香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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戦乱の推移

 

 

「…………凄いな」

 

 修は目の前で行われた戦闘のレベルの高さに、舌を巻いていた。

 

 彼の視線の先には、残骸となったラービットが一機。

 

 それを成したのは、黒いボディスーツを纏った彼のチームメイトである遊真だった。

 

 突如として現れた見るからにヤバそうな新型トリオン兵相手に黒トリガーへ換装した遊真は、凄まじいスピードで攻撃を行い瞬く間に叩きのめしたのだ。

 

 その動きはあっという間で、修では碌に目で追う事も出来なかった。

 

(空閑に会えていなかったら、どうなっていた事か。本当にぼくは、あいつに助けられてばっかりだ)

 

 改めて、思う。

 

 彼のような実力者が自分に力を貸してくれている今の状況は、この上ない僥倖であると。

 

 修は、自分が大した人間だとは思っていない。

 

 これまで思い通りに事が進んだ経験など殆どないし、他人の名前を借りなければ明確な目的意識さえ持てない薄弱な意思しか持たない人間だと自負している。

 

 こうと決めた時の頑固さや、如何なる困難を前にしようと初志を貫徹し続ける意志力の強さを、彼はいまいち自覚してはいなかった。

 

 故に遊真が自分に助力してくれるのもたまたま彼と出会う機会を得られたからであり、誰が相手でも同じ事は出来たとも思っている。

 

 実際は素性も不明な近界民を名乗る少年相手に同じ態度を貫徹出来る人間など早々いる筈もないのだが、彼にとってそれは「当然の事」である為修は自身の偉業に気付かない。

 

 だから自分はただ遊真に巡り合えた幸運を得られただけの人間だと思っているし、そんな自分に力を貸してくれる遊真の存在をありがたく思っている。

 

 副作用(サイドエフェクト)によってそのあたりの修の思考を見抜いている遊真からすればむしろそれはこちらの台詞とでも言いたいところなのだろうが、この自己評価が極端に低い少年にそれを言ってもお世辞だと受け取られるだけだろう。

 

 そのあたりは遊真は既に達観の域に達しており、余計な口出しをしたりはしない。

 

 そういう意味では、奇妙な具合で噛み合っている良いコンビと言える。

 

 修はラービットが沈黙したのを確認しつつ、遊真に近付いた。

 

「空閑。そいつが、前に言ってたラービットなのか?」

「ああ、おれがあの国に滞在してた頃はまだ開発中だった筈だけど、どうやら完成してたみたいだ。想定してたよりも、戦闘力が高いな」

「お前の眼から見ても、か?」

 

 ああ、と遊真は頷く。

 

「単独で来られても今のおれなら問題ないけど、他のボーダー隊員だと少しきついだろうな。少なくとも、A級でも単独だと場合によっては不味いかもな」

「そんなに…………」

 

 強いのか、と修は息を呑む。

 

 彼にとってA級とは、雲の向こう側のような存在だ。

 

 B級の中でも正しく最弱に近い修にとって、A級の面々の実力は遥かな高みにあると言っても良い。

 

 そのA級の面々でさえ、単独ではこのラービット相手に危うい場合があるのだという。

 

 それだけの戦闘力を持つトリオン兵となると、流石に脅威としか言いようがない。

 

 数の暴力こそが真骨頂であるトリオン兵が質まで備えるようになれば、ボーダーとて成す術はない筈なのだから。

 

「大丈夫なのか、それ」

「懸念はあるけど、一応シノダさんには話しておいたんだし後はあっちの問題だろ。な? レプリカ」

『あの時点で分かっていた情報は提供しておいた。我々もラービットの完成体を目にした事はなかったので憶測も多く含まれた情報にはなったが、最低限の警鐘は鳴らせた筈だろう』

 

 それに、とレプリカは続けた。

 

『A級の中でもキトラやミワのような実力者であれば、単騎でもラービットを相手取れる可能性は高い。少なくとも、この二名であれば打倒は可能な筈だ』

「そうか。やっぱり木虎は凄いんだな」

「そうだな。あいつは強いし大丈夫だろ」

 

 レプリカの太鼓判に、修は安堵した様子を見せる。

 

 イレギュラー門騒動の時に世話になった木虎の安否に関しては、彼も気にしていたのだ。

 

 大規模侵攻が始まった時、修は遊真と共に学校にいた。

 

 その時正隊員には出撃命令が、C級隊員にはB級下位チームと共に市民の避難誘導が指示されていた。

 

 修としては近界民に狙われ易い千佳と離れるのは心苦しかったのだが、安易に処分を受けるワケにはいかない以上指示には従わざるを得ない。

 

 それに、未だC級で戦う力のない千佳を戦場に連れて行くワケにもいかない。

 

 故に苦渋の決断で修は千佳を訓練で彼女と親しくなったという出穂という少女に預け、こうして戦場に出て来たのだ。

 

 勿論、普通のトリオン兵相手でも場合によっては苦戦してしまう自分に出来る事などたかが知れていると理解はしている。

 

 しかし、だからといって安全圏で引き籠るのは断じて有り得なかった。

 

 街が危機に瀕し、弱いとはいえ自分はトリガーという力を手にしている。

 

 ならば、その力は正しく使われるべきであり、加えて何かしらの功績を示しておけば後々上層部へ話も通り易くなるだろうという打算もある。

 

 そう考えて出て来た修ではあるが、今の所目に見える成果を挙げる事など出来てはいない。

 

 とはいえ、焦ってもいない。

 

 自分に出来る事などたかが知れている事など、最初から理解していたのだから。

 

 こんな自分でも、必要になる時は来る。

 

 今はそう信じて、我が道を突き進むだけだ。

 

「でも、オサムがシノダさんに話しておいてくれて助かったよ。何を言われても使うつもりだったけど、()()を堂々と使えるのはオサムのお陰だ」

「別に大した事はしていないさ。有事の時に遊真の黒トリガーを使えるように許可が貰いたいって、忍田本部長に頼んでいただけなんだし」

 

 尚、そんな修でも実は遊真の黒トリガー使用の許可という地味ながら重要な仕事は既に完遂させていた。

 

 アフトクラトルという強大な国が攻めて来る可能性が高いと知った修は、その情報を忍田に告げに行くついでに「防衛の為に必要な場合には空閑遊真の黒トリガー使用を許可する」という正式な彼の書状を書いて貰っていたのだ。

 

 情報提供の見返り、という体で話を進めたので、許可自体はスムーズに取れた。

 

 修はただ状況に便乗しただけとは言うが、そういった抜け目なさこそ遊真が彼を評価する一因である事は言うまでもない。

 

 人畜無害に見えて自分に有利な材料は見逃さないあたり、良い性格をしているとは遊真の言である。

 

 彼程組織の管理者側から見て厄介な人間はいないだろうな、と思いつつそれに助けられている自分が言う事でもないな、と遊真は開き直るのであった。

 

「ん…………? あれは…………っ!」

 

 そこで、気付く。

 

 本部基地、上空。

 

 そこに、二つの巨大な影が出現していた。

 

 白い、異形の鯨の如き巨躯を持つ躯体。

 

 爆撃型トリオン兵、イルガー。

 

 それが、自爆モードとなって本部基地向かって落ちて来ていた。

 

 

 

 

「此処を直接狙って来たか…………っ!」

 

 映像に映り込んだ二体のイルガーを見て、鬼怒田は冷や汗を流す。

 

 あれの自爆モードの爆破の威力については、以前川に落ちた個体のデータを分析したので知っている。

 

 千佳の壁ぶち抜き事件により、本部基地の外壁は強化されている。

 

 だが、あのイルガーの突貫を受けて保てるのは二発までだ。

 

 目に見える敵影は、二つのみ。

 

 しかし、二発まともに食らってしまっては、三発目がやって来た時に致命傷を受けてしまう。

 

 外壁は修復可能ではあるが、間を置かず三体目が来る可能性もゼロではないのだ。

 

 何せ、敵には(ゲート)がある。

 

 誘導装置によって市街地へは門は開けないようにはなっているが、逆に言えば本部のある警戒区域内であればそれを止める事は出来ない。

 

 あくまでも誘導装置は門を開く場所を一定区域内に制限するだけであって、開閉そのものを止める事は出来ないのだから。

 

 門が開くまでにはある程度のタイムラグがあるものの、敵の技術がどの程度進歩しているかまでは分からない。

 

 最悪、こちらの知るものよりも高性能の門を開発されている可能性すらある。

 

 それを考えれば、無防備に二発特攻を受けるのは有り得なかった。

 

「問題ありません」

 

 しかし、それは忍田も承知していた。

 

 その上で問題ないと、彼は言う。

 

 何故ならば。

 

「────────慶、斬って来い」

『了解』

 

 彼の信ずる優秀な弟子が、既に迎撃の為に向かっていたのだから。

 

 

 

 

「おしおし、あのサカナを斬れば良いんだな」

『一発なら耐えられるって言ってたから、一体だけで大丈夫だよー』

「そりゃそうだが、折角ならダブルスコア狙いてぇだろ。木岐坂も頑張ってるみたいだし、ここは先輩として威厳ってモンを見せておこうかねっと」

 

 太刀川は通信でオペレーターの国近に軽く返しつつ、迫り来るイルガー二機を見据えた。

 

 正しく見上げる程の巨体を持つ、二機の巨大トリオン兵。

 

 只人が見れば、それは恐怖の象徴でもあっただろう。

 

 だが、太刀川には関係ない。

 

 ボーダーの最上位に位置する剣士たる彼にとって、図体のでかいだけの木偶の坊など恐るるに足りない。

 

 あのトリオン兵は、現在自爆モードとなっているのだという。

 

 それはつまり、攻撃を通す事さえ出来れば勝手に爆発四散する事を意味している。

 

「────────旋空弧月」

 

 ならば。

 

 やる事は、単純だ。

 

 拡張斬撃、旋空弧月。

 

 太刀川が得意とするそれを、迷いのない軌道で敵に当てる事のみ。

 

 グラスホッパーで大空に跳躍した太刀川は、一刀目の斬撃で近距離に迫ったイルガーを両断。

 

 更に、再びグラスホッパーを踏み込み跳躍。

 

 上を取った太刀川は、二刀目の斬撃でもう一体のイルガーを両断。

 

 落下する彼の背後で二機のイルガーが起爆し、爆散。

 

 二体の爆撃型トリオン兵は、一度たりとも本部に直撃する事なく消え去った。

 

『おー、やるねぇ。やっぱり、木岐坂ちゃんにしてやられたのがそんなに悔しかったの?』

「さーな。ま、後輩にばっか良い所取られるワケにはいかないってだけだ。これで俺も麺類躍如だろ」

 

 そうかなー、と何も考えずに賛同する国近。

 

 突っ込み不在のこの空間に、「それを言うなら面目躍如だろう」と指摘する者はいない。

 

 剣の腕だけを追い求めて単位を放り投げている馬鹿(さいきょう)と、機械技術に関する頭の回転はおかしいくらい速いのに興味が持てない勉学はさっぱりな馬鹿(てんさい)

 

 二人だけの空間は、何処かおかしな空気が流れ出ていたのであった。

 

『慶。お前は新型を斬れるだけ斬って来い。指示があるまでは、そちらに専念しろ』

「了解。さて、噂の新型とやらを斬ってきますかね、っと」

 

 そんな会話が繰り広げられていたとは知らない忍田からの通信で、太刀川は二刀を手に街へ出撃する。

 

 たった今、ボーダー隊員最強の剣士が戦場へと解き放たれた。

 

 

 

 

「ふん、太刀川が出たか。なら俺達の仕事も少しは楽になるか」

 

 風間はその光景を遠目に見ながら、軽く舌打ちをしていた。

 

 彼の足元にはくず鉄となったラービットが転がっており、そのカメラアイからスコーピオンを引き抜いた風間は白い残骸の上から地面へ降り立つ。

 

 王子隊の協力を得た風間隊は、文字通りラービットを瞬殺した。

 

 直に戦闘を行った王子隊からの情報提供でラービットの行動パターンを掴んでいた彼等にとって、戦闘は最早流れ作業に過ぎない。

 

 王子達では未だ無理な技巧を以てラービットの懐に入り込み、急所に刃を叩き込む。

 

 ただそれを完璧に行うだけの、流れ作業に過ぎなかった。

 

 その速やかな仕事ぶりに、樫尾は舌を巻いていた。

 

 自分達では、未だ届かない高み。

 

 彼はその先にいるのだと、直に技巧を目にした事でそれを実感したワケだ。

 

「よし」

 

 此処で腐るのではなく、自分もいつかは、と奮起出来るのが樫尾である。

 

 そんな彼の様子を見て、人知れず笑みを深くする王子なのであった。

 

「風間さん、ぼく達はどうすべきでしょうか?」

「そうだな。これなら、新型の処理は俺達だけで事足りる。お前達は当初の予定通り、他の雑魚を狩りつつ場合によってはC級及びB級下位の救援に向かってくれ」

「了解しました」

 

 王子は速やかに命令を受諾し、司令部に指示を仰ぐ。

 

 今の判断はあくまでも仮のものであり、彼等が向かうべき場所については全体の情報を把握している司令部に判断を仰ぐ必要がある為だ。

 

 すぐに司令部からは応答があり、彼等が向かう場所の座標が送られて来る。

 

 そう遠くはないな、と王子は情報を咀嚼し、駆け出そうとする。

 

 その、次の瞬間。

 

「あれは…………っ!」

 

 空を見上げ、王子は眼を見開いた。

 

 彼等のいる、頭上。

 

 そこに浮かんでいたのは、先程基地を襲ったのと同じ巨体。

 

 爆撃型トリオン兵、イルガーが。

 

 自爆モードとなって、警戒区域外にある市街地に落ちて来ようとしていた。

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