「焦らず、落ち着いて移動して下さいっ! トリオン兵が出て来たらこちらで対処しますので、退避行動を最優先に動いて下さいっ!」
修は市街地でC級の面々を誘導しながら、周囲に気を配っていた。
彼がいるのは、現在三輪隊と荒船隊が護衛に付いているC級部隊からやや離れた場所にいるC級隊員達だ。
何故彼等がこんな中途半端な場所にいたかと言えば、避難対象である市民の一部を送り届けて来た際に元居た集団がラービットの襲撃を受けた為に合流出来ずにいたからだ。
丁度彼等は茶野隊が担当していていたのだが、新型襲撃の報告を受けて「俺達も迎撃に加わらなくちゃなりません。皆さんは此処で待っていて下さい」と勇んで持ち場を離れた結果脱落してしまった為、残されたC級の面々は途方に暮れていたのだ。
茶野隊としては自分達が守っていたC級に危害が及ばないように先んじて近界民を倒すぞ、と考えた結果だったのだが、肝心のラービットの脅威を侮っていた為にこんな有り様になってしまったのである。
根付のプッシュでB級に上がった彼等は、正直功を焦っていた。
市民の為にも頑張らなくちゃいけない、という想いはあったものの、それが空回りしていた事は否定出来ない。
ランク戦でも碌に勝てず、「本当に顔だけの部隊」と陰口を叩かれていた事は知っている。
これは嵐山隊の成功で味を占めて第二の嵐山隊にと、彼等を強引に推した根付の失敗でもある。
そも、広報部隊としての嵐山隊の成功の大きな要因に隊長である嵐山の常人離れしたメンタルがある。
彼のような逸脱した精神を持ったリーダーに率いられていたからこそ、嵐山隊はあそこまでの人気を得ながらメディア露出という難行をこなす事が出来ているのだ。
その大役をプレッシャーにも思わず、「当然の事」としてこなせてしまうが故に嵐山は今の地位を得ているのである。
あくまでも常人のメンタルしか持たず、そもそもA級クラスの強さを得てから広報部隊となった嵐山隊とは違い、根付の推薦だけでB級に上がり、戦いで勝つ為のノウハウすら培えていない彼等では荷が重すぎたと言わざるを得ない。
それらの環境から来る無意識の焦りが、彼等を逸らせたと言っても過言ではないだろう。
これは彼等が精神的に脆いのではなく、嵐山が異常と見るべきだ。
あの年齢であそこまでの精神を保てるというのは、ただ事ではないのだから。
そうして、率いる者がいなくなり途方に暮れたC級隊員達の元には、当然ながらラービットが襲って来た。
それを救ったのが、遊真と共に現れた修である。
正しくはラービットの処理は遊真一人が担当したのだが、彼が隊長と仰ぐ修がC級の指揮を一時的に受け持った事で、何とか混乱は収まったのだ。
修は風間や緑川の件で、C級の間でも顔や噂が広まっている。
中には当初の「風間さんに勝った」という誇張された噂や「緑川を舎弟にした」などという捻じれた風評も混じってはいたが、「とにかく只者ではない」という事だけは伝わっていたのだ。
そんな修が指揮を執ると聞かされた為、C級の面々は「取り敢えず従っておくか」となったのである。
基本的にC級隊員は格下と思った者には調子に乗るが、長いものには巻かれる傾向がある。
時の人とも言える修や、「謎の大型新人」と密かに噂されている遊真を相手に逆らうような気骨を持つ者はいなかったのだ。
「遊真先輩凄いねー。あのやばそうなの、簡単に倒しちゃったし」
「うん。遊真くんは、凄いよ」
ちなみに何故この場に修が駆けつけたかについてだが、千佳がいたからである。
彼女は出穂と共に、この集団の一員として動いていた。
その千佳のいる集団を率いていた茶野隊が脱落したと聞かされた修は、遊真に頼んでこの場に文字通り
戦力的な意味で言えば遊真だけで足りたのだが、彼ではC級相手の説明の点で難がある。
組織の一員として動いた事はあっても人を率いた経験などない遊真では、他人を効果的に動かす弁舌など望むべくもないのだ。
傭兵として生きていくうちに世渡りの術は学んでいるが、どちらかというとそれは戦場に生きる荒くれもの相手に通用する為のやり口だ。
平和な世界で生き、学生気分が抜けていないC級相手では精々が威圧して言う事を聞かせるくらいが関の山である。
それでは能率が悪い為、修はC級相手に矢面に立つ役目を引き受けたのだ。
結果として修の不本意な有名税によってC級は従う事になり、彼がこの場に同道したのは正しい選択だったと言える。
また、事前に修が遊真の黒トリガー使用について許諾を得ていなければ、彼をこの場に連れて来る事は出来なかっただろう。
許可なしで黒トリガーを使用した場合、それを黙認する代わりに他の戦場への派遣を要請された筈だからだ。
黒トリガーという戦力の価値はそれだけ重く、何かしらの口実があれば便利使いされたのは言うまでもない。
そういう意味でも、黒トリガーの使用許可を事前に取っていた修はファインプレーであったと言える。
でなければ今頃、追い詰められた末に千佳が狙撃を敢行してしまい、早々に彼女の存在がアフトクラトル側にバレていたに違いない。
その場合極大の戦力がこの場に差し向けられた筈であり、修の行動が現在の状況を作っているとも言えた。
「空閑、何とかこのままC級隊員を基地まで送り届けたい。また新型が現れた場合は、頼むぞ」
「ああ、任せろ。邪魔な奴はおれが片付けてやるから、修はそいつらの護衛に専念してくれ」
そう言って自分の胸をドン、と叩く遊真に修は頼もしさを覚える。
彼という修が知る限り最大規模の戦力がいてくれるお陰で、自分はこうして冷静にC級を誘導する事が出来ている。
その事には感謝してもしきれないし、彼がいなければ自分だけであの新型を相手にせざるを得なかっただろう。
当然ながらその場合は為す術なくやられていたのが目に見えている為、最悪の場合千佳に危険が及んだ可能性もある。
それを思えば、彼が無条件で味方でいてくれる僥倖をこそ感謝しなければならない。
自分などに味方してくれる遊真に報いる為に、出来る事はしなければならない。
そう意気込んだ矢先、そういえば、と思い至る。
「他の所には砲撃能力を持った新型が現れたらしいけど、そいつが此処に来る可能性はあるのか?」
「普通にあるだろうな。聞いた感じ、そいつは邪魔者の排除が目的の戦闘用だろうから、白いやつと一緒になって来るだろうぜ」
『同意見だな。他の二ヵ所が襲われた以上、此処が襲われない保証はない。或いはユーマの戦力が危険視された場合、更に厄介な相手が出て来る可能性もある』
他のC級隊員の集団には、それぞれ通常のラービットとは異なる「砲撃型」が現れたのだそうだ。
現在修が率いている面々が元いた集団では、多数のC級隊員が一時的に捕まってしまったらしい。
今はもう救出されているとの事だが、もし千佳がそんな事になっていたら、と思うとゾッとする。
麟児に任された大事な妹のような存在を、そんな目に遭わせてはならない。
それを聞いた時には、改めてそう思ったものだ。
そして、遊真の言ではその脅威となる亜種のラービットがこの場に来る可能性もあるのだという。
遊真であれば大丈夫だろうと思う反面、不安もある。
確かに遊真は強力極まりない戦力だが、その身は一つだ。
もし、彼が何らかの理由で手が離せなくなってしまった場合。
自分に、千佳を守る事が出来るのだろうか。
そういった不安が、修の心にもたげていた。
これまで修は、戦力という意味では何の役にも立てていない。
戦闘は遊真に任せきりで、やった事と言えば動きの止まったラービットにトドメを刺したくらい。
それも遊真のお膳立てあってのものであり、自分の手柄であるとは考えていない。
そんな自分が、遊真でさえ手に負えない状況になった時に役に立てるのか。
責任を負うのが怖いのではなく、自分が役割を果たせなかった結果起こる惨劇をこそ修は恐れる。
自分の意思を貫き通せない事こそ、彼にとって最も許せない事なのだから。
「オサム、あんま気負うな。何が来ても大丈夫、とまでは言えないけど、大抵の事は何とかなる。不安になるような事を言って悪かったな」
「いや、不安に思ったのはぼくが弱いからだ。空閑は悪くないさ」
「オサムは────────────────いや、いいや。多分これ言ってもどうにもなんないだろうし、オサムはそのままでいてくれ」
「あ、うん」
遊真は修を何とか励まそうとしたのだが、これを言っても意味ないな、とすぐさま判断し、そう言葉を締めた。
彼が見掛けに依らず凄まじい頑固者で自己評価がとてつもなく低い事は、既に知っている。
そんな修に「お前は弱くない、大丈夫だ」と言ったところで、何も響きはしないだろう。
修は他人の事は何くれと構おうとする癖に、自分の立場や身の危険を極度に度外視して行動する悪癖がある。
これは彼が成功体験と言えるものを殆ど持っていないが為の自己評価の低さと素直に見えて偏屈な性根から来ているのだが、遊真は早急な改善は不可能と既に結論付けていた。
そんな修の性質は彼の経験から来るものであり、ただの言葉では早々に覆る筈がない。
培って来た経験というものは、正負問わずにその人間に影響を及ぼすものだからだ。
遊真とて、本質的に他人を信用出来ない、という性を抱えていた。
傭兵として戦場を渡り歩いて来た彼は、人を信じる、という事の困難さを身を以て知っていた。
そういった経験が、彼の厭世的な価値観を育んだ一助である事は言うまでもない。
そんな彼が何の裏もなく自分を助けようとする修に懐いたのは、ある意味で自明の理と言える。
人の
裏のない厚意というものがこれ程温かなものだと言う事を、彼は久々に感じたのだから。
これ以上なく懐くのも、自然の理と言えるだろう。
「レプリカ、敵はどう動いて来ると思う?」
『ユーマはどう考えている?』
「多分、今他の場所で出て来たっていう敵のトリガー使いは陽動だろうな。本命はラービットによるC級の捕獲だろうけど、例の「色付き」は二回しか出て来なかったんだろ? そいつももう撃退されたらしいし、まだ追撃が来ないってのはちょっと不気味だな」
遊真はレプリカの問いに対し、冷静に自身の見解を述べた。
出てきている人型、即ち近界民のトリガー使いは間違いなく陽動であると確信出来る。
その後出て来たラービットの動きを見た限りでも、敵の狙いがC級隊員の鹵獲である事は十中八九間違いない。
しかし、それにしては攻勢が少々温いと感じるのだ。
確かに、「色付き」のラービットは通常個体と比べれば脅威だろう。
だが実際に撃破もされているというのに、他の場所に追撃が来たという報告がない。
これでは折角敵のトリガー使いの陽動をしているのに、その時間を有効に活用出来ていない。
ラービットの数を、充分に用意出来ていなかったのだろうか。
否だ。
これだけのリソースを注いだ侵攻に、そんな中途半端な準備で来る筈がない。
確実に、敵はラービットを多数温存している。
ならば何故、追撃をかけて来ないのか。
考えられるとすれば────────。
「────────まさか」
そこで、遊真は一つの推論に辿り着く。
それは────────。
「これでようやく、主だった戦力は引きずり出せたか」
遠征艇で、ハイレインは一人笑みを浮かべる。
傍らに控えるミラもまた、同意するように頷いた。
「恐らくですが、これで早急に動かせる戦力は粗方誘い出せたかと。伏兵がいないとも限りませんが、恐らく少数でしょう」
「私もそう判断する。では、頃合いだな」
ハイレインはスクリーンに映された、三つの映像に目を向ける。
それぞれ雛鳥、C級の集団を護衛している面々がハイレインの眼に留まった。
「銃使いと槍使いの所は、戦力が厚いな。特にあの銃使いは、手練れと見える。生半可な物量では通用しない危険が高そうだ。玄界の黒トリガーと思われる少年の所も、ラービットではモッド体といえど手に余るだろう」
だが、とハイレインは続ける。
「この銃使いと剣士の少女の所は、他と比べれば戦力で劣る。物量で押せば、作戦行動に支障は出るまい」
ハイレインは不敵な笑みを浮かべ、告げる。
「この場所に、ラービットを集中投下しろ。可能な限りの雛鳥を、此処で確保させて貰う」
「おいおい、冗談じゃねぇぞコラァ」
「こ、これは…………!」
弓場と帯島は、その光景に息を呑む。
突如として開いた、空の穴。
そこから新たなラービットが出て来たのは、予想の範疇ではあった。
あれだけで追撃が終わるなどという楽観的な考えを、弓場は抱いてはいなかった。
だが、その
出て来たラービットの数は、
しかもその全てが、「色付き」であった。
加えて言えば、先程倒した灰色の「色付き」の他にも、紫色のものと黄色のものが存在している。
これは、ハッキリ言ってマズイ。
砲撃型は確かに砲撃時に隙が出来るという分かりやすい弱点があるが、砲撃の威力そのものは驚異的だ。
それに能力の分からない二種類の「色付き」が加わるとなれば、弓場隊だけでの対処は厳しい。
先程砲撃型に対処出来たのも、当真からの情報で砲撃型の特性を共有出来ていた為だ。
攻撃の際に弱点を曝け出すという隙だらけの姿を見せていた為、あそこまで呆気なく撃破出来たとも言える。
だが、この紫と黄色のものは一切情報が無い。
しかも、この数。
どう考えても、弓場隊だけでは手に余るのは目に見えていた。
戦局は、加速する。
指し手の意図により、アフトクラトルの攻勢は更に勢いを増そうとしていた。