「そろそろ、きつくなって来たかな。大丈夫かい? カシオ」
「大丈夫ですっ! と言いたいところですが、実際は厳しいですね」
王子の問いかけに対し、樫尾は険しい顔でそう答える。
彼等は突如現れた新型トリオン兵、ラービットに相対していた。
隊長として王子が事前に忍田から警告を受けていた甲斐もあり、「格上の相手」として対峙した為「通常のトリオン兵」と侮りやられる事はなかった。
あくまでも時間稼ぎに徹し、決して無理をしなかった王子のやり方は彼等の持ち得る手札でなら正解だった筈だ。
しかし、彼等には
王子隊は全員がハウンドを装備している中距離対応型の部隊だが、その
威力を捨てて汎用性を取ったのがハウンドであり、平均的なトリオンしか持たない三人の射撃ではラービットの硬い装甲を貫く事は難しかったのである。
射撃トリガーであるが故に射程や弾速を犠牲にして威力を上げる調整を行う事自体は可能だが、射程はともかく弾速が減少すればラービットの機動にそもそも付いていけなくなる。
このラービットの厄介な点は、硬いだけではなく
その加速力は驚異の一言であり、日頃からB級上位の実力者達を相手取っていた王子達でなければ対応しきれずにとっくにやられていただろう。
そんな相手に決定打となる一撃を叩き込むだけの能力が、彼等には不足していた。
満遍なくステータスが高く、目立った欠点のない事が王子隊のウリである。
しかしそれは同時に、突出した強みが存在しない事も意味している。
地力の高さと戦術でランク戦では優秀な成績を収めてはいるが、理屈も何もない
安定感は香取隊を大きく上回る彼等だが、爆発力という一点では負けているのだ。
事実、その香取隊はラービットを既に撃破しているのだという。
それを聞いた時、王子は不思議な感慨を覚えたものだ。
(ジュリアーヌの加入があったとはいえ、部隊全体の練度が上がっている事は間違いないね。ぼく等も負けてはいられないけど、これは流石に厳しいや)
樹里という強い駒が入っただけでは、その結果は得られなかっただろう。
話に聞いた彼女との決闘に備えて二宮隊の指導を受けて成長した事が、現在の状況に繋がっているに違いない。
そう思うと自分も負けてはいられないと奮起するが、事はそう簡単ではない。
旋空ならば新型の装甲を突破出来るだろうが、それには最も威力が高くなる刃の先端付近を正確に当てる必要が出て来る。
王子と樫尾は旋空をセットしてはいるが、残念ながら練度と言う点ではそこまで高いワケではない。
彼等の中距離に於けるメインウェポンはハウンドの方であり、必然的に旋空を用いる機会は少なくなる。
故に旋空の練度自体は、良く戦う機会のある三浦と大差はなかった。
あのラービット相手に闇雲に旋空を撃っても、隙を突かれてやられるのがオチだろうと王子は分析している。
あと一人か二人前衛役がいればどうにかなったかもしれないが、それを言っても仕方がないのは分かっている。
(こうなると四人部隊になった彼等が羨ましくなるけど、無いものねだりをしても仕方ない。ぼく等だけじゃ、この新型は倒せない。これは事実として受け入れるべきだ)
王子はあっさりと、自分達だけでの討伐という可能性を完全に削除した。
現時点の自分達では、このラービットを単独撃破する事は出来ない。
それは紛れもない事実であり、認めるべき事柄だ。
(けど、充分時間は稼いだ。これで、
しかし、それは最初からある程度分かっていた事でもあった。
この新型は、自分達だけでは対処出来ない。
そう考えて即座に本部に判断を仰いだのは、他ならぬ王子なのだから。
「────────俺達の到着まで保たせたか。よくやった」
故に。
こうして、増援が間に合った。
怜悧な声が響き、王子は視線を向ける。
「風間隊、現着した。これより王子隊と合同で新型の駆除を開始する」
そこにいたのは、青い隊服に包まれた隠密部隊。
A級三位、風間隊。
彼等の長たる風間が、鋭い眼光でラービットを見下ろしていた。
「助かりました、風間さん。そろそろ厳しいと思っていたところなので」
「此処まで保たせただけで仕事は出来ている。文句を言うつもりはない」
それより、と風間は続ける。
「お前達は、今から俺の指揮下に入って貰う。俺達だけでも対処は可能だが、時間をかけたくない。さっさと処理するぞ」
「了解。王子隊三名、風間隊長の指揮下に入ります」
有無を言わさない風間の言葉に、王子は大人しく従う。
まだラービットの情報が碌に集まっていない段階であれば、風間は単独での撃破を選択し王子隊には別の仕事をさせただろう。
しかし香取隊や二宮隊との戦闘記録を伝え聞いている上にこれまで直に戦っていた王子隊の得た戦闘データがある今、時間をかけてまで情報収集に徹する段階ではないと風間は判断した。
故に王子隊を指揮下に加える事で手数を増やし、速攻で新型を処理する選択を行ったのである。
ラービットは確かに脅威だが、それでもA級が部隊規模で対応すれば充分に対処可能な相手であると風間は判断したのだ。
油断は無い。
ただの事実として、風間は「対処可能な敵対存在」としてラービットを定義した。
これから始まるのは、ただの蹂躙。
冷徹な暗殺者達による、容赦のない戦闘行動が開始された。
(ちっ、前衛が足りねぇ…………っ! 悔しいが、俺一人だけじゃこいつを抑え続けるのは無理があるぜ)
荒船はラービットと対峙しながら、内心で舌打ちしていた。
マスタークラスに達した弧月使いである彼であれば、隙さえ作る事が出来ればこの新型を叩き切る事自体は可能だっただろう。
しかし、手が足りない。
荒船隊に前衛となる隊員は彼一人しかおらず、他二人は狙撃手である。
通常であれば狙撃専門の部隊としての立ち回りをしている為それで問題はないのだが、この新型相手では前衛不足が致命的だった。
王子と同じく彼もまた忍田からこの新型の存在について警告を受けていた為、充分に警戒しながら事に当たっていた。
だが、ラービットの装甲の厚さと機動性は想定した以上のものであり、チームメイトの支援を受けて尚手数不足に悩まされていた。
彼以外の二人の攻撃手段はイーグレットのみであり、此処にきて単発しか撃てず連射不能という狙撃トリガーの性質が足枷となる。
広げたシールド程度なら貫通する程威力が高いイーグレットとはいえ、ラービットの装甲を貫くには至らない。
しかも単発しか撃てないので、ラービットに強制出来る防御行動は最低限しかないのだ。
面の火力も、一点の突破力も、自分達には不足している。
致命的な相性の悪さに、荒船は顔を顰めていた。
(このままじゃ、遠からずやられるな。けど────────)
しかし、戦意を削ぐには至らない。
これまで充分に時間を稼げた自覚はあるし、何より。
『荒船。準備は出来た。三人で攻撃してくれ』
「…………! 了解」
既に、増援到着の連絡は来ていたのだから。
「穂刈、半崎…………! 合わせろ!」
「了解」
「了解だ」
通信を受けた荒船は、即座にチームメイトに指示を下し弧月を構える。
仲間の動きを確認した荒船は、即座に攻撃を放った。
「旋空弧月」
横薙ぎに放たれた旋空が、ラービットへ向かう。
無論、そのような大ぶりな攻撃を回避出来ない程ラービットは鈍重ではない。
すぐさま地を蹴り、空中へと跳躍する。
荒船の攻撃は、空ぶりに終わった。
『────────!』
だが、これも想定内。
荒船の目的は、ラービットを逃げ場の無い空中へ誘導する事にあった。
新型が跳び上がったのを見て、半崎と穂刈は同時にイーグレットを発射。
トリオン兵の弱点である口内のカメラアイ目掛けて、イーグレットを撃ち放った。
『────────』
されど、その攻撃もまた失敗に終わる。
ラービットは両腕をクロスさせ、イーグレットの弾丸をガード。
硬質な音と共に弾丸は新型の巨腕に弾かれ、霧散する。
三人の攻撃は、その全てがラービットに痛打を与えるには至らなかった。
それが現実であり、事実。
「甘ぇな、兎野郎」
だが。
彼等の攻撃は、断じて失敗などではなかった。
元より、三人の攻撃が届かない事など想定内。
自分達だけでは
ならば、何故無駄と分かっている攻撃を実行したのか。
答えは明瞭。
その
彼は、当真は。
不敵な笑みと共に、イーグレットの引き金を引いた。
『────────!?』
瞬間、飛来した一発の弾丸がラービットのカメラアイを撃ち抜いた。
ラービットが防御行動の為にクロスさせた腕の、僅かな隙間。
網目を縫うような正確な狙撃により、穴とも言えない個所を通り抜けた弾丸が新型の急所を一発で破壊した。
最初から、荒船達の目的はこの状況に持っていく事だった。
ラービットを空中に誘導し、防御行動を取らせた段階で。
彼等の仕事は、終わっていたのだ。
弱点を破砕された事でラービットは機能停止し、地に落ちる。
轟音と共に残骸と化したラービットを見て、荒船はふぅ、とため息を吐いた。
「助かったよ、当真。俺達だけじゃ、手が足りなかったトコだ」
『ま、このくらいヨユーだヨユー。次はもっと面白いゲームを用意してくれよな』
「こいつとの戦闘がゲーム扱いとか、お前も大概だな。ま、結果は出してるんだし何も言わないさ」
荒船はラービットにトドメを刺した当真と通信で会話し、溜め息を吐く。
彼から連絡を受けたのは、つい先ほどだ。
もうすぐ狙撃位置に着くから合図をしたら合わせてくれと言われていた為、荒船は彼の準備が完了するまで遅滞戦闘に徹していたのである。
扱う武器は同じだが、当真はNO1狙撃手。
自分達とは技術の練度が違う為、その技巧によって決定打を作ってくれるだろうと信頼したが故に。
彼は狙撃手と
その彼ならば、お膳立てさえ整えればこの厄介な新型相手でも対応出来ると考えていたが、まさかあんな絶技を見せつけられるとは思っていなかった。
相手の腕の隙間を狙う事で、視覚による察知を妨害する。
理屈は分かる。
しかしそれを実際にやってしまうなど、誰が思おう。
穂刈は諦めたようにかぶりを振っているし、半崎は「あのくらい、俺にも」と呟きながら対抗心を燃やしている。
彼は向上心の塊なので、これを機により一層技術の修練に励んでくれる事だろう。
そういう意味では、良い経験だったと言えなくもない。
『じゃ、次行こうぜ次。新型が出たらサポートしてやっから、心配すんな』
「分かった。報告をしたら移動するぞ」
あくまでも軽いノリを崩さない当真だが、それに慣れている荒船はため息を吐くだけに留める。
人によっては眉を顰める態度かもしれないが、実力は確かなのだ。
それがモノをいう戦場では、いちいち指摘して時間を無駄にする事もない。
荒船は本部に当真の合流と新型撃破の報を伝えながら、行動を開始するのだった。
「ラービットが次々と撃破されています。現在、捕獲出来た雛鳥は一人もいませんね」
「
アフトクラトル、遠征艇。
そこで行われた痩身の女性、ミラによる報告に大柄な男────────────────ランバネインは、大笑する。
武人気質の彼からしてみれば、歯ごたえのある敵が多いという現状は歓迎して然るべきなのだろう。
「そうだな。だが、お陰である程度は玄界の戦力を把握出来た。底が見通せたかどうかは不明瞭だが、予定を前倒しにした方が良さそうだ」
しかし、隊長である彼の兄、ハイレインはそうではない。
元より最初期に投入するラービットは玄界の戦力を量る為の捨て駒だが、何の戦果も挙げられずにこのようなスピードで撃破され続けているとあっては、流石に無視は出来ない。
本来であればもう少し様子を見て相手の戦力を引きずり出すつもりだったが、戦力の損耗が想定よりも激しい。
ラービット相手に抗戦出来る、程度であれば許容範囲であったが、短期間でこうまで
故に予定を前倒しして、作戦を次の段階に進める事をハイレインは決定した。
「イルガーを出せ。奴らの基地を狙わせた後、予定していた作戦を実行する」
「了解しました」
ミラはハイレインの命令に従い、頷く。
アフトクラトルは、次なる行動に移ろうとしていた。