(さっさと片付けたいところだが、油断はしない。男二人は問題ないが、あの少女二人は警戒に値する)
ヒュースは自らのトリガー、
戦っているのは、四名。
銃使いの眼鏡の少年に、剣使いの黒髪の少年。
ブレードと銃の両方を扱う赤髪の少女に、狙撃銃を持った白い少女。
前者は技術自体は悪いものではないが、チームとしての練度という観点で見た場合はそこまでの脅威には思えなかった。
だが、後者の少女二人は個々の戦力としても突出していると言わざるを得なかった。
赤髪の少女は動きそのものが他のメンバーと比べて切れが鋭く、機転も利いて視野も広い様子である。
少なくとも、銃を扱う技巧自体は悪くないものの視野が狭い様子が散見された眼鏡の少年とは雲泥の差だった。
見たところ、この少女が彼女達のリーダーと見て差支えあるまい。
周囲に指示する様子や他の面々がそれに従う光景もあった事から、これはほぼ間違いない。
もう一人の狙撃銃を持った少女については自分との戦闘が始まってからはひたすらにシールドを張り続けていた為、戦力については良く分からない、というのが本音だ。
しかしラービットとの戦闘映像を見た限り、高いトリオンを持った火力特化の砲兵、と見て間違いないだろう。
あのラービットの装甲を軽々と貫いてみせた火力は、決して無視は出来ない。
流石にトリガー
銃使いの少年の銃撃を磁力の盾で反射し続けているが、彼女の張るシールドの所為で有効打に繋げる事は出来ていない事からもそれは分かる。
(こちらのトリオン切れか、或いは痺れを切らして攻勢に出るよう誘っているのか? だとしたら無駄な事だ。可能であれば殲滅するが、オレの仕事はあくまでも時間稼ぎ。危険を冒してまで攻める必要はない)
戦闘開始以降、敵はひたすらに眼鏡の少年に銃撃をさせ続け、反射した弾丸は白い少女のシールドで防ぐ、といった手順を繰り返し続けている。
眼鏡の少年の弾丸は曲線軌道を描くので最初は対応が面倒だったが、対処している内に
向こうは少しずつ位置を移動してそれを隠そうと努力していた様子だったが、冷静に観察すればそのくらいは分かる。
どうやら彼は視野が狭い様子であるようだし、戦術の工夫という点でもそこまで練度は高くないと見える。
しかし、彼に銃撃をし続けるよう指示しているのはあの赤髪の少女だ。
彼とは違い広い視野を持つと思われる彼女がそれを指示している以上、必ず何らかの思惑がある。
考えられるのは、こちらのトリオン切れ狙いかもしくは無理な攻勢を誘っての迎撃だろうか。
前者はトリガー
恐らく敵はこちらが向こうの撃滅を狙っていると思っているのだろうが、実際はラービットを撃破可能な彼女達を足止めし続けるだけでも充分に任務は達成出来る。
こちらの目的はあくまでも雛鳥の鹵獲であり、玄界の支配や殲滅ではないのだ。
その障害となると目されている者達を足止めするだけで、後はラービットが仕事を遂行してくれる。
エネドラあたりであれば任務の重要性を理解せずに殲滅を優先して行動するかもしれないが、自分がそんな真似などするワケがない。
(そうだ。そうやって逸った結果が、あのククロセアトロ相手の戦いだ。戦力で勝っているからといって欲を出せば、相手の予想外の一手で思わぬ被害を被る事もある。あの時のハイレイン隊長の指示が間違っていたとまでは思っていないが、結果として見れば勝ちはしたが戦果なしという状況になった。同じ轍を、踏むワケにはいかない)
過去の経験も踏まえて、ヒュースは警戒を疎かにはしていなかった。
今回ハイレインが当初の想定以上に慎重に動いているのも、あのククロセアトロ相手の失敗が響いていると考えて間違いないだろう。
血気盛んなエネドラの反発が少なかった理由も、それに起因しているのだと見ている。
あの時は、まさか国力で大幅に劣る国家相手にあんな被害を被った挙句目立った戦果なし、という状況になるとは思いもしなかったのだ。
戦争とは、利益を得る為に起こすものだ。
勝つ事は、起こした側としては大前提。
重要なのは、戦争の過程でどれだけ
極論、自分達にとっては目標である戦果を持ち帰る事さえ出来れば、大局的に負けていてもさしたる問題ではないのだ。
この戦争に置いて重要視すべきは、如何に戦力の損耗を抑えつつ戦果を持ち帰る事が出来るか、に収束される。
そういう意味で、こちらの重要な戦力であるラービットに打撃を与えかねないこの少女達の足止めには、重要な意味がある。
他の戦局で劣勢な場所は未だになく、仲間が落とされたという報告も聞かない。
ならば、自分が逸って隙を晒すような真似をする理由はない。
ヒュースはそう考えて、どっしりと構えて防御の構えを取り続けた。
「…………!」
そして、変化の時は唐突に訪れた。
ヒュースは、指揮官の少女がいきなり駆け出した様子を見て目を見開いた。
眼鏡の少年に指示を出し、自分は散発的に位置を変えながら銃撃をするだけだった少女が、今になって動く理由は何か。
(ジリ貧だと考えて、自棄になったか? いや、眼鏡の少年はともかくこちらはそういう短絡をするようには見えない。ならば、何らかの狙いがある事は明らかだ)
以前の香取をヒュースが知っていればまた評価は変わっただろうが、これまでの戦闘で彼は冷静に指示を出す有能な指揮官である香取の姿しか見ていない。
だからこそ警戒を崩す事にはならず、何らかの狙いがあると見て取った。
香取を良く知らないが故の、正しく真っ当な判断と言える。
「
故に、ヒュースは冷静に対応する。
向こうの要である少女が動いたという事は、勝負を仕掛けて来た、という事。
ならば、考えられるのはこちらの防御を突破、或いは封殺する術が用意されているという可能性。
しかし、こちらのケースについてはほぼないだろうと切って捨てていた。
それよりも考えられるのは、敢えて攻勢に移ったと見せかけてこちらの防御を切り崩すという思惑だ。
蝶の盾は攻防一体の汎用性の高いトリガーではあるが、別に無敵の武器というワケではない。
使える磁力片の数は無限ではないし、攻撃に回せばその分だけ防御に用いる事が出来る数は減少する。
眼鏡の少年が用いている銃による攻撃程度であれば問題なく反射可能だが、打撃や斬撃に対しては磁力片の密度次第では突破される恐れがある。
それこそ、ラービット相手に別の兵士が使っていた
硬いラービットの装甲を容易く切り裂く程の攻撃なのだから、相応の突破力はあると見て然るべきだ。
敵の中でそれを使えるのは、見た限りでは剣のトリガーを持った黒髪の少年だろう。
ならば、少女の役割は囮と見て間違いあるまい。
彼女に磁力片を集中させた隙を狙って、黒髪の少年が「伸びる斬撃」でこちらを仕留める。
そういった、算段なのだろう。
ならば、やる事は簡単だ。
最小限度の磁力片で、少女を迎撃すれば良い。
ヒュースは磁力片を操作し、少女に向けて撃ち放つ。
同時に一部の磁力片を凝縮させ、小型のブレードを形成。
十字の形状をした拳大のブレード四つが、他の磁力片に交じって飛来する。
磁力片単体であれば、敵のシールドで防御される。
だが、この磁力ブレードの突破力はかなりのものだ。
薄く広げたシールド程度であれば、破るのは造作もない。
「何…………っ!?」
されど、それはあくまでも赤髪の少女単体のものであればの話。
突如として出現した四つに分割されたシールドが、ヒュースの磁力ブレードを受け止めていた。
突然の事態に困惑するヒュースだが、持ち前の明晰な頭脳ですぐさま状況を判断する。
(あの白い少女のシールド…………! こちらの攻撃の軌道を、読み切ったとでも言うのか…………!?)
磁力ブレードを防いだシールドは、硬度から見て間違いなくあの白い少女のものだ。
これまで彼女は自陣を守る形で広範囲にシールドを広げていたが、ピンポイントでこちらのブレードの攻撃軌道を読み、その先に配置したのだろうと推測出来る。
だがそれは、容易に出来る事ではない。
トリオン任せに広範囲にシールドを張るだけならいざ知らず、少女のいる位置はヒュースから随分離れている。
あそこからこちらの攻撃の軌道を読み、その軌道上に凝縮させ硬度を上げたシールドを正確に配置する。
それだけの真似が、果たして出来るのかと疑問はある。
(今はそれは良い…………! それよりも…………!)
問題は、こちらの攻撃を防ぎ切った赤髪の少女の動向だ。
少女、香取は磁力片を広げたシールドで防ぎながら、着実にヒュースとの距離を詰めている。
その間にも眼鏡の少年、若村の銃撃は続いているのだが、香取はまるで背中に目が付いているかのような正確さで弾丸の合間を縫うように動き、駆け続けている。
撃つ場所を知らされているのもあるのかもしれないが、若村の練度の拙さを完全に持ち前の技術でカバーしてしまっている。
多少の連携力不足程度、少女の才覚の前では意に介さないのだろう。
それを強引に埋めるだけの能力が、彼女には備わっていたのだから。
(例のトリオンの多い者に稀に現れるという症例────────────────いや、違うな。この少女は、単純に感覚と直感が鋭いのか。天性の才覚、というやつだな)
ヒュースは更に磁力片を撃ち出し続けながら、冷静に分析する。
その動きの切れの鋭さに話だけは聞いた事があるトリオンが豊富な者の中に稀に生まれる特異な感覚の持ち主かと疑ったか、それは違うとヒュースは見て取った。
香取は単純に、五感全ての感覚と直感が異様に鋭いのだ。
こういうタイプは五感から受け取った情報をダイレクトに脳内で処理し、タイムラグを殆ど生じさせずに行動に移せてしまう。
考える前に身体が動くので、自身の咄嗟の判断を巧く言語化する事が出来ない為他者との認識の齟齬が生じやすいが、単騎での遊撃や強権を振るえる指揮官の立場になれば頭角を現すタイプだ。
ヒュース自身、頭の回転が速過ぎる為時折組む他の同僚がこちらの判断に付いて来れていない時などは煩わしい想いをする事があったから分かる。
こいつは、自分と同じタイプだ。
もっとも、弛まぬ鍛錬で才覚を伸ばし続けた彼とは違い、彼女はまだ発展途上。
持って生まれた才能そのものは向こうの方が上かもしれないが、軍人としての膨大な経験値がヒュースの糧となっている以上地力で負けているとは思わない。
だが、こういうタイプは思わぬ行動でこちらの意表を突いて来る事がある。
戦闘経験自体も悪くないものを持っているようだし、自分より強いとは思わないが他のメンバーよりもより警戒度を高めて臨むべきだ。
(ここは…………!)
ヒュースは直感的にこのままではマズイと判断し、大量の磁力片を用いて巨大な磁力ブレードを二つ形成する。
先程の拳大のものとはまるで違う、人の身体を優に超える大きさを持つ特大ブレードだ。
流石にこのサイズであれば、あの白い少女のシールドであろうと防ぐ事は出来まい。
そう考えて、ヒュースは巨大な磁力ブレードを香取に向けて撃ち放った。
「…………!」
だが、それを易々と受ける香取ではない。
ジャンプ台、グラスホッパーを展開しそれを踏み込む。
香取の身体は一瞬にして空中に跳び出し、磁力ブレードによる攻撃を回避した。
(無駄だ!)
されど、ヒュースとて一度の攻撃で彼女を捉えられると思っていたワケではない。
初撃は回避されるだろうと、確信は持っていた。
だが、次は違う。
香取は磁力ブレードを回避する為、空中へと跳び出した。
しかしそれは、逃げ場のない中空へ自ら進み出た事を意味している。
あのジャンプ台トリガーによる機動は可能だろうが、それにも限度がある。
ヒュースは即座に二つの磁力ブレードを追加で生成し、射出。
同時にたった今撃ち放ったばかりの磁力ブレードを、蝶の盾の磁力を用いて牽引する。
磁力片は凝縮させて別の形になったとしても、その本来の性質は失われない。
つまり、あの磁力ブレードもまた巨大な磁力片の塊に過ぎないのだ。
だからこそ、磁力を用いてその軌道を操作する事など朝飯前だ。
四つの磁力ブレードと、無数の磁力片。
それらによる集中攻撃が、香取へと襲い掛かった。