香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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バトル・オブ・エモーション①

 

「────────やるわよ。麓郎、雄太。早くしなさい」

「あ、ああ」

「う、うん」

 

 肩を怒らせてズンズンとブースへ向かう香取と、困惑しつつもそれに付いて行く若村と三浦。

 

 その光景を見送りながら、樹里ははぁ、とため息を吐いた。

 

(面倒な事になったけど、しょうがない。こうなった以上、やる事をやるだけ)

 

 何故、こんな状況になっているのか。

 

 それは、樹里がいつも通り香取に絡まれた所に端を発していた。

 

 

 

 

「葉子、しつこい。試合ならこの前受けてあげたし、結果は変わらないよ」

「やってみなきゃ分かんないじゃない…………っ! いいから、付いて来なさいってのっ!」

「やだ」

「~~~っ!」

 

 樹里はボーダー本部のブースの近くを通りがかった時、偶然居合わせた香取にまたしても試合の誘いを受けていた。

 

 今までの経験から、ただ言葉で説得しても無駄だというのは香取も理解したのだろう。

 

 故に「試合に勝てば入隊する」という条件を突き付けて、なんとか樹里を頷かせようとしているのだ。

 

 最早形振り構っていないが、それだけ香取に余裕が無い事の証左でもある。

 

 前回のランク戦で、香取隊は中位落ちを経験した。

 

 一度上位に上がった後はなんとか順位をキープしていた香取隊だが、此処に来ての中位落ちは折角の上位入りに水を差された形になり、負けず嫌いな香取的にも我慢ならない事態だった。

 

 これが上位をワンシーズンキープする前であればまた違ったかもしれないが、一度上位に留まった後での順位降格という事もあり、苛立ちは相当なものだ。

 

 B級上位という一つの登竜門を潜り抜ける爽快感を味わった後で、そこから落ちれば気分が沈み込むのは自明だ。

 

 人は、上がった地位が下がる事が我慢出来ない生き物なのだから。

 

「一応聞くけど、わたしが勝ったら勧誘止める?」

「そんなワケないでしょ。勝つまでやるわよ」

「それじゃ、わたしがその条件を受けるメリットがない。やっぱり嫌」

「…………っ!」

 

 にべもない樹里の言葉に激昂しそうになる香取だが、何とかギリギリで踏み留まる。

 

 此処で檄すれば彼女の望む結果にならないであろう事を、本能で察知したからだ。

 

 しかし、これまで個人戦で一度も勝てていない樹里相手に確実に勝つ自信は香取にはない。

 

 だがそれを口にする事は香取にとって許容し難い事であり、これまで上位の実力者相手に散々叩き折られた経験が彼女に()()を手放す事を躊躇させている。

 

 されど、樹里の言う通りこのままでは交換条件として成立しないのは事実。

 

 一方的に香取だけにメリットがある交渉など、樹里が受ける理由はないからだ。

 

「だから、なんでそんなにアタシの部隊に入りたくないんだってのっ!? まさか、他に入りたい部隊があるとかじゃないわよねっ!?」

「それはない。わたしは単に、ソロの方が気楽なだけ」

「ソロじゃ、A級になれないでしょうがっ! A級になればデカイ顔出来るし、固定給も貰えんのよ? それが欲しくないってのっ!?」

「興味ない。面倒なだけ」

 

 故に香取は無駄と理解しながらも説得を試みるが、当然ながら樹里の返事は変わらない。

 

 上位の実力者に勝てずに折れたものの高い自己顕示欲からA級になりたいという想いは高い香取にとって、それに全く興味を示さない樹里の態度は理解の外だ。

 

 確かに樹里は昔から面倒臭がりな所はあったが、それでも必要最低限、やるべきと感じた事はちゃんとやっていた。

 

 仮にもボーダーに入隊し、高い実力を持っているのだから、それを活かさないなど勿体ない。

 

 そんな個人的な善意が、香取が樹里を誘う理由の一つだった。

 

 だから、それを樹里が断り続ける現状は自分の善意が蔑ろにされたように感じてしまい、こうも憤っているというワケだ。

 

「それに、葉子の部隊でA級になれるとも思えないよ。まともなのは葉子と華だけで、あとは役に立たないじゃない」

────────あ?

 

 だが。

 

 独りよがりな善意だけで憤っていた香取に対し、樹里は聞き捨てならない発言を口にした。

 

 役に立たない。

 

 樹里は、香取のチームメイトである若村と三浦に対し、ハッキリとそう告げたのだ。

 

「それ、どういう事よ?」

「葉子も分かっていると思う。三浦先輩は能力は高いけど場当たり的な対処しかしてないし、若村先輩に至っては碌な代案もないまま文句ばかり言ってる。あの二人がもう少しマシなら、中位落ちもしなかったんじゃないの?」

「────────────────」

 

 すぅ、と香取の顔から表情が消えていく。

 

 冷静になったのか?

 

 否。

 

 ()だ。

 

 樹里は、香取の目の前でチームメイトの二人をこき下ろした。

 

 華にそれはしないよう忠告はされていたが、大切な幼馴染の香取がチームメイトに足を引っ張られているようにしか見えない現状を前々から快く思っていなかった為、つい本音が口に出てしまったのだ。

 

 そして。

 

 自分が罵倒する分には良いが、他者に身内を馬鹿にされる事を一切許容出来ないのが香取葉子という少女である。

 

「…………樹里。条件とかどうでもいいから、アタシ等三人と戦いなさい。佐鳥でも木虎でも、好きに連れて来なさいよ────────────────今の言葉、訂正して貰うから」

 

 

 

 

「何がなんだか分からないけど、オレと樹里ちゃんで香取隊と戦うんだよね? 取り敢えず、普通にやって良いの?」

「好きにやって。全員叩き潰すから」

「了解っと」

 

 ランク戦、対戦室。

 

 そこへ足を踏み入れた樹里は、呼び寄せた佐鳥と話していた。

 

 あの後、香取が若村と三浦を。

 

 樹里が佐鳥を連れて来た後、即座に対戦が組まれる事になった。

 

 数の上では、3対2で樹里達が不利。

 

 しかし木虎を連れて来る気は元々なかった為、樹里はこれ以上人数を追加しなかった。

 

 というよりも、連携面で不安があった為呼ばなかった、と言う方が正しい。

 

 加えて木虎は広報部隊だけあって多忙な為、早々にスケジュールを合わせる事は出来ない。

 

 むしろ、佐鳥に関してもなんとか一時間だけ空きを作って貰った形だ。

 

 幸い、今日の佐鳥の仕事は此処で時間を潰しても充分なんとかなるレベルであった為、さほど無理をしたワケではない。

 

 事情を聞いた木虎は渋い顔をしていたものの、そこは佐鳥が取りなした。

 

「でも、良かったの? 香取ちゃん達が勝てば入隊するって条件受けて」

「代わりに、わたし達が勝てば二週間は勧誘しない条件を付けた。負ける気はないから、問題ない」

「そっか。樹里ちゃんがいいなら、それで良いよ」

 

 木虎が納得したのは、この条件があったからだ。

 

 相手の迷惑を顧みずに繰り返し樹里に香取が勧誘をし続ける状況に対し、木虎も思うところがあったのだろう。

 

 今回で一時期でもそれが収まるとなれば、流石に木虎も否とは言えない。

 

 「負けたら承知しませんよ」と念を押されはしたが、元々負けるつもりはない。

 

 人数の不利があっても、負けるような展望は樹里には思い浮かばなかった。

 

「そういえば、ルールはどうなってるの? チームランク戦みたいに、全員がランダム転送?」

「全員、じゃないよ。わたしと葉子だけは、個人ランク戦の時と同じ状態で目の前に転送される。他のメンバーは、ランダム転送だけどね」

 

 

 

 

「状況が良く呑み込めねーけど、なんで木岐坂と戦う事になってんだよ?」

「うっさい。これに勝てば樹里が入隊してくれんだから、つべこべ言わず戦いなさいよ」

 

 一方、香取は強引に連れて来たチームメイト相手に、有無を言わさず試合を強要していた。

 

 今回の件の発端は樹里が若村と三浦の二人をこき下ろした事だが、それを正直に彼等に言える程香取は素直ではない。

 

 ぶっちゃけるとこの試合は二人の評価を樹里に改めさせる事が目的であり、入隊諸々は二の次だ。

 

 それだけ香取が若村達の事を身内として大事にしているという事の証左でもあるのだが、そんな事情を知らない二人は首を傾げるしかない。

 

「まあまあ、勝てば木岐坂さんが入ってくれるって言うなら気合い入れるしかないでしょ。葉子ちゃんの悲願でもあるんだし」

「確かに木岐坂が入ればかなりの戦力アップにはなるけどよ。そもそも、オレ等で勝てるのか? 確か、葉子でも一度も勝ててないんだろ?」

「────────勝つのよ。良いから、準備をしなさい。文句は受け付けないわ」

 

 困惑する二人に向けて、香取は冷たい声でそう告げる。

 

 その有無を言わさぬ迫力に怯んだのか、若村達は一先ず了解と返事を送る。

 

「それから、華もいないし今回はアタシが指示出しするから。勝手に動くんじゃないわよ」

「お前が指揮だと? どういう風の吹き回しだよそりゃ」

「ただ正面からやるだけで樹里に勝てるワケないでしょうが。良いから、黙って言う事聞きなさい。どうせ、アンタ達じゃ指揮なんて無理でしょうから」

「それは…………」

 

 若村はそんな事はない、と言い返そうとして、気付く。

 

 自分が指揮をして勝てるイメージが、どうしても浮かばなかったからだ。

 

 今までは、一応若村が試合の大まかな方針を決めていた。

 

 しかし逐一適格な指示が出来ていたかと言えばそうではなく、場当たり的な対処しかしていない。

 

 それをいつもは「香取の独断専行の所為」と責任転嫁をしていたが、もしも香取が若村の指示に従ったとして。

 

 果たして、そこから勝ちに繋げる事が自分に出来るだろうかと。

 

 そんな、今まで目を背けていた事実に、若村は薄っすらと気付き始めていた。

 

「作戦を伝えるから、ちゃんと聞きなさい。良いわね」

 

 そして、香取は怒りのままに行動したが為にこれまでの躊躇いや迷いといったものを捨てていた。

 

 今までは生駒や影浦といった上位の面々に叩き折られたプライドの所為でランク戦への積極性が薄れていたが、怒り心頭になったが故にそういったものを投げ捨てて本気で勝つ為に行動するに至っている。

 

 切っ掛けこそ彼女自身の激情だが、それを契機に香取の意識が変わった事は事実。

 

 予定調和と思われていた戦いは、予想外の波乱を生み出そうとしていた。

 

 

 

 

「おや、これは珍しいカードだね。カトリーヌとジュリアーナが戦う機会はそれなりにあったけど、部隊の面々を引き連れてってのは初めてだね」

「えっと、じゃああの画面に映っているのが香取先輩のチームメイトなんですか?」

「ああ、金髪の眼鏡をかけているのが若村(ジャクソン)。黒髪の方が三浦(ミューラー)だね。ちなみに、ジュリアーナの組んでいる相手は狙撃手の佐鳥(さとりん)だね」

 

 一方、香取隊VS樹里・佐鳥という奇妙な試合が行われると聞き、王子は修を伴ってブースにやって来ていた。

 

 隊室に招き蔵内と共に射手としての基本を修に教えた王子だが、実戦に勝る教材はないとして適当な試合を見せるつもりで連れて来た折、この対戦カードを見付けたというワケだ。

 

 今は狙撃手になっているとはいえ射手としても相当なレベルにある樹里の試合は、修にとっても得るものが多いだろう。

 

 加えて、王子にとっても後々香取隊に入ると確信している樹里の戦力評価という意味でもこの試合を見る意義は大きい。

 

 どちらにとっても得のある状況であるので、これを見逃す手はなかったのだ。

 

 ちなみに、王子の奇矯な渾名を付ける癖については既に修は「そういうものだ」と理解している為いちいち突っ込まない。

 

 渾名で紹介されたものの、本名の方は画面にローマ字で表記されているので王子のネーミングセンスを鑑みれば誰の事を指しているかは理解出来る。

 

 妙な所で王子との相性の良さを発揮する、色んな意味で将来有望な修であった。

 

「王子先輩。先輩は、どちらが勝つと思いますか?」

「順当に行けば、ジュリアーナの方だね。人数の不利があるとはいえ、B級でもトップクラスの実力を持つジュリアーナをさとりんがサポートするんだから、今の香取隊じゃまず勝てないと思うよ」

 

 ただ、と王子は画面を見上げる。

 

「────────聞いた話だと、今回カトリーヌは()()みたいだ。彼女が停滞を止めたのなら、もしかしたら万が一が有り得るのかもしれないね」

 

 

 

 

『全隊員、転送完了。対戦ステージ、工業地帯。試合開始』

 

 仮想の戦場に樹里と香取を始めとした面々が転送され、機械音声が試合開始を告げる。

 

 そして。

 

「────────!」

「…………!」

 

 それと同時に、香取がグラスホッパーを踏みつけて疾駆。

 

 最短で、樹里との距離を詰めにかかる。

 

 射撃トリガーは、キューブを展開して分割、射手するという工程(プロセス)を必要とする。

 

 弾速や威力、射程距離等細かな調整が効く代わりに、近距離での()()()という部分で明確に銃手トリガーに劣るのだ。

 

 香取は、そこを突いた。

 

 この距離、そして香取の機動力(スピード)ならば。

 

 樹里が弾丸を放つよりも、香取が肉薄する方が速い。

 

「無駄」

 

 だが。

 

 そんな事は、樹里とて百も承知。

 

 素早く抜き放ったイーグレットの銃口が火を噴き、迫る香取を狙い撃つ。

 

 当たれば、それで終わる。

 

 仮に回避したとしても、そのタイムロスがあれば射撃トリガーの展開が完了する。

 

 副作用(サイドエフェクト)、強化視覚を駆使した狙撃銃の早撃ち。

 

 それが、先手を狙った香取へ放たれる。

 

 この機を逃がせば、後は消化試合だ。

 

 圧倒的な樹里のトリオン量から来る弾幕の雨に押し潰され、香取隊は壊滅する。

 

「シールドッ!」

「…………!」

 

 故に。

 

 その機を逃さない為に、香取は手を打っていた。

 

 路地から飛び出した三浦が、遠隔シールドを展開。

 

 二重に展開した集中シールドが、樹里のイーグレットの弾丸を押し留める。

 

 そして。

 

 弾丸を凌いだ香取は、右手を振るいスコーピオンを樹里に向かって降り下ろした。

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