香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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第五幕~大規模侵攻/Second War of White Girl
侵攻開始


 

 

「ん…………」

 

 正午過ぎ。

 

 三門市立第一高等学校、1-C教室。

 

 そこでぼーっとしながら過ごしていた樹里は、ふと窓の外を見据えた。

 

 その行為自体に、意味などない。

 

 彼女は時折こうやって、空や街並みを眺める事が良くあった。

 

 強化視覚の副作用(サイドエフェクト)を持つ彼女は、何の補助器具もなしに遥か遠くの光景を肉眼で視認する事が出来る。

 

 その為こうして窓の外を見るだけでも様々な景色が視界に入り、暇潰しとしては悪くないのだ。

 

 佐鳥と話している時を除いて、彼女は学校での人間関係に大した意味を見出していない。

 

 所属校への帰属意識も薄く、精々が「昼間通っている場所」くらいの認識だろう。

 

 義務教育を終えた後も高校、大学へ通うのが一般的な現代日本に於いてその学生意識の希薄さは問題ではあるが、彼女の場合は成績の優良さがある為それが表面化する事は無い。

 

 故に樹里は授業中であろうともそれが退屈だと思えば構わず外を()()いるし、教師も彼女に質問を回しても完璧な解答が返って来るだけと分かっている為当てられる事も早々ないのである。

 

 そんなこんなでいつものように外を視ていた樹里だからこそ、()()()()

 

「空が、黒く…………?」

 

 樹里の視線の先。

 

 ボーダー本部基地のある周辺の空の色が、変わり始めた。

 

 原因は、すぐに分かった。

 

 空に開く、黒い穴。

 

 (ゲート)と呼ばれるそれはトリオン兵が出て来る通り道であり、ボーダー隊員にとってはある意味見慣れたものだ。

 

 今日もまた門が開き、出て来たバムスターなりモールモッドなりを防衛任務を請け負った隊員が作業のように処理していく。

 

 そういう流れだと、最初は思った。

 

 だが。

 

 すぐに今回は、断じてそうではないと確信した。

 

 ────────()が、違う。

 

 いつもは一つ、精々二つ程度しか開かない門が、無数に現れている。

 

 それも、尋常な数ではない。

 

 空に開く数十の門が、三門市の空を黒く染め上げている元凶だった。

 

「賢…………!」

「分かってる…………!」

 

 その光景を見て、尋常な事態ではないと樹里はすぐに察しそれに佐鳥もまた同意する。

 

 彼は今日は本来外向きの仕事がある筈であったが急遽予定の変更が通達され、こうして学校に来ていた。

 

 今となってはそれが今回の予兆とも言うべきものだったのだと、今なら分かる。

 

 何故なら、佐鳥の顔は驚愕ではなく────────────────「やっぱりこうなったか」という、納得の色を見せていたからだ。

 

 恐らく、彼は独自のルートからの情報で今回の件を予測していたのだろう。

 

 直感的にそれを判断した樹里は考え得る情報経路(ルート)の先にサングラスの少年の姿を想起し、渋い顔をする。

 

 また彼にコキ使われているのか、と思わなくもない。

 

 だが、今は細かい事に拘っている時ではない事は嫌でも分かる。

 

 空に開いた、数十の(ゲート)

 

 その光景に、既に擦り切れた記憶が蘇る。

 

 ────────て。逃げて、樹里…………!────────

 

 ────────だけでも。早く…………!────────

 

「────────ちゃん、樹里ちゃん…………!」

「…………! 賢」

 

 そこで、樹里は焦った様子で自分に呼びかける佐鳥の姿に気付く。

 

 どうやら自分でも知らない内に思考の海に沈んでいたようだと、樹里は反省する。

 

「大丈夫? 顔色悪いよ?」

「へいき。それより、早く行かないと」

「そうだね。って、来たか」

 

 そうこうしている内に、どうやらボーダーからの非常通知が来たらしい。

 

 二人は通信機器を手に取り、それを耳元に当てる。

 

近界民(ネイバー)による大規模侵攻が発生した。非常招集を受けた隊員は任務中・非番を問わず至急本部の指揮下に入り指示に従うように。特別の指示がない隊員は、早急に最寄りの(ゲート)発生地点へ向かい近界民を迎撃せよ』

 

 恐らくは全隊員に向けた招集通知であると思われる内容が、通信機器から流れる。

 

 言われずともそのつもりだった二人はトリガーホルダーを取り出し、「トリガー起動(オン)」の発声と共にトリオン体へ換装する。

 

 それを見て、同じく通知を受けて動いていた半崎が佐鳥に呼びかける。

 

「佐鳥…………! 俺は警戒区域に向かって荒船さんと合流するけど、お前は!?」

「オレには別の指示が来てるから、そっちは頼んだ。樹里ちゃんは?」

「わたしは────────」

「樹里! 行くわよっ!」

 

 バァン、と教室の扉が勢い良く開かれ、香取が堂々と乗り込んで来る。

 

 丁度扉の目の前にいた半崎には目もくれず、彼のすぐ脇を通り抜けてむんず、と樹里の腕を掴んだ。

 

「樹里、このまま麓郎と雄太を拾って警戒区域に行くわよ。隊長命令だからね、これ」

「…………分かった。でも、わたし達だけで行った方が早くない?」

「馬鹿ね。あの門の数見たでしょ? 何が起こるか分かんないんだから、隊は全員揃ってないと駄目でしょうが」

「驚いた。葉子、そんなに悠長だったっけ?」

「慎重になったと言いなさいよこのスカポンタン…………ッ!」

 

 ガシガシと樹里を小突きつつ、香取はチラリ、と佐鳥の姿を見据えた。

 

「そういうワケだから、こいつは連れてくわよ。まさか文句は言わないわよね?」

「勿論さ。樹里ちゃんも、頑張ってね」

「…………賢、はくじょう。あとで埋め合わせ」

「いや、そこは素直に隊長の指示に従おうね」

 

 佐鳥と離れる事が不満なのか樹里はぶすぅ、と唇を尖らせるが、この場合は香取の言う事の方が正しい。

 

 通信機器にも「可能な限り部隊規模で行動する事」と表示されているし、この場合樹里が取るべき行動は自部隊の隊長である香取の指示に従う事だ。

 

 佐鳥は普段樹里と親しくしているとはいえ、彼の所属は嵐山隊である。

 

 同じ狙撃手という事で特別な運用がされるケースも想定されたが、現段階ではそのような指示は来ていない。

 

 故に此処で佐鳥と樹里が共に行動する必然性はなく、理屈ではそれが分かっているからこそ樹里は不満そうにはするも反論まではしない。

 

 無感動に見えてその実感情的な少女ではあるが、物の通理そのものは理解しているのだから。

 

「さ、善は急げよ。さっさと二人に迎えに行くわよ…………っ!」

「賢。後で、また。絶対」

 

 樹里は未だ尾を引かれつつも香取に引っ張られるまま、教室を後にする。

 

 一連のやり取りをポカンと見ていた半崎は呆気に取られつつも我に返り、慌てた様子で教室を出て行く。

 

 そんな仲間達を見送り、佐鳥はふぅ、と大きく息を吐いた。

 

「まったく、迅さんの指示とはいえ遣る瀬無いなぁ。けどまあ、任された仕事はやりませんとね、っと」

 

 佐鳥は意味深な笑みを浮かべ、教室の窓に足をかけて外に出る。

 

 こうして、学生の皮を脱ぎ捨てた隊員達は戦場へと駆け出していく。

 

 黒く染まった空の下、戦争が始まろうとしていた。

 

 

 

 

(ゲート)発生────(ゲート)発生────大規模な門の発生が確認されました────警戒区域付近の皆様は、直ちに避難して下さい────繰り返します────』

 

 響き渡る、緊急警報。

 

 いつもとは異なるその内容と黒く染まる空の異変に、三門市民は戦慄していた。

 

 空を見上げる人々の中には、悪夢の記憶を想起する者もいる。

 

 四年前の、あの地獄。

 

 突如として門が開き、三門市が瓦礫の山と化し多くの死傷者と行方不明者を出した大規模侵攻の悪夢の記憶。

 

 それを想起した者は、恐怖に身を震わせる。

 

 また、あの地獄がこの街に顕現するのではないか。

 

 そんな恐れが、住民に広がっていた。

 

 門から、化け物が現れる。

 

 白い、大きな怪物。

 

 バムスターと呼ばれる、あの日この街を破壊し尽くしたトリオン兵。

 

 三門市民が良く知る近界民であり、日常的にこの街に現れてはボーダー隊員に処理されて来た雑兵でもある。

 

 普段であれば、バムスターの一体程度現れても大した問題にはならない。

 

 門が開いたという警報が鳴ったとしても、住民は警戒区域に近付かないようにしながらいつも通りの日常を送っただろう。

 

 だが。

 

 今回は、()が違っていた。

 

 バムスターだけで、数十。

 

 それに倍する数のモールモッドに加え、見た事のない小型の飛行トリオン兵。

 

 それらが蟲の大群のように、警戒区域に溢れ返っていた。

 

 その数は、四年前の比ではない。

 

 戦力規模から言えば、確実にあの日のそれを上回っていた。

 

 これ程の数の近界民を、果たしてどうにか出来るのか。

 

 そんな不安が、住民の中に広がっていく。

 

「────────樫尾」

「はいっ!」

 

 不安と恐怖に包まれる市民の視線の先で、動くものがあった。

 

 黒い、制服のような衣装を来た二人の少年がモールモッドの大群に切り込み、正確な斬撃でその急所を抉っていく。

 

 同時に、二人の後ろに控えていた同じ服の背の高い少年が無数の光弾を放ち、周囲のトリオン兵を片付け始める。

 

「王子隊、現着。トリオン兵の駆除を行う」

 

 通信でそう告げるのは、彼等のリーダーである王子一彰。

 

 彼は不敵な笑みを浮かべながら、トリオン兵の大群を見据える。

 

「さて、これだけの規模の戦いは初めてだけどやっていこうか。無様な真似をしちゃ、カトリーヌに笑われちゃうしね」

 

 

 

 

「荒船隊、現着した。近界民(ネイバー)の駆除を開始する」

 

 同じく、現場に到着した荒船隊も狙撃銃を用いて次々とモールモッドのカメラアイを射抜いていく。

 

 しかし装填に時間がかかるという狙撃銃の性質上、どうしても効率はブレードトリガーや射撃トリガーに落ちる。

 

「旋空弧月」

 

 故に、荒船は迷う事なく弧月を抜刀。

 

 旋空を用いて、周囲のトリオン兵を一気に両断する。

 

 碌に狙いも付けない大雑把な旋空だが、今回は相手の数が違い過ぎる。

 

 適当に振るうだけで、十数体のトリオン兵を両断出来た。

 

 無論、そんな大ぶりの攻撃をすれば隙も生まれる。

 

 本来であればモールモッドの攻撃などマスタークラスの荒船にとっては大した事はないが、今回は数が数である。

 

 どうしても撃ち漏らしは発生し、彼の近くにまで到達する個体も出て来る。

 

「────────次」

 

 しかし、そんな相手をこそ狙撃手は狙い撃つ。

 

 半崎は正確無比な狙撃で荒船に近付いたモールモッド複数体のカメラアイを連続で破砕。

 

 たった一発の弾丸で、複数のトリオン兵の急所を一気に射抜いてみせた。

 

 それを見てヒュウ、と口笛を鳴らしつつも穂刈も黙々とトリオン兵を排除していく。

 

 狙撃手チーム、荒船隊は堅実ながらスタイリッシュな立ち回りにて、外敵の駆除を開始した。

 

 

 

 

「────────二宮隊、現着した。戦闘開始する」

 

 同刻、警戒区域の一角にスーツの男が降り立った。

 

 青年、二宮はポケットに手を入れながら目の前に広がる山のようなトリオン兵を見下ろし、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「アステロイド」

 

 そして。

 

 三角錐に分割された大量の光弾が、群がるトリオン兵へ降り注いだ。

 

 十、二十、三十。

 

 瞬く間に撃墜されていくトリオン兵の姿を見て、彼に付き従う犬飼は眼を細める。

 

(さて、大変な事になっちゃったけど警戒はしないとね。これ、どう考えてもタダで終わる予感はしないからねぇ)

 

 突然起きた異常事態の中にありながら、犬飼は冷静さを失わない。

 

 彼等の王が雑兵を駆逐しているのであれば、自分は主を狙う不逞の輩こそを警戒すれば良い。

 

 それは、傍付きである自分の仕事だ。

 

 射手の王を戴くバランサーは、己の仕事を見極めアサルトライフルを手に近くのトリオン兵を駆除しながら警戒を強める。

 

 これ程の事態が、そう簡単に終わる筈はないという。

 

 確かな、確信を以て。

 

 

 

 

「ふん、他愛もないわね」

「葉子、モールモッド倒した程度で威張るのはどうかと思う」

「今ので20体倒したでしょっ!? こんな数一気に倒すのなんて、早々ないんだからっ!」

 

 警戒区域、その一角。

 

 そこで無数のモールモッドの残骸の上で、香取達が姦しく言い合っていた。

 

 若村達を回収した香取は「まどろっこしい」と言いながら、トリオン体の膂力に任せて二人を脇に抱えてグラスホッパーをフルで展開。

 

 年上の男二人を荷物のように扱いながら、一気にこの場へと乗り込んだのだ。

 

 まさか香取に荷物の如く抱えられる日が来ようとは思っていなかった二人は少女の柔らかな身体に密着しながらこの場で地面に放り捨てられるまで、百面相をしていた事を此処に追記しておく。

 

「…………まったく、やっぱ凄ぇな」

「ホントだね。葉子ちゃんはホント、動きが違うよ」

 

 そんな目に遭った男二人は、素直に香取のトリオン兵討伐の手並みに感嘆していた。

 

 彼等が数体のトリオン兵を相手にしているうちに、彼女はまるでつむじ風のように跳びまわり、スコーピオンだけであのトリオン兵の瓦礫の山を築き上げたのだ。

 

 その手並みの鮮やかさは彼女の才覚の成せるものであり、早々に真似出来るものではない。

 

「ん…………?」

 

 そんな、場違いな感想を抱いていた三浦は。

 

 トリオン兵の瓦礫の中から聞こえた()に、気が付いた。

 

 空耳ではない。

 

 まるで、何かが瓦礫の中から這い出て来るような。

 

 そんな音が。

 

 確かに、聞こえたのだ。

 

「…………! 葉子、()から何か出て来る…………!」

「…………っ!」

 

 それに、樹里達も気が付いた。

 

 彼女達の視線が、蠢く瓦礫に集中する。

 

 そして。

 

 打ち捨てられたトリオン兵の腹を破るようにして、それは現れた。

 

 二足歩行の、他のトリオン兵と比べれば小型と言って良いサイズ。

 

 まるで八頭身の兎を模したかのようなその外見は、彼女達が一度たりとも見た事のない代物だった。

 

 カメラアイが、光る。

 

 異形のトリオン兵、ラービットは。

 

 産声をあげるように咆哮し、戦場に姿を現した。

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