香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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エネドラ②

 

 

「二宮さん…………っ! 来てくれはったんですか…………っ!」

「救援要請を出したのはそちらだと認識している。だから最も近い位置にいた俺達が来ただけだ。驚く程の事ではない」

 

 眼を見開く水上に対し、二宮は淡々と答える。

 

 何も特別な事はない、恩に思う必要はないと。

 

 端的に、彼はそう告げていた。

 

「敵は黒トリガーだそうだな。大まかな能力は通信で聞いているが、実際に戦ったお前の所感も聞いて────────────────いや」

 

 二宮はそこまで言うとチラリ、とエネドラを見据える。

 

 エネドラは突然の乱入者である二宮を警戒している様子であり、迂闊に攻めて来ようとはしていない。

 

 だが、それも時間の問題だろう。

 

 確かにあの男は粗野に見えて狡猾な面を持ち合わせてはいるが、その本質は攻撃的且つ衝動的だ。

 

 一時的に警戒を強めていたとしても、その停滞がずっと続く筈がない。

 

 すぐにでも痺れを切らして攻撃して来るであろう事は、目に見えている。

 

 そういったエネドラの性格の傾向自体は、既に二宮にも伝わっていた。

 

 そんな状況の中、果たして悠長に情報交換をしている暇があるのか。

 

 二宮がそう考えた事は、当然ながら水上にも伝わった。

 

 何故なら、彼自身そういった懸念を抱いていたからだ。

 

 確かに、二宮の参戦は朗報以外の何物でもない。

 

 慣例通りであれば、自分達がより上位のチームである二宮隊の指揮下に入るのが正しいのだろう。

 

 だが、二宮隊はエネドラと戦うのはこれが初めてだ。

 

 これまで戦って来た自分達には備わった彼と戦う為のノウハウが、彼等には存在しない。

 

 ある程度の情報はこちらからも逐一本部に伝えていたので聞いているだろうが、直に戦った者とそうでない者との体感の差というものは大きい。

 

 加えて、水上達生駒隊は抜群の安定感とどんな状況にも即座に対応出来る応用力がウリのチームだが、それは普段から親しくしている者同士としての繋がりがあるからだ。

 

 チームとして上位とはいえ、二宮隊の指揮下に入ってその潜在能力(ポテンシャル)が十全に発揮出来るかどうかは少々疑問が残る。

 

 無論表立って反発はしないだろうが、彼等は普段のチームワークに於いては言うまでもない暗黙の了解というべきものを前提として動いている部分がある。

 

 それが通じない相手との連携となると、普段通りに全力を出せるかどうかは賭けになる。

 

 無論、ある程度はあちらから合わせてくれるだろう。

 

 二宮はともかく犬飼はボーダー最高峰と言っても過言ではないバランサーであるし、辻は攻撃手でありながらサポートも十全にこなす優れた駒だ。

 

 多少の連携のラグ程度は埋めてくれるだろうが、それでもゼロにはならない。

 

 普段は阿吽の呼吸で動けるが故の、絆の強いチームだからこその葛藤。

 

 急増のチームで、最適の潜在能力(ポテンシャル)を果たして発揮出来るのか。

 

 そこが、問題であった。

 

 二宮隊のように戦術そのものが最適化され如何にそこに至る為のタスクをこなしていくのか、という理詰めで戦闘を構築するチームであればこんな問題は噴出しないだろう。

 

 これはあくまでも生駒隊がチームメイトの阿吽の呼吸を軸にするが故の、感覚派チームであるが為の悩みとも言えた。

 

 極端に動きが鈍くなるといった事はないだろうが、常であれば足りた筈の一歩が踏み出せずに終わる可能性がある。

 

 二宮は、それを懸念したのだろう。

 

「────────水上。俺達を使()()()()()気はあるか?」

「え…………?」

 

 だが。

 

 次に告げられた言葉に関しては、予想外にも程があった。

 

 てっきり一度態勢を立て直して情報を共有してから挑もう等の言葉がかけられると思っていただけに、二宮のその()()は青天の霹靂にも程があった。

 

 何を言われたのかは、理解出来る。

 

 彼は、こう言っているのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 生駒隊が二宮隊の指揮下に入るのではなく、その逆。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 二宮は、その選択肢を提示してみせたのだ。

 

「ま、マジで言ってるんですか? 俺に、二宮隊を指揮しろって事ですよね…………?」

「そう言ったつもりだ。出来ない、とは言わせない。お前にはそれだけの能力があると、俺は評価している」

「────────!」

 

 続けて、水上は瞠目せざるを得なかった。

 

 まさか、あの男が。

 

 射手の王たる二宮が、自分をこれ程までに評価していたなど。

 

 流石に、思いもしなかったからだ。

 

「お前は個性の強い生駒隊のブレインであり、その盤面調整能力はB級どころかA級を含めても屈指のものだと俺は評価している。少なくとも、指揮能力だけ見ればお前程優れた者はそうはいない」

「…………」

「普段昼行燈を装っている理由は知らないが、お前にはそれだけの能力はあると俺は見ている。少なくとも俺であれば、他の部隊から誰かを引き抜けるのならお前は真っ先に候補に入れるだろう。言っておくが、これは世辞でもなんでもない。ただの事実だ」

 

 まさかの褒め殺しに、水上は絶句する。

 

 現実が、認識出来ない。

 

 そこそこ頭は回る方であるという自負はあったが、まさかあの傲岸不遜の化身たる二宮が此処まで自分を買ってくれているというのは予想の外にも程があった。

 

 しかも、二宮は自分の部隊の指揮権をこの場に限り移譲しても良いと発言している。

 

 それは、彼の称賛の言葉が何の混じりけもない本音である事を意味していた。

 

 何故なら、自他共に厳しい二宮が他者の評価と言う点で贔屓も差別もする筈がないからだ。

 

 彼がこう言うからには、二宮が水上を評価しているという言は純然たる事実なのだろう。

 

 それが、どれ程突拍子のない発言であっても。

 

 状況は、それが真であると語っていた。

 

「だから、確認をしている。お前は、俺達を使ってあいつを倒せるのかを。立場も歳の差も今配慮すべきものではない。お前の頭で、可能かどうかを聞いている」

 

 二宮はそこまで告げるとジロリ、と水上を見据えた。

 

「────────出来るのか、出来ないのか。ただそれだけを答えろ。二度は聞かん。さっさとしろ」

 

 王者からの、挑戦状。

 

 水上は、その二宮の言葉をそう受け取った。

 

 出来るものなら、やってみせろ。

 

 出来るのなら、応えてみせろ。

 

 確かな言葉で、答えてみせろ。

 

 彼は、水上にそう告げている。

 

 否、試している。

 

 水上が、本当に自分の評価した通りの男なのかを。

 

 射手の王は、黙して彼の解答を待っていた。

 

(俺は────────)

 

 ふと、事態を見守っている生駒と目が合った。

 

 ゴーグル越しに彼の眼を見て、その意思はすぐに伝わって来た。

 

(────────分かりました。やりましょう)

 

 それで、覚悟は決まった。

 

 彼の、信頼する隊長の眼が言っている。

 

 好きなようにやれ、と。

 

 敬愛し、慕っている男がそう言っているのだ。

 

 これでノーと言える程、水上は根性なしでも義に薄いワケでもない。

 

 彼の答えは、生駒の意思と共に在る。

 

 本来は孤高である筈の少年が唯一仕えると決めた男からの激励を受け、奮い立たぬ筈がなかったのだ。

 

「────────出来ます。やらせて下さい。二宮隊の指揮権、この場に限り預からせて頂きます」

「良いだろう。一時的に隊の指揮権を移譲する。犬飼、辻。今作戦に限り水上の指示に全面的に従え。氷見もサポートを頼む」

「了解」

「了解しました」

『了解。生駒隊と情報及び通信を共有。全面的なバックアップ態勢に入ります』

 

 水上の返答に頷いた二宮の号令により、二宮隊の面々が一斉に応答する。

 

 これより、二宮隊は一時的に水上の指揮下へ入った。

 

 その事実に、水上の心が震える。

 

 あの、射手の王を。

 

 その部隊を、この手で動かす事が出来る。

 

 これがどれだけの僥倖なのかは、言うまでもない。

 

 手札が、それも特大のものが加わった。

 

 脳内に浮かんだ戦術の幅が、一気に広がった事を知覚する。

 

 これまでの持ち駒では出来なかった戦術が、幾らでも可能になった。

 

 二宮の火力に、犬飼の盤面調整能力。

 

 辻の突破力とサポート力に、氷見の卓越したオペレート技術。

 

 一つだけでも過分な二宮隊の総力が、たった今自分の手元に転がり込んで来た。

 

 脳裏に、譜面が浮かび上がる。

 

 これまで駒不足で開けていなかった道が、次々に開拓されていく。

 

 常人であれば、増えた手札を持て余すだけに終わるだろう。

 

 だが、水上は一瞬で突然舞い込んだ強力な鬼札達の戦力を分析し、頭の中で描いていた譜面を組み直した。

 

 カタン、カタン、と、久しく聞いていなかった将棋の駒を進める音を幻視する。

 

 幻聴でも、なんでもない。

 

 ただ、水上の明晰な頭脳がフル回転を始めた合図のようなものだった。

 

(これなら、いける。これなら、()()()()()()()()

 

 昔から、そうだった。

 

 自分は、何事にも冷めやすい。

 

 他者が熱中している事であっても、一度「面白い」と思ったものであっても。

 

 やっている内に、気付くのだ。

 

 ああ、こんなものか、と。

 

 彼は、頭の回転が速過ぎた。

 

 人はそんな彼の事を秀才ではなく、天才と呼んだ。

 

 その先入観(レッテル)が嫌だったが、だからといって手を抜くという柔軟さは彼にはなかった。

 

 自分が本気でやれば、どんな難問だろうとあっさりと解けてしまう。

 

 それは最早試験でもゲームではなく、ただの作業だ。

 

 試験であれゲームであれ、容易く潜り抜ける事が出来ないからこそ面白いのだ。

 

 それが容易に出来てしまう自分は、きっと本当の意味で楽しい人生など送り様がないのだろう。

 

 けれど、きっと誰もがそんなものだ。

 

 程々に働いて、程々の幸福を得て、程々の終わりを迎えて死ぬ。

 

 人生というのは、つまるところそんな妥協の羅列に過ぎない。

 

 一度はのめり込んだ将棋の世界も、一緒だ。

 

 確かに、自分でも勝てない相手はいた。

 

 けれど、ずっと勝てないまま終わるとも思えなかったし、その勢いで頂点に立ったとしても後は虚しい玉座に座り続けるだけだろう。

 

 どうせ、自分の事だ。

 

 何処かできっと熱が冷めて、勝手に零落していくに決まっている。

 

 そんな自分が将棋の世界に居続けるのは本気でやっている人々に失礼だからと、彼はあっさりと奨励会を抜けてボーダーの誘いを受けた。

 

 本物の戦場を体感出来る場所ならば或いは、と。

 

 小さくも儚い、期待を抱いた為だった。

 

 けれど、矢張り。

 

 彼の奥底には、諦観が根付いていた。

 

 きっと、此処でも同じだろうと。

 

 そう思って入ってみれば、案の定。

 

 C級時代のランク戦は、児戯だった。

 

 初めて使用したハウンドは、すぐに使いこなせるようになった。

 

 まだ碌な誘導性能の調整も出来ない他のC級が、そんな彼に勝てる筈もなかったのだ。

 

 正隊員になった直後の水上は、早くもいつこれを辞めるかを考え始めていた。

 

 ────────────────彼と、出会うまでは。

 

 顔と名前だけは、知っていた。

 

 同じようにスカウトを受けてボーダーに入隊した間柄なので、無関係というワケでもなかったからだ。

 

 彼は京都でも有名な剣術道場の息子で、祖父から居合の指導も受けている将来有望な英傑なのだという。

 

 だからさぞご立派な堅物かと思っていたのだが、そのイメージは彼と会話した瞬間粉砕骨折した。

 

 堅物そうに見えるのは、外見だけ。

 

 話してみれば飛びだすのは、真顔で宣う冗句や天然気味の発言ばかり。

 

 ハッキリ言って拍子抜けどころか、一周回って感心すらしたものだ。

 

 こんな()()()()人間が、思っていたより身近にいたなどと。

 

 彼は、考えてもみなかったのだ。

 

 京都の名門の跡取り、というだけで色眼鏡で見ていた事実は否定しない。

 

 実際に会話してその認識は190度くらいはひっくり返ったワケだが、意外だったのはそれが全く悪い気がしなかった事だ。

 

 思えば、自分はこれまで親しい友人というものを作って来なかった。

 

 表面上の友達はいても、頭の回転の速さの違いはすぐに分かってしまっていた為何処かで距離を置いていた。

 

 しかし、生駒は違った。

 

 頭の回転では、きっと自分の方がずっと速い。

 

 けれど、彼には何処か惹き付けられる何かがあった。

 

 生駒は別に、何か特別な事を言っていたワケではない。

 

 彼の口から出るのは、以前の水上であれば一笑に付したであろう馬鹿話ばかり。

 

 しかし、それが心地良かった。

 

 それがこちらを気遣って敢えて道化を演じているのではなく、素でやっているのだな、と伝わって来たが故に。

 

 嗚呼、このお人には無理に肩肘張らずにええんやな、と。

 

 何処かで安心していた、己がいた。

 

 この人と一緒なら、自分でも馬鹿になれる。

 

 この人と一緒なら、自分でもありのままでいられる。

 

 この人と一緒なら、自分でも真っ当な人間になれる。

 

 そんな想いを抱いた瞬間、水上は彼に仕える事を決めていた。

 

 生駒は確かに天然気味で、口から出る話はどうでも良い類のものばかり。

 

 しかし、剣の腕は本物だった。

 

 一時期、攻撃手キラーとしての戦闘スタイルを会得した弓場に負け越していた事があった。

 

 その時は自分も頭を捻っていたのだが、生駒はあろう事か40メートルという超射程を誇る生駒旋空を自力で編み出してしまい、対弓場の戦術を一人で確立してしまっていた。

 

 あの時は流石の水上も、唖然としたものだ。

 

(「普通の旋空じゃ届かないから、長くしたで」とか言うとったが、それが出来るお人は早々おりませんってホント)

 

 少なくとも後から聞き知った村上や太刀川の反応を見る限り、生駒旋空は彼等でさえ容易には真似出来ない絶技である事は言うまでもなかった。

 

 そんな技を編み出した生駒には、正直痺れた。

 

 あの時もまた、今のように脳裏に浮かぶ戦術の幅が一気に広がった事を覚えている。

 

 懐かしい思い出に浸り、水上は己の脳神経が冴え渡るのを自覚した。

 

 これなら、いける。

 

 頭の中で譜面の配置を完了した水上は、久方ぶりの昂揚と共に。

 

 盤面へ、最初の一手を指し始めた。

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