香取隊の狙撃手   作:デスイーター

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エネドラ④

 

 

「野郎…………!」

 

 エネドラは激昂のままに、叫びをあげていた。

 

 先程から、彼は防戦を強いられていた。

 

 二宮から放たれる、無数の弾丸。

 

 それを防御する為にエネドラは硬質化ブレードを展開するのだが、それも長続きはせず二宮の弾幕によって瞬く間に破壊されていく。

 

 硬質化したブレードは殺傷力と言う点ではかなりのものではあるが、本来これは防御に用いるものではない。

 

 第一に、泥の王自体防御は液体化による無敵化に任せて残りのリソースを攻撃に注ぎ込んでいるトリガーだ。

 

 本来であればブレードを防御に回すといった使い方は想定されていない以上、二宮クラスのトリオンの持ち主相手に守勢に回るのは不向き。

 

 これは本来奇襲に用いる為の刃であり、防御の為の盾ではないのだから。

 

「辻ちゃん、そっちお願い」

「了解」

 

 加えて、残る二人の新たな参戦者も厄介だった。

 

 如何に二宮の弾幕が圧倒的といえど、一人でエネドラのブレードを全て対処し切れるワケではない。

 

 そも、出力が違う。

 

 確かに二宮はノーマルトリガーの使い手としては優秀に過ぎるトリオンの持ち主ではあるが、エネドラは腐っても黒トリガーの起動者である。

 

 当然ながらそのトリオンは黒トリガー起動によるブーストを受けており、実数値にして41を誇る。

 

 真正面からの撃ち合いであれば、エネドラに軍配が上がるのだ。

 

 もしもエネドラのトリガーがランバネインの雷の羽(ケリードーン)のようなエネルギー弾を撃つタイプのそれであれば、正面から撃ち合った時点で押し負けていただろう。

 

 そうはなっていない理由は、トリオンの()()()()()()にあった。

 

 エネドラの黒トリガー、泥の王(ボルボロス)の攻撃方法はあくまでも液状化した身体を硬質化しての()()である。

 

 そこには液状の身体を展開し、更にそれを硬質化させるという工程(プロセス)が当然ながら発生する。

 

 つまり、如何に膨大なトリオンを持とうとも、それを()()()()()()()という形でしか出力出来ないのだ。

 

 更に言えば、エネドラのトリガーは正面からの力押しをするタイプのそれではない。

 

 あくまでのその最大の武器は物理攻撃を無効化し、敵を翻弄する特殊性にある。

 

 その特殊性にこそリソースを割り振られている以上、単純な力押しという面で他の黒トリガーに劣るのは自明の理。

 

 それは泥の王(ボルボロス)の使い手であるエネドラ自身自覚している事ではあったが、これまではそもそも彼が劣勢になる事自体ただ一つの例外を除いて存在しなかった為、問題には成り得なかった。

 

 だが、今回に限りそうはならない。

 

 防御の為に展開した硬質化ブレードは二宮の弾幕で大半が打ち壊され、僅かな撃ち漏らしも彼が連れて来た二人の少年が丁寧に処理していく。

 

「辻ちゃん」

「了解」

 

 加えて、彼等は防御も完璧だった。

 

 業を煮やしたエネドラが苛立ち紛れに二宮へ攻撃を行った際には、細身の少年が無言で旋空を用いて硬質化ブレードを両断。

 

 それによって生じた破片すら金髪の少年がアサルトライフルで処理し、その一切を二宮へ近付けなかった。

 

 二宮が攻撃に全力を注いでいる分、まともな防御が出来ないというエネドラの読みは間違いではない。

 

 常に両攻撃(フルアタック)を解禁している今の二宮は、防御の面では無防備に等しい。

 

 だが、その穴を埋める両翼が王への攻撃を許さない。

 

 彼等は二宮の撃ち漏らしの処理を行いながらも、こちらの攻撃の気配へは常に気を配っていた。

 

 隙らしい隙が、見当たらない。

 

 防御を考慮せずに全力で攻撃を行っている筈の二宮に、攻撃の一切が届かない。

 

 その完璧な攻防に、エネドラは苛立ちを募らせていた。

 

(こいつ等、連携に隙がねぇ…………っ! ノーマルトリガーの分際で、此処まで俺の攻撃を防ぎやがるかよ…………っ!)

 

 ギリ、とエネドラは知らず歯を食いしばる。

 

 彼にとって、泥の王(ボルボロス)の力は絶対だった。

 

 如何なる敵であろうとその攻撃でエネドラに痛打を与える事は出来ず、絶望のままに八つ裂きにされていく。

 

 その圧倒的な蹂躙が、エネドラにこの上ない快感を与えていた。

 

 トリガー(ホーン)の浸食によって攻撃衝動の塊と化したエネドラにとって、その殺戮本能を充足させてくれる戦場はこの上ない遊び場と化していた。

 

 より多く敵を殺し、その悲鳴(かっさい)を浴びる。

 

 それこそが今のエネドラの最大の娯楽であり、本能だった。

 

 だが、そんな彼の衝動を抑制する生存本能(ききかん)があった。

 

 ククロセアトロとの戦いで発生した、後にも先にも例のない生命の危機。

 

 その未曾有の体験が、彼の攻撃衝動に無意識のブレーキをかけていた。

 

 少しでも何かが違えば、あの場で果てていたかもしれない。

 

 その危機意識(トラウマ)が、エネドラに防御を重視する思考を強制していた。

 

 だからこそ、現在の拮抗状態が発生しているとも言える。

 

 仮にエネドラがこれまで通り防御を考えず、攻撃に全力を注いでいれば既に誰か一人くらいは落としていてもおかしくはないのだ。

 

 だがそれは、その隙を突かれて核を撃ち砕かれるリスクと隣り合わせの戦果になる。

 

 そして、この相手はその隙を確実に突いて来るであろうという予感が、エネドラにはあった。

 

 プライドが高く相手を認める事などそうはないエネドラではあるが、内心腹立たしいものの二宮達の優秀さは認めざるを得なかった。

 

 一人一人の練度が群を抜いて高い上に、その連携に於いても隙らしい隙が見当たらない。

 

 恐らく敵兵の中でも最上級に位置する者達であろうと、エネドラは当たりを付けていた。

 

 彼等相手に粗雑な攻撃をすれば、確実にその隙を突かれて敗北する。

 

 それは予感ではなく純然たる事実であると、エネドラは冷静に分析していた。

 

(埒が明かねぇ…………っ! このまま戦い続けりゃ先にトリオンが尽きるあっちの方が不利だが、その間に別の援軍が来ねぇ保証はねぇ。あいつらレベルの奴にまた来られたら、今以上に面倒になりやがるのは目に見えてやがる)

 

 このまま撃ち合いを続ければ、持久力の差でエネドラに軍配が上がるだろう。

 

 しかし、見たところノーマルトリガーの使い手の中でも有数のトリオンを持つ二宮がトリオン切れに至るまでには相応の時間がかかる筈だ。

 

 その間に別の援軍が来ないなど、言い切れる筈もない。

 

 ヒュースやランバネインが既に脱落したという情報も、その推測に拍車をかける要因だった。

 

 口でどれ程悪し様に嘲ろうと、彼等の実力自体はエネドラも知っているのだ。

 

 ランバネイン達を下す程の相手が自由(フリー)になっている以上、別の場所に戦力として差し向けるのは理に適っている。

 

 十中八九雛鳥を守る為の戦力として使うだろうが、二宮達を戦力として接収する為にこちらに先に援軍として送る可能性は充分にある。

 

 そうなれば現状の拮抗を崩す切っ掛けとしては充分なものとなり、エネドラの敗北が明確に見え始めてしまう。

 

 お互い千日手に見えて、時間が向こうの味方なのだと。

 

 エネドラは、確信していた。

 

(間違いねぇ。こいつ等は時間を稼いで、援軍の到着を待ってやがる。攻めっ気が少ねぇのも、それが理由に違いねぇ…………っ!)

 

 二宮隊の参戦により有利な戦況に変化が生じた事も、その考えに拍車をかけていた。

 

 生駒隊だけであれば、手間取ってはいたが勝つのは時間の問題であっただろう。

 

 確かに鬱陶しくはあったが、エネドラは彼等に対してそこまで脅威を感じていなかった。

 

 それが、二宮隊の参戦で明確に変わったのだ。

 

 先程から生駒隊の側は水上が散発的に射撃を行う程度で、他二人の剣士は沈黙している。

 

 何処かに潜んでいる狙撃手による狙撃も鳴りを潜めており、戦闘の主軸を完全に二宮隊へと移していた。

 

 剣での戦いではエネドラに対し相性が悪い為、彼等はあくまでも先程まで時折見せていた伸びる斬撃を用いての牽制に徹している、というところだろう。

 

 こちらはあくまでも控えのようなもので、メインはあくまでも二宮隊、という事だ。

 

 少なくともエネドラは、現在の陣容からそう判断していた。

 

(このままだと、援軍の到着が間に合っちまう。なら、そうなる前に仕掛けてやる…………っ! 俺が、黒トリガーが、負けるかよぉ…………っ!)

 

 ギラリ、とエネドラの瞳が殺意に支配される。

 

 色々と理由をこねくり回してはいたが、何の事はない。

 

 確かに、エネドラはククロセアトロ戦の経験で慎重さを取り戻した。

 

 しかしそれは一時的なものであり、強烈な生存本能が衝動を上書きしていただけに過ぎない。

 

 トリガー(ホーン)の浸食による影響は、既に末期状態に達している。

 

 そのような状態で殺戮本能に抑制をかけ続ける事自体、限界があったのだ。

 

 故にこそ、もっともらしい理由を付けて彼に攻撃に打って出る事を選択させた。

 

 こうなる事を分かっていたからこそ、ハイレインはエネドラの処分についての判断を撤回しなかったのである。

 

 慎重さを取り戻したのは一時的なものであり、いずれ必ず限界は来ると。

 

 それが分かり切っていたが為にハイレインは判断を撤回せず、ミラも異論を挟まなかった。

 

 そして。

 

 殺戮本能に支配されたエネドラは、全力での攻撃を開始する。

 

「死に晒せぇ…………っ! 雑魚共…………っ!」

 

 泥の津波が、これまでとは比較にならない規模で発生する。

 

 それは防御の為に展開したそれの比ではなく、まさしくそれは泥の大海嘯。

 

 悪意に染まった泥の洪水が、二宮達へと襲い掛かる。

 

 そしてそれは、()()()()()()()()()()()()()()

 

 硬質化すれば、二宮の弾幕や辻の旋空で迎撃される。

 

 だが、液状化した状態ではそうはいかない。

 

 あらゆる攻撃は素通しとなり、硬質化して初めて物理攻撃が有効になるのだ。

 

 これまでは防御の為に最初から硬質化させていたが、今回のそれは防御を度外視し、敵に津波が到達した瞬間に硬質化による攻撃を行う腹積もりである。

 

 そうする事によって敵に迎撃を許さず、一度の攻撃で一網打尽にする。

 

 それが、衝動に支配されながらもエネドラの出した最適解。

 

 彼に残る警戒心が選択させた、最後の攻勢だった。

 

 

 

 

(────────ようやく来たか。待ちくたびれたわ)

 

 されど。

 

 その光景を、待ち望んでいた者がいた。

 

 彼は、水上は。

 

 エネドラが業を煮やして防御を捨てての全力攻撃を行うその時を、ひたすらに待ち続けていたのだ。

 

 その為に、敢えて自身を含む生駒隊は最低限の動きに留め、戦闘の主軸を二宮隊に任せた。

 

 真に警戒すべきは二宮隊であり、生駒隊(じぶんたち)は取るに足らない存在であると。

 

 そう、エネドラに認識させる為に。

 

「「メテオラ」」

 

 合図は要らない。

 

 こうなった時に取るべき選択肢は、既に二宮に伝えてあった。

 

 水上と二宮は、同時に炸裂弾(メテオラ)を射出。

 

 分割なし、一本まるごとの炸裂弾の塊が。

 

 泥の大海嘯に接触し、大爆発を起こした。

 

「…………っ!?」

 

 エネドラが、目を見開く。

 

 それはそうだろう。

 

 これまで、二宮にはメテオラを使わないよう指示を出していた。

 

 それによって、正確な彼の炸裂弾(メテオラ)の威力の程をエネドラに計測される事を避ける為だ。

 

 水上が使っているので二宮も同じ弾を使えるかもしれないという推測はしていたかもしれないが、その威力に関しては想像するしかなかった筈だ。

 

 加えて、この一撃には可能な限りのトリオンを注ぐようにも指示してあった。

 

 結果、水上のものを加えた二発のメテオラは大爆発を起こし、泥の大津波を広範囲に渡って吹き飛ばした。

 

 硬質化させず、液状化させたままであったのが仇となった。

 

 液体の性質をそのまま引き継いでいた泥の津波は、爆発によって拡散。

 

 エネドラが全力を注いだ攻撃が、一瞬で四散した瞬間であった。

 

「野郎…………っ!」

 

 だが、エネドラはそれだけで終わる程甘くはなかった。

 

 比較的近場へ吹き飛ばされた泥を硬質化させ、それらを一斉に四方八方から二宮へと射出する。

 

 彼の行動さえ縛れば、後はどうとでもなる。

 

 そう考えての、集中攻撃。

 

「甘いよ」

 

 だがそれは。

 

 犬飼にとっては、予想していた既知の攻撃に過ぎない。

 

 彼は辻と共に両防御(フルガード)でシールドを展開し、泥の刃を防御。

 

 無数のブレードによってシールドは罅割れ穴だらけにされつつも、エネドラの攻撃を見事に凌ぎ切った。

 

「アステロイド」

 

 こうなった以上、やる事は決まっている。

 

 二宮は再び、両攻撃(フルアタック)でアステロイドを斉射。

 

 防御のなくなったエネドラの身体に、無数の弾丸が着弾する。

 

「こ、の…………っ!」

 

 二宮の集中攻撃により、瞬く間にエネドラの中に生成されたダミーが破砕されていく。

 

 一つ、また一つと二宮のアステロイドが直撃し、硬質な音と共に罅割れ破砕されていく偽装核(ダミー)

 

 二人のオペレーターによる精密な観測が、その位置を正確に割り出す事に成功していた。

 

 そして、最後の一つが、割れる。

 

 それを合図にエネドラの身体が液体と化し、崩れ落ちる。

 

 沈黙。

 

 本体の核を、砕けたのか。

 

 そう思うのも、無理からぬ光景と言えた。

 

「そこやな」

 

 だが、此処にそう判断する者はいなかった。

 

 水上は無造作に、メテオラを放つ。

 

 向かう先は、エネドラが立っていた場所から数メートル後方。

 

「…………!」

 

 正確にその地点を狙った弾丸は、そこに形成されたエネドラの身体に到達する前に泥の刃によって迎撃。

 

 空中で誘爆し、その身体には至らなかった。

 

(最後の最後で本体をカバーから外して、死んだ振りをするつもりやったようやな)

 

 二宮の攻撃で、全てのダミーが破壊された事は間違いない。

 

 だがエネドラは最後に本体が攻撃を受ける直前、それをカバーから外して隠蔽。

 

 残したカバーが破壊されたと同時に液状化する事で、本体を撃ち抜いたと錯覚させたかったのだろう。

 

 その隙に風上に向かう予定だったのだろうが、メテオラを受ければ液状化した身体は四散してしまう。

 

 故に止む無く実態化し、水上の炸裂弾(メテオラ)を迎撃したのだ。

 

「アステロイド」

 

 そして、未だエネドラが健在である以上攻撃を止める意味はない。

 

 二宮は再びアステロイドを両攻撃(フルアタック)で斉射し、無数の弾幕がエネドラに向かう。

 

「させるかっ!」

 

 だが、再びそれを直に受けるようなエネドラではない。

 

 硬質化したブレードを展開し、再びそれを防御に用いて弾幕を受け止める。

 

 今度こそ、持久戦でこちらを削り殺すハラだろう。

 

 一度防御を度外視しての攻撃が失敗に終わった事で、頭も冷えた筈だ。

 

 こちらの狙いが援軍の到着狙いの時間稼ぎではなく、業を煮やした彼の迎撃にあると気が付いただろう。

 

 もう、迂闊な攻勢は望めない。

 

 既にダミーは再生成され、元の木阿弥と化した。

 

(マリオ)

(バッチリや! 二人がかりの全力解析で、位置はマーキングしてるでっ!)

(了解────────────────イコさん。()()()()()()

(────────やってええ、了解)

 

 ────────否だ。

 

 そこに至るまでの過程も全て、水上の掌の上であった。

 

 あれだけの警戒心を見せたエネドラであれば、衝動に支配されながらも最後の最後まで生存本能(けいかいしん)を失いはしないだろうという、確たる推測。

 

 それがあったからこそ、事前にオペレーターに指示を出しておいたのである。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 一人だけであれば、流動する核の位置の追跡は難しかっただろう。

 

 だが、一度全てのダミーを破壊しその位置を明らかにした上で、ダミーを再生成される前に真織と氷見の二人がかりで反応を解析。

 

 結果、この瞬間を待ち続けていた生駒の視界にはその位置が正確にオペレートされていた。

 

 カタン、と駒が進む音が脳裏に響き渡る。

 

 それは、詰みの一手。

 

 最後の手番が、到来した証だった。

 

────────旋空弧月

 

 そして、一閃。

 

 40メートルという驚異の射程を誇る神速の拡張斬撃が、硬質化したブレードごとエネドラを両断。

 

 正確無比な斬撃によって本体の核は破断され、遂にエネドラの命数は尽きた。

 

 最初から、これこそが本命。

 

 二宮の役割は、あくまでもダミーの全破壊()()

 

 本命の一撃は、生駒旋空という唯一無二の武器を扱う生駒に任せると。

 

 彼を最後の決め手とすると、軍師たる水上が采配した結果であった。

 

「やっとこさ、詰みやな。手間かけさせおってからに」

「…………この、猿、どもがぁ…………っ!!!」

 

 その狙いに気付いた時には、既に遅し。

 

 エネドラは捨て台詞を吐きながら戦闘体を崩壊させ、沈黙。

 

 此処に、アフトクラトルの黒トリガー使いは敗北を喫したのであった。

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