「強力な伏兵が来る事自体は、予想の範疇だった。ランバネイン達を相手に此処まで善戦出来ている事からも、玄界の軍の層の厚さは分かった。ならばそういう事もあるだろうと、考えてはいた」
遠征艇で一人、ハイレインはスクリーンを見上げながら呟く。
その顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「ラービットは確かに強力な戦力ではあるが、一機あたりの戦闘力は当然精鋭のトリガー使いには劣る。玄界の一般兵相手ならどうとでもなるだろうが、事実として一定以上の実力者相手ではモッド体といえど撃退されている」
玄界の戦力が当初想定していたよりも上回っていた事自体は、事実である。
トリオン兵の大群を差し向けて敵の戦力を分散させ、ランバネイン達トリガー使いによって実力者を撃破、もしくは足止めしている隙にラービットで雛鳥を鹵獲する。
その当初の方針自体は、そこまで巧くはいっていない。
予想していたよりもラービットに対処出来る兵士の数が多い上に、ランバネイン達も押してはいるが決定打は撃てていない様子。
ハッキリ言って、向こう側の戦力が想定を大きく上回っていた事自体は否定出来ない。
「故に、数で押すという戦略を取った時に残っていた伏兵がやって来る確率は高いと踏んでいた。此処までの層の厚さを見せた玄界が、無抵抗でやられるとは今更思わない」
だが、とハイレインは続ける。
「だからこそ、ヴィザ翁に行って貰った。どんな相手だろうが、ヴィザ翁であれば問題にならない。あの方は、我が国の国宝の使い手にして最強の剣聖────────────────敗れる事など、ある筈がないのだからな」
(こいつ、ヤバい…………! 今まで会ったどんな敵よりも、こいつより上の奴なんていない…………!)
小南は、突如として現れた老人────────────────ヴィザに、最大限の警戒をしていた。
頭の中で、彼女をこれまで生き残らせて来た超人じみた直感が警報を鳴らしまくっている。
この相手は、ヤバい。
そんな警告が、うるさい程に鳴り響いている。
「弓場ちゃん、ごめん。もう、そっちの援護は出来ない。こいつ、マジでヤバいから」
「…………! 分かった。気ィ付けろよ」
「当然」
小南は視線をヴィザから外さないまま、弓場に指示を出した。
この翁相手に、他の事をやっている余裕などない。
分かるのだ。
少しでも余力を他に割けば、次の瞬間地に伏しているのは自分だろうと。
小南の直感が、激しく訴えていた。
ラービットの相手は、弓場に任せる他ない。
それが、小南の戦士としての勘が下した結論だった。
幸い、ラービット10機のうち3機の砲撃型は全滅、泥刃型も一機は下している為、残るは泥刃型3機、磁力型3機の計6機だ。
全てのタイプの能力は割れている為、弓場隊だけで相手は出来なくもない。
数の差があるので厳しくはあるだろうが、最も火力の高い砲撃型が全滅した分やりようはある筈だ。
そう判断し、小南は目の前の相手に全力を尽くすべくスイッチを切り替える。
有象無象を蹂躙する為の殲滅戦ではなく、格上の強者を相手取る為の感覚へ。
意識的に、
旧ボーダー時代に数々の戦場を渡り歩いた末に、彼女は意識の切り替えとも言うべき技能を獲得していた。
日常を愛する年頃の少女から、屍横たわる戦場を踏破する為の冷徹な戦士へと換装する為の、意識の調整。
それを自力で成し遂げるまでに戦い抜いた少女は、この相手は
「────────」
「…………その眼は、戦士というよりも修羅に近い。成る程、相応の場数を踏んだ精鋭、というワケですか」
意思の力だけで己の意識を変質させた小南を相手に、ヴィザは眼を細める。
彼の眼から見ても、小南の変化は明らかだった。
たった今まで友軍の銃使いに向けていた親し気な雰囲気など、何処にもない。
そこにいたのは、戦場で死地を潜り抜けて来た歴戦の兵士。
戦士として極限まで磨き抜かれた抜身の刃のような気配を、今の小南は纏っていた。
「修羅に近いですが、真の意味での修羅には至っていない────────────────成る程、意識的に切り替えているワケですか。器用な真似をする。中々の相手とお見受けしますぞ」
「────────」
その神髄を見抜いたヴィザの言葉にも、小南は反応しない。
戦闘中に会話をする無駄など、今の小南がやる筈がない。
敵との会話など、情報を引き出すもしくは隙を作らせる以外の目的で行う意味はない。
見るからに老獪な翁相手に、そんな無駄な事をする余裕などないと悟ったのもある。
何よりも、少しでも隙を作りかねない真似を、今の小南が行える筈もなかった。
相手は、明確な格上。
歴戦の勇士たる小南であっても、1対1ではまず勝てないと見る剣士だ。
そう判断して黙殺した小南に、ヴィザは薄い笑みを浮かべる。
面白い、と老剣士は少女に興味を持った様子だった。
「余計な会話はしない、戦場の鉄則は良く分かっておられる。加えて、それだけで通用するなどという青い考えも持ち合わせてはいない様子。これは、中々楽しめそうですな」
ヴィザはですが、と薄く目を開く。
「私も、仕事で来ている身でしてな。宮仕えの性というもので、やる事はやっておかねばなりません。些事は、すぐに済ませてしまいましょう」
「…………! 弓場ちゃん、逃げ…………!」
その狙いに気付いた小南が、声を張り上げる。
だが。
「────────
────────その攻撃を前に、それは遅過ぎた。
ヴィザがその手に持つ杖を掲げた、その瞬間。
周囲の建造物ごと、弓場の身体が両断された。
「あ…………?」
『戦闘体活動限界。
彼は、何が起こったかすら理解出来なかった。
一瞬後に上半身と下半身が分かれた自分の身体を見たが、既に致命傷を負っていた為意味はない。
機械音声と共に、無情にも神速の銃使いは戦場から離脱した。
「弓場さん…………!」
一瞬遅れて事態を理解した帯島が、悲鳴のような声をあげる。
自分達の隊長がやられてしまった、その悔しさもあるだろう。
だが、一番の問題は────────。
「────────やってくれたわね。随分、いやらしい真似をするじゃない」
「これでも、軍属の身でしてな。上の作戦には、可能な限り協力しなければならないのですよ。
小南を除けばラービットを倒せる最大火力を持っていた弓場が、戦線離脱した事だ。
帯島も旋空はセットしているが、彼女の真価はエースたる弓場との連携によって発揮される。
単騎では流石にラービットのモッド体相手では厳しく、それは外岡による狙撃支援があったとしても同様だ。
ヴィザはそれを見越した上で、小南ではなく弓場を最優先排除対象として斬り捨てたのだ。
星の杖という、初見殺しとしても凶悪極まりない己の黒トリガーによって。
(マズイ…………! 危機回避に、意識を向け過ぎた…………! それも含めて、こいつの狙い通りだったってワケ…………!)
小南は、敵の狙いを完全に見誤った事を察していた。
向こうの狙いはこちらの精鋭である小南の撃破だと考えていたのだが、その真意はあくまでも新型の支援にあった。
こちらで唯一ラービットを撃破可能な弓場を最優先で落とし、小南自身はヴィザが直々に足止めする。
それが敵の作戦であり、そんな陥ってはならない最悪の状況に至ってしまったのが現実である。
「さて、そろそろ死合いましょうか。ラービットが仕事を終えるまで、この老いぼれの相手をして頂けますかな」
「この…………!」
腹立たしいが、此処で敵の思惑に乗らなければこの翁を戦場に解き放つ事になりそれこそ最悪の事態に至ってしまう。
忸怩たる想いを抱えながらも、小南は剣聖との戦闘に突入した。
「新たな人型により、弓場隊長が
「敵も、切り札を切って来たか…………!」
沢村からの報告に、忍田は唇を噛んだ。
敵の増援自体は、予想していた。
10機もの新型を一斉投入して来たのだから、あそこが敵の本命なのは明らかだ。
しかしだからこそ、小南を単騎で派遣したのだ。
多少の増援があったところで、彼女ならば問題にもならない。
加えて、他の戦力を温存する事で他の場所に同様の軍勢を差し向けられても対応出来る。
これまでの敵の戦術の傾向からあの場所への新型大量投入すら囮である可能性もあった為、そういった策を取ったのだ。
だがまさか、小南でさえ手一杯になる敵が出て来るとは流石に想定していなかった。
小南は本当の意味で、ボーダー最強クラスの戦士だ。
旧ボーダーでの戦争経験という修羅場を潜り抜けて来た彼女の戦闘力は言わずもがな、その危機感知の直感による生存能力も他の隊員と比べて跳び抜けている。
どんな戦場からでも生還して来た戦歴は、伊達ではない。
しかし、その小南が「自分だけでは勝てないし他の事をする余裕もない」と断言したのだ。
そうなると、彼女が今戦っている相手は敵の中でも最強の駒であると考えて間違いないだろう。
そんな鬼札を切って来た以上、最早敵の狙いは明白だ。
あの場でその最強の駒がこちらを足止めしている隙に、新型でC級を攫えるだけ攫って撤退する。
そう考えて、間違いあるまい。
実際問題、このままではその悪夢が実現する可能性は非常に高いと言わざるを得なかった。
(これまでの戦いも、全てはこの為の仕込みか…………! やってくれる…………!)
此処で問題になるのは、無理をしてこの場に戦力を集中した場合の結果だ。
それで新型を駆逐出来るなら御の字であるが、最悪あの老剣士によって迎撃される可能性すら有り得る。
また、その隙に他の二ヵ所に戦力を集中されてC級を攫われる可能性もある。
黒トリガーの遊真とA級の三輪隊が守っている為早々万が一は起こらないだろうが、それでも敵がこれ以上切り札を持っていないとは言い切れない。
そういう意味でも、これまでの敵の戦術は理に適っていた。
まさにその隙を狙った襲撃が、先程のラービット10体同時投入だったからだ。
一度あった事は、二度目もあると疑わざるを得ない。
かといって、このまま手をこまねいているワケにもいかない。
どちらにせよ、敵の掌の上で踊るのは目に見えている。
戦術家としては、敵の方が上手であると言わざるを得なかった。
(だが、決断しなければならない。それが出来なければ、最悪の未来が待つだけだ)
忍田は現状を正確に把握し、様々な葛藤を呑み込んだ。
これで良いのか、という迷いはある。
しかし、何も動かずにいれば最悪の事態を迎えると分かっている以上、動く以外の道はなかった。
「通達する。これより────────」
『ユカリ、気張れ…………! なんとか時間を稼ぐんだ…………!』
「はい…………!」
帯島はオペレーターの藤丸から檄を飛ばされ、何とかラービットに向かい合う。
正直、自分だけでこの6機を相手に出来るとは思わない。
これまでラービットを撃破出来ていたのは、弓場のリボルバーという高火力があったからだ。
帯島も旋空自体はセットしているが、お世辞にもその練度は高いとは言えない。
少なくとも、生駒や太刀川のように旋空でラービットを倒す事は不可能だろう。
あれは先端を正確に狙った場所に当てる技巧が必要となるので、補助型の帯島ではあのような真似は出来ない。
これは彼女が攻撃よりも防御と崩しを主に置いたサポーターであるのが原因であり、相性の悪さと言い換えても良い。
(でも、弓場さんの分まで、自分が頑張らないと…………!)
帯島は気合いで自分を奮い立たせ、ラービットに向き直る。
敵の能力は、分かっている。
地面を経由して攻撃して来る泥刃型と、磁力片を撃ち出して来る磁力型。
どちらも厄介であるが、最大火力を持った砲撃型がいなくなった以上冷静に相手をすれば時間稼ぎは出来る。
「…………!」
そう、身構えていたからだろう。
泥刃型が地面に腕を突き刺したのを見逃さず、帯島は即座に後方へ跳んだ。
次の瞬間、彼女がいた場所に無数の刃が出現する。
一瞬でも反応が遅れていれば、今頃はあの刃に貫かれていた筈だ。
「…………っ!」
しかし、敵は泥刃型だけではない。
磁力型もまた、帯島目掛けて一斉に磁力片を射出して来た。
先の失敗もあり、帯島は全力でこれを回避。
今回は服を含めて一切被弾する事なく、敵の攻撃を乗り切った。
「あ…………!」
そこで、気付く。
物陰に隠れていた灰色の砲撃型が、自分を狙っている事に。
恐らく、あの個体は最初から近くに潜ませていて、隙を狙っていたのだろう。
最後の邪魔者である自分を、排除する為に。
帯島は咄嗟に、シールドを張る。
回避の為に中空に跳躍している今、あの攻撃は避けられない。
故に何処まで凌げるか不安なシールドでの防御しか、今の彼女に選択肢はない。
次の瞬間の攻撃に、身構える帯島。
「うりゃあ…………!」
途端、活力ある声と共に硬質な音が響いた。
視線を向ける。
そこには、砲撃型を挟み込むように斬りかかった東隊の攻撃手、小荒井と奥寺の姿があった。
恐らく、救援に来てくれたのだろう。
それは正直にありがたいし、一人ではないというのは心強い。
しかし、そんな彼等の攻撃もラービットには防がれてしまっていた。
二人の弧月はラービットが左右に掲げた両腕によって受け止められており、腕部には傷一つすら付いていない。
砲撃型は確かに砲撃時に弱点を晒してしまうという欠点はあるが、泥刃型と異なり両腕は動かせる。
それを用いた防御で、彼等の渾身の一撃は防がれてしまい結果として砲撃を止める事は敵わなかった。
「良くやった。後は任せろ」
否。
この結果も含めて、この男の想定通りである。
彼は、東は。
部下が作ったチャンスを逃さぬよう、躊躇いなく引き金を引いた。
「…………!」
帯島は、目を見開いた。
二人の攻撃を受け止めた砲撃型は、飛来した一発の弾丸によって急所を射抜かれ沈黙した。
何が起こったかは、瞭然だ。
彼等東隊のリーダーである東春秋が、チームメイトの作り出した隙を狙ってラービットを撃破したのだ。
小荒井と奥寺の目的は、最初からラービットに
アイビスすら防いでしまう硬い両腕という盾を引き剥がす為の、囮だったワケだ。
『遅くなったが、援軍として来た。協力して新型を倒そう』
「はい…………! 了解しました!」
東からの通信を受け、笑顔で頷く帯島。
自分だけならともかく、頼もしい助っ人が来てくれた。
前衛も三人に増えたし、これならなんとかなる。
そう、帯島は確信した。
「────────え…………?」
だが。
現実は、そう甘くはなかった。
新たに開く、黒い穴。
そこから、7機ものラービットが出現したのだ。
「嘘だろ、こんな数…………!」
「しかも、全員「色付き」かよ…………!?」
それも、全てが「色付き」。
ただでさえ厳しかった現状が、加速度的に悪化した。
敵は容赦なく、この場で目的を達するつもりだと。
帯島は、そう悟ってしまった。
指し手は、冷徹に駒を差し進める。
アフトクラトルの知将は、目標達成に向けて更なる一手を打って来たのだった。