して感嘆の息を吐いた。
修がランク戦のブースを訪れたのは、偶然だ。
というのも、訓練を終えて帰ろうとした時、自身がボーダーに入る事が出来た恩人である迅の姿を見掛けたのだ。
入隊以来一切会う機会がなかったのでまだ礼も言えておらず、これを逃がせば次いつ会えるか分かったものではない。
迅について聞いても玉狛支部という所の所属というのは分かったが、普段から何処にいるのか不明な事が多いらしく確実に会える場所、というものがないようなのだ。
だから、お礼ついでにB級に上がれない現状について相談出来ればと、修は迅を追いかけた。
その結果として辿り着いたのが、このランク戦のブースである。
確かに此処に入って行ったように見えたのだが、どうやら注目度の高い試合が行われていたらしくブース内は人でごった返しており、いつの間にか彼を見失ってしまったのだ。
今から見付けるのは現実的ではないと考えもう帰る事にした修だが、そこで集まっていた人々が見ていた試合映像が目に付いた。
ハッキリ言って、レベルが高過ぎて今の彼には殆ど未知の世界だった。
トリオンが最低値を下回る修とは比べ物にならないトリオン量から放たれる、弾丸の豪雨。
爆撃の為に使われるメテオラを、罠として扱う発想力。
ハウンドを駆使して相手を追い詰めた青年の技巧に、それに食い下がっていた狙撃銃を持つ少女。
どちらも、修からすれば遥か上位の存在だ。
今の自分とは比較にすらならない高レベルの戦いに、ただただ圧倒された。
(でも、ハウンドは────────────────いや、射撃トリガーはああいう使い方も出来るのか。防御力を求めてレイガストにしたけど、あれならもしかして…………)
しかし、修とて何の目的もなく試合を見ていたワケではない。
戦闘力は低く、トリオンも話にならないレベルだが、彼は目的の為には労力を惜しまない。
少しでも上位者の戦闘から参考出来る部分を探し、強くなる切っ掛けを探していたのだ。
その結果として分かったのが、射撃トリガーの
以前使った時は自身のトリオンの少なさから、放たれる弾丸の速度も威力もお粗末で戦いにすらならなかったが、今思えばあれは本来の射手からしてみれば基本的な事も出来ていなかったのだろう。
先程の試合では、同じ人物の撃つ弾でも毎回弾速や威力が違っていた。
つまりそれは、射撃トリガーの弾速や威力といったものは、使用者の手によってかなり細かな
オリエンテーションでの説明では射手トリガーの応用については殆ど学べず基本的な使い方のみを教わったが、この分だと幾らでも応用法や
今のままレイガストを使い続けるよりも、射撃トリガーに変えた方がまだ上に上がれる可能性はある。
修は、そう直感した。
(でも、誰に教えて貰えばいいんだろう。ボーダーの知り合いは迅さんしかいないし、なんとか迅さんから射手の人を紹介して貰えれば良いんだけど)
しかし、修にはそれを教えて貰うコネは何もない。
特殊な入隊をした事もあって、彼には親しい同期など誰もいない。
これまで自己研鑽に集中していた為、ボーダー内の人間関係や頼れる相手が誰かといった情報もないのだ。
(だけど、諦めるワケにはいかない。麟児さんを追いかける為にも、こんな所で躓いてたら駄目なんだ)
ないない尽くしで嫌になるが、それでも歩みを止めるという選択肢は彼にはない。
こうなったら、形振りなど構ってはいられない。
先程戦っていた射手の男性と、狙撃銃を持った少女。
あの二人が相当なレベルで射撃トリガーを使いこなしていたのは、見ていたから分かる。
なら、両者のうちどちらかに教えを乞う事が出来れば、少しでも前進出来る筈。
そう思って修はまず男性の方を探そうかと思ったが、既に彼はこの場から出て行った後で何処へ行ったかは見当もつかない。
(じゃあ、あの子かな。歳は分からないけど、ぼくと同じか少し上くらいか。まあいいや。とにかく、まずは打診してみないと)
故に修は、未だにブースに残っていた少女の元へ近付いた。
異性に対して声をかける時に生じる躊躇など、彼にはない。
元々圧の強い母親の元で育った所為か、修の中では女性に話しかける際の緊張など皆無なのだ。
それがたとえ樹里のような容姿端麗な少女であろうと関係はなく、修にとっては自分にとって話しかける理由があるかどうかが全てだ。
修は迷いのない足取りで樹里の元へ向かい、そして。
「────────待ちなさい。アンタ、あの子に何の用なの?」
「え?」
ガシリと、いきなり横から肩を掴まれ強制的に止められた。
掴まれた手の柔らかさと今の発声から、自分を止めた相手は女性だろう。
何故、いきなりと考えて修は声の主へと振り返る。
端正な顔立ちに、不機嫌そうに歪められた相貌。
香取葉子。
彼女は自分の方を向いた修をジロリと睨みつけ、肩を掴む力を強めた。
「アンタみたいなC級が樹里に何の用かは知らないけど、勝手しないでくれるかしら? もしナンパとか言うなら、此処で潰すわよ」
(下手な答え言ったら、ブースに叩き込んでボコボコにしてやる。アタシも碌に話せてないのに、C級如きに樹里と話す権利なんかやるもんか…………っ!)
香取は困惑した様子の目の前の少年を睨みつけながら、彼の返答を待っていた。
彼女が少年────────修を止めたのは、ハッキリ言って個人的な八つ当たりと明後日に向かった善意に依るものだ。
樹里はこれまでもその整い過ぎた容姿からナンパの類は数えきれない程群がって来たので、そういう輩は香取が表から、佐鳥が水面下から問題にならないよう対処していた。
今回もまた一直線に樹里に近付いて行った修を偶然見かけてその類かと思って止めたのだが、どうにも様子が奇妙だ。
樹里に近付くナンパ男を止めた時の相手の反応は、主に二つ。
苛立った様子で暴言を吐くか、今度は香取にコナをかけようとするか。
そのどちらであっても香取は手早く対処し、樹里に群がる虫を徹底的に排除していた。
しかし、修はただ困惑するばかりで、自分が何故香取に絡まれたかも理解していないようだ。
(あれ? なんか反応変ね。いつもなら、このあたりで怒るかコナかけるかする筈────────────────ってか、本気で戸惑ってない? こいつ)
今の段階になって、香取は修の反応に自分が勘違いをしていた可能性に思い至る。
樹里に男性が近付いたというだけでナンパ男と断定していた香取だが、それにしては様子がおかしい。
思えば目の前の少年の眼は異性に対する興味など微塵も見えず、香取に肩を掴まれている現状も困惑ばかりで羞恥や緊張もない。
もしかして、とは思うがそこで素直に訂正を入れられる程香取は素直ではない。
「あの、実は────────」
「というワケだったんですが…………」
「……………………」
香取の重圧を一切気にせず、修は理由を話し終える。
そして、香取は己が致命的な勘違いをしていた事に気付いて押し黙った。
気付けば樹里は既にブースからいなくなっており、自分は勿論目の前の少年────────────────三雲修というらしい、が話をする機会も逃してしまった。
またしても樹里への勧誘どころか声掛けにも失敗した苛立ちはあるものの、明らかに自分に非があるのが明白な状況で尚且つ私情込みで絡んだとなれば流石の香取もどう出て良いかは分からずに固まっている。
(二宮さんじゃなくて樹里に目を付けたあたりは褒めて良いけど、誰であれ男があの子に近付くのはやっぱり癪よね。というか、アタシに話しかけられて照れも緊張もないとかムカつくわ。まさか、ホモとかじゃないわよねコイツ)
加えて、二宮ではなく樹里を頼ろうとした事で香取の中の修の評価は上がったが、同時に容姿に自信のある自分と話しているというのに少しの動揺も見られない事が気に食わない。
見たところ中学生のようだし、中学生は異性に対して興味が出て来たばかりで色々とがっついて来るのが普通というのが香取の偏った中学生男子へのイメージだ。
実際に中学時代は異性への興味に目覚めた同級生に散々言い寄られた過去もあった為、彼女の男性評の偏りはより強固なものとなっている。
それらを悉く袖にして来た香取からすると、自分がこうして目の前にいるのに異性としての興味を微塵も見せない修を面白くないと思うのも彼女からすれば当然なのだった。
(とにかく、こいつを樹里に近付けるのはヤダ。アタシがあんまし話せてないのに、弟子なんかにしたら樹里と会える時間がもっと減っちゃうじゃない。でも、こいつ諦めそうにないし別の奴を紹介した方が良いわよね)
香取は色々と考え込みながら、ジロリ、と修の姿を凝視する。
話を聞く限り、彼は他に何の伝手もないからたった今見たばかりの樹里の技術を見込んで弟子入りしようとしたらしい。
その行動力を考えると、此処で諦めるよう諭しても再度樹里にアタックする可能性がある。
手っ取り早いのは他の射手を師匠として紹介する事だが、生憎香取に射手で親しい相手はいない。
どうしたものか、と香取が頭を悩ませていると。
「やあカトリーヌ。C級の子に絡んで、どうしたんだい?」
「げ」
そんな彼女に、声をかける少年がいた。
整った顔立ちに、傍目から見れば爽やかな表情。
王子隊隊長、王子一彰が香取から見て胡散臭い笑顔を浮かべてそこにいた。
「成る程、話は分かった。これも何かの縁だし、射手としての基本はぼくが教えよう。ぼく自身は射手じゃないけど射撃トリガーなら扱えるし、今なら本職の蔵内も隊室にいるからね。聞きたい事は、なんでも聞いて良いよ」
「本当ですか、ありがとうございますっ!」
修は突然現れた少年の言葉に、喜色を浮かべて頭を下げる。
元々、射手トリガーの使い方を教われれば誰でも良かったので彼が教えてくれると言うのならば是非もない。
「ちょっと、いきなり何言ってんのよ? こいつを弟子にして、アンタに何かメリットがあるワケ?」
「別に、特に他意はないさ。向上心豊かな後輩にレクチャーを渋る程、狭量ではないというだけでね。それとも、君に他の射手の伝手があるのかな?」
「ぐ…………」
しかし、そうなると面白くないのは香取である。
彼女からしてみれば樹里に目を付けたのにすぐに王子に鞍替えした修の行動は気に食わないし、そもそも会話に横槍をされたのも面白くない。
そもそも王子の事はさして親しくもないのに妙な渾名で呼んで来る常識皆無の変人というのが香取からの評価なので、彼に会話の主導権を握られる事自体が彼女の琴線を刺激していた。
ランク戦でも散々彼の策略にはしてやられた経緯があるので、それも彼女の王子に対するマイナスイメージに拍車をかけていた。
だが、彼の言う通り香取に射手への伝手はない。
言葉に詰まる香取を見て、王子はにこやかに微笑んだ。
「オッサム、今時間は大丈夫かな?」
「あ、はい。特に予定はないので」
「なら、善は急げだ。早速隊室に向かおうじゃないか」
「はい、よろしくお願いします」
そうこうしている内に王子はさっさと段取りを整え、修を連れて去っていく。
その後ろ姿を見ながら、香取は盛大に舌打ちした。
(あの野郎、覚えてなさいよ…………っ!!!)
特に理由はないが、掌の上で転がされたかのような不快感に従い。
香取は心の中で、盛大に王子への恨み言をぶちまけたのだった。
「そういえば、あの試合をしていたお二人の事について王子先輩は詳しいんですか?」
「詳しい、と言える程親しいワケじゃないけれど基本的な情報は知っているよ。二宮さんもジュリアーナも、色々な意味で有名人だしね」
ブースを出て、王子隊の隊室へ向かう最中。
修は王子に気になっていた事を尋ねると、彼は神妙な顔でそう答えた。
既に修は聞く態勢に入っており、それを見た王子は意気揚々と説明を始めた。
「二宮さんは射手の中でもNO1の実力者でね。ボーダー屈指のトリオン量と卓越した技巧を持つ、射手の王さ。単純にボーダーで最も強い人は、と言われた時に太刀川さんと並んで誰しもが思い浮かべるであろう隊員の一人だね」
色々個々人で意見は違うだろうけど、と王子は付け加える。
二宮匡貴という人物は、分かり易いトリオン量の暴威と高い技巧を併せ持つ実力者だ。
戦い方も派手であり、
分かり易く強い、というのはそれだけでインパクトがあるのだから。
「ジュリアーナは、元は射手だったけど今は狙撃手をやっているんだ。二宮さん程じゃないけどかなり高いトリオンを持っていて、技巧や駆け引きも結構巧い。マスタークラスになる前に狙撃手になったとはいえ、B級でも屈指の実力者である事は事実だ」
「成る程。今は狙撃手が本職でも、射手としてのノウハウはしっかりあるってワケですか」
修は何処か確認のように、そう言って頷いた。
それを見た王子は、面白そうに笑みを浮かべた。
「気になるかい? もしかして、まだ彼女に未練があるのかな?」
「いえ、そういうワケじゃないんです。ただ、あまりにもレベルが高い戦いだったので、また見る機会があれば参考にしたいなって思っただけです」
「成る程ね」
王子は修の返答を聞き、その向上心の高さとひたむきさ────────────────そして、手段の
聞く限り修は樹里とは初対面の筈だが、浮世離れした整った容姿を持つ彼女に躊躇なく声をかけようとする図太さ。
二宮と樹里の試合という高レベルの戦いを見て、ただ呆気に取られるばかりではなく少しでも自分の糧にしようとする貪欲さ。
そのどちらも、王子からするととても好ましい要素だった。
(面白いね。トリオンも低いし、聞いた感じだと戦いの才能もなさそうだけど────────────────こういう子程、ちょっとした切っ掛けで
それに、と王子は思案する。
(さっきのでカトリーヌにオッサムへの執着の切っ掛けを与えられたし、彼女の部隊が上位に戻って来た時に切り崩す糸口になれば儲けものだ。今は中位落ちしてるけど、もし来期までにジュリアーナが入隊すれば簡単に戻って来れるだろうからね)
樹里を香取が隊に誘い続けている事は、王子も当然知っている。
そして、彼女が香取隊に入るのは時間の問題だろうとも王子は考えている。
何せ、樹里は香取以外への対応が明確に違う。
以前王子が隊に勧誘した時は殆ど会話も拒絶されにべもなく去って行ったが、香取に誘われた時だけはきちんと向かい合って会話をしている。
結局いつも袖にはしているようだが、彼女を特別扱いしているのは目に見えて明らかだ。
そして、仮に樹里が香取隊に入ったとすれば、その戦力は一気に跳ね上がる。
そうなった時、香取隊を切り崩す手段として三雲修という要素を仕込んでおくのは決して悪い事にはならないだろうと王子は考えている。
根拠はないが、彼の勘がそう訴えていたのだ。
(無駄に終わっても、面白くなりさえすればそれで万々歳だ。期待しているよ、オッサム)
そして、後で王子の思惑を知ったとしてもこの少年は特に何の反発もしないだろうという確信が王子にはあった。
香取が絡んでいる所に居合わせられたのは幸運だったと、王子は思う。
面白い拾いものをしたと、王子は内心でほくそ笑み。
三雲修は、ある意味最適な師を得る事になったのだった。