香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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エネドラ①

 

 

(ホンマ、厄介なやっちゃな。黒トリガーいうんはこんなにも面倒な相手なんかいな)

 

 水上は対峙するエネドラを見据え、内心でため息を吐く。

 

 頭部の黒い角は黒トリガー使いの証明である、という情報は事前に得ていたので、エネドラが現れた際には当初の予定通り遅滞戦闘を行った。

 

 黒トリガーについては詳しくない水上だが、それが初見殺しの要素の強いものである事は見当がついていた。

 

 そもそも、近界のトリガーについては例外なく初見殺しの要素があると水上は考えている。

 

 何故なら、ノーマルトリガーと異なりそれらのトリガーの効果は実際に見てみるまで分からないからだ。

 

 自分達の使っているトリガーであれば、その用途や警戒すべき点などは既知である為対応が出来る。

 

 しかし、近界のトリガーはそうはいかない。

 

 トリガーの効果や性質、果てはその応用性に至るまで何一つが分からないからだ。

 

 故に、近界のトリガーである、というだけで初見殺しが成立する。

 

 まさか、フィクションの悪役のように懇切丁寧に自分の能力の詳細を話してくれるワケもない。

 

 仮にそんな事をして来る相手がいたとしたら、間違いなく心理戦を仕掛けて来ていると見て良い。

 

 如何なる効果を持っているか分からない武器の性能を語られたところで、それが真実かどうかは分からないからだ。

 

 十中八九(ブラフ)だろうが、実際に現れる効果がその説明に合致した場合の判断が難しい。

 

 単なる自信過剰か、それとも表面上の効果だけは似ているか全くの別物か。

 

 水上が相手の立場ならば8割がブラフとして誤った情報を語るだろうと思うし、もしくは一部だけ真実を語り本当に重要な情報は隠す、くらいはやる。

 

 故に、相手のトリガーがどんな能力を持っているかは自分の眼で見て判断するのが最も手っ取り早く確実だ。

 

 だからこそ、水上は情報収集に徹し決して無理な攻勢に出ようとはしなかった。

 

 どんな攻撃が飛び出してくるか分からない以上、警戒は最大限にして然るべき。

 

 そう判断して、仲間にもそれを徹底させた。

 

 能力自体は高い故に勝手に飛びだしがちな南沢には特に強く言って聞かせていたので、一度突っ込みかけて攻撃が掠る程度で済んでいる。

 

 いつもならそのまま落とされていたところなので、充分マシな部類だった。

 

 南沢は「いける」と自分で判断するとそのまま突っ込もうとする悪癖があるが、考える頭自体は持っている。

 

 故に一度突っ込んで失敗して以降は、大人しくこちらの指示に従っていた。

 

 流石の南沢も、ランク戦と本物の戦場の違いくらいは肌で感じていたらしい。

 

 いつもよりはほんの少しだけ用心深くなっていた様子なので、生き残れたのもそのお陰だろう。

 

 本当であればいつもそれくらいの用心深さは持っていて欲しいものだが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 

 最大の懸念事項が片付いた事で、意気揚々と情報収集に励んだ水上であったが。

 

 問題は、その先に待ち構えていた。

 

(なんやねん、攻撃が()()()()()って。身体が液体になるとか、反則にも程があるやろ)

 

 敵トリガーの性質自体は、早々に判明した。

 

 身体そのものを変化させ、泥状のブレードを形成してそれを自在に操り攻撃する。

 

 攻撃範囲は黒トリガーらしく凄まじいもので、その有り様は泥の津波のようだった。

 

 どうやらブレードは液体化と固体化を自在に切り替える事が出来るようで、地面を経由してもぐら爪(モールクロー)のような攻撃も可能。

 

 これだけでも厄介だというのに、最大の問題はその液体化と固体化の切り替えが()()()()()()()()()()()()()という点であった。

 

 つまり、エネドラ本人も自由に液体になれるが故に、攻撃をしてもその身体をすり抜けてしまうのだ。

 

 なんやそれ、と実際に目にした時は思ったものだ。

 

 まさか、攻撃が効かなくなるトリガー、などというものが実在するとは思ってもみなかったのだ。

 

(射撃も斬撃も無効で、本人は攻撃し放題、と。改めて、反則みたいな性能やな)

 

 流石に水上でも、これは想定の範囲外にも程があった。

 

 多少防御が硬い程度であれば、生駒の生駒旋空でどうにかなる。

 

 機動力が高い相手であっても、それなりにやりようはある。

 

 だが、攻撃そのものが通じない、というパターンは想定していなかった。

 

 無敵の能力などない、というのが水上の持論だ。

 

 どんな強力な能力であっても、攻略不能のものは存在せず、弱点となる要素は必ずある。

 

 一見厄介なカメレオンでさえ、透明化の間は他のトリガーを使えず、攻撃の直前には解除する必要がある、というピーキーな性質がある。

 

 それと同じようにこの黒トリガー、敵の言からすると泥の王(ボルボロス)というらしいが、これにも攻略法自体は必ずある筈だ。

 

 そして、その糸口自体は既に見付けていた。

 

(適当に弾を撃ち込んだ時に、一つだけ硬い何かに弾かれたような様子があった。多分、あれが敵の()なんやろな。流石に、無敵を実現するようなトリガーじゃなかったのは救いやけど────────────────問題は、もっかい撃った時に()()()()()()事やな)

 

 何度もエネドラに弾を撃ち込むうちに、一つだけすり抜けずに何かに当たった様子があった。

 

 どうやら相当に硬い物質であったらしく破壊出来た様子はなかったが、水上はそれが敵のトリオン体を構成する核であると見当をつけた。

 

 幾らなんでも攻撃の一切が通らない無敵のトリガーである筈がないと考えてはいたが、なんの事はない。

 

 敵は確かに全身を液状化出来るが、トリオン供給機関に相当する部位だけはその適用外なのだろう。

 

 それは考えてみれば当然で、トリオンを供給する心臓部がなければトリオン体を維持する事は出来ないからだ。

 

 水上の弾が当たったのは、その心臓部を保護する防御膜のようなものだったのだろう。

 

 彼がやったように適当に弾を撃ち込んでいる間に偶然核に当たる可能性が存在する以上、そのカバーをするのは当たり前の話だからだ。

 

 逆に言えば、カバーが必要という事はそこが敵の弱点である、と言っているのと同じだ。

 

 その核さえ破壊出来れば、敵の打倒は実現する。

 

 これは間違いないだろうと、水上は判断していた。

 

 だが、次に弾を撃ち込んだ時には中で何かに当たる反応が()()()()()()()()

 

 最初は何が起こったのか分からなかったが、聡明な水上はすぐにそれを察した。

 

 敵は、核のダミーを形成してのけたのだと。

 

 水上は、そう判断した。

 

 敵は粗野な言動から単純な性格と思われがちだが、初見殺しの塊のような性能のトリガーを扱っているだけあって、狡猾だ。

 

 恐らく、一度核に弾が当たった時点でこちらが向こうのトリガーの性質を見抜いた事に勘付いたのだろう。

 

 だからこそ、核のダミーを無数に形成する事で対応してみせたのだ。

 

 ダミーを含む核の場所自体はオペレーターの解析で判明はしたが、そのうちどれが本物なのかは判断出来なかった。

 

(核の位置も自由に変えられるみたいやし、ホンマ厄介な相手やわ)

 

 どうやら敵は核の液状化は出来ないようだが位置の移動自体は自在である様子であり、流動する無数のダミーの中から本体を見つけ出すのは容易ではない。

 

 突破口が見えたと思った矢先に、これだ。

 

 水上も流石に、愚痴の一つも言いたくなるというもの。

 

 やっている事は理解出来るが、その厄介さが極まっているのだから手に負えない。

 

 向こうからしてみれば自分が切れる手札を使っているだけに過ぎないのだろうが、黒トリガーというだけでこうも理不尽が実現するのか、と愚痴りたくなる気分だった。

 

 自在に展開できる液状化ブレードに、攻撃を無効化するトリオン体の液体化。

 

 唯一の弱点である核も、強固なカバーに覆われている上にダミーの発生と位置の移動も容易。

 

 眼に見えて厄介極まりない、強力無比なトリガーであった。

 

(これでうちの南沢(アホ)みたいに単純ならやりようは幾らでもあったんやが、粗暴に見えてかなり頭がキレるなこいつ。まあこんな陰湿極まりないトリガー使っとるんやから、当然っちゃ当然やけど)

 

 泥の王(ボルボロス)はランバネインの雷の羽(ケリードーン)のような単純明快な力押しのトリガーではなく、その特殊性を以て敵を翻弄し、いわゆる()()()()()()をする為のトリガーだ。

 

 性質そのものは強力だが、扱い方を間違えれば容易く崩される脆さもある。

 

 しかしエネドラはそれを見事に使いこなし、目立った隙の無い動きで戦っている。

 

 熟練の技、というべきものが彼の身体に染み付いているのは嫌でも分かった。

 

 本人の性格そのものは粗暴ではあるが、軍人としての戦闘勘は失われていない、という事なのだろう。

 

「おらおら、逃げ回るだけかテメェ等…………! さっきの威勢はどうしたぁ…………っ!」

 

 粗野な挑発を言い放ちながら、エネドラは泥の津波で攻撃を仕掛けて来る。

 

 生駒隊の面々はそれを回避しつつ、水上は準備していたアステロイドを放った。

 

 ランク戦でやるように、弾種の偽装は行わない。

 

 あれは同じボーダー隊員相手にやるからこそ意義のあるもので、こちらのトリガーの事を知らない近界民(ネイバー)相手には意味がないからだ。

 

 エネドラはそれを意に介さず受け止める、と思いきや液状化ブレードを障壁のように展開。

 

 水上の弾幕を、黒いブレードが盾となって受け止めた。

 

(徹底的に、核の位置を探られるのを防ぐ気やな。ダミーが減らされるんも嫌がるとか、もう少し慢心しといて欲しいモンや)

 

 その行動は、こちらの狙いを正確に看破しているが故のもので間違いなかった。

 

 ダミーを増やせると言っても、その数自体は減らす事が出来る。

 

 どうやらダミーは本体程の強度はない様子なので、アステロイドを続け様に着弾させれば破壊自体は可能というのは既に試したから分かっている。

 

 ダミーを増やされたのなら、それを少しでも減らして本体に当たる確率を上げる。

 

 そう考えて実行に移したのだが、エネドラはすぐさま対策を打って来た。

 

 即ち、液状化を利用して攻撃を受け止め続けるのではなく、攻撃そのものを阻止する方向へと。

 

 彼は、作戦をシフトさせたのだ。

 

 嘘やろ、と水上は最初思った。

 

 エネドラは狡猾だが、その言動の端々には黒トリガーと言う絶対の武器への信頼と慢心、こちらを見下す心理が見え隠れしていた。

 

 だからこそこちらの攻撃に対しては無防備に受けつつ無敵性を誇示する、と思っていたのだが、エネドラはそんな事よりも確実にこちらの攻め手を潰す策を取って来た。

 

 故に水上は、この相手が思った以上に慎重である事を悟らざるを得なかった。

 

 自身の無敵性に溺れて無防備に攻撃を受け続けてくれたのならば、幾らでもやりようはあった。

 

 しかし、自身の弱点を理解しそこへ至る隙を潰す為に動かれたのでは、突破は困難を極める。

 

()()が足りん。今の戦力じゃ、あの男の心臓に手ぇ伸ばすんは不可能や)

 

 聡明な水上は、冷静に現状を()()()()と断じていた。

 

 生駒隊へは強い執着のある水上ではあるがそれはそれとして現状の判断は冷徹に下している。

 

 即ち、生駒隊だけではエネドラの攻略は不可能であるという事を。

 

 彼は、強固な理性を以て判断していた。

 

 エネドラを撃破するには、少なくとも出水レベルの火力と、太刀川レベルの規格外の駒が必要になる。

 

 しかしそのどちらも、今の生駒隊には足りていなかった。

 

 射手である水上のトリオン量はお世辞にも高いとは言えず、エースとして信頼している隊長の生駒は実力者ではあるが、彼だけがいても意味が無い。

 

 南沢は対人戦に於いては強力ではあるがこれはそういう次元でどうこうなるものではなく、狙撃手の隠岐はそもそも使用用途が異なる為除外。

 

 現状、エネドラの防御を突破しつつその心臓を突き破るだけの手札はない、とするのが水上の下した判断だった。

 

(こうなると、樹里ちゃんか香取ちゃんが欲しなって来るな。都合良く救援に来てくれへんやろか)

 

 ふと、水上の思考に魔が差す。

 

 既に人型を撃破したという香取隊の、狙撃手と万能手の姿が脳裏に浮かぶ。

 

 彼女達が揃って来てくれさえすれば、何とか突破口を開く事は出来るだろう。

 

 樹里は技術はともかくトリオン量は出水に匹敵するものを持っているし、香取は突破力で言えばボーダー内でも随一のものを持っている。

 

 彼女達がいてくれれば、まだやりようはあるだろう。

 

 しかし、彼女達とは位置が離れ過ぎている。

 

 本部に救援要請自体は出してはいるが、流石に位置が遠過ぎる為無理だろうとも判断していた。

 

(あの子達は無理でも、他に誰か────────────────とにかく、()()()()が揃えば何とかなる。けど)

 

 チラリと、水上はエネドラを見据える。

 

 エネドラは先程から見晴らしの良い高所を陣取っており、何処から攻撃が来ても対応出来るように周囲に目を光らせている。

 

 彼は、増援の可能性をしっかりと認識しているのだ。

 

 射線が通りまくる場所ではあるが、奇襲を受けても大抵は無効にされる以上効果は薄い。

 

 多少の被弾は考慮に入れた上で、確実に敵を迎撃出来る陣形を優先する。

 

 あれは、そういう動きだ。

 

 ノーガードに見えるが、そうではない。

 

 迂闊にも飛び込んで来た敵を迎え撃つ為の、防御重視の陣形だ。

 

 あれでは、援軍に奇襲をさせても効果は望めない。

 

 水上はその慎重さに何度目からも分からない溜め息を吐き、そして。

 

「…………っ!」

 

 ────────────────エネドラの陣取っていた建物が、降り注いだ弾幕によって粉々になる瞬間を目撃した。

 

 エネドラ本人への攻撃はほぼすり抜けたが弾の幾つかはダミーに着弾し、破砕。

 

 足場としていた建物はほぼ直撃のような形で弾を受けた事により、崩落。

 

 突然の射撃の雨に晒されたエネドラは、眉間に皺を寄せて地面へ降下した。

 

「なんだぁ…………っ!?」

 

 ギロリと、エネドラは突然の闖入者に目を向ける。

 

 その視線の先に、その男はいた。

 

「────────情報通りか。面倒な相手だな」

 

 カツン、という硬質な音が響く。

 

 水上はそちらを振り向き、思わずその相手を凝視する。

 

 傲岸不遜を形にしたような表情を見せる端正な顔立ちに、黒一色のスーツを身に纏った美丈夫。

 

 二宮隊隊長、二宮匡貴。

 

 ボーダーでもトップランクの実力を持つ射手の王が、配下と共に参戦の意を示した瞬間であった。

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