(────────なんとか、此処までは来れたか。色々と厳しい状況ではあるけど、こればっかりは頑張って貰うしかないな)
迅は一人、ラービットの残骸を踏みつけながら呟く。
彼の周囲には四体のラービットの成れの果てが転がっており、これらはC級のキューブを運んでいた緑川達を襲撃しようとしていた個体である。
その中には磁力型も交じっており、不意打ちでこいつの攻撃を受けていれば緑川といえど回避し切れない可能性があった。
緑川は基地へキューブを持ち帰る事を最優先にして動いており、周囲への警戒はしていたが「速度重視で一刻も早く辿り着いた方が良い」と結論していた為、その当時は未だ存在を知られていなかった磁力型の奇襲を受けてしまう可能性は存在していた。
それを視た迅が、こうして自分の担当場所を天羽に押し付けてまで助けに来たのである。
当然ながら、姿を出すような真似はしていない。
四機のラービットは、迅の奇襲によって瞬く間に瞬殺されている。
迅のファンである緑川の前に姿を現せば、それだけで余計な時間をロスしてしまう可能性があった。
彼の事が嫌いなワケではないが、今は一分一秒が惜しい状況。
スムーズな事態の進行を優先し、人知れず暗躍に徹する事にしたのである。
この四体は緑川を襲撃する為に建物の陰に隠れていて今まさに動き出そうとした時を狙われたので、碌な抵抗が出来なかったのだ。
そうでなくともラービット自体、未来視を持つ迅にとっては問題なく処理出来る相手なのだ。
そんな迅に横から奇襲を受けたのだから、生き残れる方がおかしい。
当然の帰結として、四機のラービットは目的を達する事なく撃沈したワケである。
迅の視た、未来の映像通りに。
予期せぬ襲撃者は既知の潜伏者となり、彼の手で沈黙したのだ。
(東さんと村上が行ったから、あそこはまだ保つ。小南が手一杯なのは痛いけど、敵の最大戦力を足止め出来てるんだから御の字といえば御の字だ。メガネくんが動いてるみたいだし、無理に手出しをする必要はないものの警戒は必要か)
チラリ、と迅は小南とヴィザが戦っている方角へ視線を向ける。
出来る事なら救援に行ってやりたいが、緑川が基地に辿り着くまではまだ襲撃の
無論、彼が基地に到着した後は動くつもりだが、自らが動けないのは歯痒くもあった。
しかし、襲撃地点の
だからこそ、迅は無理を言って天羽に仕事を頼み、此処へやって来たのである。
緑川を襲われ、折角助け出したC級が攫われる事を防ぐ為に。
遊真と同じく、状況が視えるが故に迅は自由に動く事が出来ずにいたのだ。
(仕込みは上々、最善とは行かないけどある程度は巧くいっている。人型の相手を任せた面々も、忠告通り慎重に行動してくれているみたいだ)
視た感じ、現在人型の相手をしている面々は未だに脱落者を出してはいない。
こちら側の想定外の脱落者は、弓場が唯一である。
それが変わったのは、彼が想定していた以上にラービット撃破に貢献していた為だ。
敵も、自らの軍勢に多くの被害を齎していた弓場を危険視したのだろう。
或いは、相対した小南の実力を高く見積もり「今の内に厄介な壁は潰しておこう」と思い至ったのかもしれない。
迅の未来視は未来の映像を垣間見る事が出来るが、そこに映っている人物の思考までは読み取れない。
あくまでも彼が見るのは未来の
しかも自動発動なので、どのくらい先の未来かまでは大まかにしか分からない。
弓場が斬られる未来は少ないながらも存在してはいたが、敵がいきなり彼の排除に動いたのはあの老剣士自身の判断だろう。
彼が弓場や小南の脅威度を高く見積もったからこそ、真っ先にラービットを単騎殲滅しかねない弓場を落とす事にしたに違いない。
ある意味で弓場の有能さを認めたが故の判断と言えるが、結果的に状況は悪化したので迅としては嬉しくない誤算であった。
(東さんが村上を連れてったのは、ベストだな。これで、あそこにいる面々の生存率が大幅に上昇した。色々危うくはあるけど、早急の危機は脱したと見て良い────────────────と言い切れないのが、あの剣士の怖いところだな)
加えて、小南と相対している老剣士の存在が不気味に過ぎた。
間違いなく、彼は敵の最高戦力である。
トップクラスの実力を持つ小南とはいえ、遅滞戦闘が精々である事がそれを裏付けている。
何せ、場合によっては小南がやられてしまう未来もあるのだからただ事ではない。
基本的に、小南は負ける事はおろか敵の攻撃を被弾する事さえ稀だ。
戦地を潜り抜けたが故に獲得した神がかった危機感知能力が、彼女の生存率を大幅に引き上げているからである。
天性の直感とも言うべき小南の生存本能は、旧ボーダー組の中でも群を抜いている。
極限の死地を突破したからこそ得た不可抗力的なものだったが、その生還能力については迅も充分に認めている。
だからこそ敵の最高戦力の相手を任せたのだが、彼女でさえこれならば他の隊員であればまともに相手が出来なかった可能性が高い。
加えて、彼女だけであの剣士を打倒する事も不可能であると分かっていた。
もしも敵が時間稼ぎではなくこちらの殲滅を目的としていれば、小南でさえ既にやられていた可能性は否定し切れない。
それだけ、あの剣士の強さは規格外なのだから。
(小南だけじゃ、いずれ限界が来る。だから、此処からは他の人型に当てている面子がどれだけ早く駆け付けられるかが勝負になる。大体、データ取りは済んだ筈だ。君達なら、きっとやれると信じている。人任せで申し訳ないけど、頼んだよ。皆)
「く、駄目だ…………! 銃弾は跳ね返されちまうぞ…………!」
「それでも敵に攻撃させるよりはマシよ…………! どんどん撃ち続けなさいっ!」
若村の弱音を、香取は一言で棄却する。
彼等が相手をしているのは、無数の磁力片を操る人型近界民────────────────名を、ヒュース。
茶髪の少年近界民は、その周囲に磁力片を盾のように展開し若村の銃撃を跳ね返していた。
汎用トリガー、
それがヒュースの扱うトリガーの名称であり、量産品ではあるが応用性は随一のアフトクラトルが誇る強力なトリガーの一つだった。
その能力は、展開した磁力片を文字通り自由自在に扱う事。
「────────」
最初に香取隊が目撃したのは、その反射能力だ。
ヒュースは若村の銃撃に対し、磁力片を盾のように展開。
弾丸は盾を貫くどころか跳ね返され、避け損ねた若村は脇腹に傷を負ってしまった。
傷自体は浅いが、攻撃を跳ね返される、という前代未聞の事態に若村はパニックに陥りかけた。
それをビンタ一発で止めたのが、香取である。
香取は「今はとにかく出来る事をやんなさい」と檄を飛ばし、あの手この手で攻撃を開始したのだ。
彼女の指示により、若村はアステロイドからハウンドへの弾丸を切り替え、ヒュースへ向かって撃ち放った。
それらも同じように跳ね返されたが、包囲するように曲線軌道で撃った分、磁力片の壁の密度自体は薄くなったのを香取は見逃さなかった。
そこを旋空で狙った際は磁力片をこちらに向けて飛ばされた為に回避を命じ、結果攻撃を中断した三浦は間一髪で磁力片を回避。
直感で「あれに当たったら駄目だ」と判断した香取は、磁力片の攻撃は全力で回避しつつ若村に攻撃再開を指示。
以後、若村のハウンドで牽制を行いながら隙を探し続けて今に至る。
(こいつ、戦い方が地味ってか堅実ね。こっちを積極的に倒そう、って意思を感じないわ。時間稼ぎさえ出来ればそれで良いとか、そう考えてるツラだわ)
香取は、その観察眼でヒュースの狙いを見抜いていた。
彼の目的はあくまでもラービットを撃破可能な人材である自分達の足止めであり、最優先目標が自分と樹里である事もなんとなく分かっていた。
当然ながら、樹里の攻撃の威力は敵にも露見している。
その彼女を狙っている事は明らかだったので、香取は若村に銃撃を続けるよう指示したのだ。
向こうが、樹里を攻撃する隙を与えない為に。
加えて、こちらがただ闇雲に攻撃するだけしか能の無い相手と思わせる為に。
香取は、敵戦力を甘く見積もったりはしなかった。
むしろ、「明らかな格上」と本能で判断し、早急に倒す事よりも敵のデータを収集した上で確実に倒す手段を探す事を最優先に動いていた。
これは迅からも「人型と出会ったらまずは情報収集に徹した方が良い」と、聞かされていた為でもある。
あまり接点がなく立ち回りも胡散臭い相手の言う通りにするのは癪だったが、流石の香取も迅がどれだけの重要人物なのかは知っている。
未来視という反則的な能力を持つ彼がそうまで言うのだから、その言葉を疑う余地はない。
以前の香取であれば、「考え過ぎ」と断じて一顧だにもしなかっただろう。
しかし、今の香取は本当の意味で格上の相手の脅威というものを知っている。
奇しくも、樹里にコテンパンに負けた経験が、香取の精神性を成長させる切っ掛けとなっていた。
あれがなければ今頃、迂闊にも突っ込みやられていた筈だ。
また、口には出さないが相手を侮り切っていたからこそ隙を晒して敗北した樹里という実例もある。
本人に言えばムキになって怒る事間違いなしだが、あれも香取の良い教訓となっていた。
樹里のような強い隊員でも、油断すれば格下にやられかねない。
それを身を以て教えてくれた事は、正直感謝している。
ついでに樹里撃破を成し遂げた若村への好感度も若干ながら改善されており、香取の指示に彼が素直に従っているのもそういった関係改善の兆しがあった為だ。
若村は妙に理屈っぽい所があり、心配性だ。
唐突な指示を下された際は「何故そうなるのか」を知りたがるし、香取から見て無駄と思える動きも未だ多い。
戦場では一分一秒の判断が生死を分けるという常識を、彼は理解し切れていないのだ。
二宮隊の特訓を経てマシにはなったが、香取から見ればまだまだなのは言うまでもない。
樹里を負けに追い込んだという経験が多少なりとも自信に繋がってはいるが、性根というものは早々に変わるものではない。
だが、香取のありがたみというものを思い知った今の若村は彼女の指示に従う事自体への抵抗はなくなっている。
故に「説明は後で」と事前に確約した上で、きちんとした作戦行動が取れているのだ。
「なんでこんな事わざわざ言わなくちゃならないの」と思わなくもない香取ではあったが、華からの「葉子の感覚と他の人の感覚は違うから」という説得があった為に、彼女から見た
結果として若村が素直に従う姿を見て、「流石華ね」と誇らしく思ったのは言うまでもない。
なんだかんだ言いながらも、香取は自分の戦果よりも仲間の活躍を嬉しく思う傾向があるのだ。
決して口には出さないが、彼女の仲間への情はとにかく厚く深い。
自分が馬鹿にするのは構わないが、他者が仲間を侮蔑するのは我慢ならない、というのがその典型だ。
以前、樹里に若村が馬鹿にされた際にマジ切れした事からもその情深さの程が伺える。
(そろそろ、いいわね。あいつの行動パターンは、大体分かった。後は────────)
加えて、冷静な観察眼をも香取は身に着けていた。
以前はその場その場で本能任せに動き、敵を駆逐していた。
しかし、それだけでは通用しない相手もいると、彼女は散々思い知っている。
だからこそ、彼女は
以前と異なりチームでの連携が出来て来ている今は、仲間と協力して敵の能力を推し量る、といった事も可能となっている。
昔のままであれば、香取一人が突貫してそれに失敗したら終わり、という博打のような戦略しか取れなかったが、今は違う。
彼女達はちゃんとチームとして動けており、これまで出来ていなかった集団戦の基礎が出来ているだけでも相当な進歩である。
チラリと、香取は樹里の方を見る。
樹里がこくりと頷いたのを見て、香取は不敵な笑みを浮かべた。
(麓郎、雄太。そろそろ仕掛けるわよ。準備は良い?)
(…………! やっとか。ああ、いつでもいいぜ)
(うん、俺も大丈夫だよ)
気の良い返事をする、仲間達。
香取は彼等にニカリと笑いかけ、最後に樹里の方へ振り向いた。
(おっけー。やるわよ、樹里)
(うん。さっさと片付けよう。そろそろ、暴れたいし)
(アンタにしては我慢が利いてたし、分かってるわ。暴れさせたげるから、言う事聞きなさいよね)
(了解。一緒に、あいつを吹っ飛ばそう)
これまでは反射されたらこちらもただでは済まない為に樹里の攻撃は控えて貰っていたのだが、本格的に相手を倒す段ともなれば彼女の火力は絶対に必要だ。
これまで碌に攻撃もせず、ただ反射された弾丸をシールドで防ぎ続けるだけだった分フラストレーションが溜まっていたのだろう。
彼女のシールドがあったからこそ若村に好き放題撃たせていたので決して貢献していなかったワケではないのだが、若干の
ようやく暴れる許可が下りて、その表情は生き生きとしていた。
「さあ、行くわよ。あの磁力野郎に、アタシ達の力を見せつけてやろうじゃない」
「ああ」
「了解」
「了解。吹っ飛ばそう」
香取の号令に、仲間達が次々と頷く。
雌伏の時を経て、香取隊による反撃が始まった。