香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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エネドラ③

 

 

「────────アステロイド」

 

 先程突如として現れた男、二宮が無数の光弾を放つ。

 

 射撃自体は、これまでも水上がやっていた。

 

 しかし、数と威力は段違いであった。

 

 水上の弾は、硬質化したブレードであれば問題なく受け止める事は出来た。

 

 集中的に攻撃されれば突破はされるものの、足止めとしては充分過ぎる役割を果たしていたのだ。

 

 だが、二宮の弾は違う。

 

 彼のアステロイドは、僅か数発でエネドラの形成した硬化ブレードを破砕してしまっている。

 

 先程彼の体内に存在する核のダミーを粉砕した事から鑑みても、相当な火力、トリオンを持っているのは間違いないだろう。

 

(チッ、面倒臭ぇ。気体(ガス)ブレードでぶった斬ってやるか)

 

 このまま攻撃を受け続けるのは得策ではないとエネドラは判断し、彼の持つ最大の初見殺し技────────────────即ち、気体化を用いて敵を体内から刺し殺す方法で、二宮を処理しようとする。

 

 エネドラの所有する黒トリガー、泥の王(ボルボロス)は自身のトリオン体を自在に変化する泥の塊へと変え、液体化させた身体を硬質化させての攻撃が主な戦闘手段になる。

 

 しかし、彼が己の身体を変じられる範囲は液体と固体だけに留まらない。

 

 ()()

 

 即ち空気にも己の身体を溶け込ませる事が可能であり、これを用いて気体化した部分を敵の体内に侵入、内部で硬質化させて攻撃する、というえげつない攻撃方法が彼の扱う気体(ガス)ブレードである。

 

 通常の攻撃手段と比べれば速度は著しく遅いし風向きにも左右されるが、()()()()()()()()()()()としてこれ以上なく優秀なのがこの能力の最大の利点である。

 

 向こうは何が起きたのかすら分からず、自身の内側から生えた刃により己の身体を突き破られる事になる。

 

 普通の攻撃と比べれば相手を殺した実感が薄いのが困りものではあるが、そんな相手の困惑と絶望の表情を見られるのは悪くない。

 

 この意気揚々と出て来た偉そうな態度の男も、この攻撃の餌食にしてやろう。

 

 そう考えて、エネドラは己の一部を気体化させ徐々に二宮のいる方角に向かって魔手を伸ばし始めた。

 

 これが二宮の元に到達した時、彼は体内から刃を生やし戦闘体を破壊される事になる。

 

「メテオラ」

 

 ────────その筈だった。

 

 自身の気体(からだ)を伸ばし始めた矢先に、水上が炸裂弾(メテオラ)でそれを吹き飛ばしさえしなければ。

 

 爆風によって押し戻され、エネドラの気体化した部位は後方へと押し戻される。

 

 エネドラの黒トリガー、泥の王(ボルボロス)は確かに固体・液体・気体とを自在に切り替える事の出来る応用性の高いトリガーである。

 

 しかしそれは同時に、変化した状態の性質による自然現象の影響を直に受ける事を意味していた。

 

 たとえば、()がその最たるものだ。

 

 そよ風程度であれば問題はないが、もしも台風レベルの暴風に身を晒した場合。

 

 余程出力を込めなければ液体化した身体は押し流されてしまい、まともに戦うどころではなくなってしまうのだ。

 

 気体化した場合はそれがより顕著となり、文字通り風と共に吹き飛ばされてしまう。

 

 つまり、気体化した状態のエネドラには()が最も有効な対処方法となるのだ。

 

 元々、気体化に依る攻撃は自身が風上に立つ事によって初めて有効となる方法である。

 

 風下に立った場合はそもそも攻撃自体が行えず、そうでない場合であっても風の助けを借りない場合の移動速度は遅々たるものとなる。

 

 物理攻撃無効という反則的な特性を持つ泥の王(ボルボロス)の、それが明確な弱点と言えた。

 

 だが、おかしい。

 

 今まで、エネドラはこの気体化による攻撃を一度も行っていない。

 

 正確には、完遂させていなかった。

 

 これまでは相手が何故か風下に立たず、こちらが風上に立とうとする度に()()()向こうが移動したので、その機会に恵まれなかったのだ。

 

 だが。

 

 今になって、気付く。

 

 果たしてそれは、本当に()()だったのだろうか。

 

(まさか)

 

 それを理解した瞬間、エネドラの額に嫌な汗が流れる。

 

 あの、忌むべきククロセアトロ戦の時も感じた悪感。

 

 それは。

 

 自身の存在が脅かされる、根源的な恐怖であった。

 

(まさかあいつ、気体化(こいつ)に気付いてたとでも言うつもりかよ…………っ!?)

 

 

 

 

(当たり前や。風上に立とうとしてたのがあからさま過ぎやったしな)

 

 ようやく真実に思い至った様子のエネドラを見て、水上は内心でため息をつく。

 

 それはこれまで徹底して風上に立たせないよう立ち振る舞っていたというのに、まだ気付いていなかったのか、という呆れであった。

 

 水上はこれまでの戦闘の最中、エネドラがしきりに風上に立とうとしていた事に疑念を持っていた。

 

 そして彼の明晰な頭脳はエネドラのトリガーの性質、即ち液体と固体を自在に切り替える能力を踏まえて、()()()()()()()()()()()()()()()()()という推察に至っていた。

 

 その気付きがあった以上、答えは簡単に導き出せた。

 

 固体、液体と来れば次に来るのは()()に決まっている。

 

 理科の授業で誰でも習う、簡単な事だ。

 

 そして、それを踏まえればエネドラが風上に立とうとしようとした理由も見えて来る。

 

 恐らく気体化した状態では液体化した場合程自在に動かす事が出来ず、その挙動はある程度風の流れに任せたものになるのだろう。

 

 推測するにエネドラがやろうとしていた攻撃は、自身の一部を不可視の気体に変え、相手の体内に侵入させた上で内部で硬質化によるブレードを発生させるといったものである筈だ。

 

 だからこそ自身が風上に立ち、風の流れで気体化した己を相手に吹き付けられる位置取りをしたがっていたのだ。

 

 相手の気付かぬうちに、致死の刃を仕込めるように。

 

 ゆっくりと、死神の刃を喉元に突き付ける為に。

 

 それに気付いていたからこそ、水上は徹底してエネドラを風上に立たせないよう立ち振る舞って来た。

 

 不可視の即死攻撃から、その身を護る為に。

 

 あくまでも推察ではあったが、今のエネドラの反応を見る限りほぼ確定と思って間違いないだろう。

 

(マリオ、敵の様子は?)

(今の爆発で、広がったトリオンが押し流されたで。さっき言うとった推測通りと思って間違いあらへんやろな)

 

 オペレーターの報告が、それを裏付ける。

 

 敵の攻撃が自身のトリオン体を変化させたものである以上、トリオンの反応はこちらで拾えるのだ。

 

 眼で見えなくとも、それを確認する方法など幾らでもある。

 

 丁度今、オペレーターの手を借りて行ったように。

 

 種さえ分かってしまえば、対処法は幾らでもあるのだから。

 

(よっしゃ、またそいつが動いた時には報告頼むで)

(了解や)

 

 さて、と水上は未だ動揺の最中にあるエネドラを見据える。

 

 先程までの千日手による焦燥感は、最早ない。

 

 これまでとは、前提が違う。

 

 相手の攻撃の種が分かっていても、攻略法が理論上組み上がってはいても。

 

 先程までは、()()が足りなかった。

 

 だが、今は違う。

 

 二宮隊というこれ以上ない飛車角(きりふだ)を手に入れたのだから。

 

 攻めの中核を担う駒が指揮下に入った以上、今不足しているものなど何もない。

 

 後は、盤面を()()()だけの簡単な作業だ。

 

 二宮は、こんな自分を信じて自ら指揮下に入ると言ってくれた。

 

 ならば、その期待に応えなければ嘘というもの。

 

 心に、火が灯る。

 

 冷めていた心臓の炉に、薪がくべられるのを実感する。

 

 これ以上ない昂揚と共に、水上は次なる一手を指した。

 

「二宮さん、指定したルートに撃ち続けて下さい。弾数重視でお願いします」

 

 

 

 

(チッ、手数が多過ぎる…………っ! この猿、ノーマルトリガーの癖にかなりのトリオン持ってやがんな…………っ!)

 

 エネドラは泥の刃を盾のように展開しながら、盛大に舌打ちしていた。

 

 二宮はそのトリオンを用いて、全力の射撃を見舞って来ていた。

 

 弾速はそれ程でもないが威力と弾数は圧倒的であり、相応の強度を持つ硬質化したブレードでさえ、瞬く間に突破されてしまっている。

 

 此処に来て、安易に己の身体で弾幕を受けようと思う程エネドラは迂闊ではなかった。

 

 敵の弾は、先程まで相手にしていたヘンテコな髪型をした嫌な目つきの男とは威力がまるで違う。

 

 使っているのは同じトリガーだというのに、その突破力には雲泥の差があった。

 

 それもその筈。

 

 水上のトリオン評価値が5であるのに対して、二宮はその三倍近くにもなる14。

 

 同じトリガーであっても注ぎ込めるトリオン量の絶対的な差によって、威力にも相応の違いが出ていたのだ。

 

 そして、その攻撃は自身の核を撃ち砕くに値する攻撃になると、エネドラは読んでいた。

 

 流石に一発当たった程度で砕ける程ヤワな作りはしていないが、数発以上喰らえば流石に厳しいのは目に見えている。

 

 それを分かった上で自身のトリガーの無敵性を過信する程、エネドラは考え無しではなかった。

 

 以前の彼であれば、それでも尚泥の王(ボルボロス)への絶対の信頼からそういった行動を取ったかもしれない。

 

 しかし、ククロセアトロとの戦争を経た今の彼にそんな真似は出来よう筈もなかった。

 

 侵略戦争を繰り返すアフトクラトルにしては珍しい、歴とした大義名分を持った()()()()

 

 それに駆り出された当初は、エネドラは好き放題に殺しまくって良い相手と聞き、喜び勇んでいた。

 

 事実、泥の王(ボルボロス)を以て参戦した彼は敵のトリオン兵やトリガー使いを殲滅し、意気揚々と戦果を挙げていた。

 

 そこまでは、いつもと同じだった。

 

 国の精鋭と名乗る者が出て来たとしても、彼の泥の王を攻略する事は出来ず絶望と共に息絶える。

 

 その蹂躙、その暴虐が彼にはたまらない快感となった。

 

 最早かつての聡明さや思慮深さはトリガー(ホーン)の浸食によって失われ、彼に残っているのは衝動的な殺戮衝動と己を苛む飢餓感のみ。

 

 かつて親しかった女性(ミラ)の忠告も彼には届かず、エネドラはただ破壊と殺戮を撒き散らすだけの暴力装置と化していた。

 

 本来であればそんな末期状態に至った彼は、己が果てるまでその衝動的な傲岸さを失う事はなかっただろう。

 

 だが、その前提が覆ったのがククロセアトロ戦だ。

 

 本来であれば、彼が苦戦する事はおろか危機を覚える事すら有り得なかったであろう相手。

 

 何せ向こうは、本来軍事国家でもなんでもないのだ。

 

 とある事情で特異な戦力こそ揃ってはいたが、戦争に関しては素人同然の国。

 

 どころか、記録にある限り公的な戦争は一度もした事のない国であった。

 

 後ろ暗い事を行う専門の部隊はいたようだが、こと防衛戦に関してはノウハウを持つ者は皆無。

 

 少なくとも最精鋭の軍事国家であるアフトクラトルの侵攻を押し返すだけの戦術力は、彼の国は備わってはいなかった。

 

 そんな状態で碌な抵抗など出来る筈もなく、侵攻は順調に進んでいた。

 

 アフトクラトルが元は中立を謳っていたククロセアトロに攻め込んだのはあの国がこちらの逆鱗に触れるような真似をしていた事が発覚したからであり、それ故に通常の侵攻と異なり徹底して生き残りは出さないよう厳命されていた。

 

 通常の侵略戦争であれば、属国後の統治がスムーズになるよう止むを得ない場合を除き敵の民や技術者はある程度生かした状態で残すのが基本だ。

 

 戦争を行うのはあくまでも利益を得る為であり、敵国を滅ぼす事そのものが目的ではないからである。

 

 利潤を齎さない戦争など、赤字になるばかりで益になる事など一つもない。

 

 普通であれば、皆殺しという命令はまず出ない筈であった。

 

 その常道を無視した徹底した皆殺しの命が出されたのには、勿論理由がある。

 

 ククロセアトロ戦に限りその目的は侵略ではなく、敵の完全なる壊滅であったが為だ。

 

 無論、戦争の過程で得られた戦果は持ち帰る。

 

 だがそこに、敵国の者の命は含まれない。

 

 その時点では既にククロセアトロには本当の意味での()と呼べる者はおらず、国の中枢にいたのは初心を忘れ果て己が知識欲のまま享楽に耽る狂人共のみ。

 

 そんな手合いを活かすメリットは一つたりとも見当たらず、それ故に殲滅の命令が出ていたのだ。

 

 またそれ以前に、彼等はアフトクラトルの逆鱗に触れていた。

 

 彼等が公的に行っていた()()の裏側で、こちらの機密を盗み出して利用していた事が判明したからだ。

 

 軍事国家であるアフトクラトルにとって、こちらの機密を盗み出すような輩は当然誅罰の対象となる。

 

 問答無用の殲滅命令が出た事も、無理からぬ事と言えた。

 

 何せ、相手のやった事は宣戦布告に至るには充分過ぎる。

 

 しかもこちらの勧告に対してもしらを切るどころか一切悪びれる様子もなく、むしろ何を言われているのか分からない、といった有り様であった。

 

 こいつらは、一匹たりとも生かしてはならない。

 

 そんな命令が出るには、当然の流れがあったワケだ。

 

 そして当然の如く蹂躙されていったククロセアトロは、最後の最後でとんでもない()()()を切って来た。

 

 否、あれは奥の手でも、切り札でもなんでもない。

 

 愚かしい()()だ。

 

 ただ一つ、その自滅は敵味方を問わず取り返しのつかない損害を齎したという一点を除いて。

 

 あれを機に、エネドラは衝動に支配されながらも常に自身の生命が脅かされる状況に対して警戒を払うようになった。

 

 取るに足らない雑魚であっても、場合によってはとんでもない被害を撒き散らす場合がある。

 

 それを実感として知ってしまったが故に、トリガー(ホーン)浸食の影響下にありながら彼は戦闘中の警戒に限りかつてのそれを取り戻していた。

 

 皮肉にもそれが彼がこの戦闘に於いて生駒隊を仕留め損ねる一因となり、二宮隊が容易に押し切る事が出来ない要因となっていた。

 

 限定的な慎重さを取り戻したエネドラは、攻めと言う点では弱低下したが、守りと言う点ではむしろ強化されていたのである。

 

 無論、慎重さを得たからといってエネドラのトリガー(ホーン)の浸食が軽くなったワケではない。

 

 ただ、生存本能が限定的ながら強化されただけ、とも言えるだろう。

 

 それを自覚しないエネドラは、ギロリ、と水上を睨みつける。

 

(そう簡単に、やられてたまるものかよ。そのツラ、今度こそ歪ませてやらぁ!)

 

 

 

 

(なーんて、考えてそうな眼やな。慎重なのは行動だけで、自分の衝動を制御出来てるワケやなさそうやな)

 

 水上はそんなエネドラの眼光を真正面から受け止めながら、理知の瞳でその姿を射抜く。

 

 盤面は、既に変わり始めた。

 

 後は、詰めの局面へ打ち漏らしなく駒を進めるのみ。

 

(見とけや。これまで出来なかった指し手も、全部解禁したる。このまま、詰みに持って行かせて貰おか)

 

 水上は思考を推し進めながら、不敵に笑う。

 

 その脳裏には既に、詰みに至る盤面が構築されていたのだった。

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