香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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知将の采配①

 

「各地に人型近界民(ネイバー)が出現! 風間隊、生駒隊、香取隊と交戦を開始しました…………!」

「遂に来たか。どうやら、新型や爆撃型を対処した相手を優先的に狙って来たようだな」

 

 忍田は沢村からの報告を受け、表情を引き締める。

 

 今伝えられた人型近界民と対峙した部隊は、それぞれがラービット撃破やイルガー撃墜に関わった者達だ。

 

 それを考えると、向こうには確実に戦場を俯瞰しリアルタイムで情報収集する手段があると見て良い。

 

 個人的にはあの飛んでいるだけで碌に攻撃して来ない小型の飛行型トリオン兵が怪しいと睨んでいるが、生憎数が多過ぎて一つ二つ撃墜しても焼石に水だ。

 

 近界に電気技術がない事は分かっているが、このように結果的に同じ効果を齎すものを作っている可能性はあった。

 

 相手は、近界でも屈指の軍事国家。

 

 この程度の技術は持っていてもおかしくはないと睨んでいたが、想定していた通りであった。

 

 分かってはいたが、やり難い相手である。

 

「他の部隊を応援に向かわせますか?」

「戦闘状況次第だが、今は保留だ。恐らく、敵の狙いは戦力の陽動と考えられる。今出て来た人型は、陽動として運用される可能性が高い────────────────敵の狙いは、あの新型による隊員の鹵獲だろうからな」

 

 加えて、この状況で出て来たという事は十中八九相手の人型の目的は攪乱と陽動である。

 

 基地へ向かって来た爆撃型が二機のみで、残る一機を市街地に向かわせた事からも敵の狙いがこちらの侵略や支配でない事は想像がつく。

 

 支配を狙うならその最大の障害となる軍事拠点である基地に戦力を集中しない筈がないし、侵略であれば市街地への攻撃をあれ一つだけで終わらせる筈もない。

 

 そうしないという事は、敵がそれらに興味が無いという事と同義。

 

 ならば敵の狙いは何なのか、と考えた時に判断材料となるのが「トリガー使いの捕獲を目的としたトリオン兵」というラービットの存在だ。

 

 A級クラスの力を持ち、捕獲能力を持つと目されるラービットは敵のトリガー使いを捉えて連れ帰り、即戦力として運用する為のものだろう。

 

 しかし、どのような捕獲能力を持つかは分からないが、こちらには緊急脱出(ベイルアウト)がある。

 

 極論、「捕まりそうになったら緊急脱出」という指示を徹底すれば正隊員が鹵獲される事は可能な限り防ぐ事が出来る。

 

 緊急脱出は大量のトリオンを食うシステムではあるが、「戦場からの離脱」という一点に於いて他に並ぶものがない優秀性を誇っている。

 

 これがない時代は、トリオン体を破壊されればその場で生身の身体が放り出されていた。

 

 戦場で生身の身体を敵に晒す事は即ち死を意味しており、トリオン体という殻がない状態で攻撃を受ければ肉体がそのまま損傷してしまう。

 

 そして、戦場で生身を晒した敵を見逃すような甘い相手はいない。

 

 忍田が所属していた旧ボーダーでも、そうなった仲間が敵に殺される光景は幾度となく目にしている。

 

 また、戦力的に助けられなかった友軍の兵士の死の光景も、彼等の網膜には焼き付いている。

 

 その記憶を持つ者達にとって、緊急脱出システムの開発は画期的且つ切望していたものだったと言えるだろう。

 

 あの時代にこれがあれば、と思わなかった者はいないに違いない。

 

 そして、このシステムはラービットによる隊員の捕獲を防ぐ為にも使用出来る。

 

 自発的な緊急脱出が間に合わなかったケースでも、第三者が捕まった隊員のトリオン体を破壊すればそのまま緊急脱出を作動させられる。

 

 それをすれば、正隊員の被害は可能な限り抑えられるのだ。

 

「避難誘導を行っている部隊に伝達。すぐにC級隊員全員を撤収させ、事前に告知した指示に従いそれを補助せよ」

「了解。伝達します」

 

 そう、()()()()()()()である。

 

 敵が、この緊急脱出システムの事を理解していないとは思っていない。

 

 先日現れたイレギュラー門を引き起こしたラッドや、爆撃を敢行して来たイルガー。

 

 これらが敵の斥候であったと仮定した場合、こちらの情報はある程度収集されていると見て良い。

 

 つまり、当時C級だった修のトリオン体が破壊された時に緊急脱出システムが作動しなかった事も知られている筈だ。

 

 あれで敵は、C級隊員には脱出機能がないと知った筈である。

 

 そして、この状況で人型を出してくるという一手を見れば、その狙いは嫌でも分かる。

 

「敵の狙いは、C級隊員の捕獲だ。市街地に近い部隊には、C級の離脱を援護するよう指示しろ。市街地の防衛と同時にこなせば、人と建物の両方を守る事が出来る」

 

 緊急脱出機能を持たない、C級隊員の捕獲。

 

 それが敵の狙いであると、忍田は確信していた。

 

 C級隊員はボーダーから見れば未だ芽が出る前の訓練生に過ぎないが、トリガー使いそのものが稀少である近界からしてみればまさに金の卵に等しいのだろう。

 

 彼等を捕まえる事こそが、敵の狙いと見て間違いあるまい。

 

 そうでなければ、このタイミングで人型を出してくる意味合いが薄いからだ。

 

(空閑くんには感謝だな。彼の情報がなければ、この判断は取れなかった)

 

 ラービットの存在を事前に知らなければ、この判断は出来なかっただろう。

 

 何せ、敵は「トリガー使い捕獲を目的とした高性能トリオン兵」という、今までの常識を打ち破るものを出して来たのだ。

 

 土壇場でこれを知らされた場合、碌な対応が出来なかったに違いない。

 

 精々が正隊員に捕まらないよう合流を優先する事を伝達するくらいで、C級へ注意を向けるのが遅くなっていた可能性は否定しきれない。

 

 臨機応変な対応も戦場では必須だが、その為に事前準備や情報の想定があれば大分違うのは言うまでもない。

 

 少なくとも、ラービットの情報がなければ実力的にはA級である二宮隊や影浦隊を他のA級と同等に扱う指示は出せなかっただろう。

 

 彼等は止むに止まれぬ事情で降格した部隊であり、実力的なものを言えばA級時代と比較しても断じて衰えてなどいない。

 

 影浦隊を実質A級扱いで動かす事に根付室長は難色を示していたが、そもそもこの部隊が降格する事になった事件に於いて彼の言動にも一定の問題があった事も確かだ。

 

 その事情を知る忍田としては、緊急事態を前に根付の心情を斟酌する余裕はなかった。

 

 これが100%影浦に非があったとなればある程度理解を示したかもしれないが、そうでなかった以上は諦めて貰う他ない。

 

 根付も、口は悪いしデリカシーに欠ける面はあるが優秀な人間だ。

 

 そのあたりのこちらの事情も、充分理解したのだろう。

 

 最終的には納得した様子であり、忍田も少々申し訳なく思いながらもありがたくその意思を汲み取った次第である。

 

「恐らく、敵は市街地に新型を投入して来る筈だ。新型が出て来た場合、それに対応可能と思われる部隊を向かわせろ。それまでの間、避難誘導に当たっている部隊には指示通り、防戦とC級隊員の保護を最優先に行動させろ」

「了解!」

 

 

 

 

「俺達が追尾弾嵐(ハウンドストーム)で足止めする! 海老名隊と吉里隊はシールドと旋空で牽制してくれ…………っ!」

「了解!」

「了解しました!」

 

 三門市、市街地。

 

 警戒区域に近いその場所では、間宮隊、海老名隊、吉里隊が三部隊合同で突如出現したラービット相手に防戦していた。

 

 事前情報に「A級クラスの力を持ったトリオン兵」と説明があった為、彼等は敵を侮る事はしなかった。

 

 それでも「所詮はトリオン兵」という認識があった茶野隊はあっさりと敗北、真っ先に捕まった為に事前に渡されていたマニュアルに従い常盤隊の狙撃手(スナイパー)斎藤によって額を撃ち抜かれて緊急脱出させられている。

 

 恐らく何の情報もなくラービットに遭遇した場合はそうした判断は出来なかっただろうが、幸い忍田本部長から「敵がトリガー使いを捕まえる為のトリオン兵を出してくる可能性がある。戦力的にはA級相当以上と思われる為、捕まりそうになった隊員は外的手段で緊急脱出させろ」と厳命されていたので、実現出来た次第である。

 

 避難誘導に当たっていた彼等B級下位チームは、当初不満が燻っていた。

 

 自分達も立派な正隊員なのに、何故こんなC級がやる雑用のような真似をやらされるのか。

 

 そう思う隊員も、最初は少なくなかった。

 

 だが。

 

 茶野隊が為す術なく捕まり自力では抵抗も碌に出来なかった光景を見て、彼等は認識を改めた。

 

 このレベルの敵が出て来るのであれば、自分達程度では戦力としてカウントすら出来ないだろうと。

 

 そもそもの話、彼等は自分の実力の程度はランク戦で散々自覚していた。

 

 B級には便宜上下位・中位・上位と区切られた序列があり、15位以下の順位に位置づけされるのが彼等B級下位チームである。

 

 だが、正直に言って彼等下位チームと中位チームの部隊の練度差は致命的であった。

 

 B級中位以上のチームには、何かしらの「強い立ち回り」が存在する。

 

 極端な例を挙げれば狙撃手三人構成である荒船隊の高台を取って一方的に優位を押し付けていく戦術であったり、柿崎隊のように万能手三人構成という編成を活かして部隊全員の連携で堅実な攻めと守りを両立する立ち回りであったりと、中位以上のチームには何かしらのチームとしての()()がある。

 

 しかし、彼等下位部隊にはそれがない。

 

 精々が間宮隊の三人がかりのハウンド総攻撃である追尾弾嵐(ハウンドストーム)が決まれば強いというくらいで、他の部隊はこれといった強みを押し出せる戦いが出来ていない。

 

 特に今回真っ先に落ちた茶野隊は火力の無い二丁拳銃の銃手二名という悲惨な部隊編成であり、漁夫の利を攫えた試合以外で彼等がまともに勝てた試しはない。

 

 対して、B級中位チームは各々の戦術を確立出来ている部隊ばかりであり、それが出来るかどうかがB級下位と中位を分け隔てる境界線(ボーダーライン)と言える。

 

 堅実に過ぎる戦術により点が取り難く、時折下位に落ちて来る柿崎隊との戦いでは、それが如実に現れる。

 

 「仲間を落とさない」事を第一に考える柿崎は、正直点取り合戦であるランク戦の構造とは相性が悪い。

 

 しかしそれは、彼の部隊が弱いという事を意味しない。

 

 初動が遅いという無視出来ない欠点はあるものの、一度三人が結集してしまえばその連携は戦術の確立されていないB級下位チームでは抗う術がない。

 

 彼等がB級下位に落ちて来ても即座に中位に復帰しているのは、今の下位部隊に彼等に勝てる部隊がいないからだ。

 

 これだけ説明すると下位に落ちて来る度に相対した相手を全て薙ぎ払っていく柿崎隊に彼等のヘイトが向かいそうなものだが、柿崎の器の大きさの前に負の感情を向けるような者は誰もいない。

 

 柿崎は試合後に必ず彼等に声をかけてくれており、それが心からの激励であると分かる為に負けたとはいえ彼を疎う者が皆無であるあたりその人間性の大きさが分かる。

 

 この点、コミュニケーションと言葉選びが壊滅的な為にB級部隊にとってランク戦の眼の上のたん瘤となり疎まれている側面のある二宮とは雲泥の差と言って良い。

 

 柿崎の対人能力が100だとすれば、二宮はマイナス500くらいだと言っても過言ではないだろう。

 

 そして、そんな柿崎の授けた薫陶が今になって生きて来る。

 

 これまではなんだかんだと理由を付けて燻っていたばかりだったB級下位チームだが、ラービットというどうやっても抗えない脅威相手に一致団結するに至ったのだ。

 

 そもそも、ボーダー隊員に於いて武器の差などない。

 

 ノーマルトリガーは誰でも扱えるように作成されたからこそ汎用(ノーマル)トリガーと呼ばれているのであり、試合に於ける正否は運用する者の手腕に委ねられる。

 

 B級下位チームであろうが放つハウンドの威力はB級中位のものに劣るワケではないし、旋空も当たりさえすればどんな障害でも突破出来る矛である事実も変わらない。

 

 そして、三部隊合同の総攻撃によって、何とかラービットに防御の姿勢を取らせる事に成功していた。

 

 如何に強靭な装甲を有するラービットであっても、弱点であるカメラアイを守らなければならない事に変わりはないし、常にシールドを数人がかりで張り続けている為に遠距離攻撃手段のないプレーン体ではそれを強引に突破する手段が無い。

 

 これがもし、B級下位チームが単独で相対した場合は茶野隊のように瞬殺されていただろう。

 

 しかし、複数部隊が一糸乱れぬ連携によって纏まった事で、辛うじて防戦と呼べるレベルの戦闘が成立していたのである。

 

 それを考えれば、茶野隊の脱落があったからこそ、彼等が纏まる事が出来たと言っても過言ではないだろう。

 

「うお…………っ!?」

「飛んだ…………っ!?」

 

 だが。

 

 連携出来たと言っても、彼等の部隊規模の練度がそう高くない事に変わりはない以上いずれ限界は来る。

 

 ラービットはこのままでは埒が明かないと判断したのか、一気に上空へと跳躍。

 

 そのままの勢いで凄まじい勢いを以て、彼等の背後を取った。

 

 B級下位連合がこれまで抗戦出来ていたのは、一ヵ所に固まってシールドを重ねて防御を集中出来ていたからだ。

 

 背後を取られた以上そのアドバンテージは消失し、即応的な判断力に欠ける彼等ではこの背撃に対応出来ない。

 

 ラービットが、動く。

 

 その、刹那。

 

「旋空弧月」

 

 通りの良いバリトンボイスと共に、一筋の斬撃が放たれる。

 

 不意打ちの旋空が、迫り来るラービットの右腕を付け根から斬り落としていた。

 

 その声に、ラービットの魔手が伸びていた間宮隊隊長、間宮桂三は眼を見開く。

 

「よう、助けに来たぜ」

 

 そこにいたのは、B級10位荒船隊隊長、荒船哲次。

 

 そのニヒルな笑みは、状況も相俟ってひたすらに秀逸(スタイリッシュ)である。

 

 今回は、ラービットが完全に攻撃モーションに入っていた事と、荒船がバッグワームを付けて密かに接近していた事も幸いした。

 

 生駒と比べれば旋空の腕では劣る荒船ではあるが、これでも一端のマスタークラスである。

 

 隙を見せた敵を両断する事など、ワケもない。

 

 これが弱点であるカメラアイを狙えば反応されていた可能性も高かっただろうが、彼は間宮を救出する事を最優先に置いて敵の腕部を狙った。

 

 ラービットは頭部への反応に比べれば、腕への攻撃に対しては判断が甘くなる傾向にある。

 

 それは装甲の強度を信頼しているが故のプログラムなのだろうが、旋空は先端が当たりさえすればあらゆる防御を貫通する絶対の矛だ。

 

 今回はそのプログラムの間隙を突き、見事に先制を果たした結果となる。

 

「よくやった、お前等。後は俺達に任せて、お前らはC級の撤退を援護しろ」

「了解!」

 

 荒船からの指示を受けた間宮を筆頭としたB級下位部隊は、思わず破顔しながら頷く。

 

 これで、大丈夫だ。

 

 自分達の努力は、報われた。

 

 誰もが、そう思った。

 

 

 

 

「頃合いだな」

 

 だが。

 

 それを嘲笑うかのように、ハイレインが指示を下す。

 

 敵首魁は、戦況を正確に分析した上で。

 

 次なる、追撃の命を下した。

 

「モッド体を投入しろ。念には念を入れて、()()使え」

「了解」

 

 

 

 

「…………! 新型が、三体…………っ!? しかもこいつは、()()()()…………っ!?」

 

 意気揚々と現れた荒船の前に、門が開く。

 

 その事自体は、想定はしていた。

 

 敵の狙いがC級の鹵獲である以上、それを妨害すれば援軍を差し向けられる事は目に見えていた。

 

 だが。

 

 その数と、これまでの個体との差異が問題だった。

 

 現れたラービットの数は、三機。

 

 そして、その全てがこれまでの白色とは異なる灰色をしていた。

 

 荒船の得意とするシューティングゲームでも、色の違う個体というのは他のものとは異なる特別な能力を持っているのが通例だ。

 

 加えてこの局面で出て来た()()()が、これまでのものより弱いという事は断じて有り得ない。

 

 戦局は、この局面に於いて更に加速する事になる。

 

 アフトクラトルの脅威は、まだ始まったばかりなのだから。

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