香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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変遷

 

 

(────────失態だ。まさか、オレが落とされる事になろうとは)

 

 戦闘体を破壊され、生身が外界に放り出されたヒュースは内心で盛大に舌打ちする。

 

 敵の精鋭が相手とはいえ、敗北し撃破されてしまったという事実は重い。

 

 これ以上戦果を得るどころか、現状の立場でさえ危うくなったのは言うまでもない。

 

 今回の任務の自分の役割は、ラービットを撃破可能な敵戦力の足止め。

 

 ある程度時間稼ぎは出来ていたとはいえ、自分が落ちた事で相対していた彼女達は自由に動けるようになった。

 

 言うまでもなく任務失敗であり、帰還後は全力で汚名を雪ぐ為に動く事になるだろう。

 

 今回の作戦では、不測の事態が起きて戦闘体を破壊された場合、ミラが窓の影(スピラスキア)を用いて回収に来る事になっている。

 

 今の戦闘結果もリアルタイムで見ていた筈なので、すぐにでも迎えが来る筈だ。

 

 だが。

 

(…………? 来ない、だと…………? 何故、何故だ…………っ!?)

 

 幾ら待てども、()が開く様子はない。

 

 沈黙は焦りを呼び、ヒュースの中に焦燥が生まれる。

 

(何故だ。任務に失敗したから、もう要らないと。そういう事ですか、ハイレインたいちょ────────────────いや、まさか)

 

 そして、気付く。

 

 これまで考えようとしていなかった。

 

 否。

 

 考えたくなかった、一つの可能性に。

 

(まさか、まさかハイレイン隊長…………っ! 貴方は最初から────────!)

 

 心の叫びは、届かない。

 

 真実に辿り着いた一人の少年は、異国の地で声なき慟哭をあげた。

 

 

 

 

「────────よろしかったのですか?」

「ああ、未だ金の雛鳥は見つからず、今後も発見の可能性が低い以上ヒュースは連れては帰れない。ヴィザ翁には悪いが、これは決定事項だ」

 

 アフトクラトル、遠征艇。

 

 そこでは、項垂れるヒュースを映像越しに見詰めるハイレイン達の姿があった。

 

 ハイレインは撃破されて生身を晒すヒュースを、複雑な感情の籠った目で見据えていた。

 

「今回の作戦でも、金の雛鳥が易々と見つかるなどという楽観は持っていなかった。故に()()()は必要不可欠であり、それの障害になると予想されるヒュースは()()()()()()()()()()()()()()()()という事にして消えて貰う必要がある。我々が直接処分すれば、色々と都合が悪いからな」

「承知しています。ヒュースは、人望がありましたからね」

 

 ミラはハイレインの言葉に賛同し、頷く。

 

 彼女の言う通り、彼は若き俊英としてエリン家の者達に慕われていた。

 

 そのヒュースをハイレインが直接手を下した、などという事が漏れれば想定していた以上の反発が生まれる事が予想される。

 

 事実はそこからそう遠くはないのだが、建前、というものが政治に於いては重要となる。

 

 繕われた表面上の事実だとしても、相手を切り崩す為の()()()()というものは必要になるのだ。

 

 この場合、「ヒュースが任務で失態を犯して捕まり、自国に不利益な状況を作り出した」という既成事実があった方が都合が良い。

 

 そこから更に「捕まった末に敵国に情報を漏らした」というカバーストーリーを仕立て上げれば、言う事はない。

 

 これから行う()()()の実行にあたればエリン家の者達はハイレインの真意を察するだろうが、立場として主家の当主である彼の権力は絶大だ。

 

 多少の反抗程度でどうにかなる程彼の立場は脆くはなく、最終的な成功は約束されている。

 

 今回のヒュースの置き去りは、その過程をある程度短縮する為の策の一つに過ぎない。

 

 有能な部下を手放す事に関して何も思わないというワケではないが、ハイレインには領主という立場がある。

 

 彼は戦いは好きではないし、平穏な暮らしこそを一番に望んでいる。

 

 しかし、領主という立場はただ安穏としていれば平和を約束されるようなものではない。

 

 他の領主へ弱みを見せない事は、大前提。

 

 その上で彼等の裏をかき、権勢を強めなければ安寧を脅かされるのは必然。

 

 強くなければ、滅ぼされる。

 

 弱みを見せれば、毟り取られる。

 

 それが政治の世界であり、ハイレインが身を置く魔窟である。

 

 その為には一時の個人的感情など考慮する事すら許されず、自身の立場の死守こそが最終的に最善の結果に繋がる事を彼は経験則で知っている。

 

 だからこそ、ヒュースを見捨てるという判断に躊躇する事はなかった。

 

 たとえ後味が悪いとしても、彼の師であるヴィザに悪印象を抱かれる事になったとしても。

 

 領主としての最善の判断こそが、彼の最も重要視すべき基軸故に。

 

「他の者には、私の口から伝えよう。そのくらいのケジメは、付けるつもりだ」

 

 

 

 

「で? こいつどうすんの? アタシ等で基地まで護送するワケ?」

「そうするしかねぇんじゃねぇか? 放置するワケにもいかねぇし、此処には俺等しかいねぇだろ」

 

 ヒュースを撃破した香取達は、彼の扱いについて話し合っていた。

 

 現在ヒュースは項垂れたまま沈黙しており、逃げ出すような様子はない。

 

 しかし、だからといって折角撃破した敵を放置するという判断は有り得ない。

 

 この場に自分達しかいない以上、その護送は自らやるしかないだろう。

 

「一応、本部に指示を仰いでみようよ。その方が間違いがないでしょ」

「そうね。じゃあ────────」

「────────状況は分かりました。その役目は、俺が引き受けましょう」

「え…………?」

 

 そう考えていた香取隊の前に、思いも寄らぬ相手が現れた。

 

 声をかけて来たのは、黒髪の端正な顔立ちの少年。

 

 玉狛第一所属の万能手(オールラウンダー)、烏丸京介である。

 

 そのイケメンぶりにより多数のファンを獲得している人物の登場に、彼のファンの一人である香取は目に見えて固まった。

 

「あ、えと、烏丸、さん…………?」

「増援に来たが、少し遅かったようだな。まさか、人型を一部隊だけで落とすとは驚いたよ。多分、一級戦功は堅いと思うぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 憧れていたアイドルを前に、内心でわーきゃー言いながらしどろもどろになる香取。

 

 烏丸は同じ職場のアイドルのような存在であり、そんな相手が至近距離で自分に話しかけているのだから香取としては有頂天にならざるを得ない。

 

 そんな烏丸と対面で話せた、というだけで充分に自慢出来る事柄なのだ。

 

 それだけ、烏丸京介というブランドの力は強いのだから。

 

(────────葉子。こういうのが、好みなの?)

(バッカ、同じ職場にいるお手軽に会えるイケメンよ? 眼福なのは間違いないし、仲良くなれば皆に自慢出来るじゃない。少なくとも、佐鳥よりブランド力は高いわよ)

(賢は、あれでも広報部隊の一員。イケメンでも表に出ない烏丸さんよりは、知名度はあるよ)

(佐鳥じゃ見ても眼福にならないじゃない。こういうのは実用度よ、実用度)

 

 勿論、そんな香取を見て樹里が面白く思う筈がない。

 

 香取が佐鳥を引き合いに出した事もあり、内部通信での姦しい言い合いは徐々にヒートアップしていく。

 

「…………えっと、あの…………?」

「あ、す、すみません烏丸さん…………っ! あいつの護送をしてくれる、って話でしたよねっ!?」

「ああ、お前達は新型や人型を撃破した実績があるし、可能なら他の場所の援護に向かって欲しい。あの人型は、責任を持って俺が護送するよ」

 

 身内の口論に夢中になって置いてきぼりになっていた烏丸に対し、慌てて取り繕う香取。

 

 そんな彼女の態度に深く考える事なく、烏丸はそれじゃあ、と動き出した。

 

「じゃあ、俺はこれで。人型を倒したくらいだし心配はないと思うけど、気を付けてくれ。まだ、戦いは終わっていないからね」

 

 

 

 

「ハッ、喜べよ。おめー等の仲間がうちのヒュースを落としたらしいぜ。ったく、大口叩いておいて情けねぇったらありゃしねぇなぁ!」

「…………なんや、それが仲間に向ける口かいな。自分、感じ悪いなぁ」

 

 ヒュース脱落の報を受けたエネドラは、それを悪感情と共に吐き出していた。

 

 彼と対峙していた生駒は仲間に対する彼のあまりの言いように眉を顰めながらも、警戒は怠らない。

 

 これまでの戦闘で、このエネドラが油断ならない相手である事は充分以上に理解している。

 

 正直、脱落者が一人も出ていないのが奇跡と言えるくらいだ。

 

 南沢に考え無しに突っ込まないよう繰り返し厳命したのも、功を奏している。

 

 生駒は表面上ふざけていると思われる態度を取る事も多いが、戦闘に於いては真面目そのものだ。

 

 ひょうきんな態度を取っているのも、考えるのは自分の仕事ではない、と割り切っているからだ。

 

 そんな彼をしても、落とされた自分の仲間を悪く言うエネドラの態度は不愉快に映った。

 

 仲間を何よりも大事に思う彼からして、落とされた仲間を罵倒するなどあってはならない愚行なのだから。

 

「あぁ? 失敗した奴を笑って何が悪ぃんだよ。弱ぇ奴が悪いんだろうが」

「そか。じゃあ、お前が落ちたら盛大に笑ったるわ。それでええんやろ?」

「ハッ、出来るものならなぁ…………!」

 

 エネドラはいとも容易く挑発に乗り、泥の津波を発生させる。

 

 黒トリガー相手の戦闘は、未だ終わりを見せなかった。

 

 

 

 

「────────そうですか。ヒュース殿が」

 

 小南と戦っていたヴィザの下に、ヒュース脱落とその置き去りの決定の報が届く。

 

 何かを噛み締めるように空を仰ぐヴィザを見て怪訝な顔をする小南だが、同時に彼女の下にもヒュースを香取隊が撃破したという報告が届き、得心に至った。

 

「へぇ、あの子達もやるじゃない」

「どうやら、そちらにも報告は届いた様子。まさか、ヒュース殿が落とされるとは。玄界の戦力を見縊っていたつもりはありませんが、これは想定以上と言っても差支えありませんな」

 

 ヴィザは、素直に賞賛を口にする。

 

 ヒュースは、彼の弟子のようなものだ。

 

 その才覚は高く評価していたし、時折感情的になる所はあったが、それでもその実直さと飽くなき向上心は好ましく思っていた。

 

 そんな彼が落とされた事や置き去りを決定された事に思うところはあるが、ヒュースを撃破するといった功績を挙げた者達を評価する気持ちがあるのも事実。

 

 生半可な実力や連携では、まず彼を落とす事など不可能だっただろう。

 

 それを成し得たというだけで、玄界の戦力の厚みが分かろうというもの。

 

 今戦っている小南だけでも玄界戦力の評価の上方修正は確たるものであったが、その認識が再び更新される事になろうとは思わなかったというのが本音だ。

 

(しかし、残念ですな。あれ程の才を、手放す事になろうとは)

 

 同時に、ヒュースを手放す事に対して酷く残念に思う気持ちもある。

 

 戦場に生きる修羅を自認するヴィザではあるが、弟子として可愛がったヒュースへの愛着は勿論ある。

 

 あれ程の才であれば、成長すればいずれは自分のいる高みに届く事になるのやも。

 

 そう期待していた面があった事は、否定出来ない。

 

 だが、現実として彼を置いて行かざるを得ない事も承知している。

 

 ハイレインの判断は、国の為を思えば正しいのだ。

 

 どんな犠牲を払おうとも、最終的な収支がプラスになるのであればそれを選ぶのが上に立つ者の責務である。

 

 彼はその責務を履行しているだけに過ぎず、その手段に関しても所詮は武人であり政治とは無縁の自分が口を出すべき事柄ではない。

 

 そも、流した血の数で言えば圧倒的に己の方が多いのだ。

 

 その手段が武力から政治力に変わっただけで、多くの者を踏みつけにしている、という現実に変わりはしない。

 

 国宝の担い手という立場からしても、死にゆく「神」の代替を一刻も早く見付ける、という点においてハイレインを支持しない理由はないのだ。

 

 現実問題として、「神」探しは難航している。

 

 「神」を厳選し、より良い人柱を見繕って来る事で国力を伸ばして来たのがアフトクラトルが「神の国」と呼ばれるようになった所以だ。

 

 だが、それは同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というデメリットを内包している。

 

 現在の「神」が優秀な素体である分、それに匹敵する依り代を用意しなければ今の領民を住まわせる領地を削る他なくなる。

 

 国力の低下はアフトクラトルにとって死活問題であり、一切の妥協は出来ない。

 

 しかし、それ程のトリオンの持ち主など早々に見つかる事はまずない。

 

 だからこそ、ハイレインは遠征で「神」候補が見つからなかった場合の次善策を用意していた。

 

 その()()がヒュースの主であるエリン家当主であり、これを知られれば間違いなくヒュースは敵になる。

 

 それを防ぐ為の、今回の置き去りなのだ。

 

 理屈としてそれが分かるだけに、ヴィザが口に出せる言葉はない。

 

「しかし、やられてばかりでは面白くない。少々、錆びを落とすとしましょうか」

「────────!」

 

 ヴィザから放たれる重圧が増した事を直に感じ、小南は顔を強張らせる。

 

 彼女が有数の使い手なだけに、分かるのだ。

 

 今、この老剣士の中のギアが一段階上がった。

 

 それが、如実に感じ取れた。

 

 少なくとも、先程までと同じと考えれば瞬殺されるだろう。

 

 今のヴィザからは、それだけの圧迫感を感じていた。

 

 弟子を手放さざるを得なくなった、八つ当たりの如き静かな怒りの発露。

 

 それが今の圧迫感の正体だとしても、抗戦の難易度が上がった事だけは事実である。

 

「さて、続きを始めましょうか。出来ればもう少し楽しませてくれる事を期待しておりますよ。玄界の戦士よ」

 

 ヴィザが動き、小南が迎え撃つ。

 

 両界屈指の実力者同士の死闘は、更なる激化を迎えていた

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