迫り来る、4つの磁力ブレード。
四方から飛来するその脅威を前に、香取は。
「────────」
ニヤリと、笑みを浮かべた。
香取は迷いなくグラスホッパーを展開すると、それを踏み込み跳躍。
左右でも前後でもなく、上へ。
上空へ向かって、一息に跳び上がった。
「甘い」
対するヒュースの眼は、冷ややかだ。
成る程、四方を囲まれては逃げ場所はそこしかあるまい。
だが、それは愚策だ。
上へ逃げるという事は、自由が利く地面から遠ざかる事と同義。
そして、ヒュースを前にして上に跳んだ程度で逃げ切れるなどといった考え自体が浅はかだ。
ヒュースは予め飛ばしていた磁力片を操作し、磁力ブレードを牽引。
四つの磁力ブレードは、磁力に引かれる形で上空へと舞い上がった。
最初から、上へ逃げる事など想定していない筈がない。
最も安易で対策が容易な逃げ道に、何も用意しない筈がないのだから。
そういう意味で、ヒュースは香取に軽い失望すら覚えていた。
安易な逃げを選択したが故に、彼女は此処で落ちる。
才覚を認めていた相手なだけに、肩透かしを食らった感は否めなかった。
一度くらいは避けられるかもしれないが、自分から地面という逃げ道から遠ざかったのは彼女である。
空中では幾らグラスホッパーの補助があっても、地上程自由に動くというワケにはいかない。
いずれは限界が来て、被弾するだろう。
磁力ブレードには、生半可な防御など容易く斬り裂けるだけの破砕力がある。
苦し紛れにシールドを張ったとしても、4つものブレードを同時に受け止める事など不可能だ。
最も安易な逃げ道を選択したが故に、香取は落ちる。
ヒュースは、そう確信した。
「甘いのは、どっちよ」
「…………!」
だが。
そんなヒュースの思惑も含め、香取の想定通りだとしたら。
果たして、真に嵌められたのは誰なのか。
その答えは、すぐに明示される。
「旋空弧月」
三浦は、事前の打ち合わせ通り旋空を放った。
同時に香取は再度グラスホッパーを踏み込み、更なる跳躍を果たす。
現在、四つの磁力ブレードは香取を追って上空へと舞い上がっている。
そう、
ヒュースは磁力ブレードの生成に、少なくない数の磁力片を注ぎ込んでいる。
それは即ち、その分だけ彼の防御網が薄まったという事に他ならない。
事実、彼が自らに纏わせている磁力片のヴェールは先程より大分厚みが減っている。
最初から、これを狙って香取は上空へ跳び上がったのだ。
ヒュースに、自らの防御を切り崩させる為に。
彼女は囮となり、磁力ブレードを引き付ける役割を担ったのだ。
「ち…………っ!」
その思惑に気付いたヒュースは、躊躇いなく跳躍して旋空を回避した。
磁力片を用いて受け止めるという選択肢もあったが、自身を囮にしてまでの作戦を用いて来た香取が、何の策もなく虎の子の拡張ブレードという手札を切らせるとは思えない。
ならば、こちらの防御を突破する手段は用意してあると考えて然るべきである。
ヒュースは、油断しない。
少なくとも自分が認めた相手に関しては、軽々にその思惑を甘く見積もる事はしないのだ。
自身が認めるだけの才覚や、過去の戦闘経験から
それは、ククロセアトロでの失敗で身に着いた彼の癖のようなものだった。
時に人間は、想定すらしていなかった事を平気でやらかす。
その経験則が、彼にこの習性を身に付けさせた。
それだけ、件の戦争が彼等に与えた影響は大きかったのだ。
あのエネドラでさえハイレインの消極策にそこまで反論しなかった事が、それを裏付けている。
数々の戦場を蹂躙して来たアフトクラトルの精鋭達でさえ、あの国の者達が行った愚行の前には言葉を失ったのだから相当である。
確かに、香取達を倒して他の場所へ援軍へ向かえばそれだけ目標達成に近付く。
近年は「神」の死期が近い事もあり、本国の空気はピリピリしていた。
少しの失敗でも自分が属する勢力の痛手となり、そんな相手に容赦などする筈がないのが海千山千の政敵達だ。
弱みを見せれば、群がる鼠の如くそこに飛びついて来るに違いない。
そういう意味でも、ヒュースに失敗は許されないし可能なら最大の戦果を持ち帰る事が望まれていた。
彼が任務で活躍すればそれだけヒュースが忠誠を捧げるエリン家当主の覚えはめでたくなるし、主家たるハイレインからの評価が良くなれば相応の待遇が約束されるだろう。
そういった意味でも大戦果が欲しくないと言えば嘘にはなるが、それ以上にやってはならないのはこの作戦で明確な
ヒュースの失敗は、即ちエリン家の失態である。
他の分家の面々が、そんなチャンスを見逃す筈がない。
ここぞとばかりに失敗を責め立て、エリン家の権威を失墜させようとして来る筈だ。
そうなった時、恐らくハイレインは容赦なく自分達を切り捨てるだろう。
重用している部下とはいえ、失敗を犯した結果失墜した者を拾い上げる程彼は甘くない。
能力は私情を交えず公平に評価する上司ではあるが、逆に明確な失敗を犯した者を庇い立てするような人間でもない。
良くも悪くも公平に、容赦のない判断を下す筈だ。
そういう意味でも、ヒュースは一時の名誉欲に目を眩ませて逸った行動をするワケにはいかなかった。
試作段階のトリガー
媚びを売るような真似など明確な失敗でもなければするつもりはないが、可能な限り速やかに、そして正確にハイレインの指示は実行するつもりだった。
その結果として多くの玄界民を攫う事になっても、軍人たる彼の心に痛痒はない。
戦争とはそういうものであり、軍人として生きた彼は祖国の価値観が根付いている。
対岸の火事としてしか戦争を認識していなかった平和な国で育った者達とは、そもそも価値観が違うのだ。
敵を倒す事に躊躇などないし、結果として相対した相手がどうなろうと知った事ではない。
それが軍事国家に生きる彼の常識であり、この点ではエネドラでさえも同じだ。
最近は独断専行が重なり流石に庇い立てし切れなくなった為廃棄が決定したエネドラであるが、それでもつい最近まではまだ辛うじて作戦に組み込めてはいたのだ。
今のエネドラは確かに無軌道な殺戮者ではあるが、同時にそれなりに頭が回る人間でもあった。
少なくとも、表立ってハイレインやヴィザに敵対しない、という理性は働いていたのだ。
昔は聡明だったとも言うし、何よりあのククロセアトロ戦後はある程度自制が利いている様子さえあったのだ。
それでも玄界というアフトクラトルの側から見て治外法権の場所でもなければ、作戦行動中にエネドラを処分する、という真似など早々に出来る筈もない。
曲りなりにも、エネドラは本国屈指の黒トリガーの使い手だ。
その戦力は無視出来ないし、彼の所属する派閥への影響を考えても未知の部分が多い玄界で事を済ませるのは最善手であった。
他の国で行えば再侵攻の際に詳細を調査する、という事も出来ようが広い玄界の地では本気で滅ぼす気で行動しなければまず証拠など掴みようがない。
玄界はここ数年で急速にトリガー技術を発展させ、アフトクラトルの側から見ても無視出来ない勢力へ成長した。
流石に黒トリガーを含めた総力で当たれば殲滅は出来るだろうが、相応の被害は覚悟しなければならないかもしれない、とヒュースは認識していた。
初見であるラービットを速やかに対応した挙句に撃破し、自分達トリガー使い相手でも善戦して見せている者達を、弱小国家と侮る事など出来よう筈もなかった。
煽り耐性が低いので未来視で相手の弱点を看破し的確な言葉を突き付けて動揺を誘って来る迅相手であれば冷静さを保てなかった可能性が高いが、生憎香取隊にその手の心理戦が出来る者はいない。
香取隊の女性陣も言葉の毒は強いが、根が善良なので相手を煽る為の言葉選びがそれ程巧くはないのだ。
だからこそ純粋な実力勝負を強いられており、此処まで互いに決定打を与えられなかったのがその証左である。
そんな中、香取が自らを囮にしてまで実行した作戦だ。
油断は即座に敗北に繋がると、ヒュースが警戒するのも無理からぬ事と言えるだろう。
「────────
そんなヒュースの思惑もまた、香取の想定通りだった。
これまでの戦闘から、相手がクソ真面目な職業軍人タイプなのは予想出来た。
故にこちらの見せた隙が大きければ容赦なくそこを突こうとするし、反撃には博打ではなく堅実な手で対応しようとする。
爆発力を捨てて、確実性を取るタイプだろうと香取はヒュースを分析していた。
これは、華も同意見らしい。
これまでのヒュースの動きから見ても、それが正解だろうと考えていた。
加えて、功を焦りはしないが戦果自体は強く望んでいるという印象も受けた。
本気で時間稼ぎだけが目的であれば、延々と遅滞戦闘を繰り返していれば良い。
しかしヒュースは時折、こちらの隙を探るような攻め手も打って来ていた。
そこから彼は無理に戦果を狙いはしないが、チャンスがあれば功績を狙いに来るだろうと、香取は予測したのだ。
故に、こうして空中に跳び上がる、という明確な隙を見せた香取を狙って来る事は予想出来ていた。
加えて、ヒュースの警戒度の上位に香取がいるだろう、という分析結果も華から貰っている。
故に、自分が隙を見せれば最大限の労力を用いて落としに来るだろう、という前提の下で今回の作戦を決行したのだ。
────────相手は突破力のある葉子、火力のある樹里、旋空のある雄太、牽制役の麓郎くんの順で警戒の優先順位を設定しているから、この餌には食いついて来るけど雄太の旋空までは読まれて対応される筈。だから────────
「麓郎っ!」
「おうっ!」
────────────────三浦の旋空が読まれる事を含めて、計算の上で。
若村は、華の言葉を思い出しながら香取の号令の下
これまで、若村は片方のスロットにしか銃手トリガーをセットしていなかった。
若村の役割が銃手というサポーターに適した職種だった事もあるが、何より自分の防御を取り去って全て攻撃に回す、というリスキーな真似を冒す度胸が彼にはなかった、という事情もある。
諏訪隊などはバンバン
チームの順位自体は上にいる若村ではあるが、銃手としての格は諏訪の方が上だろう、とも思っていた。
自分には彼のように仲間を導く事は出来ないし、頼り甲斐という面では比べる事すら烏滸がましい。
そんな自分が
だが、樹里戦で大金星を取った事が一つの切っ掛けとなった。
あの一件で若村は、作戦に準じてさえいれば自分でも役に立てる事はあるのだと、ようやく理解した。
だからこそ、これまで敬遠していた両攻撃の解禁へ踏み切ったのだ。
リスクも冒さずに、前に進む事など出来はしない。
それを、充分過ぎる程思い知ったが故に。
放たれる、二種類の弾丸。
一つは、真っ直ぐに。
一つは、曲線を描いて。
防御の薄まったヒュースへと、一気に降り注いだ。
「舐めるな…………!」
しかし、ヒュースとて若村が撃って来る可能性など承知の上。
むしろ撃たない方がおかしいとすら、思っていた。
銃を一丁追加して来たのは驚いたが、曲射の弾の軌道自体はこれまでの戦闘で把握出来ている。
多少立ち位置を変えようが、軌道を読み切った弾丸など怖くはない。
「な…………!」
だが。
その曲線を描く弾丸の
これまで、若村が撃った弾の弾道は常に一定だった。
最初はランダムの軌道を描くのかと邪推したが、何度も受けている内にそれが一定の軌道でしか撃って来ないという事に気が付いたのだ。
故にそれを前提に防御を組み上げていたのだが、彼は知らない。
確かに銃手トリガーは、射手トリガーと比べれば小回りは利かない。
引き金を引くという
だが、
今回はその仕様を知らない敵相手に一定の弾道の弾をひたすらに撃ち続ける事で、「こちらは一定の弾道でしか弾を撃てない」と誤認させる為に。
ノーマルトリガーの詳細を知らない相手への、初見殺し。
華の指示した作戦が、此処に実を結ぶ。
「く…………っ!」
しかし、相手もそう甘くはなかった。
ヒュースは、咄嗟に磁力片を操作。
壁の配置を組みなおし、弾道の変わった弾幕相手に対処してみせる。
この即応性、対応力こそヒュースの生存能力の高さの証明。
此処まで意表を突いて見せても、彼は崩れない。
若年で精鋭の位置まで上り詰めたその能力は、伊達ではない。
「悪ぃな、こいつはアステロイドじゃねぇ。
「…………!」
だが。
彼なら此処までやると、香取隊は読み切っていた。
若村の放った、直線軌道の弾丸。
それは、アステロイドではない。
その正体は、
若村が新たに取り入れた弾丸であり、そして。
ダメ押しの一手を担う、突破口だった。
ヒュースの磁力片に触れる直前に、若村のハウンドの一部がメテオラの弾丸に着弾する。
彼に正確に飛んでいる弾に弾を当てる技術などはないが、元より相当数の弾があった為一つくらいは当たるだろうという目論見であったので問題はない。
着弾によりカバーが外れた事により、無数のメテオラが起爆。
周囲の弾とも連鎖的に誘爆し、爆発が周囲を席捲した。
「く…………!」
それを、咄嗟に展開した磁力片とマントで防御するヒュース。
磁力片は弾丸のような攻撃は反射出来るが、純粋なエネルギーの塊である爆発相手はそうもいかない。
それでも磁力片の密度を高める事により、爆破の被害を最低限度まで抑え込んだヒュースの技量は称賛に値する。
「な、に…………っ!?」
されど。
既に、彼がこの状態に至った事で香取隊の作戦は終結していた。
ヒュースは、今の一瞬で胸に空いた穴を愕然とした表情で見つめている。
一瞬。
本当に、一瞬だった。
爆風を防御していたヒュースの胸部目掛けて、凄まじい速度で弾丸が飛来しそのまま貫通してのけたのだ。
撃ったのは、樹里。
ヒュースが火力特化の砲兵として警戒していた彼女は、威力特化のアイビスではなく弾速特化のライトニングを用いてようやく彼に生じた隙を突いたのだ。
威力任せの攻撃では、防がれると分かっていた。
だからこそ威力ではなく、ただひたすらに相手に生じた一瞬の隙を突く為の
三人の攻撃によって生まれた間隙を突く事に、成功したのだ。
「く、そ…………!」
急所を射抜かれた事により、ヒュースのトリオン体が罅割れ崩れ去る。
こうして、アフトクラトルの精鋭の一角は撃破される事になったのだった。