「うらああああ…………っ!」
香取の指示通り、若村はアサルトライフルを掃射する。
放たれる弾丸は、アステロイド。
見るからに装甲な硬そうなラービット相手には、
だが。
「…………! 硬過ぎんだろ…………っ!?」
その
前方にクロスした両腕に当たった弾は硬質な音と共に無傷で弾かれ、足や肩に命中した弾丸も掠り傷を付ける事すら叶わなかった。
想定した以上の防御能力に、若村の顔が引きつる。
これでは、自分の攻撃の意味などないのではないか。
そんな弱気が、彼の頭にもたげて来る。
「撃ち続けなさい…………っ! 装甲が硬いのなんて、分かり切ってた事でしょ…………っ!? 顔への攻撃を防御したって事は弱点は変わらないって事なんだから、構わずやれ…………!」
「あ、ああ…………!」
だが、香取の激で若村は気を引き締め直してアサルトライフルの掃射を再開する。
彼女の言う通りだ。
通常のトリオン兵であっても、弱点以外の装甲はそれなりに硬い。
見るからに特別製のこの新型の装甲が分厚い事くらい、分かっていた筈だ。
しかし、今この新型は頭部への攻撃を
それは即ち他のトリオン兵と同じく口内のカメラアイが弱点という構造は変わらないという事でもあり、それが確認出来ただけでも意味はある。
若村は香取の意図をようやく理解し、攻撃を続行した。
「行くわよ」
そして、若村に牽制を任せた状態で香取が動き出す。
香取は足元に、グラスホッパーを展開。
それを踏み込み、ラービットの側面へと移動する。
『────────!』
頭部の耳のようなパーツがピクリと動き、ラービットが香取の動きに反応する。
そして若村の方へ片腕を掲げたまま、香取の方へ向き直った。
足が、沈む。
それが疾駆の為の前準備であると、香取は一瞬で理解した。
「…………!」
予想通り、ラービットは香取に向けて突貫して来た。
凄まじいスピードで、香取に迫る新型の巨体。
後衛の若村では、恐らく反応し切れなかっただろう。
「しゃらくさい」
だが、香取はバリバリの前衛。
しかも、才能だけであればボーダーの中でもトップランクに位置する才媛。
来ると分かっている突進など、反応出来て当然だった。
もしも普通のトリオン兵と同じ雑魚だと侮っていれば、不意を突かれた可能性もあっただろう。
しかし、香取は事前にラービットの脅威度を「A級相当以上」と聞いている。
A級である木虎に以前ボコボコにされた事を彼女は忘れておらず、そのA級すら単騎では危ういとされる新型を侮る理由など皆無だった。
『────────!』
必要最小限の動きで香取は突進を回避し、攻撃が空振りに終わったラービットは驚愕したような反応をする。
所詮プログラムされた行動に過ぎないだろうが、妙に生物的な様子に香取は奇妙な不快感を覚える。
だが、それも一瞬の事。
目の前にいる白い化け物は倒すべき外敵であり、それ以外の思考は不要だ。
香取はその手に持つスコーピオンを、ラービットに向けて投擲。
攻撃直後の硬直で固まっている新型の頭部目掛けて、短刀型の刃が飛来する。
『────────』
されど、その攻撃は失敗に終わる。
動きの固まっていたラービットだが、その頭部の口を閉じる事で弱点であるカメラアイを覆い隠し、香取のスコーピオンはシャッターのように閉じた歯のようなパーツに掠り傷を付けるだけに留まった。
刃は、届かず。
まるでニヤケ面を晒しているように、新型の顔が歪んだ気がした。
(踏み込んでたら、返り討ちにあってたわね。直感に従って良かったわ)
その光景に目を見開くが、香取に動揺はない。
最初から、「此処は踏み込むべきではない」と彼女の直感が訴えていた為だ。
もしも踏み込んで直接攻撃していた場合、あのギミックによって攻撃が凌がれた上に手痛い反撃を受けていただろう。
こうまで的確だとその勘は第六感的なものにも思えるが、これは単に「果たして弱点と分かっている部位に何の保険もないのだろうか」という無意識の推論が働いた結果である。
自身の思考を言語化する事が苦手な香取は、その推察を「直感」の一言で片付けてノータイムで実行したに過ぎない。
「経験的に勘に従ってれば大丈夫でしょ」という、ある意味で最適解な開き直りが香取にあった事は言うまでもない。
これが、天才の戦い方。
何処までも論理的な説明がなければ気が済まない凡人たる若村とは違う、天性の才能に依った戦闘技法。
その才覚を論理によって飛躍させ鍛え上げた末がA級の木虎や風間といった上位者の面々であり、香取は彼等が至った最初の
されど、潜在的な才覚という点では彼女程優れた者はそうはいない。
原石が磨かれ始めただけで、これだけの輝きを放つ。
これが極限まで磨き上げられれば、相当な力となる事は言うまでもない。
そして。
だからこそ、香取は自分一人で何でも出来るとは思っていなかった。
確かに、香取の才能はずば抜けている。
しかし、それだけでは上位者達の世界ではやっていけない事を、彼女はこれまでの経験で嫌という程思い知っている。
樹里との決闘では、為す術なく負けてしまった。
その後の木虎相手の試合では、完膚なきまでにボコボコにされた。
若村達を巻き込んだ試合でも、大敗を喫してしまった。
これらの敗北は全て、香取の練度不足と連携力のなさが露呈した結果である。
格下相手なら、香取の才覚に任せて蹂躙出来るだろう。
しかし、同格以上の相手にはそうはいかない。
そして、香取個人には勝てずとも、チーム戦ならば戦略で上回れる相手はボーダーにはゴロゴロいる。
王子隊などがその代表格であり、一騎打ちでなら負けはないが、チームとしての練度では雲泥の差だ。
事実として彼には前期ランク戦の最終戦でまんまと二宮とぶつかり合わされてしまい、中位落ちの決定打を喰らってしまった。
此処までの敗戦を重ねれば、香取とて気付く。
自分一人だけでやれる事には、限界があるのだと。
個人戦ではなく、チーム戦の真価を発揮するには自分が好き勝手動くだけでは駄目なのだと。
ようやく、思い知った。
「雄太…………!」
「うん…………!」
故に、今の香取は仲間を頼る事を躊躇わない。
そして、樹里との決戦に向けた特訓を経て、隊としての練度は充分に高まっていた。
三浦は香取の指示に即応し、すぐさま
「旋空弧月」
彼が放ったのは、ノーマルトリガーの中でも絶対の切断力を持つ旋空。
刃先に近い程威力が上がるその斬撃は、あらゆる防御を両断する。
彼が持ち得る攻撃として、最大の威力を持つのがまさにこの技であった。
「…………っ!」
だが。
ラービットを倒すには、至らなかった。
確かに、三浦の旋空はラービットに当たりはした。
しかし、その直前でラービットが彼に向かって突撃して来た事で、その機体に触れた部分は先端からやや外れていた。
旋空は、先端に近い部分を当てさえすれば如何なる防御をも突破出来る最強の突破力を持つトリガーである。
されど、それはあくまでも刃先に近い部分を当てる事に成功すればこそ。
刃先から遠い部位が当たったところで、少し威力の上がった弧月程度の切断力しか持たない。
これが旋空を極めるのが困難だとされる理由の一つであり、並程度の旋空の技術しか持たない三浦では、的確に刃先を当てる事は出来なかったのだ。
「雄太…………っ!」
「…………!」
このままでは、ラービットの攻撃が直撃する。
そう覚悟した三浦であるが、そんな彼を拾い上げる者がいた。
香取はラービットが動いた段階で既にグラスホッパーを起動して跳躍しており、そのままの勢いで三浦を掻っ攫った。
『────────!』
だが、ラービットの攻撃は終わらない。
ブースターを起動させたラービットは空中にホバリングで浮上し、三浦を抱えた香取目掛けて突貫して来た。
グラスホッパーで逃げるにしても、ラービットとの距離が近過ぎる。
三浦を見捨てれば助かる芽もあるが、そんな真似を彼女は望まない。
何より。
「────────かかったわね。樹里…………!」
「了解」
彼女の目的は、ラービットを空中へ引き寄せる事。
逃げ場のない空中という檻へと、敵をおびき寄せる為の陽動こそが香取の狙い。
本命は、そもそも三浦ではない。
A級相当と目されるラービットが、素直に旋空で倒される可能性は低いと彼女は断じていた。
これが生駒や太刀川のような旋空の名手であれば話は別だっただろうが、残念ながら旋空の練度では三浦は彼等に遠く及ばない。
それは事実として認識していたし、その事を咎めるつもりも微塵はない。
他者の持つ手札を、自分達は持っていない。
ただそれだけの事であり、ならば自分達の持つ
それこそが隊の中で最大の火力を持つ樹里であり、彼女がその手に持つアイビスであった。
通常であれば、狙撃銃を扱うには姿勢を低くしてスコープを覗いて照準を定め、引き金を引くという複数の
しかし、強化視覚を持つ樹里はその工程を
西部劇のガンマンのように無造作に抜き放たれたアイビスが、ラービットに向けられた。
『────────!』
それに気付いたラービットは、咄嗟に頭部の歯を閉じる。
防御に回す筈の腕を攻撃の為に伸ばしている現状では、そちらを使う暇はないと判断したのだろう。
その判断自体は、間違ってはいない。
「無駄。貫け」
ただ一点。
樹里の攻撃の
彼女の放った弾丸は閉じた歯を容易く貫き、ラービットの急所へ直撃する。
確かにラービットの弱点をカバーする歯のパーツはそれなりの強度を持っているが、トリオン量に応じて威力の上がる樹里のアイビスによる攻撃を防ぐだけの硬度は持っていなかった。
そも、香取のブレードによる攻撃でも掠り傷程度は付けられたのだ。
幾ら硬いとはいえ、他の装甲と比べればそれなり程度の防御力しかない事は分かっていた。
だからこそ香取は避けようのない空中へとラービットを誘導し、樹里の攻撃に繋げたのである。
弱点であるカメラアイを射抜かれたラービットは機能停止し、そのまま落下。
轟音と共に巨体が地に落ち、威容を誇った新型は物言わぬ残骸と化した。
「ふん、新型っても大した事はないわね。程度は知れたし、樹里がいれば何体でも撃破出来るわ」
「おい、幾ら撃破したからって油断は」
「するワケないでしょ何言ってんの? こいつの厄介さは理解した上で、樹里がいれば撃破可能、って言ってんの。そのくらい分からないのかしら」
「…………っ! う、すまん」
「分かればいいのよ分かれば」
ついいつもの癖で反論しようとした若村であるが、香取の方が正論である事を悟り素直に謝罪する。
香取は決して、ラービットを侮っていたワケではない。
個体としての脅威度を正確に理解した上で、「樹里がいれば攻略可能」と冷静に分析しただけなのだ。
そこに至る説明が欠如している為分かり難いが、彼女はその実凄まじい速度で思考を回している天才だ。
他者に説明するという事が致命的に不得手な為に誤解され易いが、彼女の思考の回転速度はボーダーの中でも群を抜いている。
その彼女がプライドよりも勝利を追い求め、他者との協調を覚えた姿がこれなのだ。
言葉こそ以前と同じく刺々しいが、これでも香取にしては丸くなった方なのだ。
それも全て、二宮の
彼女にとってはなるべく思い出したくないあの一週間は、決して無駄ではなかったのだ。
「さ、さっさと上に報告するわよ。新型撃破と、その性能についてをね」
そして、今の香取は組織人としての自覚も忘れてはいない。
たった今打倒した事で得たラービットの情報を含めて、香取は司令部へ新型撃破の報を入れるのであった。
「ほう、こんなに早くラービットを撃破する者が現れるとはな。
「はん、倒されたっつってもプレーン体だろうが。大した事はねぇよ」
アフトクラトル、遠征艇。
そこではたった今ラービットを撃破した香取隊の映像を見ながら、大柄な大男と痩身の目つきの悪い男が各々の感想を言い合っていた。
彼等の見ている映像は飛行型の小型トリオン兵であるパドのカメラアイを通じて得ているものであり、戦場の各地へ飛ばしたこの偵察用トリオン兵が忠実に役目を果たしている証と言えた。
電気技術のない近界では、玄界のような通信網は存在しない。
しかしトリガー技術でその代替のような事を行う事自体は可能であり、パドを通じた監視網の構築もその一つである。
戦場全体の情報を、この場にいながら俯瞰出来る。
これは彼等にとって、この上ないメリットと言えた。
「我々も出撃しますか? ハイレイン隊長」
「いや、
「はん、玄界の猿相手にビビり過ぎなんじゃねぇのか? 隊長さんよ」
そんな有利があるからか、痩身の目つきの悪い男────────────────エネドラは、強気の発言を繰り返す。
黒トリガーという絶対の武器を持つ彼からしてみれば、ハイレインは懸念のし過ぎのように見えるのだろう。
それが、トリガー
「口を慎め。そうやって相手を侮った末に最悪の結果を招いたのがククロセアトロ相手の戦いだった事を、もう忘れたのか」
「…………! ありゃあ、あのマッド共のイカレ具合が吹っ飛び過ぎてたってだけだろうが…………! あんな馬鹿な真似するたぁ、誰も思わねえだろうがよ…………!」
そんな彼に指摘した年若い少年、ヒュースの言葉にエネドラは激昂する。
彼にとって思い出したくはない苦い記憶を突かれただけに、その表情は険しい。
それだけ、ククロセアトロという国家相手には嫌な記憶しかないのだから。
「よせ。あれは敵の行動を予測し切れなかった私にも非がある。常識というものに囚われすぎた結果であり、お前達に責はない」
「まあ、普通であればあんな馬鹿な真似はしないでしょうからなあ。外道共の愚かさの度合いを見誤っただけ、とも言えるでしょう」
それはハイレイン達にしても同様なのか、二人はそう言ってこの話題を打ち切った。
あのヴィザでさえも眉間に皺を寄せている事からも、どれだけ忌まわしい記憶なのかは想像がつくというものだ。
「ところで、今ラービットを撃破した女は金の雛鳥には成り得るのか?」
「いいえ。確かに高いトリオン量ではあるけれど、「神」になるには不足ね。やっぱり、早々に金の雛鳥は見つからない、という事かしら」
「それについては、元より可能性は低いと論じていた筈だ。見つかれば儲けものではあるが、そちらに固執し過ぎるつもりはない。
ハイレインはそう言いつつ、チラリとヒュースの方を見る。
現時点で彼は、ハイレインの真意に気付いた様子はない。
今の言葉を彼はどうやら、「他国に侵攻して金の雛鳥を捜索する」と取ったようであり、ハイレインのサブプランがまさか自身に関わる事など露ほども思っていない様子である。
彼程の駒を失うのは惜しいが、今回の作戦の結果によっては此処で手放さなければならない。
それを念頭に置いた上で、今はまだ忠実な部下として扱う時であると。
ハイレインは雑念を切り捨て、冷静な指揮官の顔に戻った。
「お前達の出番は、そう遅くはならない筈だ。確かに卵はたくさんあるが、無為に消費して良いというワケでもない。その時が来れば、存分に暴れて来るといい」
アフトクラトルの精鋭達は、遠征艇の中でほくそ笑む。
戦争は此処から、激化の一途を辿る事になる。
本番はまだ、これからなのだから。