香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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思惑と推移

 

 

「まさか、この俺が碌に敵を仕留められずに終わるとは。玄界(ミデン)の兵も大したものだ」

 

 戦闘体が破壊され、生身を投げ出されたランバネインはそれまでと同じ泰然自若とした態度で賞賛の言葉を口にする。

 

 トリオン体という鎧をなくし、敵地で生身を曝け出しているというのに焦り一つ見せていない。

 

 戦場で生身を見せる事の危険性については散々知っている筈の相手が、この態度。

 

 その意味を理解した風間は、ハッとなって声を張り上げる。

 

「避けろっ!」

「…………!」

 

 途端、菊地原と歌川の周囲に無数の小さな穴が現れる。

 

 彼等が風間の警告を聞いて跳び退いた次の瞬間、その穴から黒い針状のものが飛び出した。

 

 それを見て、菊地原達が顔を顰める。

 

 もし、回避が一瞬遅れていれば彼等はあれに串刺しにされていただろう。

 

 勝利の後の、一瞬の隙を狙う。

 

 定石通りではあるが、厄介な一手。

 

 あるかもしれないと思ってはいたが、想定していたよりも面倒な攻撃方法を使って来たものだ、と風間は内心で愚痴る。

 

 菊地原も反応はしていたようなので自分の警告がなくても間に合った可能性は高いが、問題はそんな事ではない。

 

 今、敵は小型の門とも言えるものを通じて攻撃を仕掛けて来た。

 

 攻撃の為だけに(ゲート)を開くのは、少々非効率だ。

 

 それを躊躇いなく行って来ているという事は、つまり。

 

「退却よ、ランバネイン」

 

 ────────敵は門と似たような能力のトリガーを、自在に扱えるという証明に他ならない。

 

 空間から窓を開けるように開いた門の中から、一人の女性が姿を見せた。

 

 黒い角を頭から生やしたその女性は、間違いなくランバネインと同じアフトクラトルの近界民だろう。

 

 角が黒い、という事は黒トリガーの使い手である事の証明。

 

 即ち、今の空間を繋ぐトリガーの使い手は彼女であり、尚且つ黒トリガーであるという事だ。

 

(自在に門を開く黒トリガーか。敵が躊躇なくトリガー使いを投入して来たのは、こいつがいたからか)

 

 風間は、敵が何の躊躇もなく黒トリガーを含む精鋭を送り込んで来た理由をようやく理解する。

 

 トリガー技術後進国と思われているらしい玄界ではあっても、向こうからして見れば敵国である。

 

 そこに貴重なトリガー使いを何の躊躇いもなく投入して来た事に少々の疑問を覚えてはいたが、何の事はない。

 

 空間を繋ぐあの女性のトリガーがあったからこそ、敵はリスクを恐れず戦力を投入して来たのだ。

 

 要は、緊急脱出システムと一緒だ。

 

 今回のように負けて生身を曝け出しても彼女と言う回収役がいれば、安全に自国の戦力を帰還させる事が出来る。

 

 その前提があったからこその、強気の攻め手だったワケだ。

 

(迂闊に追撃が出来ない事も、織り込み済みだろうな。分かってはいたが、少々以上に癪だ)

 

 加えて、この場で迂闊な追撃が出来ない事も想定済みだろう。

 

 敵が戦力の全てを出し切ったという確信がない以上、迂闊に追撃を仕掛ければ返り討ちに遭う可能性がある。

 

 最悪の場合捕まってしまうケースも考えられる為、どう考えてもこの場でランバネインに対し追撃をかけるのは悪手だった。

 

 悠々とした足取りで門の向こう側に歩いていくランバネインを、風間達は黙って見送る他なかった。

 

「ではな、玄界(ミデン)の戦士達よ。機会があれば、また戦り合いたいものだ」

 

 ランバネインは負けたというのに堂々とした態度を最後まで崩さず、そう言い残して門の先へと消えていった。

 

 彼の回収が完了した事で空間の窓は閉じ、二人の姿は見えなくなる。

 

 その様子を見ていた菊地原は、むすぅ、と頬を膨らませていた。

 

「…………あいつ、なんかムカつく。負けたってのに、全然悔しそうじゃなかったし」

「武人とはそういうものだ。勝ちも負けも、戦いを愉しむ上でのスパイスに過ぎないのだろう。太刀川(バカ)の亜種と思えば良い」

「そう言われるとなんかすっとしますね。まあ、勝ったしこれで良いって事にします」

「そうしろ。余計な事を考えて脳のリソースを無駄にするよりは余程効率的だ」

 

 菊地原は負けたにも関わらず堂々とした態度を崩さなかったランバネインに少々気分を害していた様子だったが、風間の取り成しで機嫌を直したようだ。

 

 感性が女性的で少々面倒な性格をしている菊地原であるが、対処に慣れた風間からしてみれば可愛い部下が愚痴っているだけに過ぎない。

 

 色々と面倒な性質に見えて根は素直なので、対応の仕方さえ覚えていれば可愛いものだ。

 

 ジトリと、そんな風間の内心に気付いたかのように菊地原がこちらを凝視して来たが、そこはそれ。

 

 そういった反応も含めて、可愛い部下であるのだから。

 

「レイジ、諏訪、今回は助かった。お前等の支援がなければ、危なかっただろう」

「そうとも限らないが、礼は素直に受け取ろう。これで、厄介な敵を一人片付ける事が出来たしな」

「礼は次の飲みの時の奢りで良いぜ。前は俺が出したし、たまにはお前も金出せ」

「別に良いが、増えた分の酒を片付けるのはお前だぞ」

「って、また俺ん家で卓飲みする気満々かこのヤロー」

 

 風間達は悪友らしい気安いやり取りを交わし、互いに笑い合う。

 

 その様子を菊地原は何処か羨ましそうに見ているが、部下である彼等と悪友であるレイジ達とは対応の仕方が違って当然だろう。

 

 どちらも大切な仲間である事に違いはないが、部下と悪友とではどうしても対応は異なったものになる。

 

 菊地原からしてみれば風間とより親し気なレイジ達を羨ましく感じるのだろうが、未成年の彼等とアルコールを摂取するワケにもいかないのだから仕方ないと納得して貰うしかないだろう。

 

 立場の違いによる対応の差は、どうしても出て来る。

 

 成人したら飲みに連れて行ってやるか、と密かに考えながら可愛い部下の嫉妬を受け流す風間であった。

 

「さて、王子隊と諏訪隊もご苦労だった。お前らの支援のお陰で、楽に勝てたぞ」

「いえ、お役に立てたのなら幸いです。あの男が迫って来た時は少々肝が冷えましたがね」

「そうですね。俺が王子の立場だったら、逃げ切れなかったかもしれないですし。あの状況で生き延びるあたり、流石だな」

「いえ、適材適所ですよ。機動力をウリにしている以上、あれくらいはやらないといけませんしね」

 

 風間の労いを受け、王子と堤は笑みを浮かべる。

 

 ランバネインの猛威に真正面から相対した王子は中々に肝が冷えたとは思うが、今は涼しい顔でその事を語っているあたり大したものだ。

 

 その胆力は素直に賞賛すべきだな、と風間は思うのであった。

 

『王子先輩、敷地内の新型ですがどうしますか?』

「ふむ、風間さん」

「あいつが警報代わりに連れて来た奴だろうな。野放しにするのも面倒だ。さっさと片付けるぞ」

「了解」

 

 離れた場所で待機していた樫尾から敷地内のラービットについて打診を受けて、風間は即決で撃破する事に決めた。

 

 伏兵がいる事を匂わせる為に敷地の外に潜ませていた笹森を回収する都合もあるし、此処で新型を逃がす理由は何処にもない。

 

 ランバネインにこちらに伏兵がいる事を強調する必要があった為に外側に配置していたのだが、敷地内にラービットがいるという報告があったので合流を見送っていたのだ。

 

 ラービットには、優れた探知能力がある。

 

 たとえカメレオンで姿を消していてもラービットに勘付かれてしまうのは、既に実証済みだ。

 

 だからこそランバネインは、自分達を外に出さない為の警報役としてラービットを引っ張って来ていたのだろう。

 

 ラービット単騎であれば風間隊であれば問題にはならないが、戦闘をした、という事実は消せない。

 

 倒す為に足を止めている間に、ランバネインに追いつかれるのが関の山だったろう。

 

 あれがなければカメレオンを用いて笹森を合流させる予定だったのだが、元より可能であれば、程度の考えだったので大きな問題にはならなかった。

 

 こちらに伏兵がいる事を強調出来た時点で笹森の仕事はほぼ完了していたのだから、さしたる支障にはならない。

 

 今回の作戦では、敵に校舎内に踏み込ませる事が大前提だった。

 

 その為には「伏兵が複数配置されている」と、敵に認識させなければならない。

 

 伏兵が少数であると判断されれば、時間がかかっても建物を片っ端から破壊する、という選択を取られる可能性があった。

 

 それをさせない為に敢えて外側に笹森を配置し、「伏兵は複数存在し、上限は不明」という認識をさせたのだ。

 

 時間がかかれば外から援軍が駆けつけて来る、という推測をさせる事で、ランバネインの行動を縛ったのである。

 

 その為にはカメレオンを使える笹森が、最も適任だったワケだ。

 

 あれで、同じくカメレオンを使う菊地原達が外側にいる、という認識をさせる結果にも繋がったからだ。

 

 ランバネインが最後の菊地原達の奇襲に対応し切れなかったのは、彼等が外にいる、という思い込みの影響もあるだろう。

 

 姿を消せる伏兵が外側にいた、という情報が、イコール菊地原達は外側にいる、という認識を彼に植え付けていたからだ。

 

 そういう意味でも、この面子の中では笹森がこの役に適任だったワケだ。

 

「外の新型を片付けて、さっさと次に行くぞ。戦いは、まだ続いているのだからな」

 

 

 

 

「いやぁ、負けた負けた。大した戦果も挙げられんかったし、玄界の兵達は大したものだ」

「そう言う割に、随分と機嫌が良さそうねランバネイン」

「ククロセアトロの者共と比べれば、性根の良し悪しが雲泥の差だからな。戦っていて気持ちの良い者達であったよ」

 

 敗退し、遠征艇へ帰還したランバネインは上機嫌にそう嘯いた。

 

 彼を回収した女性、ミラは何処か呆れたような眼差しを送っているが、割といつもの事なのでどちらも大して気にした様子はない。

 

 特段問題発言をしたというワケではなく、ミラも彼の発言には同意する部分があったからだ。

 

「そうね。とは言っても、あそこまで悪い意味で突き抜けている連中はそうはいないと思うわ。私も、二度と相手にしたくない手合いだし」

「違いない。あれ程後味の悪い勝ち方はなかったからな。いや、相手の自滅に近かった以上勝った、とも言えんかもしれんが」

「あんなタチが悪過ぎる自滅なんて、早々ないでしょうけどね。こちらの被害も馬鹿にならなかったし、本当に最悪な相手であった事は否定しないわ」

 

 ふぅ、とミラはため息をつく。

 

 普段から感情を抑えるようにしているミラではあったが、ことがククロセアトロの件ともなればそうもいかなかった。

 

 悪い意味で最も肝が冷えた経験をしたのは皆同じなのだから、仕方がないだろうとも彼女は思う。

 

 自分が善性の人間であるなどと口が裂けても言えはしないが、外道の極地、というものを間近で見る事になるとは思いもしなかったのだ。

 

 軍事国家で軍属をやっている以上人の悪意には見慣れていたミラであったが、あれは少々逸脱し過ぎていたと今でも思う。

 

 人の悪意に際限はない、という言葉をそのまま具象化したような人間共がいるなどと、想定すらしていなかったのだから。

 

「二人共、ご苦労だった。お前がやられたのは意外だったが、相応に敵戦力を引き付ける事は出来た。成果は上々と言えるだろう」

「そうだな。特にあの大男は、敵の虎の子の一人だろう。ヴィザ翁と戦っているという少女と同じく、特記戦力と言って然るべき相手であったよ」

「あの少女の脅威度はこれまで見て来た中で最大ではあるだろうが、それには同意だ。そういう意味でも、お前はしっかり仕事をしてくれたと言って良い」

 

 ハイレインはそう言って、素直にランバネインを労った。

 

 冷徹な印象が強い彼ではあるが、必要と思えば労いの言葉くらいは口にする。

 

 常に冷徹に振舞っているのは領主としてそれが必要とされるからに過ぎず、ハイレインは見た目程冷血人間である、というワケではない。

 

 敵には一切の容赦をかけない、というのは軍事国家の人間にとってむしろ当たり前の事であり、他の領主と比べればむしろ穏当な方であるとさえ言える。

 

 他の領主は攫って来た人間を馬車馬のように働かせて使い潰すが、ハイレインは可能な限り長く使えるように懐柔の方策を取る事が多い。

 

 多少の手間こそかかるが、長期的に見ればその方が効率的である事を彼は知っているからだ。

 

 他国から攫って来た人間は、アフトクラトルにとって重要な()()となる。

 

 使い潰しても懐は痛まないかもしれないが、少しでも長く使う事が出来ればその分だけ資源の消費を抑える事が出来る。

 

 情ではなく効率の面でそう判断しているのであって決して虜囚に甘いというワケではないが、他の領主よりも彼の方が捕まった人間の生存率が高いのは純然たる事実であった。

 

「しかし、例の少女は凄まじいな。まさか、ヴィザ翁と1対1で此処まで斬り合える人間がいるとは思わんかったぞ」

「翁が時間稼ぎに徹している事もあるが、確かに驚異的だな。玄界の兵士の質の高さを、少々見誤っていた事は認めよう」

「ええ、エネドラも手こずっているようですしね。地力では勝っていますが、敵の指揮官がどうやら曲者の様子ですし」

 

 ミラは、そう言ってスクリーンの一つに目を向ける。

 

 そこには、苛立った様子のエネドラが相対する者達────────────────生駒隊の面々の姿が、映し出されていた。

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